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パラドックス・プレゼント  作者: 芝森 蛍
聚散十春の誕生日
66/70

第二章

「そろそろ動けそう?」


 掛けられた声にゆっくりと目を開ければこちらを覗きこむ由緒(ゆお)と視線が交わった。

 心配そうな表情の彼女に、意識して息を吸い込み腹部の感覚を確かめる。

 最後の《傷持ち》としての歴史再現を終えて帰って来てから十分ほど。未来(みく)の提案で日陰で休息を取っていたが、どうやらそろそろ動いてもよさそうだろうかと自己診断を下す。


「……ん、無理な動きをしなければ大丈夫だな」

「そっか、よかった……」

「ここからの歴史再現は安全なものばかりだからね。最悪お兄ちゃんにがいなくてもどうにかなる物もあるし」


 それは優しさか、それともこれ以上巻き込みたくない彼女のエゴか。

 とは言えここまで来て今更責任を放棄するなんてそんな事は自分が許せなくなる。


「言っただろ、責任取るって。例え俺が再現しなくとも、その場にいさせてくれよ」

「最早強迫観念だな」


 (らく)の指摘に小さく笑って、立ち上がれば体の節々を解す。

 僅かに走った痛みと心地よい関節の音はこれまで成した功績の結果か。それとも普段しない事を体に強いた報いか。

 どちらにせよ、意外と心地よい気がするのだから良い事なのだろう。これを期にもう少し体を動かす方にも手を伸ばしてみるとしようか。


「それで、次はどうするんですか?」

「《傷持ち》の再現は、俺の記憶で最も新しい矛盾だったからな。なら前に前に遡っていけば取りこぼしもない筈だ」

「ってことは……ショッピングセンター…………よりも前に、お兄ちゃんのクラスメイトかな?」

「そうなるか」


 加々美(かがみ)の質問に頭の中を整理する。

 それはまるで、外れてしまった歯車を元に戻していくように。組み立ては解体の逆から。

 辿り着いた未来から過去へ向けて順に一つずつ思い起こしていく。

 未来で起こる『パラドックス・プレゼント』は、どうしようもないからパス。それに関する事は全てやり終えている。

 楽を追いかけ『電流操作(エレクトロニック)』の犯人を追いかけた事も決着している。

 迷子の過去での出来事……《傷持ち》の再現は今し方追えた。

 ならば次に新しい過去。(かなめ)が《傷持ち》を経験する前……楽を一度廃ビルへ追い詰めるより更に過去で起こした《傷持ち》四人と要二人、未来一人を交えた大乱戦の時。あの中でこちらに巻き込まれた要のクラスメイトたち。『催眠暗示(ヒュプノ)』で操られた彼らの歪さを取り除く必要がある。


「あの瞬間に行って、逆位相を聞かせて帰ってくる。たったこれだけの、する価値があるかどうかも分からない歴史再現だな」

「歪んだ歴史は……決まった過去は変えちゃいけない。それはそうだけれど、だからって次の問題の種はできるだけ取り除いておくのが当たり前の事後処理だよ。お兄ちゃんだって今ここから新しい時空間事件に巻き込まれるのは嫌でしょ?」

「……嫌ってわけじゃないけれど、まぁ少し遠慮はしたいかな。とりあえずは腹いっぱいだ」


 これほどまでに目まぐるしく鮮烈な経験。忘れろという方が無理な話で、忘れたくないのも事実で。けれどだからってずっと騒動に振り回されるのは遠慮したい話だ。

 長期連載の推理漫画とか、バトルアニメだとか。そんな休む暇なくひっきりなしに何かに巻き込まれていればやがて価値観が変化して自分自身が擦り切れてしまう。

 そんな、大きな物語の小さな歯車に成り下がるなんて要はごめんだ。

 それこそ最後に笑って話せるくらいにとても個人的で、物語を読むように他人事に関われたらどれ程楽しいことだろうか。

 主人公なんて、なってみれば疲れるだけだ。


「でだ、あの時間に行こうと思うと、未来の異能力じゃ無理だな。既に未来がいて制限に引っかかる」

「とは言え由緒っちの異能力だと戻ってくるのが面倒だろ? まぁ『音叉(レゾネーター)』を使えばどうにかなるけれどな」

「わたしの『能力転写(コピー)』も候補の一つですね」

「…………加々美の方で行くか」


 少しだけ考えて加々美の挙げた方法を選択する。『音叉』の方は問題と言うか……要の覚悟として面倒な順序を踏む必要があるのだ。

 それを頭で組み立てていると、根拠もなしに納得は出来ないと未来が尋ねてくる。


「どうして?」

「俺の楽に関する記憶も同じ『催眠暗示』だろ? だったらその逆位相を俺が聞いたら楽に関する記憶だけが消える事になる。そうなれば不安要素として曖昧に覚えているよりは、未来達は全ての記憶を消した方が安全だ。けれどそうすると、今度は由緒にこの一連の面倒事を一人で背負わせる事になる……。俺が危惧した通りに、由緒に全部押し付け、未来の俺が歴史再現を行う理由も消える」

「……なるほどね」

「だから俺はその逆位相を聞いちゃいけない。『音叉』で一人移動した場合、俺がクラスメイトに逆位相を聞かせる事が出来なくなる。対策としては絶対に音を聞かないように耳栓をするか、わざと『時空間移動(タイムトラベル)』の制限に引っかかって何度目に引けるかも分からない聴覚不全を引き起こすか……。面倒な話だろ?」

「けれどわたしが一緒について行けば、そんな事をしなくても要さんは聞かなくて済む。そういうことですね?」

「あぁ」


 後を継いだ加々美の声に頷けば未来も納得してくれたか小さく頷いてくれた。

 と言うか、どうやら要が記憶を消さないままこの歴史再現を終えることについては賛成らしい。まぁ詭弁のように幾つも状況証拠を並べて正当化したのだ。

 それだけ理由が揃っていた事もそうだが、そもそもそうして曖昧な根拠を重ねて着飾り、人を納得させる事がある程度得意なのが要だ。


「『能力転写』はどっちでもいいな。加々美が使いたい方の力を貸してもらえばいい」

「そう言われると悩むんですけれど…………」


 実行に移す為に思考を巡らせれば、今回は自由に異能力が選べる事に安堵する。

 制限に引っかかって片方だけとなるとその異能力の中でどうにかしないといけなくなって、場合によっては頭を悩ませる事があるのだ。

 お陰で未来の由緒を廃ビルに連れて行ったりした時に、あれは駄目これは駄目と消去法で可能性を探す破目になったのだ。

 その軛から開放されるだけで心に随分な余裕が出来てしまうのだから、人間と言うのは現金で単純な生き物だ。


「そう言えば今は『時間遡行(Re:タイム)』か。後何回だ?」

「二回ですよ。寄り道をせずに行って返って来るだけなら事足ります」


 前に加々美に準備を任せた時の時空間移動。ポータブルオーディオプレーヤーの回収に一回、そこから髪の毛の回収に一回、戻って来るので一回。プレーヤーを回収した後に本来は一度帰って来てを挟む為に四回必要だった移動を、未来の自分を使って一回短縮して見せた加々美の機転。だからこそまだ二回残っている異能力の回数制限。

 その閃きにはこれまで色々暴いてきた要でも適わないほどの壁を見る。流石は未来より若くして『Para Dogs(パラドッグス)』に採用された才女だ。彼女相手に知識比べをして勝てる想像が沸いてこないくらいには敵わないだろう。量子力学についても知っていたみたいだったし。天才と言うのは彼女のような人物を言うのかもしれない。

 それにきっと、五つも下の少女に戦いですら敵わないはずだ。何せ油断していたとは言え未来を組み敷いた実力の持ち主。未来譲りの《傷持ち》経験がある要とは言え、不等式を並べれば最下位は要に違いない。

 と言うかそもそも、要は柔道黒帯の由緒にすら届かないのだから、透目を含めた六人の中で最も非力にしてカースト最下位に位置する筈だ。

 だからこそ、これ以上落ちる底がないからと上を見て這い上がれるのだろうけれども。


「ただ、それ以外の事も一緒にこなそうと思うともう一度コピーし直す必要がありますね」

「一緒に…………あぁ、ショッピングセンターの空間固定弾の解除とかか」

「それも纏めて終わらせようと思うと三回必要ですね」


 加々美の言葉に更に思考を走らせる。

 異能力が絡む歴史再現は残り五つ。その内二つは今上げた通りで、残りの三つは加々美がいなくとも再現可能な過去だ。と言うか、これ以上加々美に迷惑をかけない方法を取るのであれば、『音叉』一つで事足りる。

 けれど『音叉』は元々楽が持っていた物。それを借りれば返すまでこの時代に彼らを縛り付けておく必要があって、ならば加々美の力を頼るのと何も変わらない。

 『音叉』だけを後から返すことができないのは、随分前に未来が言っていた事だ。道具……物だけを時空間移動で送ることは出来ない。道具の移動には人と一緒にと言う前提条件が必要だ。


「まぁこんな事で悩まなくても、手間を増やせば『音叉』一つでどうにでもなるんだけれどな。そうすると返す手間も増えて結局同じなんだけど……」

「…………別にいいんじゃねぇか? 多分巡り巡って俺のところ戻って来るし」


 同じ時間を使って加々美に頼るくらいなら無機質な金属の塊を使った方が人道的に……などと脳裏で思っていると零した言葉に楽が答える。


「ほら、未来ちゃんたちは俺たちより過去の時代の人だろ? って事は未来ちゃんたちが持って返ってしっかり保管しておいて、俺か加々美に会った時に返せばいいんじゃないか?」

「……同じ『音叉』が二つ同じ時間に存在して何か問題が起きたりしないのか?」

「そこは未来の要が手を回してくれればいいだろ。俺が『Para Dogs』に入って『音叉』を手に入れたときに、それが丁度お手のところへ支給されるようにするとか……」

「それこそ時間の逆接(タイムパラドックス)じゃねぇか」


 楽の言葉に突っ込んでその景色を想像する。

 例えばここで楽から『音叉』を受け取り、それを利用して歴史再現を行ったとする。そしてその後、『音叉』を未来に渡し未来に持って帰ってもらう。その『音叉』が巡って『Para Dogs』に入った楽の手元に渡る……まぁここまでなら何も問題は無い。

 しかし問題はその後だ。『音叉』を持った楽は、その内この歴史再現の為に未来の要に協力する。やがて『音叉』をもってやってきた楽は、歴史再現を行いここで要に『音叉』を渡し……話は想像の最初へと戻る。

 さて、ここで問題になるのは、最初の『音叉』は一体何処からやってきたのかと言う話。そして何処へ向かうでもなく、この歴史再現に延々と使用され続けるという無限ループ。

 卵が先か、鶏が先か。思考実験として有名な、かの命題の輪に囚われてしまう。


「『音叉』に『捕縛杖(アレスター)』みたいな個別番号はねぇから大丈夫だ。それに、んなこと言ったらこの歴史再現はどうなるよ?」


 確かにその指摘も(もっと)もだろう。

 この歴史再現の発起人は未来の要だが、その未来の要も、今こうして要が経験した過去を覚えているからそこに存在できている。……つまり未来の要は過去の要の延長線上の存在だということだ。

 もちろんそんなのは当たり前だが、だとすれば未来の要だって今こうして悩んでいる要とまったく同じ過去を経験した事になる。その時の要は、当然77歳ではなく、17歳の高校生だ。そしてその高校生の要は、今の俺と同じように60年後の自分に会っていて……。その60年後の自分も一度は同じ過去を経験していて……。

 だったら過去の要と未来の要。一体どちらが先に存在していて、その要はどうやってもう片方の要に出会ったりしたというのか、と言う話。

 考えれば考えるほどに深みに嵌り、答えの見つからないパラドックスに溺れるのはわかりきった事だ。

 何より考えたところで歴史が変わるわけではないのだから、不毛にして意味のない命題……問題にすらならない自己言及だというのはその通りなのだけれども。


「それに、悩んだところで仕方ない話だな。どんな選択をしたところで、それが歴史にとって正しいんだ。だったら悩む前に思いついた先から行動すればいい。今回に限ってはそれで答えが付いてくる」

「……なら加々美に協力してもらうかな。その方が早く済みそうだし」

「帰れると思ったのに…………」


 溜め息を零しながら呟く加々美。とは言えここで駄々を捏ねたところで更に帰るまでの時間が延びるだけだ。


「……で、どっちの異能力を使うんだ?」

「…………明日見(あすみ)先輩、お願いできますか?」

「ん、いいよ」


 覚悟が決まったか、そうして選んだのは未来の『時空間移動』。加々美なりの理由があるのかもしれないが、詮索するほどでもないだろう。

 単純に、ここまで『時間遡行』の使用頻度が多かったから吊り合いを取っただけかもしれない。

 考えていると未来から『時空間移動』をコピーした加々美の風貌が変化する。

 白い髪は赤く。紫色の瞳は橙に。異能力に由来する外見の変化が加々美に宿った異能力を教えてくれる。

 と、何故かふと脳裏を過ぎる可能性。今思い出したのは加々美から楽へと関係の線が繋がっているからか。


「そうだ、楽」

「なんだ?」

「由緒の後催眠暗示解けたら解いておいてくれ。『催眠暗示』は解かなくていいから」

「ん、あぁ、やってみる」


 催眠や暗示は基本的に掛けた本人にしか解けない。本人が解く方が安全なのもあるが、楽に暇をさせておくのがなんだか嫌だったのだ。

 そもそも楽の『催眠暗示』の所為でここまで引っ掻き回されたのだ。その責任、と言うか尻拭いくらいはしていってもらわなければ。出来る限り不安要素は潰しておくに限る。


「弾は持った?」

「あぁ」

「さて、では行きましょうか」


 未来の確認に頷いて差し出された加々美の小さな手を取る。

 次の瞬間、体を襲った重力方向の変化。左から右へ突き抜けた感覚には、幾ら覚悟をしていてもやはり慣れないものだ。なにせ左右、前後、上下の六択。ランダムにどれが襲ってくるか分からないのにそれを受け止めようなど運試し以外の何ものでもない。

 そういう意味では六分の一を引き当てるおみくじのような何か……いや、それ以外がすべて外れなのだからロシアンルーレットの方が近いか。もちろん、当たったからといって何か特典があるわけでもないのだけれども。

 そうこうしていると足の裏に感じた地面の感触に目を開ける。捉えた景色は一瞬何処だか分からない住宅街の中心。

 時間的には、先ほどまでいた時間のしばらく前で、由緒の事故を防いだ後だ。


「……今更ながらに年表みたいなのが欲しいな」

「そういうのはもっと早くに準備するべきだと思いますよ」

「あと時間を示す明確な呼称があればいいのに。お陰で自分が今何処にいるかすら曖昧になる……」

「明日見先輩の時計を借りればよかったんじゃないですか?」

「あ、そうか……」


 愚痴のように零せば、冷静な一言に解決策を見つける。

 未来の身に着けている時計。あれは移動先の時間に勝手に調整されるという便利な機能を持つ未来の道具だ。あれ一つあれば、今自分がいつの年月日にいるかなどが一目でわかる。

 一応順に紐解いていけば詳細な時間なども割り出せるが、そんな事をしている暇があるのならば早く歴史を再現しろと加々美に急かされるだけだ。


「無駄話をしてないで早くしてください。先輩と一緒にいられる時間が減るじゃないですか」

「……ぶれないな、加々美は…………」


 楽第一主義。それ以外は全て平等に他人事。

 とは言え要も似たようなものだ。一番に自分、二番に由緒。それが要の行動理由の全てだ。


「で、ここでは何をするんですか?」

「『催眠暗示』の解除だな。俺のクラスメイトが楽の魔の手に落ちてる」

「人聞きの悪い事を言わないでくださいっ」

「無関係の奴らを歴史再現に巻き込んで、たった一度だけ利用して捨てた事実を他に何ていうんだよ」

「歴史再現です」


 ここまでくるといっそ清々しい。加々美の頭の中では楽が神様で、彼の行う事は全て正義なのだ。最早宗教ではなかろうか。恋は人を盲目にするというが、それと一緒にするのが失礼なほどに加々美も充分に歪んでいる。

 主観にとやかく言ったところで何も得られるものは無いか。諦めて目の前に集中する。


「ならさっさと終わらせないとな。引っ張ったところで何の特にもならない」

「最初からその賢明な判断をしていただけると嬉しかったんですけれどね」


 どうやら加々美は未だに要の事を敵視しているらしい。最早心地よいほどの一貫性だ。自分本位で周りに振り回されてきた身としては見習うべきなのだろう。

 と言うかその素直さの半分でも楽に向ければ彼だって真っ直ぐに向き合ってくれるだろうに。

 他人事だからこそ、こんなにもどかしく感じるのだろう。要のそれだって未来たちから見たら同じようなものなのかも知れない。

 考えていると視界の先に目的の人影を見つける。


「加々美、彼らだ。逆位相頼んでいいか?」

「……貸してください」


 一緒に逆位相を聞けば要に掛かった『催眠暗示』が解け、楽に関する記憶が消えてしまう。それを避けるための加々美の協力なのだ。

 隣の彼女に差し出せば、奪うように受け取った加々美がその瞳に事務的な色を灯して歩き出す。

 その背中に思わず疑問を投げかける。


「……その姿のまま行くのかよ」

「『催眠暗示』はそれを解けば、掛けたときや解いた時周辺の記憶が曖昧になるんです。彼らは覚えていませんよ」

「便利だな、異能力」

「どちらかと言うと人の防衛本能じゃないですかね?」


 嫌なことからは目を背けその記憶に鍵をしてしまう。人間が無意識に行う自己防衛。高校の哲学で習った、フロイトの精神分析……防衛機制の内の一つ、抑圧だ。

 人間がその精神を守る為に備わってる最も基本的な防衛機制。

 その一端は、由緒がその身をもって教えてくれている。

 楽が刺されたあの瞬間の事を彼女はまだ思い出していないはずだ。一応《傷持ち》が要であることや、その行いが仕方のない歴史再現だと割り切っていた事も由緒は理解しているはずだ。しかしそれと、現実に楽を刺した景色を記憶の一部として思い出してはいない。ただそういう事があったと知っているだけだ。記憶と事実を繋げるには由緒は優しすぎる。

 平穏無事を望み、争いを好まない日常の象徴。彼女がそこにいるからこそ、要は要のやるべきことから目を逸らさずに今もこうして前に進める。

 由緒は、俺にとってのよりどころであり帰る場所だ。

 そんな彼女をこちら側に引っ張り込みたくない……。そんなエゴもあるのだろう。

 要はただ、今までして来た事が正しくて、由緒を守れていたのだと誇りたいのだ。だからその結果の一つとして、由緒には由緒でいて欲しい。

 例え異能力に目覚め、引き返せないところまで巻き込まれた被害者だとしても。最後の一線で彼女には正しくいて欲しいのだ。

 ……救えないほどに独りよがりなことは分かっている。けれど、大切な人を守りたいこの気持ちまでも嘘だとは思いたくは無い。

 要はまだ、人間でいたいのだ。

 非日常に憧れ理想に溺れても、それは日常と現実あってこそなのだから。

 こうして歴史再現の後に、出来る限りリアルに近いところに戻ってまた変わらない日常を過ごす為にも、その場所は必要なのだ。

 とは言え、全てを肯定される事も、また否定されて間違っているだなんて正義を振りかざされる事も望んではいない。

 面倒臭くて、押し付けがましいのは承知の上だ。

 程よく認めて、程よく批難する。そんな難しい塩梅は……けれど未来が来る前に確立されていたはずだから。

 今度はそこに、彼女を好きな気持ちを少し加えるだけだ。…………何て難しい話だろうか。これだから感情に面と向き合う事を恐れていたのかもしれない。

 結局要なんて、それだけちっぽけで子供名ままの存在だということだ。それでいて60年後には『Para Dogs』を率いているというのだから、自分の事ですら信じられない。それくらいに突飛押しもない方が、未来を夢見る者としては正しいのかもしれないが。


「……終わりましたよ」

「ん、あぁ。ありがとう」

「どうかしましたか?」

「いや、少し考え事。自分が馬鹿な事に今更ながらに気が付いただけだ」

「自分が賢いと思っている人よりは懸命な自己診断だと思いますよ」


 相変わらず辛口な評価なことだ。


「それから……賢くなりたければ、自分が馬鹿だと思い続ける事ですよ。これはわたしの言葉じゃないですけれど」

「肝に銘じておくよ」


 なんと自己評価の低いことだろうか。そんなに悲観的で臆病な思考の持ち主は、要は一人しか知らない。


「さて、次に行きましょうか」


 確かにその態度も正しいのかもしれない。

 そもそも要と加々美は違う時代に生きる者。今回こんな騒動でイレギュラーに交わってしまったが、本来は出会うはずのなかった二人だ。

 加えて加々美には好きな相手が、要にもそれ相応の相手がいる。今更発展する関係でもなければ、これ以上近づいて利があるわけでもない。

 それどころか下手に風呂敷を広げれば、中から包んだ覚えのない疑問まで転がりでて来ることだってある。

 ようやく歴史再現として全てを受け入れ、後は辻褄合わせをするだけで全てが丸く収まるというところまで来ているのに、それを引っ掻き回すような新しい火種は望むべきではないだろう。

 それから、これは彼女の立場に限ったことかもしれないが、未来人である加々美は過去に深く干渉する事を避けるべきなのだ。

 未来に納得を求め、楽の道楽に付き合って。要は普通以上に未来と、過去と、歴史についてを知ってしまった。未だこの時代では秘匿されるべき変革の力……異能力については想像も含め色々な事に触れたのだ。

 けれど本来、それは未来から過去に時代を超越して教示されるべきものではない。要の時代の技術を過去に持って行き、ブレイクスルーやアウトブレイクを引き起こすような事象は避けるべきなのだ。

 ともすればそれが新たな火種……面倒な歴史再現を引き起こす可能性だってある。歴史の番人である『Para Dogs』からしてみればいい迷惑だ。

 その可能性を減らす為にも、要と深く関わり、今以上を教えない事は何よりの得策。沈黙は金だ。それを今更ながらにこちらに押し付けているというのであれば、要だって無闇に話をするつもりは無い。

 しかし、とは言えここまで手を取っておいて無関係を装うというのも不思議な話だ。

 別に縋ったり、新しく何かを暴き立てたいわけではない。単純に、仲良く慣れるならそれに越したことは無い……そんな要のエゴだ。

 尤もらしく着飾れば……要は独りの怖さと寂しさを知っている。無粋に彼女の事を思えば、その寂しさを彼女に経験して欲しくないと言うのが優しさであり押し付けだ。もちろん今更な話だというのは承知の上だ。加々美が過去にどんな道を辿ってきたのかは楽の話からある程度推察できる。けれどだからこそ、いつまでも過去に囚われるのは不毛と言う話だろう。過去を変えられないのなら今を紡ぐのは何も間違っていないはずだ。その今を、できることなら要が少しでも見せてあげたい……何て思うのは、これだけしっかりした加々美が、まだ12歳だから、と言う外見的な同情なのかもしれない。

 由緒に学び、未来に再確認させられたが、人間の外的要因……第一印象と言うのは拭い難い。


「……早く手を出してください」

「なぁ加々美」

「何ですか?」

「俺のこと嫌いか?」

「好きではありません」


 子供らしい大人な受け答え。恥じることのない12歳の加々美が続ける。


「幾ら歴史再現で、どんな未来に行き着くかが分かっていても、それを先延ばしにしようとする事と逃げる事がどう違いますか?」

「……………………」

「わたしにしてみればそれは歴史改変の一端です。答えを先延ばしにして一体何が得られるんですか? ただ無為な時間を消費するだけじゃないですか。今こうして受け答えしている時間だって、歴史にしてみれば無駄な引き伸ばしに過ぎません」

「……時は金なり、ってか?」

「いいえ。価値観が異なるだけです」


 真っ直ぐこちらを見つめる未来と同じ橙色の瞳。そこに宿る……頑固とも言うべき信念にその通りだと納得する。

 要にしてみれば何か得る事があるかもしれない時間だというのは、要の価値観に過ぎない。加々美にしてみれば要の価値観など関係のない話だ。当然、それには逆の視点もあるのだが。


「要さんは、わたしに構うよりもっと大切にするべき時間と相手があるんじゃないですか?」

「……そうだな。だが優先順位と今取れる選択肢が必ずしも一致するわけじゃない。ここに由緒はいない」

「ではわたしに(かま)ける事が由緒さんの為になると?」

「ならないだろうな」


 答えて、それから加々美の心の内と、自分の言いたい事がようやく分かる。


「ただ、無駄のない人生なんて何処にある? 後悔がない人が何処にいる?」

「……………………」

「由緒も、未来も、楽でさえ。やるべきこととしたい事を混ぜて公私混同に今を生きているんだ。加々美のそれだってそうだろう?」


 加々美の言い分なら、要の行動は要のためであり由緒のためであるべき。その時間を無駄にするべきではない。そんなのは分かりきった話だ。

 同様に加々美の主観だって楽のためであり彼女自身のためだ。そしてそれを、歴史の為だと(うそぶ)いている。


「俺は加々美みたいに自分を押し殺して理想を叶えられなかった女の子を知ってる。理想に押し潰されて自分を見失いかけた奴をな」

「……そんな言い方ないんじゃないですかっ?」

「確かに美徳だろうよ。仕事としてはこれ以上なく真摯で当然の事だ。歴史を守る何ていう大役、誰にだってこなせるわけじゃない。でもそれで、自分を見失ってどうする。異能力があるからって、歴史を守る為だからって、好きな人を作っちゃいけないなんて、加々美の上司様はそんなこと言ったのか?」

「…………うるさいです」

「加々美の価値観に合わせて言うならば……自分を見失えば歴史再現だってままならなくなるぞ」

「だからって無駄な時間を犠牲にして自分のやりたいことだけを追いかけていれば良い訳じゃありません。そんな事、わたしには出来ません……」


 ……あぁ、違うのか。加々美は頑固なんじゃない。ただ分からないのだ。自分を既に見失っているのだ。

 だから自分本位になれない。口で幾らそう言ったところで、彼女のその言葉のどれ程も信用していない。

 なんだかそれは、自分を見ているようで嫌だった。


「なるほど。ま、それで加々美が納得してるならいいけれどな。確かに加々美の言う通りに無駄だった。ほら、いくとするか」


 賢さはプライドと紙一重。(かしこ)さよりも(さか)しいらしい要とは大違いで真面目な彼女の瞳をこれ以上曇らせる必要もない。

 加々美の言うことだって正しい。滅私奉公と言えば今のご時世聞こえは悪いかもしれないが、強要されるでなく自らそうするのならばそれはその人の勝手だ。

 考え方が違うならそれまで。互いのやるべき事がそれぞれ何かの利を生むのなら、それを利用すればいいだけのこと。

 考えつつ言われた通りに差し出した手を、けれど加々美は取らない。代わりに彼女は俯いたまま呟く。


「……どうしてですか?」

「どうして、とは?」

「なんでそんなに自分以外を切り捨てられるんですか?」


 それはまるで苦痛に喘ぐように。理解の出来ない……したくない感情を睨みつけるような面持ちで吐き捨てる加々美。

 彼女は、怖いのだろう。もし自分を表現して、それを受け入れられなかったら……。だったら周りに埋もれて歯車になっている方が幾らかましだ。自分で語ったように、敷かれたレールに乗っていればそれ以上に楽な事はない。嫌な事は考えなくて済むのだから。

 その気持ちもよく分かる。けれど迫害や批難なんて相手にするだけ無駄だ。それこそ、曲がらない自分がいればいいだけの事。


「俺は自分が正しいなんて思ってないさ。ただ、俺以外が正しいからそれに縋ってるだけだ。俺は俺が面白いと思うものを刹那的に追いかけてるだけだ」

「面白いもの……?」

「楽しいもの、でもいいけれどな。他人に迷惑を掛けないなんて無理な話だ。その上で、迷惑になりづらいところで一緒に笑えたらそれが一番だ」

「……わたしに笑えって言ってるんですか?」

「普段から笑えない奴が本当に大切なときに笑えるかよ」


 何の話をしているのか段々と分からなくなってくる。それくらいに要は馬鹿だ。だから馬鹿なりに、今を精一杯生きているに過ぎない。

 こんな非日常に溺れるのも、目の前の出来事の一喜一憂するのも……それからこうして、たった12歳の女の子を笑わせたいだけなのも。


「俺は考え無しに今を生きてるだけだ。だって考えたところで未来の事は分からないし、歴史は既に決まってるんだろ? だったらわけの分からない未来の事を想像して嘆くより、今を馬鹿正直に生きた方がいくらかましだ。それとも、そんな衝動的な恋なんて否定するか?」


 恋。あぁ、その言葉が丁度いい。

 俺は今に恋をしているのだ。


「…………大物ですね」

「未来を直視したくないだけの小心者だ」


 自分を見失うくらいに己の根幹を曝け出せば、ようやく加々美は呆れたように肩を揺らした。


「……価値観の違いで悩む事が、何よりも不毛でしたね」

「その不毛が、俺にとって何よりの報酬だ」


 今に意味が生まれるのはその時間が過去になってからだ。だから歴史なんてものが崇拝される。全くもって馬鹿らしい。


「因みに一つ聞いていいですか?」

「何だ?」

「要さんにとって、この歴史再現は過去ですか? 今ですか?」

「肝心(かなめ)の最も(たの)しく由緒(ゆいしょ)正しき未来(みらい)(かがみ)写し、だな」

「なんですか、それっ」


 まるで理解できないものを目の前にして、笑うしかないように。ころころと肩を揺らす加々美が差し出した手を握り返せば、彼女は目を閉じながら呟く。


「今のこれ、由緒さんに報告しますからね」

「……可能なら60年後にツケ払いで頼む」

「利子は高く付きますよ?」

「リボじゃ────」


 頼むから話してる途中に時空間移動するのはやめてもらえないかな? お陰で最初に時空間移動を経験した時以来の吐き気を覚えた。

 再び足の裏が地面を捉えた事に安堵を覚えて瞼を開けば、隣の加々美が楽しそうに笑みを浮かべた。


「……やっぱり俺のこと嫌いだろ?」

「いいえ、大好きですよ?」


 思いの外御しやすいから。そんな言葉が続きそうなほどに可憐な微笑みに、怒る気も失せて小さく息を吐く。

 もういい。これが加々美と俺の関係だ。ならば今この時だけ、彼女の本音と建前の渦に巻き込まれるとしよう。

 共感のような何かでようやくあり方を見つけながら、そうして目の前の景色に焦点を合わせる。

 そこに広がるのはショッピングセンター。時間軸で言えば、要と未来が雅人の事故から帰って来たときに生じた三日間の空白の時間。由緒の事故を未遂にする為に繰り広げたショッピングセンター内のホラー染みた経験は、今になってもやはり慣れないほどには衝撃だった。


「それで、ここは?」

「そこの扉に未来が撃った空間固定弾が掛かってる。で、それを解除した後に加々美が持ってるポータブルオ-ディオプレーヤーを過去の俺たちが買いに来る」

「……その時に、掛けたはずの空間固定が解けていた。その辻褄合わせですか」


 経験していないにも関わらず直ぐに話についてくる彼女の理解力は、さすが最年少記録保持者。彼女がこのまま成長した際に、今の要と同じ17になったときには、一体どんな化け物になっているのだろうかと想像して楽しく思う。

 きっとそんな彼女とは口論にならないほどにこちらが言い負かされるのだろう。賢さとは厄介なものだ。

 考えつつ『スタン(ガン)』を抜いて、その弾を装填する。間に、過ぎった疑問を音にする。


「そう言えば空間固定の事で前に未来に聞いたんだけどな、制限抵触ならその空間隔絶を越せるんだよな?」

「そうですね」


 随分前にした話で、殆ど忘れかけていたような瑣事。

 通常、空間固定弾で隔離をした場所には空間移送は行えない。出る事も、入る事も無理なのだ。

 けれど例外として制限抵触で元いた時間に戻る際、その戻る先の空間に空間固定が掛かっていても、それを抜けて空間内に入り込めるという話だ。出る空間に掛かっている場合は無理だが、入る空間は抜けられる。とても限られた抜け道としてあの時は未来とも議論の種にしたけれども。


「異能力もそうだけど、全部が完璧じゃない。加々美の『能力転写』を使えば制限の幾つかが無視できるように、全てにおいて例外や抜け道が存在する。だったら、この空間固定も同じ弾をもう一度撃つ意外に解除方法があるんじゃないかって事だ。例えば、そうだな……プルッツフォン・ポイントとか」

「よくそんな言葉知ってますね」


 プルッツフォン・ポイント。物体の(へそ)とも言うべき箇所で、そこを突けばダイヤモンドでさえ簡単に破壊できてしまうというものだ。

 ……あぁ、いや。ダイヤモンドの固さはモース硬度か。あれは摩擦や引っ掻いた際の硬さで、叩いた時の硬度では無かったはずだ。そっちは確か……靱性(じんせい)と言っただろうか。ダイヤモンドの靱性はルビーなどよりも低い。まぁ、構成する物質が炭素なのだから破壊に対する耐性がなくとも不思議ではないが。

 っと、話がずれた。

 ダイヤモンドにも勝る靱性をもつルビー。硬い鉱石や宝石は他にも数多あるが、それらには弱点とも言うべき箇所があって、そこを突ければいとも容易く破壊できるというそれだ。

 (よじ)った糸にだって小さな隙間があるように。そこから解けばどんな物だって簡単に壊れてしまう。それは電子の世界でもウイルスと言う形を持つように、ミクロにもマクロにもよくある話だ。

 だったら空間を断絶するその技にも、弱い部分があってもおかしくは無いはずだ。

 そもそも異能力での時空間移動だって座標指定で存在を割り込んでいるようなもの。原理からして似ているのだから別に根拠のない話ではないとは思うが。


「まぁ、ないわけでは無いですよ。ただ存在しても、どうやってそれを特定するんですか? 空間断絶は目の前に触れる物質としてそこにあるわけでは無いんです。酸素分子を壊す一撃を放てるなんていう力があるなら話は別ですけれどね」

「ま、そんな簡単な話は無いよな。もしそう簡単に対処できるなら、こうして技術として利用されてないはずだからな」


 技術として脆弱性があるのならばその危険を冒す必要はどこにもない。それほどに強大な力が異能力なのだ。


「とは言え似たような事が出来ないわけでは無いんですよ?」

「と言うと?」

「空間固定は言い換えれば空間断絶です。林檎を用意して、その回りの空間を歪めて手が届かないようにする。真空の壁で音を遮るような技術なんです。つまり、空間や座標を弄る力を利用しているんです」

「……あぁ、そうか。もし座標に干渉して好きに弄れる異能力が……それに類する空間干渉の力があれば、人力での対処は可能って事だな」


 いわば座標と言う数値を使った暗号なのだ。それを歪ませているのが空間固定で、乱れた座標と言う暗号を解読できるのならばその壁を抜ける事も可能と言うわけだ。


「と言う事は、今の加々美もうまくやると……?」

「残念ながら借り物の力でそこに至るには、経験も知識も足りません。それこそ、明日見先輩みたいに空間系の異能力とずっと傍で付き合ってきた方なら出来ますけれど。と言うか明日見先輩は出来るはずですよ?」

「まじか…………」

「でも爆発物処理みたいなものですからね。失敗したら辺りの空間諸共巻き込んで歪んだ空間に飲み込まれるはずです。出来るからといって、そう気軽に手を出す物でもありませんよ」

「…………その気になればブラックホールでも作れそうだな」


 座標を弄れるという事はそれを応用した利用方法が幾つも存在するということだ。指先一つで、と言う簡単なものではないのは加々美の言葉から推測できるが、うまくすれば一方的に事を成す事だってできるはずだ。

 タイムマシンのような時空間跳躍。その力を聞いたときから破格だとは思っていたが、よもやこれほどまでとは思わなかった。


「と言うか、無駄話も大概にしてくださいね?」

「加々美だって付き合ってくれたじゃねぇか」

「わたしは気づいただけです。要さんの疑問は放置しておくとそれだけで危険だって。だから聞かれた事に答えてそれ以上の興味関心を奪ってるだけですよ」

「…………ツンデレ?」

「置いて帰りますよ?」


 仲良くなれたかと冗談を口にしてみたが、どうやらそこまでは許してもらえないらしい。まぁほぼ無関係な彼女とこうして話が出来る程度には要自身の事を知ってもらえたのだ。最悪半世紀には嫌でも相手にする事になるのだから今拘る必要でもない。

 何より、ロリコンなんていう汚名を押し付けられては敵わない。無為な詮索はやめておくとしよう。


「悪かったよ。……さて、これ以上疑問と言う疑問も浮かびそうにないし、やるべき事を終わらせるかな」

「疑問なんて抱かずに被害者面をしたままのうのうと振り回されてればよかったのに」


 最早それは加々美なりの心配の言葉と言う事にしておくとしよう。言うだけ神経を逆撫でするだろうから言わないけれども。

 どうでもいいが、こんな彼女に恋慕されている楽に少しだけ同情する。これならまだ理不尽の見返りに慕ってくれる由緒の方がましだ。

 ……全ての(しがらみ)を無視して馬鹿な事を言ってもいいのなら、理想を勝手に押し付けてくれる未来が一番相手にしやすいかもしれない。もちろん今更で、そんな選択肢を取るつもりは既にないけれどな。

 反論も無意味に思えて加々美の辛口への感慨を飲み込み、上げた腕に構えた『スタン銃』の照準具(サイト)を見据える。

 自動拳銃型のハンドガンである『スタン銃』には、無駄な装飾は着いていない。

 手のひらより一回り大きな機関部(レシーバー)はそれほど重くなく。片手でどうにか握れる銃把(グリップ)に乗っかるように突き出た銃身(バレル)は無骨ながら流麗な線さえ描く。先ほど込めた空間固定弾は銃把の下から挿入した弾倉(マガジン)。装弾数は確か15発。薬室(チャンバー)に予め込めて1発多く撃つという事は構造上出来ないらしい。

 普段の弾は実銃と違い、異能力である『生体感応(マインド)』をこめた非殺傷無力化制圧用の飛ぶ注射器。今回は空間固定弾だが、発射の際にも小さな空気の破裂音以外はせず発火炎(マズルフラッシュ)が散ることもない。また、大きな反動が腕に返る事もないから、恐らく火薬による推進ではないのだろう。恐らくこれも異能力による推進だ。例え火薬推進だとしても、音は減音器(サプレッサー)による軽減、発火炎も消炎器(フラッシュハイダー)によるものでどうとでもなる。ただ、特別そんな装置がついている様子でもないので、それらが必要ないか、本体と一体化したインテグラルタイプのどちらかなのだろう。

 薬室に1発多く込める事ができないと言う事は、遊底(スライド)を引いて弾を込めるという動作はしなくていい筈だ。

 ある程度の機能を頭の中に描きつつ手の中の異物を理解できるものとして自分の中に落とし込む。そうして初めてこの銃を手に試射したと気を思い返しながら同じ構え。

 体を正面に向け重心を少し前に。膝と肘は伸ばしきらずに余裕を持たせ、足は肩幅に開いて呼吸を整える。安全装置(セイフティー)をアタルの語呂合わせのタ……単射へ切り替え、照星(フロントサイト)に目標を定め、次いで照門(リアサイト)の窪みに照星を合わせるように調整。右手の人差し指をゆっくりと引き(トリガー)に掛け、添えた指の腹を第二関節を外へ開くように絞る。

 刹那に、小さな空気の破裂音を響かせるのと同時、施条(ライフリング)によって回転する銃弾がジャイロ効果を伴って精度を増し、銃口(マズル)から飛び出していくのを感覚で捉えた。

 火薬推進では無いけれども、それに比肩する亜音速で空を駆ける小さな注射器。『生体感応』の代わりに込められた座標に干渉する異能力を内包した弾が、瞬きの間に目標であるショッピングセンターの自動ドアに吸い込まれ、小さな音を響かせた。

 空間固定が解かれた影響か僅かに歪んで見えた景色は、けれど次の瞬間にはいつも通りに景色を動かし始める。

 それまで閉じていた自動ドアが人を検知し、当たり前のようにガラス戸を横に引く。

 当然の事なのに、何故か時間が動き出したように感じるのは時空間の歪みに振り回されすぎた影響か。

 安全装置を掛け直して腕を下ろせば、僅かに詰めていた息が漏れる。


「お手本みたいな射撃ですね」

「未来の直伝だからな。とは言えこれまでまともに構えて撃ってきた記憶は無いんだけれど……」

「それだって、幾ら反動が少ないからとは言え基礎がしっかりしていなければ当たりはしませんよ。才能、あるんじゃないですか?」

「面白い冗談だな」


 これから終わりを迎えようというのにスカウトだなんて。そんなに要をいじめて楽しいだろうか。

 心地よく感じるやり取りに笑えば、差し出された手を取って目を閉じる。

 次いで体を襲った重力方向の変化。無視できないくらいに大きくなってゆく現実との乖離はどうやって戻そうかと思索を重ねる。

 とは言え現実とのずれなんて他人から見れば目に見えるものではない。生きているはずの時間から幾らずれたところで形となって何かが襲ってくるわけではないのだ。

 もしそうであれば要以上に時空間を旅している未来がそれを証明してくれている。そうなっていないのであれば、目に見える形での影響があるわけではないのだ。

 単純な個人の問題。そこまで戻ってようやくリアルに同期したというのであればその通りだ。

 ただ、要はこの経験を忘れるつもりは無い。覚えたまま、半世紀以上を過ごしてあの『パラドックス・プレゼント』を成し遂げるのだ。

 記憶を保持したままなら、それに向き合っていくためにも体感はずれたままの方が戒めにもなるだろう。

 何よりそうして普通では無い事に憧れや誇りのような何かを感じているのだから、やっぱり要は救いようがないほどに歪んでいるのだ。

 そうして特別でありたいなんて、子供の言い分だ。自分のことながら呆れ果てる。けれどそんな理想ですら捨ててしまえるほどの諦めに自分を放り込みたくないのだ。

 考えていると足の裏に感じた大地の感覚。ゆっくりと瞼を開けば、目の前に未来たちの顔を見つけて安堵する。

 既に要の中で彼女たちがいる事が常識であり、帰る場所だと認識が固まっているらしい。本当にそちら側の住人になれたら一体どれだけ心踊ることだろうか……。


「おかえり。最早確認するのも馬鹿らしいけれど、どうだった?」

「別に。やるべき事は簡単だし歴史再現である以上間違えるような事は起きないだろ?」


 未来の声に答えて、もう必要ないだろう『スタン銃』を彼女に返す。ここから先の歴史再現は平穏なものだけだ。そうなるように順番も組んだし、そもそもそれは要が持つべきものではないのだ。


「こいつにも大分世話になったな」

「そう言えばこれに撃たれた事もあったんだよね」


 未来を撃った数は既に覚えていないけれども。その銃弾が相手を捉えたのは四回だけ。要の主観で記憶遡れば、一回目は廃ビルで要が未来の由緒に撃たれた時。二回目は雅人の過去で《傷持ち》に未来が撃たれた時。三回目は廃ビルで楽を追い詰めた際に自分自身が撃たれ。そして四回目は『電流操作』の件で撃った弾を楽が弾いた曲射の時だ。

 こうして考えると撃った数に対しての命中率が酷い話だ。そのほとんどは『捕縛杖』に弾かれたもので、効かないと分かってからは牽制にしか使っていなかったイメージだ。

 本来ならば《傷持ち》の方がイレギュラー。亜音速の弾丸に対処できることなどありえないのだから、今回が例外だっただけなのだ。

 また、どちらにも要が関わっていることから、やはり要はこの歴史再現において中核を担う存在であったのは確かだろう。


「……それが私の意識も奪ったんだよね?」

「…………教えたのは楽か?」

「後催眠暗示を解けって言ったのは要だろ?」


 横から響いた声は由緒のもの。彼女が言うように、『スタン銃』の銃口を見つめる事で由緒の意識は奪われる。それが彼女に掛けられた後催眠暗示だ。

 そのお陰で一度目はここ病院で、《傷持ち》として要が彼女を利用するその始まりにし。二度目は楽を追い掛けて向かった迷子の過去で事故のようにその景色を再現してしまった。


「だからって教える必要はなかったんじゃないのか?」

「違ぇよ。暗示を解く過程で由緒っちが勝手に思い出したんだ」

「本当だよ? がく君は何も悪くないっ。心配してくれるのは嬉しいけれどね……」

「嫌な事なんだから忘れとけ」


 忘れていて欲しいのは要の希望か。

 彼女に掛かった後催眠暗示が発動するように手を下したのは、どちらも要だ。言ってしまえば彼女を傷つけるその役割を演じたのだ。

 要の所為で、由緒を危険に晒した。幾らそれが歴史再現で、楽が組み立てた盤上だとしても。実行犯として手を下したのは紛れもなく要なのだ。

 ようやく好きだと向き合えた気持ち。彼女が大事なのは昔から。その共犯者の約束を壊してしまったような罪悪感から、彼女には忘れて欲しいなんて……そんなのは要のエゴだ。

 ただ単純に、由緒を危険に晒した事実から目を背けていたいだけ。自分は彼女を守れたのだと胸を張りたい浅ましさだ。

 誰かが笑ってくれたなら、それで救われる話なのだろうけれども。今この場に要の過去を茶化せる者などいない。

 そういう意味では、ここにいる全員がこの歴史再現の共犯者だ。


「……大丈夫っ。私何も分からないから!」

「それは何かを分かってる奴の台詞だろ?」

「えぇーなんのことぉ?」


 少しだけ沈んだ空気に白を切り通す由緒。その優しさに縋るのが情けなく思いながら、いつものように言葉を次ぐ。そうすればどうにかいつも通りに戻れる気がした。


「それ以上墓穴掘る前にその話題やめたら?」

「思うなら言うより先に話題でも逸らしてくれ」

「これ以上面白い話がないなら俺はそろそろ帰るぞ?」


 着地地点を見失った会話が行き場を求めて彷徨い始めると、肩を揺らした楽が疲れたように零した。


「なんだ、もう帰るのか?」

「そもそも俺はこの時代では異邦者だからな。これ以上引っ掻き回して要らん報告書増やすのも面倒だろ?」

「『音叉』の件はどうするんだよ」

「だから使えばいいだろ? どうせ俺の手元に戻って来るか、巡り巡って上手く回るようになってるんだ。今更要が心配することじゃねぇよ」


 これ以上面倒事はごめんだと言う風に頭を掻く楽。どうやらこれ以上彼がこの時代ですることは無いらしい。

 色々と悪態を吐いては協力をして来た楽だが、彼が手を貸してくれていたのは(ひとえ)にそれが歴史再現だからだ。

 つまり彼が必要ないといえばそれまで。何より未来や楽の存在が未来の歴史を肯定しているのだから、現代に生きる要がこれからの事を憂慮するのは筋違いなのだ。言ってしまえば関係のないこと。要が今こうして目の前の事に振り回されているように、問題は起きたその時に解決すればいいだけのこと。あるかどうかも分からない可能性の話で紐に結び目を作ることほど無益なことは無い。


「……そんなに非日常が終わるのが怖いかよ」

「退屈ほど恐ろしい毒は無いからな」


 胸の内を言い当てる言葉に素直に答えれば、鼻で笑った楽がこちらへと『音叉』を投げてくる。


「だったらそれ使って一生果たせない約束から逃げてろよ」

「無駄に後悔重ねるよりましだけれどな」


 売り言葉に買い言葉。楽の過去を笑えば、その瞳に呆れたような色を灯した彼はその視線を加々美へ向けて手のひらを差し出す。

 どうやら事ここに至っても楽とは折り合わなかったらしい。それが楽との折り合いだ。


「ほら、帰るぞ」

「はい。それではお先に失礼します。明日見先輩、後のことよろしくお願いします」

「ん、じゃあね」

「要のばーか」

「おまえなぁ……」


 捨て台詞なのか何なのか分からない呟きを残して、そうしてあっさりと楽と加々美が姿を消す。

 最初は当たり前のようにそこにいて、最後は当然のようにそこからいなくなった彼。まるで要の見ていた風景が幻想の夢だったように。目の前にあったはずの姿がなくなれば、後に残った空虚さが寂しさだと気付いた。


「騒がしい奴だったな……」

「寂しいくせに」


 そんなに顔に出ているだろうかと。からかうようにこちらを覗きこんできた幼馴染の笑顔に溜め息を吐いて矛先を返す。


「……由緒こそ寂しいんじゃないのか?」

「んー、まぁそうかなぁ。あんまり話も出来なかったし。もう少し気楽に遊びたかったかな。特に加々美ちゃんは可愛かったしっ」


 飾らないまま素直な彼女を改めて尊敬する。どうにも要にはそう言った素直さと言うものが欠如しているらしい。……だから男のツンデレなんて誰の得にもならないだろ?

 素直で馬鹿で見てくれがよければ生きやすそうだと羨みながら、手のひらに残った『音叉』を見下ろす。


「……押し付けられたものはしょうがないからな。可能な限り利用して手放すのを惜しんでやるか」

「遺品じゃないんだからさ」

「よー君はもう少し常識とか倫理観を身に付けるべきだと思うよ」


 由緒に加えて未来にまで批難をされながら小さく息を吐く。

 別に、本気で楽の事が嫌いなわけでは無い。嫌になるくらい彼の考えている事が分かるから、嫌いなだけなのだ。

 同属嫌悪。そういう事にしておこう。


「俺が人間らしくないのは今に始まったことじゃないだろ? ほら、こんなところで油売ってても仕方ない。次の歴史再現だ」


 過ぎた事を置き去りにするように。いつもの非情さで遠野(とおの)要を振舞えば、少しだけ突きつけられた現実から目を逸らせた気がした。


「どれからやるの?」

「……一つずつ過去に戻っていく。次は、未来への助言か。三日後に過去から帰ってきた後の時間だな」

「あぁ、あれかぁ…………」


 思考を切り替えて音にすれば、記憶を遡った未来が零す。

 それは由緒の事故が起きるほんの少し前。未来が雅人(まさと)を突き飛ばし、『時間遡行』の制限によって三日後に飛ばされた直後だ。

 あの時彼女は、どれだけ呪っても許し難いほどに自分を責めていた。例え歴史再現だったのだとしても、自分の曽祖父を突き飛ばした事実は変わらない。その事に拭いきれない罪悪感を背負っていた未来。

 どうすればいいかなんて過去の要には分からなくて、ただ笑ってそんな事かと目を逸らすことしか出来なかった事実。

 そこから間を置かずに起きた由緒の事故未遂。悩む暇なんてないくらいに性急だった出来事に、けれど不思議な点はあった。

 雅人を突き飛ばした彼女が、次に顔を見せた時には大分立ち直っていたこと。由緒の事故に際して冷静でいられたこと。

 そう振舞うに足る、彼女を支えたもの。それが今から要が行うべき歴史再現だ。

 制限抵触によって一人強制送還された彼女を鼓舞し、未来へと向かわせる手助け。

 今でもなんと言えば彼女を元気付けられるのか、その確証はない。ただ分かるのは、要がそうするべきだということだけ。


「……ごめんね、またお兄ちゃんに迷惑を────」

「最後くらい兄貴面させてくれ。何より俺自身がこの経験を嘘にしたくない」

「…………お兄ちゃんらしいね」


 出会いと別れは同様に刹那の出来事。そう自分に言い聞かせて思考を切り替えれば、手に持った『音叉』から顔を上げて視線を由緒と未来へ。少しだけ考える間を開ければ、言葉を向けた先は未来だった。


「……未来、『音叉』のリンクしてもいいか?」

「由緒さんのじゃ駄目なの?」

「残念ながらその瞬間に俺が経験した記憶は無いんだよ。だから跳べない」


 これから向かう先は要が未来と同時間軸に存在しない時間だ。つまり未来だけの、要が経験した事がない要にとっての空白の時間と言うわけだ。

 由緒の『時間遡行』は記憶の経験を元に移動先を決める。その経験がなければそもそも移動先に指定できない。


「そっか……。でもあたしのでも無理だよ?」

「知ってる。けれどそれは未来と一緒に移動しようとしたら発生する制限だろ?」


 もちろんそれも考慮済みだ。

 未来の『時空間移動』は未来が既にいる時間には移動できない。けれどこれは重なる事が前提に発動する後出しじゃんけんの制限だ。


「あぁ、えっと……『音叉』は制限を共有する。それが邪魔するんだよ」

「それはそうだが……どういうことだ?」

「例え『音叉』でお兄ちゃんだけに過去への移動が働いても、異能力的にはあたしも一緒に移動するって言う裁定が下るの。前提が過去への移動だからね。そもそも『音叉』が例外と言うか、抜け道みたいなやり方なんだよ」


 未来の言葉に巡らせた思考が納得を生み出す。

 つまりはこういうことだろう。

 『音叉』を使えば離れていても異能力の効果を受けられる。けれどそれは確かに異能力が行使され、付随する制限が全て枷となるという意味だ。加々美の『能力転写』のようにそう簡単に制限の軛から逃れられはしない。

 するとここに現実と理論の衝突がいくつか生まれる。

 前提としてこれから向かう先は今より過去の時間だ。つまり過去への時間移動に関する制限が降りかかる事になる。

 その上で起こる問題。『音叉』を使えば未来の『時空間移動』を用いて要一人で過去に向かえるが、過去への移動は未来が移動しなくとも移動するという裁定が下り、移動先に未来がいるから重なるという制限抵触が発生する。よって発動しない。

 また、未来の異能力の行使には同行者の協力が必要となるが、『音叉』を介す関係上要が協力者にはなれない。つまり『音叉』を使えば同行者不在で異能力の行使が不可能になるのだ。

 仮に『音叉』を使わず未来の手から直接跳べば、先ほど語ったように当然彼女が重なる制限によって不発に終わるという問題に陥る。また、由緒を同行者に指定して、要だけを『音叉』で飛ばすことも不可能だ。それもまた過去への移動となり、彼女が移動しなくとも未来が移動する裁定が下って制限に抵触する。

 未来が指摘したのはその八方塞に思える状況。どうやったって要が向かうべき場所にはたどり着けないと言う一見手詰まり。

 が、そんなものは最早今の要には障碍にもならない。

 そもそもだ。それは今から直接狙いの時間に跳ぼうとするから不可能になるだけだ。つまりは────


「なら一回別の中継地点を挟めばいい。未来が制限抵触で帰って来るより更に過去の時間で、未来がいない時。一度そこに飛んで、そこから未来への時空間移動をすればいいだろ? 未来への時間移動の際、未来がいる時間への移動が可能なのは立証済みだ」


 要が楽を廃ビルに追い詰める前。五人の《傷持ち》と要二人に未来を加えた大混戦を繰り広げたあの中で、要は援護の為に未来と一緒にいる要の元への時空間移動を果たしている。あの時は『音叉』なんて便利な道具がなかったから、未来の手から直接時空間移動を行ったのだ。

 また、未来がいる時間に要が重なるだけならその前のマジックショーの時だって起こしている景色だ。これらのことから、未来が重なる際に異能力が不発になる条件は、未来自身が移動を強いられる過去への時空間移動だけに絞られる。

 だったら過去への移動ではなく未来への移動にすれば問題は無い。未来が移動をするという裁定が下らなければそもそも制限には抵触しないのだから。

 と、そこまで論理立てたところで未来から反論が返る


「お兄ちゃん忘れてない? 過去か未来かの判定は今あたしがいる時間から見て、だよ?」


 そう言えばそうだった。けれど、ならば都合がいい条件と言うものも存在する。

 逡巡から直ぐに浮かんだ解決策をもう一つ先の歴史再現に繋げる。


「だったらその中継地点に未来も一緒に行けばいいだけだろ? そうなればほら、移動先はもう決まってる。未来が移動できて、俺がこれから歴史再現へ向かうより過去……。更に加えて、その中継地点からもう一つ歴史再現をする条件も整う」

「…………なんでそう悪知恵だけは直ぐにはたらくかなぁ……」


 どうやらこちらの考えに追いついたらしい未来が唸るように零して上目遣いに恨めしく睨んでくる。


「……どゆこと?」

「んとな……ここからじゃあ未来の異能力が使えない。だから一度別の場所……中継地点に移動する。そこからまずは今話してた再現を終えて俺が中継地点に戻る。で、その中継地点が更に次の歴史再現の開始地点だったら都合がいいよなって話」

「……難しい話だね。頭くらくらしてきた…………。で、それって具体的にいつなの?」


 由緒の疑問に小さく笑って未来に視線を移せば、認めるしかないだろう彼女は呆れたように溜め息を吐いて視線を逸らしてくれた。反論がないなら押し通すとしよう。


「未来が父さんを突き飛ばした直後だ。あの時間なら未来が制限抵触した後でいないから、未来も一緒に移動できる」

「え……っと、そう言えば前に言ってたよね。みくちゃんがよー君のお父さんをどうとかって」


 っと、そうだった。由緒にはそこまで詳しく説明してないんだったか。


「今の話って……」

「深く考えるようなことじゃないさ。既に終わった事で、その瞬間に俺が立ち会ってきただけだ」

「…………そっか」


 こういうとき大概察しがいいのが由緒だ。それがやりやすくもあり、時には少し悩む破目にもなるけれど……どうやら今回はその胸の内に秘めてくれたらしい。代わりに、彼女はどこか寂しそうに笑みを浮かべた。


「……よー君だね」

「俺は俺だからな」


 傷を舐めあうように答えれば、それから一度顔を伏せた由緒。けれども次に前を向いた時には、そこにいつもの由緒が宿っていた。


「でっ、よー君の言った場所に行くの?」

「……そうですね。なんだか釈然としないけれど……」

「最も合理的だろ?」

「判断はね。でもだからって今お兄ちゃんがいる場所は当たり前じゃないんだから。そろそろ現実に戻る努力をしてよ?」

「善処する」


 呆れるように溜め息を吐いた未来。彼女が差し出した手のひらを由緒と一緒にとって目を瞑れば、次の瞬間体を襲った重力方向の変化。後ろに突き飛ばされるような刹那の衝撃は、後何度経験するか分からない時空間移動。

 未来に言われなくとも、もう目の前に現実が迫っている事は分かっている。

 けれどどうにも要は要だから、この非日常に一秒でも長く居たいと縋るように願ってしまう。

 許されないのにどうしようもないのは、要が人間らしいからだろうか。

 もしそうであれば、ようやく少しだけ前に進めた気がしたのだった。

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