十四話〜ミッション〜
*1*
夜明け前、俺は目覚ましのアラームが鳴る前に起きた。
外を見るとまだ星空が見えた。
とうとうこの日を迎えた訳だが、不思議な程気分はいい。
きっとそれは、昨日の寝る前にサエと過ごしたひと時があっての事だろうと、俺は思った。
洗面所に向かい、顔を洗い歯を磨く。いつもと同じ朝の作業だ。
鏡に映る俺の顔は、少し疲れていたが前よりはどこか凛々しくも感じた。
そして俺は服を着替え、靴を履く。いつもよりきつく、靴紐を結び直し玄関のドアノブを握る。
グッと力を入れて、夜明け前の街に力強い一歩を踏み入れる。
「行ってきます。」
ドアが閉まる音がする。俺はあえて、鍵を掛けずに歩き出した。
早朝の秋葉原は、まるでゴーストタウンの様だった。
そこら中にあるゴミが人々の存在を示し、また逆に虚空さえも感じた。
風に流されて来た紙切れが、俺の爪先に纏わりつく。まるで、俺が進むのを邪魔する様に。そして、窮地に向かう俺を引き止める様に。
だが、俺は進む。
もう引き返す事は出来ない。むしろ、引き返すと言う選択は俺にはなかった。
ただ前を見て、歩む一歩が新しい明日へと繋がる様に、そしてこの先の未来を託した一歩になる様に。
俺は薄暗い階段を登る。そこは天国か地獄か。あるいはどちらでもない、ただの空間か。
だが、もはやどちらでも構わない。
待ち受けるものが天国だろうと地獄だろうと、進むべき道は一つなのだ。
そして俺は、重たい扉に手を掛けた。
*2*
部屋の中には、椅子に腰を掛けたシンが一人でいるだけだった。
まだ、あの二人は来ていない様だ。
「おはようございます、佐藤さん。」
「おはようございます。まだ、あの二人は来てないんですね。」
辺りを見回したが、やはり気配は無かった。
「えぇ、佐藤さんとサエが一番乗りですよ。」
「おっはよーっ、賢治!シンもおはよー!」
相変わらず元気なサエに、俺も気分が良くなった。
「おはよう、サエ。今日はよろしくね。」
「うん!アタシも頑張るから、一緒に頑張ろうねっ!」
シンは腰を掛けたまま、俺たちを見て微笑んでいる。
「ずいぶんと仲のよろしい事で。何かありましたか?」
「フフフン。べっつにー。」
「気になりますねぇ。まぁ、それはお二人の間柄としてあまり聞かない様にします。」
シンはやたらニヤけた顔をして俺を見てきた。
「な、なんですか?べ、別に何でもありませんよ、ほ、ホント。」
「まぁまぁ、それはさて置き今日はよろしくお願いしますね、佐藤さん。」
俺の弁解は、完全に無視された。
そうしているうちに、部屋の扉が開く音がした。
「あ、間に合った?遅刻してないよな?」
「あ、あの、遅くなって、す、すみません。」
土岐田とエミさんだ。それにしても、二人とも全く同じ時間に来るなんてなかなか仲のよろしい事……。
俺は珍しく勘付いた。
「土岐田、お前もしかして…。」
俺がそう言うと、土岐田は何やら落ち着かない素振りをした。だが、俺は確信した。
エミさんの顔が、真っ赤になっていたからだ。
「そちらのお二人さんも、仲のよろしい事で何よりですね。」
俺は土岐田にゆっくり近づき、肩に軽いパンチを喰らわした。
「ねぇねぇ、どうゆうこと?なんでエミちゃん顔真っ赤なの?」
「子供は気にしなくていいの!もうちょっと大きくなってからね!」
俺は冗談めいてサエに言った。
「何よー、ケチー。アタシだけ仲間はずれにしないでよっ!バカ賢治!」
真っ赤な顔のエミを除き、部屋には明るい笑い声が響き渡った。
「さて…。」
シンが口を開く。
その場の雰囲気が一気に変わり、俺たちは改めて顔を見合わせ、その決心を確認し合った。
*3*
シンは俺たちを見回し、一人一人の目を見て合図をした。
「それでは、皆さんも揃いましたので、これより作戦を実行致します。」
俺たちはピリッと背筋が伸びた。
「まずは土岐田さん。あなたの能力を使ってこの世界に存在する悪しき影達を感知してください。そして、感知が出来たらその影を縛るイメージをしてください。これで感知された影達を一時的に拘束出来るはずです。」
シンは土岐田に説明すると、土岐田は静かに目を瞑った。
「よし、行くぞ。少しの間集中するから邪魔しないでくれな。」
土岐田はその場にあぐらをかいた形に座った。
そして土岐田は、目を瞑ったまま小さな唸り声を上げていた。
ーーいた!見つけたぞ!
土岐田の声が、直接俺たちの意識に響き渡る。
ーーまずは、三人…いや、七人。
土岐田は更に力を入れて、唸り声を上げる。
ーーまだまだ行ける。十四人…二十三人……五十六人……百九人。
土岐田の全身からは尋常ではない程の汗が滲みでており、更には彼らの居る空間にまでその力の影響が現れた。
テーブルに置かれた小物や椅子が細かく振動しはじめたり、天井の蛍光灯が小さく点滅したりする程だ。
そんな土岐田の力にシンは驚いていた。
「まさか、初めての感知でここまでの範囲を…。」
「一体、土岐田は今どれくらいの範囲を感知しているのですか?」
俺はシンに聞いた。そしてシンは驚くような事を言い出した。
「土岐田さんは今、アジア圏程の広さの感知をしています。私の感知範囲でも、せいぜい関東圏内くらいです。まさか、これ程までとは…。」
それはとてつもない感知範囲の広さだ。まさかいきなりシンの力を越えるとは、土岐田はなかなかの男だ。
ーーまだまだ、こんなもんじゃないぜ。ちょっとコツをつかんだ。一気に行くから、準備しておいてくれ。
土岐田はそう語りかけると、更に力を入れ唸り声を上げた。
土岐田の額からは、更に滝の様な汗が流れ落ちている。着ているシャツやパンツも既にびしょ濡れだ。誰しも想像出来ないほどの、強大な力を使っている証が目に見える。
ーーもう少しだ、もう少し。エミちゃん、準備はいい?
ーーうん、いつでも大丈夫だよ。
エミはそう言うと、自分の影と土岐田の影を重ね合わせた。
ーーよし…こ、これで全員捕まえた!今だ!エミちゃん!
すると、エミは両足を肩幅くらいに開けて、土岐田の背中に両手を添え力を入れ出した。
そして一呼吸置き、スッと目を瞑り一気に念をかける様に力を入れた。
ーー断ち切る。
「ハッ!」
普段のエミからは想像もつかないハッキリと力強い声がした。その直後、土岐田とエミはスッと力が抜けたようにその場にもたれ込んだ。
「や、やったぜ、、、賢治。」
「と、土岐田くん、私も上手く出来たよ…後は賢治さん、よろしくお願いします。」
二人は息を荒げて俺に最後の仕上げを託した。
「それでは佐藤さん、そしてサエ。まずは二人の意識を同調して下さい。」
シンがそう言うと、俺はサエに、サエは俺に、意識のイメージを重ね合わせた。
俺たちのイメージは”鎖”だ。
「サエ!やるよ!」
「おっけー!いつでも大丈夫よ!」
俺とサエが意識を強めた瞬間、眩い映像が脳内に流れるのを感じた。
ーーフワフワと浮かんでいる人型の影。
ーー何百体もある。
ーー中には動き出してもがいているような姿の影もいる。
ーーそしてその浮かんでいる影達に、一直線で伸びていく光る鎖。
ーーその鎖が、影達の体に絡みつく。
ーー鎖が絡みつき、身動きが出来ない影達。
ーーそしてその影達から伸びる鎖が、一直線に同じ場所へ集結している。
ーーここだ!
俺とサエは、その鎖を一気に引き戻すイメージをした。
ーージャリジャリと物凄い数の鎖がこすれ合う音が聞こえる。そしてその鎖は大きな木の根に集結していった。
そこで俺とサエの意識がフッと無くなる。
土岐田の声が聞こえた。
「賢治!おい賢治!しっかりしろ!」
俺は意識を取り戻した。目の前には土岐田とエミさん、そしてシンが俺を覗き込む様に見ていた。
「ん…大丈夫だ。影…影はどうなった!?」
俺は起き上がり、激しい頭痛に襲われた。
「大〜成〜功〜っだよっ!」
サエの声に、安堵の表情を浮かべて、俺はまた仰向けに倒れた。
「皆さん、よくやってくれました。一部の影達は逃してしまいましたが、この世界の悪しき影達を一度で殆ど捉える事が出来るなんて、まさに言葉がありません。」
「へっ?世界って、世界中?ですか?」
俺は土岐田を見た。土岐田は自信たっぷりの表情をして、これでもかと言わんばかりの”ドヤ顔”を決めていた。
「お前、ほんとにすごいやつだな、全く。」
「まぁ、俺に掛かればこんなもんよ!」
俺と土岐田、そしてサエとエミさんのチームプレイが気持ちいい程成功したのだった。
「それにしても、土岐田。どうやって世界中の影を感知したんだ?」
土岐田はこう説明した。
「まず、俺の感知範囲がどこまでなのか知った。多分ここを中心として中国とかオーストラリアくらいまでだったと思う。」
「そこでだ、俺は思いついた。俺の感知範囲を無理やり広げるんじゃなくて、あいつらの影を利用してやろうって。」
「んで、隣の影から隣の影へ意識を繋げていったんだ。」
「つまり、影の数が多ければ多いほど、俺は遠くまで行けるって魂胆よ。」
「そんで、気づいたら世界中の影をキャッチしてたって訳だ!どうだ!すごいだろぉ?」
確かに凄いことだった。何が凄いかと言えば、土岐田の頭の回転の速さだ。
すぐに新しいアイデアを発見し、行動出来るその臨機応変な思考が、素晴らしい。
「いやはや、土岐田さん大健闘でしたね。お疲れ様でした。ひとまずこれで、世界中の悪しき影からの憑依による影響は無くなりました。」
「ですが、奴らもバカではありません。向こうの世界から影を取り戻そうと何か対策を練ってくる筈です。」
「そうなる前に、敵のリーダーを見つけましょう。」
俺たちはこれで終わったと少し思っていたが、あくまでこれは陽動作戦。
つまり、敵のリーダーを捉えるまではまだ終わらない問いうことだ。
「さて、これからは私の番ですね。皆さんは少しの間、体力を回復していてください。」
そう言うと、シンは二つの姿で目を瞑り、意識を集中させていった。
すると少し元気が無くなったサエの声がした。
「けんじ〜…。」
「どうしたサエ?どこか怪我でもしたか?」
「ううん、大丈夫だけど…そろそろアタシ体力が限界…。」
サエはずっと俺の影になっていたにも関わらず、あれ程の力を使ったのでもうヘトヘトだった。
「そっか、そうだったね。大丈夫かい?とりあえず少しの間そっちに戻って休んでおいで。気づかなくてごめんな、サエ。」
「アタシこそごめんだよ、ほんと。それじゃ、一回戻るね〜。また後でね!みんな!」
そう言って、サエは一度向こうの世界に戻って行った。
俺たち三人も、少しの間休む事にしたのであった。




