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4.ともに流す涙


 夢を見た。


 どうしようもないのに、弱かった自分は、果たせる筈のない、最初から破ることが決まっている、


――約束をした。


 大好きなその子の未来に自分がいる。

 それが、自分の「生きる理由」だった。




 でも、千尋(ちひろ)がもう一度、あの桜の木の下に戻って来ることはありませんでした。


 彼が来ると言った約束の日、千春(ちはる)は、一日中待ち続けました。千尋がいつも座っていたあのベンチで、ずっと。多分来ないだろう、と予想しながら、いつも座って桜を見ていた千尋と同じように、待ち続けました。その日、桜は満開だったのに、誰も来ませんでした。

 ひょっとしたら、独り座り続けた千春に、他の人は遠慮してくれたのかも知れません。

 

 そんな時、一人の女の人が近づいてきました。「千春ちゃん」。その声に慌てて、顔を向けると、ピアノ教室の先生が、心配そうな顔をして、千春を見ていました。


「あ……」

 千春は、その瞬間解ってしまいました。先生は、千春がどうしてそこにいるのか、知っていること。――そして、その望みが叶わないことも。

「先生……」

 千春は呟きました。その瞬間にも、涙が勝手に出て来そうです。

「ごめんね……、千春ちゃん」

 ふるふるふる。精一杯、千春は首を横に何回も振ります。――涙を懸命にこらえながら。


 先生が謝ることなんてない。解ってた。きっと無理だって。約束したその時から、察してた。


――最初から、叶わない約束だったって。


 自分と、今の千尋の距離は、遠すぎる。

 今の千尋はきっと、ここから遠い所で楽しく過ごしてる。

 

 そう、心の中で思います。そうだったら良いと思います。でも、やっぱり寂しくて。

――ちゃんと、私のこと覚えていたのかなあ?


 先生が言うには、ご両親のお仕事の都合だったそうです。前もって、行けないかも知れないと連絡があったそうです。それでも今まで先生が、その事を告げなかったのは、きっと先生も来れるかも知れないと、望んだからだと、千春は思っています。自分と同じように、それが微かな希望でも。――それが千春を傷つけることでも。

 

 いつの間にか、千春の目から零れ落ちている涙。そして、先生が流す涙。それは、きっとそのことに対する代償。――おそらく、千尋やその家族と一緒に。

 どうしようもないことへの言葉にならない悔しさを、涙という形で。



「それからは……?」

 ずっと、千春の話を聴いてくれたいずみさんが、気遣わしげな口調でそう尋ねます。でも千春は、その問いに、ただ黙って首を振るだけです。やがていずみさんも黙って、部屋が静まり返ります。

 と、その時。


「わんっ!」

 突然、鳴き声が聞こえました。もちろん、声の主は真っ黒な犬、カガです。

「ちょっ……、ちょっと…!」いずみさんが慌てた様子で、自らの飼い犬の方に駆け寄ります。でも、カガは大人しくなりません。

「カガッ!」

 一気に静かだった部屋が騒がしくなります。「もう~」

「いずみさん」


――また、空気を読んだんだ。この賢い犬は。きっと、カガが唸り続ける理由は、私だ。私の話を待っているんだ。

 

「それきりでした。もう、ずっとあの場所には行ってません」


――その証拠にほら、カガ君は唸るのを止めた。吠えたのは最初だけ。きっと、私を叱ったんだ。


「先生がもし、言ってくれれば私は待たなかった。「待つ」ことをしなくて済んだ。結果は同じだから。――それでも」

 来ないと解っていたのに、縋った。「ひょっとしたら」その想いだけで。

「先生は言葉にしただけ。私に気を遣ってた。だから、もう行かないって」――ああ、上手く言葉に出来ない。我儘ばっかり言うのに、肝心なことは言えない。それは昔と変わらない。


「だから……もう……」

「もう、行っちゃいましょう!」突然いずみさんが叫びます。

「!?」

「さあ、行きましょう千春さん。ほら行くよカガ。出番(、、)だよ!」カガも一緒に、いずみさんは外に出る支度を始めます。

「え……え、どこへ!?」まだ千春は頭が上手く回りません。

「どこって、千春さん案内して!」

「え…?」

 いずみさんは、満面の笑顔で言います。「だから、その桜の木の場所!」

「え…」

「ほら早く! どこ? 大丈夫。お金ぐらい持ってるから」

「いや、そうじゃなくって……。今から行っても……」

「ほら。その桜の木も、すっごい綺麗なんだろうなあ」

「だから、無理なんです!」千春は何とか押し留めようとします。だって、もう、消えてしまったから。

「もう、無いんです。あの桜は……」あの日、先生に気遣われて、もう諦めようと決めて、眺めるだけとなった桜の木。――そうしている内に、段々と足が遠ざかり、やがて。

「何年か前、伐られてしまったんです。公園自体がもうありません……」


 あの場所が、思い出の中だけとなった。

い…移動してねえ……。掲載日だけ少々変わりました。十一月だけ、一日(ついたち)ではなく、十一日になります。次は変わらず二十一日になる予定です。場所は変わりますね。終わりますねと言えない……。

掲載日の設定は何となくです。


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