二話〜再会〜
*1*
俺はその日、久しぶりに夢を見た。
暖かく天気の良い日に、母と二人で公園にいる。
俺はまだ子供で、母と手を繋いで歩いている。
母はゆっくり一定の速度で歩いているが、どこか違和感を感じる。
そう、まるで機械の様に一定の速度だ。
まっすぐ前を向いたまま、俺の方を見向きもせずにただゆっくり歩いている。
俺は幼いながらも異変を感じ、母の手を引っ張るが、母はまるで魂の抜けたかの様に歩いているだけだ。
「お母さん、どこいくの?」
もちろん返事はない。
俺は怖くなって母と手を離し、その場へしゃがんだ。
「ねぇ、お母さん!お母さん!」
叫んでいる様だが全く声が出ていない。
母はとうとう公園の出口まで歩いて行き、立ち止まった。
俺はすぐに立ち上がり、精一杯母の元へ駆け寄った。
すると母はこちらを振り返り、俺を見つめ、優しく微笑んでくれた。
そして、母はまた前を向き歩き出した。
「ダメ!お母さん!ダメだってば!」
必死に叫んでも、やはり全く声が出ていない。
母は公園を出て、通りに差し掛かる所で車に轢かれた。
俺はただ立ち尽くし、無残に横たわる母を見ているだけだった。
真っ赤な夕日が母を照らし、そこから伸びる母の影がだんだんと縮んでいく様に見えた。
俺は目を瞑った。
また、あいつが俺を見つめていたからだ。
*2*
目覚まし時計の音で俺はいつもの様にベッドから起き上がる。
窓に当たる雨音がやたら耳に響く。
「雨か…。」
昨日見た夢がやたらリアルで、胃の辺りが引っ張られる様な感覚がした。
「また、あいつがいた。」
子供の頃によく見た夢の中に出てきたあいつだ。
俺は昨日のご主人の件もあり、色々と疲れていたせいで、変な夢を見たんだと思っていた。いや、思いたかった。
そう、母は俺の目の前で車に轢かれて死んだ。
あれは事故ではなく、自殺だ。
忘れたかった光景が、昨日の夢で全てがフラッシュバックして脳裏に焼きついた。
「母さん…どうして。」
そう呟いた時、電話が鳴った。
会社からだ。
「もしもし?おはようございます。」
「佐藤君、昨日は色々と大変だったろう。」
やはり社長からの電話だった。
「ええ、まぁ。まだショックが抜けきれないでいます。」
「そう…だよな。そう思ってなんだが、今日は仕事休んでいいから少しゆっくりとしていてくれ。」
「でも、他の社員にも迷惑が掛かるので仕事には行きますよ。大丈夫ですから。」
「いや、無理しなくて良いんだ。実は他の社員にも同じ電話を入れてあってね、今日は会社自体を休みにする事にしたんだよ。みんな少しショックを受けてるし、実際私もなんだ。だから今日はゆっくりしていてくれ、な?」
社長は嘘が下手だ。
俺はそんな訳ないと分かっていたが、社長の気遣いにとても感謝している。正直助かっているところだ。
「そうでしたか…それでは今日はゆっくりしたいと思います。あ、あの、社長。」
「ん?どうした?」
「その、ありがとうございました。」
「まぁまぁ、そう気にするなって!」
ーーほら、やっぱり嘘だったんだな。
俺は少し微笑んで電話を切った。
*3*
数日後、亡くなったご主人の通夜が行われる事になった。
俺は暫く着ていなかった礼服を着て都内にある斎場へと向かう。
「ちょっと太ったかな。」
電車の座席に座ると、太ももの辺りが少々窮屈に思えた。
そんな事を思っていた時、また誰かの視線を感じた。
俺は咄嗟に顔を上げた。
「よう!同じ電車だったんだな。」
そこには同僚の土岐田が礼服姿で立っていた。
こいつは土岐田遼と言う。
幼い頃からずっと一緒で、いわゆる幼馴染だ。そして二人で今の会社に入社してからも良く遊んだりしている、気の合う良いやつだ。
土岐田は俺とは違い常に明るく、オープンな性格で一時期は一緒に営業に回っていた。
その明るい性格から、営業ではそこそこの功績を挙げていたが、車酔いが酷くあまり長時間の走行が出来ないという、何とも勿体無い体質だ。
その為、土岐田は営業から内勤の仕事にシフトさせてもらったのだ。
「一緒の電車なら、行く時間連絡しとけば良かったか?」
土岐田はちょっと引き気味で笑う。
「なんだよそれ、待ち合わせして一緒に行こうだなんて俺はお前の彼女かっつーの。」
そんな事言いつつも土岐田は俺の隣にストンと座った。
少し和んだ空気で、土岐田は言った。
「ご主人、残念だったな。お前、かなり気に入られてただろ?」
俺は少し空気が重くなるのを感じた。
「うん、俺もあのご主人は好きだったし感謝してたよ。自殺だなんて、今でも嘘みたいだ。」
「全くだよな。でも一体なんで何だろうな。何か理由はありそうだけど。遺書みたいなのは無かったのかな。」
土岐田の最後の言葉に一瞬息を飲んだ。
ーーそうか、あの遺書の事は知らないのか。
知っているのは俺と社長と二人の刑事だけだろうか。いや、もちろん警察関係者や遺族は知っているだろう。だとすると…。
俺は急に通夜の行われる斎場に行くのが恐ろしくなって来た。
ーー遺族の方に俺の事を知られたら何と言われるだろうか。
そんな不安が募る中、電車は斎場のある駅に到着した。
*4*
改札を出て、斎場までは徒歩で15分程度の場所にある。
俺と土岐田はポケットから煙草を取り出し一服を入れながら向かう。
土岐田とは違い、俺は自分を落ち着かせる為に煙草を吸っている。
俺はこれから会うであろうご主人の奥さんや親族に責められないだろうか、遺書の事が他の人にバレていないだろうか、何かと気分が落ち着かない。
それでも、俺たちは一歩一歩斎場へと距離を縮めていった。
斎場の前で小柄な女性が俺に話しかけて来た。
「あの、佐藤さん。佐藤賢治さんですよね?」
俺は少し驚いたが、すぐにその女性が誰だか分かった。
「この度は主人がご迷惑をおかけしました…。」
そう、小柄な女性は亡くなったご主人の奥さんだ。おそらく五十代後半であろうか。
疲れ切った顔をし、髪は白髪混じりであったがどこか落ち着いていて品の良い女性だ。
「あ、あの、初めまして。佐藤賢治と申します。この度は…その…。」
緊張で言葉が出てこない。
「ありがとうございます、佐藤さん。いつも主人と話しているのを店内から覗かせて貰っておりました。今日はどうしてもあなたにお会いしてお話しがしたいと思っておりましたところです。」
そう優しい笑顔で奥さんは迎えてくれた。
俺は少し緊張が解けた様な気がして、目頭が熱くなる感覚を覚えた。
「あの、少しお時間宜しいですか?こんな立ち話ではなく、中でお話しを…。」
俺は頷き、奥さんと俺と土岐田の三人で斎場の入り口を通過した。
すると今まで黙っていた土岐田が口を開く。
「うーん、そだな。俺はちょっと社長達探してくるわ!」
土岐田はこういう時にとても気の利く男だ。
何かを察したのか、土岐田は奥さんに挨拶をしてその場を立ち去っていった。
俺は斎場の一室に招かれ、奥さんはお茶とお菓子をテーブルに用意してくれた。
「どうぞお掛けになってお召し上がりください。」
「あ、はい、すみません。ありがとうございます。」
奥さんも椅子に腰を掛けた。
しばらく沈黙の時間が過ぎ、奥さんが話を始める。
「急にすみません。今日は主人の事でどうしても佐藤さんにお話ししたい事があります。」
先ほども入り口の前で同じ様な事を聞いたのだが、よほど大事な事なのだろうと俺は悟る。
「主人が亡くなった日、佐藤さんは主人に会いましたよね。もちろん私も会いました。いつも通りの明るく優しい主人でした。」
「はい、俺もいつも通りのご主人だったと感じてます。特に悩みを抱えている様な素振りもしなかったし、その…いつも通りでした。」
そう、いつも通りと言う言葉以外出てこないのだ。
だが奥さんの表情は硬く、そして驚く様な事を言う。
「実は、いつかはこんな日がやって来るのではないかと私は思っておりました。」
奥さんは目に涙を浮かべ、話し始めた。