表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラドックス・プレゼント  作者: 芝森 蛍
面壁九年の贈り物
63/70

未来へ

 みんな馬鹿だと思います。

 自分の気持ちに素直になれなくて。何かを敵にしなければ生きていけなくて。

 そんな正義に一体何の意味があるというのでしょうか。

 みんな馬鹿だと思います。

 そしてわたしも、馬鹿だと思います。

 自分の事を棚に上げて他人の事を評価して。一体わたしの何処にそんな資格があるというのでしょうか。

 特別扱いをされ続けてきました。異能力があるからと家族には見放され、ならばと異能力の輪に入れば前代未聞の力だと持て囃され。

 異能力なんて、好きで手に入れたわけではありません。

 生まれた時から身についていた特別で異質な力。だからこそわたしの意思に関わらずわたしが何も出来ないままにわたしの居場所を決められました。

 物心ついた時には既に施設にいました。

 潔癖なほどの清潔な建物の内側で、同年代の子供たちと暮らす生活。空の青さも広さも殆ど知らないままに過ごした時間。そんな中でふと気付いた事に……あれは六歳の時に起こしたいわゆる事件です。

 わたしは親の顔を知りません。

 生まれて、自分というものを認識するまでに傍にいてくれるはずの大人。世話をしてくれて、迷惑を掛けて、甘えるはずの肉親。

 母親も、父親も。その親である祖父も祖母も、わたしは知りません。

 周りの子達には親がいて、時々施設に様子を見に来ていました。しかしわたしにはそれがなくて、渦巻いた疑問はやがて行動へと変化しました。

 施設で世話をしてくれる大人の人。基本的に笑顔で、けれど時々怒るような私の親、代わり、の人。

 その人に、子供らしく感情をぶつけました。

 わたしのお父さんはどこにいますか。お母さんはいつ来てくれますか。

 けれど大人なその人は、笑顔……に似た何かで頭を撫でてくれただけでした。生きていれば分かるからと可哀相なものを見るような目で優しく諭すだけでした。

 だから怒りました。

 きっとわたしが本気で怒った、その一度目でした。

 生きていれば会えるのだと。だったら、死んでみたらどうなるのだろうかと。

 限界だったのだと思います。飢えていたのだと思います。寂しかったのだと、思います。

 手には、食堂のカウンターの向こう側……調理場にしまってあった包丁。本気、だったのだと思います。

 けれど何処でどうすれば親に会えるか分からなかったから、居場所を求めるように包丁を持ったまま施設の中を歩いていました。

 時折、すれ違う子が泣き叫ぶように声を上げながら大人を呼んで走っていきました。

 やがてわたしの周りには、その施設に勤める大人が全員こちらを見つめて立っていました。


 ────お父さんに会いたいです。お母さんに会いたいです。会えないなら、わたしは死にます


 そんな事をうわ言の様に呟いて、それから手に持った包丁を振り上げました。

 泣き崩れるように大人の足に縋り背中に隠れるように沢山の子達が声を上げていて。けれどそれがどこか別の世界のようで。

 その時に多分、わたしは気付いたんだと思います。

 あぁ、わたしは生まれてきちゃいけなかった子供なんだなって。

 だから、泣いていました。わけも分からないままに体に力が入らなくなって、その場に崩れ落ちました。

 慌てたように大人の人たちが駆け寄ってきて、けれどそこでわたしの意識と言うものは一旦途切れました。

 次に目が覚めたのは、見慣れたベッドの上でした。傍には心配そうな……何かを恐れるような大人がいて、わたしの事が分からないと言う顔をしながら電話で連絡を取っていました。

 しばらくしてその施設の偉い人が来て、どうしたのかと訊いてきました。

 どうした、なんて。子供の言っている事にしっかり向き合っていればそんな言葉は出てこないだろうに。

 わたしは、大人と言う存在が嫌いになりました。

 嫌いだから、何をしてもいいのだと。胸の内に溜まった鬱憤を全部全部全部吐き出しました。

 涙を流して、顔を熱くして、声を大きくして、喉を絞りきって。自分の声も煩いと思えるほどに全てをぶつけました。

 そうして、わたしの話を聞き終えたその大人の人は、静かに言いました。


 ────二人に会ったらもうこんな事はしない?


 頷けば、大人が安堵をしたのが分かりました。

 翌日施設から連れ出されて車に乗ってどこかに向かいました。窓の外も見る気が無くて、ずっと足元を見つめていました。

 車が止まって外に出ると、そこはお寺でした。手を引かれて木組みの建物に入ると、中で豪華で質素な服を着たお坊さんがいました。

 促された場所に座りしばらくすると、お坊さんが何もないところに向かって何かを喋り始めました。それが何なのか、たった六歳のわたしには意味も分からないはずなのに、意味が分からないなりに何かを理解しました。

 後から聞いた話では、それは永代供養のお経だったらしいです。

 眠くなるような抑揚のない声に、けれど眠気は感じることなく終わった後に、敷地内をお坊さんについて歩きました。

 やがて辿り着いたそこには、冷たく寂しい石の塊が数え切れないほどに生えていました。

 その一つの前に足を止めたお坊さんに習って────そうしてわたしは両親に会えないままに会いました。

 何も、思いませんでした。何も、感じませんでした。

 子供だから……。そうなのかもしれません。ただ、そうとは違う何かで、何も感じませんでした。

 まるで遠い世界の出来事のように目の前の石碑を見つつしばらく手を合わせて。

 いつの間にか自分の中でそういうものだと納得が付いてしまえば、見慣れた施設に僅かに安心も覚えました。

 わたしにとっては、顔も知らない親よりもここで過ごした時間の方が大切だったようです。

 そうして帰ってきた施設で、わたしは当然の歓迎を受けました。

 包丁を持って大人を困らせたのです。同年代の子達には受け入れ難い事だったのはわかりきったことでした。

 結果、わたしは友達と言うものを失いました。そもそも友達と呼べる相手がいたかどうかすら曖昧ではありますが、少なくともその時にいなくなったのは確かなことです。

 けれど日常は何も変わらなくて。親もいなければ友達のいないわたしには、わたし以外に興味を持つものがありませんでした。

 それはいつしかこの身に宿った異能力……『能力転写(コピー)』と言う特別な力に向けられるようになりました。

 一人ではなにも出来ない力。子供の頭では利用価値など分からない力。

 しばらく手のひらを見つめて過ごした後に、騒動後よく傍にいるようになった大人に何気なく尋ねました。


 ────どうしたらこの力を上手に使えますか?


 それはわたしがまだ六歳の時でした。六歳の、時でした。

 その日からわたしは異能力に向き合い始めました。

 この頃になると周りの子達は他の施設に移ったり、新しい親の元へ迎えられたり、はたまた元の家族に戻ったりと、次々にいなくなっていきます。けれどわたしには寄る辺も引き取り手も見つからずに、次の施設への移動も異能力の影響やわたし個人の心の事も考えて先延ばしにされました。

 やがて時間が経って。ようやくまともに『能力転写』を認識して使えるようになったわたしは十歳の時に別の施設へ移されました。

 そこで──先輩に出会いました。

 けど素直に友達になれなくて。友達のなり方も忘れていたわたしは彼を傷つけてしまいました。

 

 ────……うるさい、じゃまっ


 わたしは、子供で、馬鹿でした。

 そんな馬鹿なわたしに、けれど彼は折れることなく向かってきてくれました。

 わたしを、一人の場所から連れ出してくれました。

 今思えば、わたしはあの時に先輩に恋をしたのだと思います。有り触れた、けれどそう簡単にはなれないヒーローです。理由としては上出来だと思います。

 そんな彼と一緒の時間を沢山過ごして。そうして初めての感情に戸惑いながら気付いたのは、先輩が施設を出た後でした。

 気付いてしまったら嘘は吐けなくて、勉強を重ね先輩と同じ『Para Dogs(パラドッグス)』に入りました。無理を言って、先輩の部下にしてもらいました。

 先輩は鈍感で、真っ直ぐで、捻くれ者のわたしのヒーロー。そんな彼にお返しがしたくて、彼の贈り物に協力をしました。

 『パラドックス・プレゼント』。施設でも読んだ事がある童話のように、捩れた現実に振り回されて、けれど先輩のことを今も好きでい続けています。

 いつ気付いてくれるのでしょうか。いつわたしの方を見てくれるのでしょうか。

 今はそれが、もどかしくて、楽しくて、うれしいです。

 そんな彼の事が嫌になるほどに好きだから、わたしはまたそう呼びます。


「先輩、連絡終わりましたよ」

「ん、おかえり加々美(かがみ)。ありがとな」

「はいっ」


 振り返った背中。頭に乗った大きな手のひらの温かさに思わず笑みを浮かべます。

 先輩、大好きです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ