未来へ
扉を後ろ手に閉めてそれからベッドに倒れこむ。
新品の独特の香り。このベッドを初めとする家具は全て『Para Dogs』が準備したものだ。
だからそこにあたしの色は無いし、必要最低限だ。
飾り気のない部屋。要の期待を裏切った簡素な部屋。
確かにあたしは女だ。けれどそれ以上に歴史の番人だ。不必要なものなど沢山ある。
そんなあたしにも帰るべき場所はあって。あたしが本来いるべき未来には色々なものを飾った女の子らしい部屋が存在する。
殆ど帰る事のない、あるだけ無駄な空間だ。
想像して、それから体を包み込んだ虚無感に背中を丸める。
あたしは異邦人。あってはならない存在だ。
あたしを肯定するのは『Para Dogs』という組織だけ。
「つまんないのは、あたしの方だ……」
呟いて視界に入った電灯が眩しくて目を閉じた。
時々感情を忘れたような表情で言葉を零す要を見ていて気付いたのだ。
彼がそうなっているのは興味が湧く対象が見つからないから。彼にとって楽しくないからだ。
未来が解決するために奔走するこの時空間事件はそんな彼にとってとても興味の湧くものだったらしい。
事実、初めて彼と会ったつい三日前と比べれば、彼は格段と表情豊かになっている。
それに引き換えあたしはどうだろうか。
居場所もなくて、『Para Dogs』の仕事も義務感で行っている。あたしの存在はどこにもない……。
そんな事を考えて溜息を吐くの同時、側頭部に違和感を感じて思い出す。
そうだ、髪留め。着けたままと言うのも寝辛いだけだ。
重い思考で重い体を持ち上げてゴムを解く。
柔らかい髪質の所為か、そこまで型がつく事もなくその髪がさらりと下へ流れる。
手の中に収まる桃色の髪留め。しばらくそれを見つめて、貰ったときの事を思い出す。
これはあの人からの贈り物。あたしにとっては大事な大事な彼との繋がり。
時間と空間を隔てた先に存在する確かな証。
不意に要に向けて語った言葉が蘇る。
────例え誰かに理解されなくても、そうだって信じてれば信じる人の中ではそれは本物だよ
あれは、要に向けて言った言葉であると同時に、未来自身に向けた確認だ。
未来の記憶。それは未来が今まで経験してきた過去と現在と未来の歴史。
その景色の中に、ほんの僅かに存在する彼との記憶。
時間にしてみれば一日もない、けれど確かな時間。
その証たる、この髪飾り。
彼があたしに向けてくれた、あの照れた笑顔は鮮明に思い出せる。
彼が誰なのかを、あたしは知っている。
けれどそれは矛盾に似た何かの上に成り立った関係だ。
あたしは彼を知っている。けれど彼はあたしの事を知らない。
だから邂逅にして再会。
それが彼との出会いだ。
「……もしも願いが叶うなら────」
どこかの誰かが歌ったかもしれない有り触れた一節を口ずさむ。
そうして思い描く、理想。
「あたしの未来が彼の過去に、繋がっていますように……」
交錯する時空間が織り成すボーイミーツガール。
小さい頃にお爺ちゃんによく聞いたお話を思い出して小さく笑う。
気取った題名は──パラドックス・プレゼント。
皮肉とロマンに満ち溢れた世界のどこかにあるかもしれない物語。
だからこそ今一度願うのだ。
「過去のために未来を変えて────」
胸に抱いた髪飾りを大事に握り締めて呟く。
これは矛盾を証明する歴史の観測。