表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5.それぞれの約束《ねがい》

 ずっと待っていた。

 巡り来るいつか、君に逢う日を。そんな日が来ることを。


――たとえ、無理だと解っていても。



「ほら、行きましょう!」

「でも……」


 何度、このやり取りを繰り返したことでしょう。――電車の中では流石にしませんでしたが。

 先陣を切って歩くいずみさんの後ろを、千春(ちはる)はため息混じりに、躊躇いながらついて行きます。


――ああ、もう! こういう時に限って、カガ君は逆らってくれない。


 少々、犬に八つ当たりしますが、この真っ黒な飼い犬は、ただ飼い主、いずみさんに引かれて歩いているだけです。人間だったら、ため息ぐらいついてくれているかしら。――ただの飼い犬とは思えない、この賢い犬に妙に、幻想を抱いてしまいます。


「もうそろそろですか、その公園?」

「ええ……。――いえ、ですから! その公園はもう無いんです!」

――これも、何度言ったやら。でも、いずみさんは聞いてくれません。妙なところで頑固らしいいずみさんの迫力?に()され、一応、思い出の公園の場所を案内しています。お世話になり、恩を感じていますから、迂闊(うかつ)に断れないのです。

 いえ、思い出の公園の「あった」場所、と言った方が良いでしょう。


 千尋(ちひろ)との約束から数年経った、ある年。公園は無くなり、駐車場になりました。その話を人伝(ひとづて)に聞いた時、千春は、思いました。


――もう、本当に約束が叶えられることは無くなってしまった。と。

 あの桜の木も、公園と同じ運命を辿りました。桜を愛した少年、千尋が去ったのと同じように。同じ場所に行ったとしても、桜の木の下に彼がいることは、もう二度とありません。

 あの約束の日から数年。全く便りも無く、千春の側から連絡も取れず、いつしか思い出すことも減っていった少年。そんな中での知らせは、まるで本当に終わったような感じが千春にはしました。


――もう、全て消えてしまった。


 その後、引っ越しをしたこともあり、その場所に足が向くことも無くなり、こうして行くこと自体が久し振りでした。


――あ、桜の花びら……。

 千春の目に、ふと、花びらが一枚だけ映りました。その花びらを何となく目で追っていると――


「ほら、着きましたよ! 「ここ」で合ってますよね」

「え?」

 やっと足を止め、顔を上げると――


――満開の桜。


「――って! ここじゃないですよ!」

「え、違う?」いずみさんはきょとんとしています。「でも、ここ、公園じゃないですか」

「でも…ここ……じゃない……」今にも消え入りそうな声で必死に否定します。――だって、そんな筈ない。

「でも」まるで”でも”の大安売りです。「でも、話してくれた通りですよ。小さな公園。その中央にそびえ立つ一本の大きな桜の木。古ぼけたベンチがあって、そして――」

 ふと、言葉を区切って、公園を見渡すいずみさん。それにつられるようにして、千春も同じように眺めます。ですが、もう訳が判りません。

 ()る筈のない公園。在る筈のない桜の木。そして、居る筈のない――

 そう、きっと、ここはただ近くにあるだけの公園。消えてしまった全てが甦る筈がない。だから、ただ似ているだけの、人――。


 気付くと、千春は歩き出していました。カサッと桜の花びらでいっぱいになった地面が音を立てます。その音に、桜の木の前に立っていた青年が振り向きます。未だ若いその人は、千春と同じように驚いた顔をして、そして――ただ一言、呟きました。「はるちゃん……?」

「ち……ひろ君……?」

 千尋です。成長し、立派な青年になっていますが、子供の頃の面影がどこかしら残っています。


――逢えた。ね。


「え?」その時、静かな所なのに、聞き逃してしまうくらい微かな声が聞こえました。思わず千春が振り向くと、カガを抱えた笑顔のいずみさんがいました。「ごめんね、もう引っ越すの」

「ええ!」初耳です。

今日のために(・・・・・・)いただけだから。私たちのここでの仕事はもう終わり。次の所にまた行かなくちゃ」と、立ち去ろうとします。

「いずみさん!」

 千春が慌てて叫ぶといずみさんが一瞬振り返り笑顔を見せます。「これにて終了!」そう叫んだ瞬間、凄い風が起き、桜が舞い散ります。あまりの突風に目を閉じ、次に開くと、もうそこに誰もいませんでした。


「いずみさん……、カガ君……?」「何が起こったの?」

 本当に……。そう呟こうとして、後ろを振り返ります。千尋が不思議そうな顔でこちらを見ています。そうです。千尋が居たんです。すると突然、千春が千尋の両肩を(つか)みます。

「!?」

 千尋がびっくりして、(うつむ)く千春の両腕を逆に掴もうとします。「はるちゃん……?」

「消えないよね……?」

「え?」やっと顔を上げた千春は涙目でこちらを見ています。

「はるちゃ……」

ひろくんは(・・・・・)消えないよね……?」

 千尋がハッとした表情になります。「うん」それしか言いません。それしか言えません。


――まるで、全てが夢のようで。全てが消えてしまいそうで。


「いずみさんとカガ君みたいに……。桜みたいに……」

「うん」


――もう、大丈夫。


 消えることはない。ちゃんと残るから。それぞれの想いは。それぞれの胸の中に。

 そのために私たちはいるから。


 どこからか、いずみさんのそんな声が聞こえたような気がしました。

約束に関する話を書いていて、掲載日を遅らせる作者。わざとじゃありません。わっはっはっは。わー、千尋君より酷い。いや、一緒にするな、と抗議が来そう。まあ、気長に待っていて下さい、次回、最終話を。

絶対に終わらせる。といって、これも破ったりしてね。千尋君、本当ごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ