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1.懐かしい顔

 振り返ってみますと、私は、本当に沢山の人に愛され、とても幸福な生涯を送ることが出来ました。

 ふふ、それに嘘はありませんのよ? 

――それでもね、どうしても「後悔」というものは残ってしまいます。私ももう年齢(とし)でしたし、あれが寿命だったんでしょう。それでも、もう少し生きていたかった、そう思う時もありますの。


――それでね、今更と思うかも知れませんけど、あなた方のことを思い出したんですの。私を愛してくれた方たち。その中でも、こうして思い返して一番最初に記憶から蘇ってくる、あの子たち。


――あの子たちに、もういない私からの贈り物。

 どうか、あの子たちに、届きますように。


     *     *


「――もう、桜の季節だったんだ……」

 千春(ちはる)は、ふと、上を見上げて呟きます。青い空に映える、満開の桜。手を差し出すと、散っていく薄紅の桜の花びらが、舞い落ちてきます。


「そういえば、ここのところ忙しかったもんなあ」

 仕事が毎日忙しく、こんな風にゆっくり歩いて、空を見上げるなんていつ以来でしょう。いつも仕事のことで頭がいっぱいで、下ばかり見て歩いていました。

 そんな、千春の心に、桜を背景にした懐かしい顔が浮かび上がります。

千尋(ちひろ)君、どうしているかなあ。元気かなあ」

「あれ? ――千春さん?」

 懐かしい思い出に意識が飛んでいた千春に、突然話しかける声が聞こえました。

「……ああ、いずみさん。と、カガ君。お久しぶりです」

「何か、ご無沙汰ですね。お仕事だったんですか? 大変ですね」

 にこやかな笑顔で現れたのは、千春と同じくらいの若い女性。こうやって歩いていると、近所に住んでいるらしく、いつも飼い犬の真っ黒い犬を散歩させている人でした。人懐っこい性格で、何回も見かけるうち、自然と色んな話をするようになりました。


「ええ、本当に。やっと一段落つきまして。久しぶりに早く帰ることが出来たんです。もう桜の季節だったんですね」

 話しながら、(かが)んで犬を撫でると、犬は別に()えるでも、(うな)るでもなく、ただ(うつむ)き、されるがままになっています。

「全く、愛想のない……。本当に忙しかったんですね。もう満開だというのに」

「カガ」という変わった名前の自身の飼い犬に溜息をつきながら、ふっと空を見上げ、いずみさんは話します。つられて千春も上を見上げます。「そういえば、何か考え事でもあるんですか?」

「え?」千春がびっくりして訊きかえします。

「何か、今、心ここにあらず、って感じだったから。――もしかして、まだ仕事の方で何か?」

 千春は再度びっくりします。いずみさんには、こういうところがありました。勘が良く、話しやすいので、たまに悩み事を聞いてもらうこともありました。――いえ、今回は「悩み」というほどではないのですが……。


「ああ、いえ。仕事は別に特に何もないんですよ」

 立ち上がりざま、慌てて言います。心配させるようなことではありません。それに、わざわざ言うことでもありませんし。

「そうですか」

 いずみさんも、無理に聞き出すことはしません。

「こら、カーガー。ちゃんと歩けー」右に左に歩いて行く飼い犬を叱りながら、いずみさんは歩いて行きます。

「あの……いずみさん」

「んー? ああやっと大人しくなった」カガが真っ直ぐ歩き始めます。千春が、この利口そうな犬に対して、何だか人間たちの会話を理解しているみたいと思うのはこういう時です。

ーー話すのを待っているような。話さないなら別の話題をくれるような。話し始めると、大人しくなるような。――まあ、千春の気のせいでしょうが。

 でも、何だか背中を押されている気分です。ほら、話してごらんとこちらを振り返るとき言われているような。何だか飼い犬と飼い主って似てくるのかな。つい、とりとめのないことばかり考えてしまいます。


「これから、時間あります? 大した話ではないんですが……」

 それはまだ、幼い子供だったころのお話。もう十何年も前に交わしたままになっている約束。桜の木の下の短い物語。



何で、今「桜」なんだよ! というツッコミがあるかも知れません。

というわけで、水車堂物語、新シリーズです。別に続編でもなんでもない。あの2人が出てくる物語というだけです。

桜がメインなんで、迷ったんですけど、結局これが2作目となりました。時期外れもいいとこですが、よろしくお願いします。

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