十八話〜深層〜
*1*
俺はシンの残した最後の影から、全ての事を知った。
だが俺自身がまだ、受け入れられていない。この事実を知ってしまった俺は、この先どうすればいいのであろうと、ただひたすら不安に駆られるだけなのであった。
土岐田とエミを見つめる。彼らがこの事実を知った時、どう言った思いをするのだろう。そして、今までの決心に揺るぎは生まれないだろうか…。
実際、俺は揺らいでいた。本当に奴を倒せるのだろうかと…。
「なあ、賢治。お前、さっきシンの影にアクセスした時、全部見たのか?奴の姿、そして何でこんな事をしたのかも。」
俺はまだ、話せないでいた。俺が全てを話した時、土岐田やエミの心に迷いが生まれるだろうか?少なくとも、俺には迷いが生まれた。
これから俺たちが倒さなければならない敵。だが、その敵は本当に敵と呼べるのだろうか。サエならどう思うだろうか。土岐田なら…エミなら…。
「賢治、よく聞け。俺はな、ずっとお前といた。だからお前が迷っているのくらい、簡単に分かる。でもな、お前の迷いは俺たちの迷いにもなる。」
「俺たちは仲間だ。エミちゃんもサエちゃんも、そして俺とお前もこうしてやって来たじゃないか。」
「だから賢治、俺たちを信じて、そしてお前自身を信じてくれ。」
俺は次の土岐田の言葉に鋭く反応した。
「なぁ賢治、サエちゃんを守りたいんだろ?」
俺には守りたい物がたくさん出来た。無くしたくない繋がりもたくさん出来た。ご主人の想い、シンの想い、そしてサエ。
俺の心の迷いは、いつしか強い意志となって、その意志を表すかの様な強い眼差しの先に、土岐田とエミがいた。
「あぁ、守ってみせるさ。絶対に。」
土岐田とエミは、優しく俺に微笑んでくれた。
そして俺は全てを話す為、シンが座っていた椅子に座り、みんなを集めた。
ーーサエ、大事な話があるからちょっと来てくれないか?
俺は頭の中でサエに問いかけた。すると、また俺の影にまん丸目玉が現れた。
「どうしたの?大事な話って、なぁに?」
「うん、サエ。これは君にもとても大事な話だから、飽きちゃうかも知れないけどよく聞いててね。」
「うん、わかった。ちゃんと大人しく聞いてるね。」
そして俺はゆっくりと、そして単刀直入に話し出した。
「奴の正体は、俺の親父だ…。」
*2*
土岐田とエミは顔を見合わせ、何とも言えない難しい表情をしていた。
サエはきちんと言われたことを守り、大人しく聞いているだけだ。
「親父…って、賢治の親父さん?一体、どうゆう事だよ…それ。」
流石の土岐田も、この事実には不意を突かれた様だった。
「俺の親父は、俺が生まれる前にすでに居なかった。だから顔も知らないし、写真とかは一切残っていなかった。でも、名前だけは教えてもらっていた。」
「佐藤エイジ。俺の親父の名前は佐藤エイジって言うらしい。」
土岐田は更に問いただしてきた。
「わかった、わかったよ。でも何で、賢治の親父さんがこんな事を?」
「復讐…でしょ。」
今まで黙っていたサエが土岐田の発言のすぐあとに言った。
そして俺は頷く。土岐田とエミはまだピンと来ないらしいが、サエは俺と意識を繋げていたので、すでに事の全貌を知り得ていた。
「復讐…って、一体何の?なんで賢治の親父さんが、復讐なんてしてるんだよ。」
すると、俯きながら話を聞いていたエミが何かに気づいた様だ。
「も、もしかして…賢治くんのお父さんって、向こうの…?」
俺は無言で頷いた。そして土岐田もやっと気がついた様だ。
「滅ぼされたって言う…あれのことか。」
「あぁ、俺はシンの意識で全部見た。信じたくはないが…。そして今は、あの”部族”の長として、何年、何十年と復讐の計画をたてていたらしい。」
「じゃあ、賢治の親父はもっとから向こうの世界の人間だったって事か?でもだからって、なんで賢治まで殺そうとしたんだ?…親父なら、自分の息子に手を出すなんて事…しないよな。」
土岐田は思い詰めた表情で、自分の言葉を切った。
「土岐田、大丈夫だよ。もともと俺には親父ってのがいなかったからな。だから寂しくもないし、親父なんてほとんど他人だよ。」
「賢治…。」
するとその時、サエの悲鳴が聞こえた。
「きゃぁっ…!」
「ど、どうした!?サエ!」
サエはひどく慌てていた。そしてとうとう”その時”がきた事を、サエの話の中から読み取った。
「賢治…大変…!こっちで今すごい地震があって、いろんな所で地面が割れてきてる…。」
「何だって?大丈夫か?」
ーーとうとう動き出したか。
「サエ、奴が襲ってくるかもしれない。急いで見つからない所に隠れるんだ、サエ!わかったか?」
俺はいつに無く慌てた声でサエに怒鳴っていた。
「う、うん!わかった。でも賢治…アタシ怖いよ…。」
「大丈夫、すぐに俺がそっち行くから。安心して待ってろ、サエ。」
「うん…じゃあ、ひとまず戻るね。」
そう言うと、俺たちの世界でも大きな地響きがあった。
「なんだ?今の…すごい揺れてたな。」
土岐田はエミの肩を抱いてやってた。エミも怯えるように土岐田にすがりついている。
「向こうの世界とこっちの世界はつながっている。だから向こうで何かあればこっちも…。」
ーーそうか、そう言う事か。
俺はこれが、”始まりの合図”だと言う事に気付いていた。
*3*
地響きの後、あちらこちらでサイレンの音が響き渡る。
街はパニック状態で、人々が我先にと逃げ惑う。そして、車は至る所に衝突したり、轢かれて倒れている者もいた。
それでも彼らは、誰も助けようとせず倒れた人間を踏みつけて行く。
逃げ場など無いのに、一体どこへ逃げようとしているのか。
そう、逃げ場はないのだ。
とうとう始まってしまった”終わり”。男は、この世界を覗くように”向こう”から見ていた。
ーーもうすぐだ。人間ども。
*4*
俺たち三人は街の様子が気になっていたので、テレビのある部屋に移動した。
そして急いでテレビを付けると、そこには信じられない様な光景が映っていた。
俺は思わず言葉を漏らす。
「そんな…何て事に…。」
秋葉原周辺の空撮映像が流れていたが、それが一体”どこ”なのか分からなかった。
ビルや高速道路は半壊し、至る所に地割れが起きてる。大きい所で5メートル位の地割れがあり、中には必死しがみつく人の姿もあった。が、生放送中にその地割れの谷へ落ちていった。
「こ、これも…賢治くんのお父さんのせいなのかな…?」
エミは少し気を使った様な口調で、俺に問いかけた。
「あぁ、そうだ。恐らく奴は、向こうの世界にある大樹を全て破壊する気だ。シンの話では、向こうの世界の全ての”バランス”を司っているのが、大樹だと言っていた。」
「つまり、その世界中の大樹が破壊されれば向こうの世界はバランスを失い、最終的には崩壊する。そして、向こうの世界が崩壊すれば…。」
エミは悟った様に、囁いた。
「私たちの世界も、終わる…。」
ーーその通り。
聞き覚えの無い声が、俺たち三人の意識に直接語りかけて来た。
ーー君達は実に素晴らしい。だが、愚かだな。こうしている間にも、君達の世界は崩壊して行く。そして君達は何も出来ず、ただ終わりを待つ事しか出来ない。
「本当に…親父なのか…。」
今まで父親の存在など気にかけた事も無かった。俺にとっては、それ程大きな存在でも無かった。
ーー今となっては”そんな事”はどうでもいい事だ。誰が君の父親かなんてな。
その言葉をを聞いた土岐田が、静かな怒りを露わにした。
「てめぇ…本気で言ってんのか。」
賢治と同じくして、幼い頃から両親のいない土岐田は心の何処かで”もう一度両親に会えたら”と願う事が度々あった。
いつも気丈に振る舞っていた土岐田でも、人の子だ。両親に対する想いは誰しもが一緒だった。”きっと賢治だって、本当は会いたいと思っていたはずだろう”。と、土岐田は思っていた。
賢治は土岐田と違って”ドライ”な性格だが、それはきっと自分の寂しさや誰かを失う怖さを紛らわす為に創ったもう一人の自分に過ぎない。どんな強がりをしても、子供は親を必要とする。会えないと分かっていても、会いたいと願う。それが、親子だからだ。
だが、やっと会う事が出来た親に、親子としての繋がりを”そんな事”などと言われた賢治の事を考えると、許せない気持ちで怒りが収まらなかった。
「これ以上、賢治を傷つけたら俺が許さねぇ…。どんな事をしてでも必ずお前を…」
土岐田の怒りを制止するかの様に、賢治は土岐田の肩にそっと手を添えた。
「もう、いいんだ。土岐田。ありがとう。」
「賢治…お前…。」
賢治は土岐田を見て、いつに無く優しい笑顔を見せた。
「俺には、ずっとお前がいてくれた。そして今はサエやエミさんも一緒だ。それだけでいい。」
「本当に、それでいいのか…賢治。」
賢治はニッコリと笑って見せた。
「あぁ、それだけで充分だ。」
そんな賢治の笑顔を見た土岐田は、これ以上何も言う事が無かった。これ以上、何も言う事が出来なかったのだ。




