十三話〜想い〜
*1*
土岐田とエミは先に部屋を出た。エミはいつもの服装に着替え、土岐田と少しの間話をして、一緒に階段を降りていった。
そして土岐田とエミは二人で近くの公園を歩いていた。
二人ともボーッと下の方を向いたまま歩いているので、周りからはこの二人がカップルだとは思われないだろう。
「あのさ、エミちゃん。」
「は、はい…。」
二人の空気は少しばかり重い。土岐田も、そしてエミもお互いに多少の距離が出来ていたのに気づいていた。特に、勘の鋭い土岐田は尚更だ。
「あ、エミちゃんおなかすかない?せっかくこうしてデートしてるんだから、なんか食べていかない?」
土岐田がその場の空気を変えようとしただけなのは、エミも気づいていたが、エミも気を遣っていた。
「そ、そうだね。ちょっとおなか減っちゃったかも…。と、土岐田くん、何か食べたいものとか、あるかな?」
そんなやり取りをした後、土岐田とエミは近くのファミリーレストランに入っていった。
土岐田は普通に空腹だったので、ビーフステーキのセットを注文し、エミは少しメニューを見て迷っていたが、トマトソースのパスタを注文した。
二人は食事が出てくるまで俯いたまま黙り込んでいた。
しばらくすると、土岐田のステーキセットとエミのパスタが運ばれてきた。
沈黙を破るかの様に、土岐田はいつもの調子でエミに話しかけた。
「さぁて、食べよっか!色々あったから俺もい腹ペコだよ。本当はエミちゃんのお店でオムライスでも食べようかと思ってたんだけどね。」
そう土岐田は明るく振舞ってみせた。
「う、うん。私も腹ペコ。それじゃあ、いただきます。」
二人の間に少しの安らぎが生まれた。そして土岐田とエミは、これで最後になるかもしれない、二人だけの食事を楽しむ事にした。
そして土岐田はエミの表情を伺って、エミに言った。
「大丈夫だよ、エミちゃん。俺、もう気づいてるからさ。」
エミは土岐田の言葉を聞き、咄嗟に土岐田の方を見た。
「と、土岐田くん…。」
エミはまたテーブルの方へを目をやり、しばらくの間パスタをフォークに巻きつけていた。
そんな様子を見て、土岐田は更に続けた。
「エミちゃん、俺たちが出会ったのって、偶然じゃなかったんだよね。」
土岐田の言葉を聞き、エミは目に涙を浮かべていた。
「…ごめんなさい…土岐田くん。」
エミはそれ以上言わなかった。エミも鈍感な訳じゃない。土岐田の表情や様子から、エミは悟っていたのだ。
「きっとさ、賢治が俺をあの場所に連れて行かなかったら、エミちゃんが俺を連れて来るはずだったんだよね?だからあの時、エミちゃんびっくりしてたんだよね。」
土岐田は落ち着いた口調で続けた。
「恐らくだけど、シンも俺が来る事を知ってた。本当はエミちゃんに連れてきて貰いたかったんだろうけど、まぁシンはエミちゃんの性格を知っていたんだね。」
「きっと、罪悪感で俺に本当の事を言えなかったんだろうと踏んでたわけだ。で、”俺を連れて来い”みたいな事を賢治に伝えたって訳かな。」
まるで全てを知っているかのような土岐田のプロファイリングに、エミは黙る事しか出来なかった。
そして土岐田は、土岐田らしい発言をした。
「でもまぁ、ほら。考えを少し変えればさ、俺とエミちゃんは出会う運命?ってやつだった訳だし、過程がどうであろうとこうして出会えて一緒に食事も出来てる。これ、結構嬉しいことなんだよねぇ。俺にとっては。」
土岐田の土岐田らしい発言に、エミはとうとう涙を流した。
「ちょ、エミちゃん大丈夫?なんか、ごめんね。別にエミちゃんを責めてる訳じゃ無いんだよ!お願い!泣かないで…。」
食事をしながら女の子が泣いている。しかもファミリーレストランでだ。周りからの熱い視線が土岐田を襲う。土岐田は既に、女の子を泣かした極悪人として成り立っていた。
「参ったな…こりゃ。エ、エミちゃん。俺怒ってないよ?大丈夫だからさ、ほら!ごはん食べようよ…エミちゃん。」
土岐田は焦る。周りからの視線の攻撃を受け、土岐田のメンタルが崩れ落ちそうになった。だが、土岐田は最後の力を振り絞って、エミに自分の気持ちを素直に言った。
「俺はさ、どんな理由があってもエミちゃんとこうして出会えて良かったと思ってるよ。」
エミは顔を上げ、土岐田を見つめた。そして土岐田も、エミを見つめながら言った。
「俺、エミちゃんの事が好きだよ。どんな事があっても。」
エミはまた、大粒の涙を流した。その涙がエミの白い頬を伝い、口元まで来た時、エミの口が開いた。
「私も…だよ。」
土岐田は目を見開き、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
そして土岐田の目からも、大粒の涙が流れて行った。
「ありがとう、エミちゃん。」
エミの目は真っ赤で、そして宝石の様に輝いていた。
エミは、今までに無いほどの笑顔に変わっていた。
このファミリーレストランで、これ程の幸せそうな笑顔が生まれた事によって、今までの突き刺さるような周囲の目が今は祝福するかの様な暖かい眼差しに変わっていた。
この世の終わりが来るかも知れないと言うにも関わらず、土岐田とエミは幸せな午後のひと時を楽しんでいた。
*2*
俺はシンとの会話を終え、ビルを出た。おもむろに煙草を取り出し、風邪を避けながら火をつける。
煙を一度大きく吸い、そして空を見上げでゆっくりと吐き出した。
「さて、これからどうするかな。」
俺は少し考えた後、一度自宅のアパートに戻るこたにした。
そして俺は、部屋を綺麗に片付けた。もしかしたらこの部屋で過ごすのも最後になるかも知れないので、いつもより念入りに片付けた。俺はベッドに横になり、思い立った。
ーーそうだ、あそこへ行かなければ。
俺は、この街を久しぶりに歩いていた。路地の塀の上にいる近所の野良猫は、大きくあくびをしていた。
そしてこの路地。初めてサエと会話をした場所だ。ほんの数日前の事なのに、何故か懐かしくも感じた。
「サエ、何してるかな…。」
俺はそんな事を考えているうちに、その場所へと到着した。
俺はインターホンを押した。
「はい?どちら様でしょう?」
「こんにちは、佐藤です。」
この前と同じ様に、外からでも階段を降りてくる音が聞こえた。
「佐藤さん、こんにちは。どうぞ、お入りください。」
奥さんはいつも通りの優しい笑顔で迎えてくれた。
そして俺は二階に上がり、ご主人に線香をあげ、奥さんと向き合って座った。奥さんはまた、お茶を用意してくれた。
俺は今回あった事、そして影の事などを全て奥さんに話した。もちろん、普通の人には到底信じてもらえ無い内容だったが、奥さんは落ち着いた様子で頷いた。
「そうですか。佐藤さん、大変でしたね。」
俺は驚いていた。まさか、この話を信じてくれると思っていなかったからだ。
「し、信じて貰えるんですか?」
「えぇ。もちろんです。佐藤さんは嘘をつく様な人ではありません。そして、私もいまだに主人が自殺をしたと言う事が信じられませんでした。」
「でも、これで主人が亡くなった理由が分かりました。佐藤さん、本当にありがとう。」
奥さんは深々と、俺にお辞儀をした。
「佐藤さん、私はあなたを信じて待つことしか出来ません。これからあなた達に降りかかる困難があなた達、そして私達にどんな結末をもたらすのかは分かりません。ですが、私は信じて待っております。」
「そして、必ず帰って来てください。そしたら、また一緒にここでご飯を食べましょう。」
俺は目頭が熱くなった。普段は気づかなかったが、俺の周りには守りたい物がいくつもあったからだ。
そして俺は奥さんの家を出て、再びアパートへ戻る事にした。
俺は自分のベッドの上で、ぼんやりとしていた。すでに時計の針は23時を回っていた。そこでもう一つ、大切な事に気付いたのだ。
「そうだ、一応連絡しとかないとな。」
俺は電話をかけた。受話器の向こうでいつもの声が聞こえた。
「はいはい、もしもし?」
「あ、こんな時間にすみません。」
「急にどうしたのかな?佐藤くん。」
特に変わった様子もない、社長の声がした。
「あ、あの。実に申し上げにくい事なのですが…。」
俺は意を決して、社長に全てを話した。
「……と言うわけで、しばらく仕事をお休みさせて頂きたいのですが。」
社長は黙り込んで返事がない。
さすがに信じて貰えるとは思っていなかったが、もしかしたら俺が死ぬかも知れない、そして世界が終わるかも知れないと言う状況だったので、半ばどう思われてもいいと言う投げやりな気持ちもあった。
「佐藤くんまで、そんな事を言うのか。さては、二人で旅行にでも行くのか?」
「え?な、何ですかいきなり…。」
「あぁ、さっきなんだが、土岐田君からも同じ様な電話があったからだよ。二人で口裏合わせてるのか?まったく。」
ーーそれもそうだよな。アイツも同じ会社だし。
「まぁ、とにかくだ。休暇の理由は何だかよく分からんが、会社の事は気にしなくていい。そうだな、久しぶりに私が直接営業に出向く事にするか。」
ーー理解はしていない様だが、なんとも心の広い社長だ。もっと感謝しなくちゃな。
「あの、本当にすみませんでした。それでは、少しの間よろしくお願いします。」
俺が電話を切ろうとした時、社長の声が聞こえた。
「ちょっと待て、佐藤くん。」
「あ、はい?何でしょうか。」
「必ず二人で戻って来い。わかったな?」
俺はその言葉にとても驚き、そして不思議な気持ちになったが、何も聞かずに返事だけをした。
「はい、必ず。戻ってきたら美味しいオムライスをご馳走しますよ。」
俺は少しの冗談を混ぜ、社長との会話を終わらせた。
*3*
俺は明日の為に、寝る準備をしていた。そして寝る前の煙草を一本吸う。
何とも言えない寂しさが湧いてきた。いつも通りの俺の部屋、そして煙草の味。ゆらゆら漂う煙も、何だか恋しく思えてくる。
「さて、寝ますか。」
俺は部屋の照明を消し、小さなライトスタンドの明かりを点けた。
薄っすらと俺の影が見える。そして、まん丸目玉がパチパチと瞬きしていた。
「サ、サエっ!?」
「ヘヘヘっ。ちょっと来ちゃいました!もう寝るの?」
いきなりのサエの訪問に俺は驚いたが、それよりも嬉しい気分の方が大きかった。
「あぁ、うん。そろそろ寝るとこだったよ。急にどうした?まさか、俺に会いたくて来ちゃったか?!」
俺はサエをからかってみた。
「まぁね、そんなとこ。」
「お………。」
俺は何言っていいか分からなかった。
「なーーんてねっ!ばっかじゃないのー?ふふふっ。」
「サエっ…お前は!ったくもう…。」
「ありゃ?照れてるの?もしかして、照れてるのかなぁ?」
ーー正直、照れた。
「と、とにかく、何か用か?」
「あら、冷たいのね。かわいいサエちゃんが来てあげたって言うのに。」
「あ、いやその、ごめんね。来てくれて嬉しいよ。」
「よろしいっ。あ、でも特に用事は無いんだけどね!ほら、明日は大変な一日になりそうだから、がんばろうね!って言いに来たの。」
「そうだな、確かに。明日は俺たちが頑張らないとな。サエ、大丈夫かい?怖く無いかい?」
本当のところ、俺は少し怖かった。だが、もう怖がってもいられない。それに、俺はもう一人じゃない。
「んー、実はちょっと怖いかな。やっぱりさ、もしかしたら誰か死んじゃうかも知れないし…。」
珍しく弱気なサエを見た様な気がした。影の姿でも、何となくあのサエの姿が思い浮かぶからだ。
「大丈夫だよ、サエ。何かあったら俺がすぐにそっちに行って助けてやるからさ!」
「助けてやるって、アタシの方に来たらアンタ影じゃん(笑)」
サエのちいさな笑い声が、俺の心を落ち着かせた。
「そ、そっか。でもとりあえず、助けてやるから大丈夫?」
「何かアンタ少し変わった?まぁいいや。期待して待ってるね!」
俺の部屋で誰かと話をするのは本当に久しぶりだ。ましてや、女の子と話をする事なんて奇跡に近い物がある。
「じゃあ、そうだな。今回の事が全て上手くいって、無事に終わったら何かしたい事ある?」
サエは元気な声で俺に言った。
「あのねっ、アタシねっ!オムライスって言うのが食べたい!」
「オ、オムライス?あのオムライスの事?」
意外だったが、何ともかわいい内容だったので、俺も笑った。
「うん!オムライス!実はアンタがエミちゃんの所でオムライス食べてるのをちょっと見てたんだぁ。」
「そっかぁ。サエの方の世界には、オムライス無いの?」
「うん、ない。こっちの食べ物はほとんどが野菜で、バイオテクノロジーで作った新しい野菜とか穀物で、とっても健康的な食事なのよ。」
「そうなんだ。何だか、ちょっとそっちの食事は嫌だなぁ。あ、じゃあさ、何とかしてサエがこっちの世界に来れたら、その時は一緒にオムライス食べようか!」
「うんうん!食べる食べる!約束ねっ!」
サエはとても元気な子だ。だが、俺も少し子供っぽい気持ちでワクワクしていた。
「じゃあ、オムライスの為にも今日は早く寝て、明日からがんばろうね!」
「はーい!りょうかいしましたーっ!」
「それじゃあ、また明日。おやすみ、サエ。」
「また明日ね!おやすみーっ!」
そうしてサエは元気に戻っていった。
俺もゆっくりと横になり、サエの笑顔を思い浮かべ、眠りについた。




