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3.唯一の繋がり


――多くのことを願ったつもりはなかった。

 たった一つ、叶えてくれればそれで良かった。


 こんなことになっても、捨てることの出来ないものを。

 運命は、あっさりと奪った。


――そんな運命に、抗う。繋ぎ止める約束。

 たとえ、それがどれだけ、その子にとって酷だったとしても――




 別れは、突然でした。


 後から思えば、そんな気配があったような気もしますが、考えないようにしていました。

 あの桜がある限り、彼はどこにも行かない。この小さなピアノ教室にずっといる。

 何の根拠もなしに、そう思っていました。千春(ちはる)は、千尋(ちひろ)がピアノ教室を辞める理由があるとすれば、それは他所(よそ)の教室に移る時で、だから、そんな日は来ないと。


 でも、思いもよらないところから、物事というものは起こっていくものです。千春は全く考えませんでした。千尋が、ピアノそのものを辞める日が来るなんて。


 二人が、中学二年生のある冬の日。花どころか、一枚の葉も無い、あの桜の木の下で千尋は、苦そうな表情で告げました。お母さんと一緒に、お父さんのところに行くことになった、と。外国に単身赴任している千尋のお父さん。そこで家族全員で暮らすことになったのだと。

 思い返してみると、確かに最近よく千尋は、ピアノ教室の先生と話をすることが多かったように思います。どちらも真剣な表情で、深刻な話をしているように感じていました。

 そして、千尋はピアノ自体も辞めることを告げました。続けたかったみたいですが、多分もう無理だろうと。

 でも、千尋のピアノの腕前は、外国でも通じるものだと、千春は思っています。元々、そんなに欲はない千尋です。でも、続けることも出来ないなんて。どんな家庭の事情があるのか分かりませんが、千春には聞いてはいけないことだと、なんとなく感じました。

 何より、そう話す千尋の表情が、とても苦しげで。それ以上は気が引けて、千春はその話に口が挟めませんでした。千尋が、迷いながら決めた事。躊躇わずに決めた事ではない。きっとその理由の一つに、千春もいる。


 そう、思うだけで良かった筈でした。

 そう、思っていたことも事実でした。


 でも、当時の千春は今よりも、我儘を我慢できない、子供だったのです。


「……嫌だ」

 

 口から思わず突いて出た言葉に、千尋がハッとした顔をします。


「それって、もう二度と逢えないかも知れないってこと、ねえ! ピアノも続けないし。なんにも無くなっちゃうじゃん」

 感情が爆発して、言いたいことが上手く言えません。

「ずるい。ずっと一緒にやってきたのに。頑張って今までやってきたのに。でも、私なんか全然上手くないのに。敵わないのに。それなのに、あっさりと辞めるの!」


 千尋は無表情で、ただ千春の我儘を聴いています。それが、また悔しくて。悔しがっているのも、別れて悲しいのも、自分だけのような気がして。千春は余計、我儘が止まりませんでした。


「本当は、言いたい事、違ったのに。一番言いたい事言ってなかった」

 千春は、いずみさんに語り続けます。思い出すのは、どうしようもない後悔。「ずっと、責めてた」

 千尋が平気だった筈ないのに。自分のことだけしか見てなかった。ただじっと、千春の我儘を聴いていた千尋は、必死になって歯を食いしばり、千春に何の言い訳もしなかった。その事に気が付いたのは、千尋と別れてからだった。


「私、寂しかったんですよ。千尋君が遠くへ行くことが。いえ、怖かったんですね。千尋君に忘れられてしまうんじゃないかって」

 だから、引き留めたかった。教室を辞めて、ピアノを辞めて、外国に行って。もう、千春の事を思い出すこともないんじゃないか。そんな不安が千春の心を占めていました。


――だって、もう、千尋との繋がりが消える。


 千尋が、家族を大好きなのは解っていました。離れて暮らしていたからこそ、余計に繋がりが深かったのかも知れません。お母さんと二人で出かけたり、美味しいものを食べたり。そのために、教室までお母さんが車で迎えに来ていたのを見かけたこともあります。もちろん、お父さんにも会いたがっていて。お母さんと今度――。お父さんと会えたら次は――。そんな話をよく聞いていました。


「私の事は、どうでもいいのかなって。そんな風にどこかで思っちゃってて。だから、笑顔で別れたりしたら、本当に終わってしまうって。だからごねた……って、本当子供ですよね」

「千春さん……。もしかして……」いずみさんは、最後まで言いませんでしたが、千春には通じました。そしてまた、千春も、穏やかな笑顔を返したっきりでした。だって、それが何なのか、千春にもよく判りませんでした。

 人の言うところの「淡い初恋」と呼ぶものなのか。そうなのかもしれない、と後になって、ぼんやり思うのです。


「じゃあさ、次の桜の季節に帰ってくるから」


 我儘をひとしきり言った自分に対して笑顔でそう言ったあの男の子に。


「また、この場所で」

 

 たとえ、それきりもう二度と逢わなくても。


「絶対だよ」


――絶対に、忘れない。

 

過去と現在と、分かり辛かったらごめんなさい。それといずみさんとカガ君もいるのかいないのか、みたいになってます。いるんです。場所変わってませんから。次で変わると思います。

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