8.余計な話
消さなくては、いけなかった。
奪われ続けて、それなのに、消えずにあり続けた。
叶わない筈の願いがずっと。心の中で。
消すことが、出来なかった。
「未練が残ったままの苦渋の選択。千春さんに泣きつかれた千尋君に、そこまで抗うことなど出来なかった」
いずみは、ため息を一つつき、「全てを奪われた千尋君に、たった一つだけ与えられたものこそ「約束」だった」
その「約束」が、守られることは難しいと、千尋自身が判っていた筈です。千春に余計な心配をかけないように頑張ってきたのですから。それでも、千春をはね除けることが出来ないほど、そんな約束を交わしてしまうほど、千尋はギリギリだったのです。
――彼らは、それをどんな思いで見ていたのか。
千尋も千春も責めることなど出来なくて、そして、予想通りの残酷な結果が訪れた日。教室の先生が駆け付けた時。千春が泣き続けた時。
千尋も千春も訪れなくなった公園で、彼らは。
「理解出来た~?」
まるで、楽しいことを計画していたかのように訊くいずみに、カガはそっぽ向いてしまいます。
口調に腹が立ったのではありません。それはいつものことです。そうではなく、
カガは内心悔しかったのです。自分だけが解っていなかったことに対して。それもいつものことなのですが。彼らが、水車堂を訪れるのには、それ相応の理由があるのも。
――そして、千尋も。
その場所に戻って来ることが、彼があの日誓った約束だった。
誓いであり、願いだった。
――叶うなら、どうかお願い。どうか、咲き誇る桜の木の下で、千春が待っていてくれたなら。
でも、本当は。
長い長い月日の中、全てが変わっていくことは解っていた。それでも、自分が生き永らえることが出来たなら、叶わない約束をしてしまった自分は、せめて、あの誓いを守ろう。心の中で、いつまでも消えない願いに対して、約束を果たそう。
「あ、いた、千尋君! 遅いよ」
「ごめん、ごめん。急な用事が入っちゃって」
「もう!」
「やっぱり良いね。日本の桜は」
頬を膨らませた千春は、千尋の一言に、同じく桜を見上げ、「うん」と頷きます。本当は、あの日泣き続けた自分を思い出し、ずっとそう思えずにいましたが。
――何か悔しいから、言ってやんない。
「絶対言わないだろうね、千尋君は、千春さんに。今の話は」
いずみは、上からその様子を見て呟きます。「必要ないし。むしろ、桜さんの舞台効果に尽きるね、うん」
大きく頷くいずみを見て、カガは呟きます。「よっぽど気に入ったんだな……、あの退場」
終わりました。そして、現実に桜の季節になりました。結局全8話、半年かけるという暴挙に。長い約束の物語を長い期間かけるという。別に狙ってもないのに。
季節外れなんて言葉、この物語には必要ないですね。あと次回で終わりというのも。もう二度と書きません。せめて、いつか、次回作を書けたら。