表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラドックス・プレゼント  作者: 芝森 蛍
傍目八目の追憶策謀
55/70

第五章

 未来でするべき事をやり終えて。(かなめ)(らく)加々美(かがみ)を連れて過去の隠れ家へと舞い戻る。

 時間移動は制限抵触ではなく、どうやら加々美がコピーしている異能力が由緒(ゆお)のものらしいのだ。曰く、彼女がやってきた未来の由緒から貸してもらったらしい。

 異能力、『時間遡行(Re:タイム)』。他人の記憶を基準に、その時間へと時空間移動を行う力。加々美の『能力転写(コピー)』の特性上、回数制限こそあるが能力自体は劣化などしない。それどころか、強力な部分もあるのだ。

 由緒の異能力は、由緒個人を指定した制限が多数存在する。由緒自身が移動できなかったり、彼女の記憶を移動先に指定できなかったり。そう言った固有名詞を指定した制限なのだ。

 それは由緒自身が使うならば確かに意味を持つだろう。けれどその異能力を加々美がコピーするとどうなるか。

 彼女の異能力は、制限までをも完璧に転写する。その言葉の意味……そこに真実以外は存在しない。

 その通り。加々美がコピーした『時間遡行』の制限は、しっかりと由緒を指定したままなのだ。

 これがなにを指すのかは考えるまでも無く明白だ。

 加々美が幾ら『時間遡行』を使ったところで、由緒個人を指名した制限に殆ど抵触することは無い。

 つまり加々美自身の記憶を移動先に選べるし、加々美自身も移動できる。言ってしまえば、七つある制限の内、由緒を指定された二つが意味を成さないのだ。唯一つ、由緒自身が重なれない。これについては例外が存在する。

 加々美のコピーした『時間遡行』で由緒を連れて移動する場合。去渡(さわたり)由緒が既にいる時間には移動できない。彼女自身が二人重なれないのだから仕方の無い事だ。

 それでも制限を無視できる強みは当然存在している。

 反面、『能力転写』の制限で五回しか使えない。しかしその回数制限内ならば、記憶の限り加々美は一人でも時間移動をし放題だ。

 バランスとしては少し破格過ぎるほどだ。流石は貴重な異能力と言われるだけの事はある。恐ろしいほどに強力だ。

 そんな加々美のコピーした『時間遡行』。その回数制限は、未来が無事に過去へ言った時点で残り四回らしい。

 一回は楽を最初に要のいる時代に、歴史再現の尖兵として送った事だ。彼が最初にやってきたのはあの廃ビル。由緒が誘拐された直後だ。後催眠暗示で眠る由緒に『音叉(レゾネーター)』をリンクし、やってくる要を《傷持ち》に仕立て上げ、その後彼自身は要達の過去へ向かい『催眠暗示(ヒュプノ)』で記憶を植え付る。その後時間を経て平然と要達の目の前に現れる。そして刺され、病院から《傷持ち》に『時空通信機(リンカム)』を通じて指示を出し、要と未来(みく)が楽を追いかけやってくれば廃ビルにいる由緒の元へ移動。彼女の力で要たちが最初にショッピングセンターへ向かっている裏の時間、結深(ゆみ)に接触し彼女の力を用いて迷子の過去へ。そこでの交錯を経て今度は未来が過去へ来る前の時間でまた一騒動。その最後で、ようやく要が彼を捕まえ、協力関係を繋いで今に至る。

 それから楽が未来の時代に要を招いた理由。それは拠点になる部屋があって、未来と由緒の視線が届かなかったからだ。加々美が言っていた楽の準備……由緒に贈る装飾品の準備も誰の目にも留まらせたくなかったからその時間でしたのだろう。結果的に裏目に出て、けれど由緒に望まない贈り物をしなくて済むという結末を手繰り寄せ、彼にとっては運がよかったのかもしれないが。

 また、加々美の『能力転写』に頼らなくても根拠は見つけられる。楽も加々美も要の前で自分の名前を一度も口にしていのだ。このことから二人は楽の時代の由緒の『時間遡行』でやって来たことの証明になる。

 最初の移動は由緒自身の力で。そこから楽だけを過去に送った時に一回。だから加々美の『時間遡行』は残り四回だ。

 彼と彼女の計算、手のひらの上だったと言えばそれまでだ。こんなに心地よく、要の干渉など意味を成さない物語が何処にある。

 全く持って茶番だ。歴史再現だと割り切ればどれ程清々しいことか。

 そんな歴史再現の陰の功労者。楽の目的に手を貸す加々美の二回目の異能力使用で、要はあの隠れ家へと戻る。

 一瞬なくなった足元の感覚が、刹那に置換されて見慣れた景色を映し出す。

 目の前には未来と由緒の背中。楽に加々美まで加えれば随分狭く感じる部屋の中、きっと寸前に要を送り出した二人の背に声を掛ける。


「……未来、由緒」

「っ! お兄ちゃ…………っ!」

「……っ、がく、君…………!」


 声に振り返った二人。その瞳に映った要と、そして楽の姿に目を見開く二人。その反応に思い出す。

 あぁ、そうだった。彼女達には楽が黒幕と伝えていたのだった。つまり彼が協力者で、歴史再現のために派遣された未来の『Para Dogs(パラドッグス)』の構成員だと知っているのは、要と加々美だけ。二人から見れば追いかけていた敵が要と一緒に目の前に現れたように見えるのだ。


「お兄ちゃんっ、離れ────!」

「っとぉ、ははっ! おいおい要ぇ、お二人は随分なご挨拶だなぁ?」

「分かってていうな、誤解してるだけだろうが……」


 咄嗟に蹴りを放った未来。相変わらず女の子としてお転婆な足の癖。その一蹴は、けれど狭い部屋の中壁に背を預けるように距離を取った楽がかわす。隣で由緒が無意識か、染み付いた体の本能に従って柔道の構えを取る。

 とりあえず誤解を解くのが先決か。

 未来の追撃のその寸前。加々美と視線を交し合って頷くと、楽を庇うように要が、未来を押さえるように加々美が動く。

 そうして起きた景色。

 少なくとも敵だと認識しているらしい楽へ向けて放たれた未来の拳を、割って入った加々美が手首を捉え止め、そのまま足を掛けて畳の上へと組み敷く。どうやら要と楽しか目に入っていなかったらしい未来は、小さな背丈の加々美にされるがまま、その場へと倒される。

 それとほぼ同時、要としては嬉しい限りに由緒が楽へ向けて詰め寄り、襟首へ向けて右手を伸ばす。恐らく楽から要を守ろうとしてくれたのだろう。

 そこへ割って入った要。結果由緒の伸ばした手が、要の襟首を掴む。

 咄嗟のことだったのだろう。反射行動として止められなかった技が、刹那に振るわれた彼女の右足の外を、要の右足の外へ。振り上げた足を振り子の要領で引き戻し、その動作に要の右足を外側から引っ掛け、刈る。合わせて踏み込まれた由緒の左足。ここまでくればいくら間違いだと分かっていても素人の要には避ける事も、慣れた由緒でも解くことは出来ず。いつの間にか要の右の袖を掴んだ引き手を高く、襟を持つ釣り手に引き寄せられ、崩された重心のままに後ろへ倒される。最後にダメ押しの右足刈りが確かに効果を発揮して、後頭部から畳の床へと視点を回転させた。ようやくそこで、由緒の放った技が大外刈だと気付く。

 しかしながら、要も彼女の練習台として何度も技を掛けられた身。体に染み付いた反応は当たり前のように受身を取る。

 因みに大外刈りは、掛けられた方が後頭部から落ちる。そのため脳震盪を起こし、下手をすれば死亡まで発展する危険な技。十分な受身と熟練した技がなければ命の関わる大技で、体の大きい人がよく用いる技だ。それが柔道に関しては受身以外素人な要には十分な効果を発揮した。

 咄嗟の受身でどうにか背中へ走った衝撃のみに抑える。由緒も、畳に投げる寸前で加減してくれたらしく、襟首と袖は掴まれたままだった。

 とは言え黒帯の技。強烈なのは変わりない。思わず詰まった息に倒された後、大きく咳き込む。そんな要に慌てて寄る由緒が泣き出しそうなほどに声を掛けてくる。


「ごめっ……! よー君が邪魔すると思ってなくてっ!」

「げほっ! けほっ……いや、いい、けほっ……いいけど…………!」

「感動の再会とは中々うまく行かないもんだな」

「だったら、見てないで弁明しろっ」


 恐らく涙目になりつつある顔を楽へ向けて吼えれば、彼は肩を揺らしてそれは楽しそうに笑う。全く、面白いのはお前だけじゃないか。


「……よー君、どう言う事?」

「それを話すから、とりあえず落ち着いてくれ……」


 畳の床に座りなおしながら息を吐いて、先ほど視界の端にちらりと映った未来と加々美の方へと視線を向ける。と、少々荒っぽいが、加々美が未来を押さえ込み、未来の顔の先になにやらカードらしきものを一枚提示していた。

 この状況下で見せるあれは、恐らく『Para Dogs』の証だろう。


「手荒な事をしてすみません、明日見(あすみ)先輩。わたしは先輩の味方です」

「それじゃあ俺が敵みたいな……」

「うるさいですっ」


 抗議をしようとした楽が加々美の剣幕にその先を噤む。どうやら年下である加々美の方が強いらしい。たった十二歳の女の子に主導権を握られているなんて随分と惨めなことだ。


「…………彼は?」

「わたしと要さんの監視下です。これまで彼がして来た事は知ってます。その上で、取引としてこの時空間事件の解決に手を貸してもらうこととなってます」


 その方便は初めて聞いた、が、どうやらそういうことらしい。なら話は合わせておくべきだろう。

 こちらに向いた未来の視線に頷けば、それから楽を一瞥した後小さく息を吐いて尖らせていた気迫を解く。それと同時加々美が退()いて、未来の手を引き起き上がらせた。


「いやー、帰って来て早々波乱だねぇ?」

「その軽口をやめないといつまで経っても疑いが晴れないぞ?」

「必要か、それ。別に恨まれるなら恨んでくれて構わないけれどな」


 何かを諦めたように告げる楽。彼だって『Para Dogs』の一員。加々美が示したように証だろうカードも持っているし、それを見せれば嫌疑は無くなる。

 しかしそうはせずに、恨まれて然るべき立ち居振る舞い……。どうやら未来の前では敵を演じ続ける腹積もりらしい。それに意味があるのだろうか。歴史再現だといえばそれまでだろうが。


「えっと、それで……がく君は……」

「少なくとも今から何かしらの危害を加えようとは思わないさ」

「どうやってそれを信じろって?」

「信じられないなら信じなければいい。俺より信じるべき相手が他にいるだろうしな」


 言ってこちらを向く楽。その視線に辟易する。恨まれ役を買って出て、《傷持ち》で揺れた要の信頼を取り戻し、説明を丸投げする。なんだかいいように彼に弄ばれている気がしながら溜め息を落とせば、楽が小さく笑って部屋の壁に背を預けて天井を仰いだ。

 本当に何も説明する気がないらしい。……仕方ない。押し付けられたその役目、面倒だが果たすとしよう。

 とは言え何処まで語ったものか。彼の言動からして、彼の思惑……真実を言えば彼自身によって否定されてしまうだろう。ならば加々美が先ほど使った言い訳に乗っかるとしようか。


「……とりあえず改めて自己紹介はどうだ? 楽も加々美も、それくらいはしてもいいんじゃないか?」

「無理ですよ。わたしたち制限が掛かってます」

「あぁ、そうだった」


 要達は由緒の『時間遡行』をコピーした加々美の力でここに戻ってきたのだ。その制限は由緒のものそのままで、中に遡行者が自分の名前を言えないそれが存在する。こんなところまで律儀に干渉してくる辺り、異能力なんてそれほど便利なものでは無いと思いながら。


「と言う事で要さんお願いします」

「それも俺の役目かよ……」


 面倒さを前面に押し出して抗議してみたがそれ以外に方法を知らないのも事実。加々美の言葉に軽く頭を掻いて、それから要の知る限りの情報で改めて語る。

 色々な視点を総合して考えるに、目の前の未来は二人の事を知らない……が、同じ時間には生きていたはずだ。目の前の未来が十六歳。彼女がいた時代では楽が十五歳で、正式に『Para Dogs』へ入る前。加々美は十歳でまだ施設にいたはずだ。

 もしかすると加々美の異能力についてはその希少さから小耳には挟んでいるのかもしれないが、加々美個人を知っているわけでは無いだろう。

 となると話せるのは表面上のところだけに限られるか。そもそも要が加々美の何を知っていると聞き返されたところでそれに答えられもしないのだけれども……。

 そんな風に考えながら未来と、それから由緒に向けて加々美の事を紹介し、加えて楽の立場を改めて明確にする。どうすれば楽がこちらに無理なく協力できる背景を作り出せるかは、先ほど加々美が零していた方便を借りるとしよう。


「楽は、今は協力者だ。司法取引みたいなものだな。かと言ってこれまでにして来た過去が消えるわけじゃないけどな」

「……がく君って、本当に悪い人?」


 返ったのは由緒の疑問。まるで全てを見通したような真実の問いに、要が答えを見失って楽に視線を向ける。


「あぁ、紛れもなく悪人だな。由緒っちを利用して、要を唆して、その周りを全員危険に追いやった。償いようが無いくらいに悪事のフルコースだっ」

「…………そっか……」


 何かを噛み締めるように呟く由緒。その薄く浮かべた笑みに、ずっと隣で見ていたからこそ分かる。

 由緒は、楽の言葉なんて信用していない。その上っ面の奥にある真実に、気付いているのだ。楽の目的が、本当は誰もが羨むような正義なのだと。

 しかしそれを言うのも無粋だと、楽に格好をつけさせようとその鍍金の仮面を外さなかったのだ。《傷持ち》の件で要のそれは問答無用で外してくれたのに。優しさをかける相手が違うんじゃなかろうか。


「……それで、これからどうするの?」

「歪めた歴史を元に正す。まだ色々解決できてない矛盾があるからな。それを一つずつ解いていくんだ」

「そういうのは普通あたしたちの仕事なんだけど」


 まだ警戒した様子で零す未来。彼女の視点で言えば楽は悪人だ。彼がそう誤解されるように振舞っているのだから仕方の無い事だが。できることなら本当の事を言ってその誤解を解いてあげたい。そう思ってしまうくらいには、楽の目的に共感している自分がいる。


「そもそも俺が巻き込まれてる時点で普通の時空間事件じゃないだろ?」

「なんでお兄ちゃんが胸を張ってるの? 楽さんの改心とか色々な事を真っ直ぐに信じて判断するなら、何よりも悪人なのは異能力もないのに嬉々として首を突っ込んでるお兄ちゃんだからね?」

「よー君が悪い子なのは昔からだよねー」


 なんだか酷い謗りを受けた。それに未来と由緒が知らずの内に対要の共同戦線を張ってるし。俺からしてみれば二人こそ最大の敵なのに。

 と言うか未来に言われて気がついたが、今ここにいるメンバーは要を除き全員が異能力保持者だ。

 途端に感じた疎外感。今まで要だからと主人公を気取ってきたが、特別な力のない主人公が何処に居るのかと。物語として、主人公として破綻しているではないか。


「要さんが悪い人なのはわたしも同意しますっ」


 最後に放たれた追撃は加々美から。駄目だ。ここにいる異性が全員的だ。と言うか一体加々美は俺の何を知ってそんな事を言ってるんだか。


「愛されてるなぁ、要?」

「えぇ? 浮気ー? 由緒さんそう言うの許さないよ?」

「お前は俺のなんなんだよ……」

「愛すべき幼馴染だよっ」

「自分で言うな」


 ……やばい、収拾がつかなくなってきた。未来も加々美も敵だし、由緒と楽はノリが分かりすぎる。まともに会話できる相手が恋しい…………。


「…………全く……お兄ちゃんの傍は退屈しないね。お陰で生きている事を実感出来るよ」

「……そりゃどうもっ」


 そんな心の内が顔に出たか。少しだけ相好を崩した未来が笑顔と共にそう告げる。

 仕草に揺れる桃色の髪留め。よく似合っているその髪飾りを少しだけ見つめて、それから視線に気付いたらしい未来が指先で弄りながらまた一つ笑う。

 彼女はずっと言っていた。あの髪飾りは、大事な人から貰ったものだと。少し前までは、それが彼女が拠り所とする未来の人物なのだと思っていたが、あれは要自身があげた物だ。

 それを何も知らない要の前で身に着けて、(あまつさ)えとても大事そうに慈しんで……。思い返せば彼女はなんと酷い隠し事をしてくれたのだろうと。

 思うけれど、しかしそれを言葉にするほど要だって無粋ではない。それはただ、彼女が憧れた少しの希望。その夢を……普通らしく恋をすると言う景色の結晶を貶しはしない。

 と、ふと脳裏を過ぎる邪推。

 彼女は時空間の外に生き、普通に憧れていた。そんな彼女と一時を共に過ごして、恋人紛いのデート(もどき)をして。その時間の証に髪飾りを受け取ってくれて……。それではまるで未来が要の事を好きだと……そう聞こえるのは要の勘違いだろうか?

 いやっ、要は未来の血縁。未来は未来の要の孫なのだ。例え未来の時代で居場所として縋っていたとしても、祖父に恋心なんてそれは随分と特別すぎる話で。でも今こうして目の前にいる未来は同年代の少女で────


「……お兄ちゃん、変なこと考えてない?」

「えっ、ぁいや……」

「言っておくけどあたしお兄ちゃんの事好きでもなんでもないからね? だってお兄ちゃんだし」


 呆れたように告げる未来。

 それは言葉通りにお兄ちゃんだからだろうか。それとも彼女の祖父だからだろうか。

 …………いや、何にしたって未来と要では生きる時代が違うのだ。そういうのはややこしい話になるから考えるべきではないのだろう。未来がそう言っているのだからいいとしようでは無いか。


「妹に欲情するとかよー君はへんたいだね」

「欲情とか言うなっ!」

「して、くれないの……?」


 分かっていて上目遣いにこちらを見つめてくる未来。整った顔立ちの、透き通った橙色の双眸が僅かに揺れるのを真正面から見つめて、息が詰まる。

 そんな修羅場なのか何なのか分からない光景を楽と加々美がニヤニヤと横から見つめている事に気がついて……。


「…………もう勘弁してくれ」


 何が正しいのかなんて分からなくなりつつ呟けば、示し合わせたように四人が笑い出す。そんなに俺を玩具にして楽しいかっ。


「で、具体的に何処からだっ?」


 これ以上弄ばれるのは精神衛生上よろしくないと。多少無理矢理に話題を戻して本題を進める。


「とりあえず順を追って思い出そうじゃないか」

「俺の視点で言えば最初は未来がやってきたときだろうけど……それより以前に『催眠暗示』があるだろ? そもそもの根幹だ。その詳しいところは楽しか知らないはずだ」

「そうだな」


 まず大前提。これほどまでに面倒の風呂敷を広げた最初の歴史再現。それが楽の『催眠暗示』だ。

 彼がこの時代に溶け込むための地盤固め。疑いの目を向けさせないための工作だ。


「俺と、由緒と、母さんに楽自身の存在を。それから俺のクラスメイトに俺を襲わせるための『催眠暗示』、で全部か?」

「あぁ、そうだ」

「あれ、私のお母さんは?」

冬子(とうこ)さんには別に掛かってる。で、それはもう解いてある」


 楽が黒幕であると気付いた原因の一つ。最初にショッピングセンターで会った時、冬子は楽の事を知らなかった。だから彼女には楽に関する記憶の改竄はされていない。

 だからこそ由緒の事故未遂を引き起こす為の『催眠暗示』が掛けられたのだ。


「で、それらの解除は簡単か?」

「あぁ。逆位相を聞かせるだけだからな。やろうと思えば今からでも二人のは消せるけど……」

「因みに消すと、これまでに積み重ねてきた記憶はどうなる?」

「それは残る、が記憶が曖昧になる。消えるのは俺に関する個人的な記憶だけだからな。だから基本的に後催眠暗示で思い出せないように暗示を掛けるか、別の異能力で記憶を消すかで対処するべきだ」


 経験はその者独自の価値観だ。『催眠暗示』での記憶操作は前提や情報の植え付けであって、それ以降に刻まれた記憶にまでは作用しないと言うことだ。ただ、そこには前提として偽者の記憶があるから、それが消えてしまえば何が起きたかは覚えているのに、そこに関わった人物が思い出せないと言う齟齬が発生する。ともすれば新たな問題になりかねない燻りだ。

 だがそちらは未来の領分。時空間事件……この歴史再現に関する記憶を要達に残すべきかと言うのは、そもそも歴史を守ろうと動いている未来に委ねられるべき案件だ。


「……それは、いつでもできるんだよね?」

「あぁ」

「だったら今は保留で。最悪、最後に決めでもいいわけだから」


 未来も少し迷っているかもしれない。

 歴史改変を防ぐためにしていた時空間事件の解決。それを歴史再現だと未来に突きつけた過去がある。だからもし記憶を残す事が正しい歴史ならば、消すことは出来ないと。


「そう言えば楽、『催眠暗示』を消した場合後催眠暗示はどうなる?」

「基本的に効力を失う。今回の後催眠暗示は、全てが『催眠暗示』に掛かっている事を前提に掛けられてるからな。『催眠暗示』が消えれば精神の穴が埋まって暗示自体が発動しにくくなる。たださっき言ったように、後催眠暗示で『催眠暗示』を補完する場合は例外だ。その場合は『催眠暗示』が消えた後で掛けるから後催眠暗示は効果を発揮し続ける」

「基本的にって言うのは?」

「後催眠暗示自体は異能力じゃない。だから完全に消すためにはそれを消す行為が必要だ。通常、催眠は掛けた人物にしか解けない。それは後催眠暗示も同じだ。だからアナログな手順で消せば、あとは何も心配は無い」

「解かなければ?」

「後催眠暗示だけが発動する恐れがある。もちろんトリガーに加えて強い既視感が重なったりしない限りはありえない話だけどな」


 由緒で考えれば早い話だ。

 彼女は楽に関する『催眠暗示』の影響下で、その上で『スタン(ガン)』の銃口を見ると意識を失い眠る後催眠暗示が掛かっている。この状態から楽に関する『催眠暗示』を解けば、後催眠暗示だけが残るという話だ。

 この場合、『スタン銃』の銃口を見る事で効力は発揮される。しかし強い既視感……例えば周りの風景や、『スタン銃』を突きつけた相手が黒尽くめだったりと、類似点が複数重ならなければそう簡単には発動しないと言うことだろう。

 そもそも銃口を突きつけられるなんて現代日本では殆どありえない景色だろうから、後催眠暗示を残したところで発動なんてしないだろうが。


「この時代で眉唾な話であるように、催眠や暗示は不安定な力だ。だからもしかすると意図しない形で再現される可能性がある」


 ならば安全を第一に考える場合、後催眠暗示もしっかり解いておくのが正しい筈だ。

 何より異能力も後催眠暗示も確かな効力を発揮する事を知っている。それがいつ暴発するかも知れないと言う恐怖に晒されながら生きていくのは精神的な負担だ。それだけでも十分に後催眠暗示を消す理由にはなるだろう。


「逆位相はもう作ってあるのか?」

「いや、これからだ。だから要、あのパソコン貸してくれ」

「いいけど、今は確か病室にあるんじゃないか? 楽、持ち出してないだろ」

「……あぁ、そっか」


 あのノートパソコンもまた、少しとは言え時空間を旅した仲間だ。要の家から楽がいた病室へ。そこから恐らく移動していないはずだから、あの場所に取りに戻るのが先決だ。


「それで、逆位相を作って『催眠暗示』と後催眠暗示を消す。後やるべきことと言ったら……」

「それぞれが抱えてる矛盾の正当化。お兄ちゃんにもあるでしょ?」

「あぁ、そうだった……」


 未来の言葉に思い出す色々な矛盾。要の視点で覚えている限りだと、廃ビル、雅人(まさと)の事故後、《傷持ち》経験後の新たな《傷持ち》の三つだ。あれらは未だに解決をしていない。

 廃ビルでは、誘拐された由緒を助け出した後にやってきた未来の要に『スタン銃』で撃たれ、意識を失う直前に三人の後姿……要と、未来と、もう一人を見ている。その後気付けば家に戻っていた……。あの眠る寸前に起きた景色と、眠っている間に起きただろう知らない事実を再現する必要がある。

 それから父親の事故の後。目の前に現れた未来の手によって居るべき場所に戻っている。あの時やってきた未来の存在を、彼女自身に再現してもらわなければ。

 三つ目は由緒を隔離後の迷子の時間。楽を追いかけて向かった先で現れた、存在するはずのない《傷持ち》。最終的に共闘をしたあの存在を要自身が再現する必要があるはずだ。

 要が知っているだけでも三つ。そして、先ほどの未来の言葉を裏返す。


「……俺、にも、って事は、未来にもあるってことか?」

「うん、あるよ。あたしはお兄ちゃんの目のないところで、お兄ちゃんに二回会ってる。片方は雅人さんの事故の直後。もう片方は……ごめん、現時点からだと未来の出来事だから制限に抵触するから言えない……」


 未来の言葉に嘘は無いはずだ。ここで彼女が偽りを言う理由は無い。

 要の知らない要との接触。それも再現するべき過去だ。

 それから未来が語ったように今彼女には彼女自身の異能力の制限が掛かっている。つまり今要達が要る時間……雅人の事故直後より未来に起こる事象を、例え経験して知っていたとしても未来は口に出来ない。


「詳しくは言えないけれど……えっと…………」

「言わなくていい。ただ答えてくれ。それは……廃ビルの時のことか?」

「うん」


 苦悩する未来に助け舟を出す。制限は、彼女が口に出来ないだけだ。つまり他人から聞かれた事に明確に答えなければいい。肯定だけならば制限に抵触しない事は過去に彼女とやり取りした経験から知っていることだ。

 ならば思い出せと。あの時の事を知っているのは要だけなのだ。落ち着いてゆっくりと記憶を遡る。


「……未来は由緒を迎えに来た。それに関係してるか?」

「うん」

「あの時異能力で家に戻ったよな。……その時に空白の時間を作ったのか?」

「っ、うん!」

「……なるほど。つまりその裏に俺の干渉があったわけだな。俺自身は問題なく何人も重なれるからな」


 彼女の過去が、要の視点で重なる。

 前提として、未来自身は彼女の異能力で重なれない。他人の異能力で重なった場合、『時空間移動(タイムトラベル)』が発動しなくなる。どちらにしたって未来は自分自身が重なる事を嫌っているから、その景色を起こしはしないだろう。

 あの時、由緒を未来が連れて返った後に、未来の要と三人の後姿を要は目撃している。その後姿には、未来の物もあった。

 このことと先ほどの未来の肯定から考えるに、由緒を連れて返った際に未来と由緒の存在しない空白が発生。その空白を作るように指示し、由緒を連れて返るように伝えたのが要。そしてその空白に要の目の前へ未来の要と未来たち三人が現れたのだ。

 これならば筋が通るし、あの時やってきた三人の中に未来がいたなら、眠った要をどうにかして家まで送り届ける事も可能だろう。

 問題があるとすれば、あの時要を撃った未来の要には傷が無かったことと、三人の背中の内、一人だけ誰なのか判別がつかなかったこと。それさえ分かれば、今からでもあの景色は再現可能だが……。


「それから雅人さんの事故のときね。彼をあたしが突き飛ばして制限に抵触した」

「それも想像はつく。制限抵触後……未来に飛ばされて俺に会ってるんだな?」

「うん」

「……同時に裏で、俺も過去で一人になった後、未来に出会ってるからな。彼女のお陰で失意の底に沈まないでいられたし、制限抵触をした未来のところへ戻れたんだ」


 どんどん重なっていく。知らなかった景色が色々な視点で交わって、確かな過去へと変わって行く。

 俺が未来の元へ戻った時、彼女はその後由緒が冬子の運転する車に轢かれそうになることを知っていた。


 ────そっか、そういうことか…………


 未来のあの言葉は、要にその事故が起こりそうになる事を予め教えられていたから零れた呟きだ。だからそれを回避する事が出来た。回避して、未然に防ぐために走り回ったのだ。

 捩れているなんて、とんでもない。何処までも一本道な多少時間が交錯しているだけの至ってシンプルな話では無いか。

 誰の視点を追いかけたって、最初から最後まで一つの道だ。そんなのは人生と同じだ。

 曲がり角を認識することなく曲がって、行き先の分からない未来に向けて歩んで。バタフライエフェクトのように世界が分岐する事も、別の世界線の記憶が混線することもない。何処までも一本道の時空間交錯だ。


「なんだか沢山あるね……」

「由緒はどうだ? 俺か未来、どちらか一人に会った事はあるか?」

「…………ないと、思うよ。よー君が過保護に色々してくれたからね。お陰であまり迷惑はかけなかったんじゃないかなっ」

「自分で言うなよ」


 そもそも《傷持ち》関連の景色の裏には由緒の異能力があったのだから、迷惑を掛けていないわけは無いのだが。それを言えば彼女に怒られる気がして胸の奥へと押し留める。


「楽もないだろ?」

「あぁ。そういう要は他に無いのか?」

「……ここにいる奴で関係があるのは、廃ビルだろうな。《傷持ち》と戦った後、未来が由緒を連れて帰った後……さっきの話と合わせて考えるなら由緒と未来がいない空白の時間だ。俺は未来の俺に襲われて『スタン銃』に撃たれてる。その後意識を失う寸前に俺と、未来と、それからもう一人の背中を見てる」

「そう言えばそんな話をしてたね」


 これを知っているのは未来だけだ。あの時は訳が分からなくて解決を放棄したが、今ならある程度想像がつく。


「これまでの話からするに、俺の目の前に現れた三人は全員本物だろうな。空白があるって事はそこに本人がやってくることの裏返しだ。あの時俺を撃った未来の俺に狙われていた。そいつを止めに来たのなら三人に理由はあるだろ」

「……問題は、三人目が誰なのかってことと、要を撃ったもう一人の要の正体だな。本当に要だったのか?」

「自分の顔を見間違えるかよ。あれは確かに、俺だった。もう一人は背中すら曖昧だ。せめて髪の色だけでも思い出せればいいんだけどな」


 恐らくここからの歴史再現において最も重要な辻褄合わせ。あの時廃ビルに揃ったのは、一体誰なのか。


「他に手掛かりはある?」

「……俺を撃ったのが《傷持ち》じゃあ無かったって事だ」

「お兄ちゃんなのに?」


 未来の声に答えれば、要も抱く疑問を由緒が音にする。

 恐らく一番の問題点。未来の要の正体だ。


「確かに俺の顔だった。けどこっちに銃口を向けた際、その袖口に《傷持ち》の証であるこれが見えなかった」


 あの時要を撃ったあいつが要自身であるならば、これまでにその景色を再現していない以上傷がないなんて事はありえないだろう。現にこうして今も要の右手首の甲の側には生々しい傷跡が残っている。あの景色を、今の要が再現する事は不可能だ。


「……この傷を今消すことは可能か?」

「無理だね」

「あぁ、無理だ。この時代にナノマシンが無いからな。あれば可能だったかもしれないが」


 ナノマシン。楽を追いかけて向かった未来では既に日常に溢れた医療品。一応現代にもナノマシン自体は存在するが、それで傷が感知するような特効薬染みたものではない。


「つまりだ。あの俺は、俺じゃない。俺の声で、俺の顔で目の前には現れたけど、今の俺には再現不可能だ」

「銃口って事は、『スタン銃』で撃ったんだよね。それってつまり、あの時のお兄ちゃんが現代人じゃない事を知っていたか、現代人であっても危害を加えられた誰かって事だよ」

「……後者はありえない。あの時あいつは、『音叉』でやってきた。それをまるで既に不必要とばかりに目の前で手放したんだ」

「ってことは、時空間を移動したその瞬間に現代人じゃなくなるから、現代人の誰かが手を下したって事は無いんだね。……お兄ちゃんが現代人では無いと知っている誰かが、変装した姿ってことだよ」


 あの時の光景を思い出しつつ脳裏で再構築して。それから続いた未来の言葉に光明を見る。


「…………変装……『変装服(フォーマー)』なら、再現可能か?」

「そっか、声は『小型変声機(ミニマイク)』で変えれば……」

「けど理由が無いぞ。景色を再現するためって言うならそうだろうが、どうして要を撃つ必要があった? その場から逃がすだけなら、未来の要を装ってそう伝えればいいだけだろう」


 見つけた方法論。けれどそこに返った不明な動機にあげた足を道を見つけられずに下ろす。

 確かにその通りだ。俺を撃つその理由。彼が何者で、何のためにそんな事をしたのか。


「俺に敵対していた、って言うならある程度納得は出来る。俺をどうにかしようとした奴が撃ちに来て、それを止めるために三人が現れた。けどそれだとまた新たな敵……悪役が必要になる。今ここにそれを起こす動機の人物がいない。つまりそいつは、今もどこか別のところにいる事になる」


 ここまで事が運んで顔の分からない第三者? ふざけるのも大概にしろ。そんな動機を持つ人物なんて、要は知らない。ここまでの歴史再現が楽の企てで、彼は犯人らしく……推理物らしく、最初から登場していた。その鉄則は守っている。

 その論に(のっと)るならば、未来が現れたときには揃っていた登場人物だ。要の記憶に居る人物が犯人にしかならない。

 その中で可能性が存在するのが結深、透目(とうもく)、冬子の三人だ。けれど結深も冬子もことの詳細は知らない。異能力と言う存在自体認識していない。

 消去法で行くのなら、未来人であり『スタン銃』も持っているだろう透目が一番怪しいが……。


「未来、『音叉』は持ってきてないって言ってたよな?」

「うん」

「それは透目さんも同じか?」

「同じだよ」

「……楽、お前が持ってきた『音叉』は二本しかないな?」

「あぁ、ここにある二本で全部だ」


 答えて取り出された『音叉』。送信用と受信用の二本だけだ。

 つまりこの時代に『音叉』は目の前の二本だけ。透目は『音叉』を持たないから、一人で時空間移動も出来ない。候補からは除外だ。

 そもそも『Para Dogs』の一員であり未来の父親。悪事に自ら進んで手を貸すとは考え辛い。彼が正義感に溢れ実直なのは要も十分に知るところだ。

 『音叉』が全てここにある以上、第三者が何かしらの行動を起こせるはずは無いのだ。


「……くそ、分からん…………。楽は、何か知らないか?」

「悪いな。俺はその景色を経験してない」


 返った言葉に、嘘のない響きに少しだけ落胆する。

 彼はこの時空間事件を歴史再現だと割り切って色々な行動を起こしてきた。それは指針となる小説があったからだ。

 その通りに過去が紡がれるならそれを読んでいるはずの楽や加々美は誰が『変装服』で着飾った要なのかを知っていてもおかしくはないが……どうやらそう都合よくは行かないらしい。

 そう言えば前に言っていたか。既に小説の内容からは外れていると。歴史がひとつである以上小説に書かれていない事が起きることはありえない。つまりその言葉が表すのは、小説に書かれた歴史再現は全て終えたということだろう。

 楽が準備していた贈り物……イヤリングも彼の手元には無い。それはそうなる歴史だったからではなく、そうなる事を知らなかったのだろう。だから楽は別の案を用意してなかった。どうするべきか迷っていたのだ。

 既に楽の知る歴史再現の更に先。誰にも想像のつかない未来の出来事だ。道標を頼ることは許されない。

 全く、干渉するなら最後までしっかりと導いて欲しいものだ。


「……とりあえず分かる事は、俺じゃない誰かが『変装服』と『小型変声機』で変装してあの景色を起こしたって事だ。道具がここに揃っている以上、ここにいる誰かがそれを再現するべきだろうな」

「お兄ちゃんを眠らせる動機、か……」


 後分からないのは要が眠る寸前に見た三人目の背中。

 こうして考えれば、最も謎が多いのは廃ビルのあの瞬間だけなのだ。

 色々裏を返して考えれば、結局は歴史再現。そうある通りにしか流れない未来のために今を演じる事が何よりも必要なことだ。だから分かっていることから手をつけていけばその内答えは見つかるのだろうが……ここまで来て先の見えない博打のような何かを打つのは気分が晴れない。可能なら全て分かった上で歴史再現に踏み切りたいのだ。ただの自己満足といえばそれまでだが。

 考えて、けれど行き詰った思考に段々と現実へと焦点を結びなおして、同時喉の奥が渇きを訴え始める。


「…………喉渇いた……」


 沈黙を嫌って零し、備え付けの冷蔵庫を覗けば飲み物らしきものが見当たらなくて小さく息を吐く。


「少し休憩するか。何か買ってくるけど欲しいものあるか?」

「アイスっ」


 こう言う時だけは真っ先に手を上げる幼馴染の姿に、いつ何処であっても変わらない強さを感じて思わず笑う。次いで楽が雑誌を、未来が昼食を提案する。そう言えばこの時間ではまだ昼前か。楽を追い掛けて向かった未来で色々していたから時間が曖昧になっていたと。それから雑誌ってなんだ。(くつろ)ぐ気ならもう少し隠す努力をしろよ。

 三様にらしい注文を聞き届けて、それから最後に加々美へ視線を向ければ、彼女は立ち上がって告げる。


「お付き合いします。五人分の荷物となると要さんだけでは大変でしょうしっ」

「助かる……。って事で行ってくる」

「いってらっしゃーい」


 既にお姫様気分の由緒に見送られて加々美と部屋を後にする。相変わらず遠慮を知らない少女だ。

 胸の内で嘆いて出た外は、夏らしく煩いほどの日差しと蝉の声に埋め尽くされた景色。肌を撫でる風も無く焦がすような陽光に既に汗さえ浮かべながらコンビニ目指して足を出す。

 隣の加々美は、どこか珍しそうに辺りを見渡しながら歩調を同じくしていた。


「珍しいか?」

「……そうですね。わたしはあの未来で育ったので、周りは大きな建物ばかりでしたし。こんなに沢山家が並んでるのは少し圧倒されます」

「圧倒って言うならあのビル群の方が圧迫感あるけれどな。そう言えば未来ではこんな景色は全然見なかったな……」

「マンションが殆どですからね。色々な建物で土地が少ないから縦に伸ばしたんです」

「典型的な都会だな」


 他愛ない会話。殆ど繋がりのない加々美相手にそんな話が出来ている事に気がついて、それからふと脳裏を過ぎる疑問。


「加々美はどうなんだ?」

「……何がですか?」

「黒尽くめについて、この先の出来事について。何か知らないのか?」


 少しだけ違和感があったのだ。どうして加々美と出会ったのか。彼女がこの再現に関わる理由とは……。

 もちろん楽に協力を乞われたからと言うのも理由の一つだろう。けれどそれ以上に、彼女の明確な動機が見つからないのだ。

 考えて零した疑問には、何故か沈黙が返る。

 質問に、答えない。その事実に、何かがあると直感で悟って言葉を重ねる。


「そう言えば加々美だけだよな。明確な繋がりが無いのは」

「繋がりですか?」

「俺は正真正銘俺だからな。この歴史再現の首謀者と言ってもいい。で、未来は俺の未来の孫で、由緒は幼馴染……未来では『Para Dogs』の一員。楽は由緒に見出され、未来の俺から任務を授かった重要人物……。なら加々美は? 君は、この歴史再現にどう関わりがある?」


 胸の奥で渦巻いていた疑問。もしこの歴史再現が要の都合よく回るものなら、加々美にだって理由があるはずなのだ。でなければ彼女が関わる理由がない。単純に便利で特異な異能力だから、なんてものでは既に納得がつかないのだ。


「……関わりって程の事では無いです。ただ、要さんの事を任されていて、この歴史再現がうまく行くようにお手伝いするだけです」

「未来の俺に言われたのか?」

「はい」

「未来の俺に直接会ってるんだな?」

「はい」


 当たり前のように答える加々美。

 楽ですら手紙を介してのやり取りだったそれを、彼女は面と向かってそうだと頷く。その肯定に、脳裏の記憶がまた一つ焦点を結ぶ。


「そう言えば楽と同じ部署に入りたくて直談判したって聞いたな……」

「先輩、そんな事まで話したんですか……」

「嫌だったら忘れるけど」

「いいですよ。ただ、出来ることなら二人だけの秘密の方がよかったかなって」


 恥ずかしそうに告げる加々美。その横顔に、さすがの要も気付く。


「……やっぱりその理由って」

「先輩には内緒ですよ? 鈍感なんですよっ。施設で一人ぼっちだったわたしを助けてくれて……たったそれだけって言ったら笑われるかもしれませんけれど、わたしはとっても嬉しかったんですっ。それにしたってアピールしてるのに全然気付いてくれないんですよ? 酷いと思いませんか?」

「…………それを俺に聞くのは随分意地悪な話だな」


 由緒との事がある以上、色恋に関しては要も大概だ。だから人の事を言えた義理では無いのだが、それでも彼女の気持ちを聞いて以降は出来る限り紳士的に振舞ってきたつもりだ。


「そんな先輩の力にもなりたいから、今回の歴史再現に協力したんですっ。だから、言ってしまえばわたしにとっては自己満足ですっ。私の歴史再現は、先輩の為のものなんですっ。関係なくて当たり前ですよ」

「それでも間接的に繋がりが無いわけでは無いからなぁ。それにしたって、そうか、楽の為か……。だったら楽にはもう少し頑張ってもらわないとな」

「それは要さんも、ですよね?」


 覗き込む様に首を傾げる加々美から少しだけ視線を逸らして、それからふと気付いた可能性を音にする。


「……もしかして歴史再現ってそっちか?」

「残念、違いますっ」


 なんだか恋心を否定された気がして思わず足を止める。そんな残酷に一刀両断しなくてもいいのに。


「と言うか気付いていたんですね」

「鈍感なのは否めないけどな」


 確信は無かった。今の今まで迷っていた。

 由緒への告白か、それとももう一つか。

 けれど今の加々美の答えで要の『パラドックス・プレゼント』が見つかったのだ。

 要の過去に原因があって、それが未来で果たされる約束。時を経て意味が強くなり、要が忘れている約束。


「……因みに、それは俺の時代では果たされない約束って事だよな」

「そうですね。未来で要さんが取る責任ですから」


 加々美のその肯定に、気付いてしまったが故に頭を抱える。

 そもそも悪いのは俺だ。時空間事件に、歴史再現に逃げて現実から目を逸らし続けたその報いだ。

 その約束を、今から果たさなくていいという気楽さはあるけれど、先延ばしにすればするほど後悔が募るのは当然の事だ。と言うかそれは未来の俺が果たすと言う事は、つまり…………。


「…………まじかー……。どうすんだよ、俺……」

「要さん個人の問題ですからね、頑張ってくださいっ」

「こんなことなら忘れてた方が幾らかましだった……。今から五十年後の予定を決めるとかなんだよそれ……」


 一体これでどうやって主人公を気取れというのだろう。俺のする事はただ、未来の自分のための土台作りでは無いか。

 己の手で何かを変えることも無く、ただ現実を先送りにして未来に託すだけの、繋ぎの役目ではないか。

 要なんて名前に溺れて恥ずかしい。これはただ、分かりきった失敗と後悔を重ねるだけの、恥の再現だ。


「……これ本当にしなくちゃ駄目か?」

「それで要さんが満足できるならやらなくてもいいですけれど」

「……………………」


 歴史は一つで、どう足掻いても要はこの歴史再現を成し遂げる。それを分かっているからこそ、何処までも意地悪に加々美は告げる。

 逃げ場などない。意味などない。こんなのはただの茶番だ。


「……俺に異能力があれば、もっと違った結末になったのかもな」

「大体おかしいじゃないですか。どうして特別な力もないのに主人公になれると思ったんですか?」

「…………」

「この際だからはっきり言いますよ。要さんのそれは、主人公になりたかっただけの理想……悪役が身勝手に世界性服を語る妄言と同じです。自分にこそ正義があると妄執に暮れた可哀相な悪役です」

「……事実だし、きっとそれは未来の俺からのメッセージなんだろうけど…………そこまで言うかぁ?」


 はっきりと言葉にされて大きく肩を落とす。

 確かに加々美の言っている事は真実だ。非日常に溺れていたかっただけの要の世迷言。そんなのは最初から気付いている。非日常に憧れるくらいに日常に生きていたのだ。気付いていないはずは無いだろう。

 でも、だからこそ。目の前に現れた異質にして特別な未来という少女に可能性を見出したのだ。

 宛ら不思議の国のアリスのように。兎に導かれて異世界を旅する夢の如く。理想と現実の境目で自分が特別なのだとたった少しでも幻想に浸っていたかったのだ。

 それがよもや、他人に押し付けられた兎の側だったとは。そんな事にも気付けない自分の盲目さに呆れて重く溜め息を吐く。


「この世界にある真実は一つだけなんです。主人公なんて、何処にもいない。だからこそ、誰もが理想に憧れるんです」

「……人は生まれながらにしてその人生の主人公って話か」

「そうです。世界にとっての主人公はいない。けれど自分にとっての主人公は自分なんです。何かをしないで失敗するのは、その人の所為なんです」

「だから俺は俺の人生の主人公になれってか?」

「それ以外に出来る事がありますか?」


 何処までも真実で、現実的な加々美の言葉に空を仰ぐ。

 誰かの為は、自分の為。そう反芻して視点を入れ替えれば、どうにか自分を騙せる。


「……そもそも未来の俺のためなんだから、巡り巡って自分のために色々してるんだよな。なら何も疑うことは無いって事だ」

「要さん、意外と救い様が無いですよね」

「悪いな。理想だからこそ、そう簡単に諦められないんだよ」

「要さんらしくて良い事だと思いますよ。それが、要さんにとっての主人公としての歩み方なんだと思いますから」


 呆れたような物言いに、けれど自分のするべき事をしっかりと見つめ直して確信する。

 要はただ、憧れるだけでいいのだ。異能力に目覚めない自分が、どうにかこうして歴史再現に関わって、その一部に自分を賭している。憧れた非日常に時間を費やして己の未来のために自己満足を振り翳している。

 それは加々美の言う主人公がするべき役割の最たるものだ。

 だからこそ、間違いなどない事を信じながら己の信念を振りかざすのだ。


「でだ。何のための歴史再現かは分かったけど……。問題は俺を撃った俺の姿をした誰かだ。過去の俺を撃つ理由……あれが誰なのかを突き止めなければ、歴史再現が出来ない」

「とは言えわたしが知っているそれをそのまま言うのは、主人公らしくいたい要さんとしては許せないことですよね?」

「そうだな。自分を主人公だと騙るなら、主人公らしくこの手と頭で解決しないとな」


 一気に思考を入れ替えて、疑問に可能性をぶつけ始める。

 まず前提として、加々美の言葉から要に全てを任されている。つまり今ある情報から推測は立つはずなのだ。

 ならば遡る。今までに交わしてきた沢山の中から、辻褄合わせに必要な事実を引っ張り出す。

 加々美の言動からして、恐らく彼女は全てを知っている。楽の知らない本当の結末を、彼女だけは知っている。未来の要に直接会っているのだから当然だ。楽も知らないどこかで未来の要と繋がっていて、そこから全てを教わっているはずなのだ。

 だとすれば、加々美がヒントを出さないのであれば、それが何よりの答えなのだ。

 そもそも、この歴史再現の目的は由緒のため。彼女に半世紀越しの約束を果たすためだ。

 しかし普通にそんな事をしたければ半世紀も待つ必要も、こんな歴史再現を起こす必要もない。

 つまりそのどちらもが、必要なことなのだ。

 ならば未来の要だけでない……未来の由緒も、この時空間事件には大きく関わっている。

 半世紀を使って仕組んだ大舞台だ。いわばそれはサプライズだ。つまり未来の由緒は要が企てている目的に気付いていない……否、要が気付かれないように画策しているはずなのだ。

 だったら想像しろ。俺が振り回され続けてきた彼女に仕返しの如く策を巡らせるならば、何処まで綿密に計画を立てる?

 まず由緒に勘付かれてはいけない。恐らく俺と由緒は、何処まで行っても互いの事を認識しているはずだ。

 『Para Dogs』の長とそこに所属する異能力保持者として……。何より由緒は未来と並ぶ二人しかいない時空間超越が可能な希少な異能力保持者だ。その重要性は何よりも要がよく知っている。だから少なくとも、由緒の立場は随分上にあるはずだ。

 何より俺と同い年なのだから、俺が七十歳であれば由緒も七十歳……。年功序列で考えても『Para Dogs』内では立場は上だ。

 だから互いの事を認識しているのは当たり前。そして何処までも理想を追い求めてもいいのなら、俺は由緒の事が好きで、彼女も俺の事をよく想ってくれているのだ。

 長い年月でそこに亀裂が入ったのだとしても、遅すぎる修復として約束を口実にすることだって可能だ。以上から、未来の要と由緒は繋がりを持っていると考えるのが妥当だろう。

 …………そうだ、だから要なのだ。未来の俺ではなく、今の俺が色々準備をする必要があるのだ。

 未来の要は派手に動けない。しかし未来の要も準備をする必要があるはずだ。そのために今の俺が出来ること…………。

 俺がするべきは……意図してこの景色を更に掻き乱すこと。未来の自分が動けるように、未来の由緒の視点をこちらへ引っ張ってくればいいのだ。

 だとすれば、繋げればいいのだ。芝居のための舞台を作り上げる。

 役割を振り分け、辻褄合わせの背景を作り出し、動機と共に確かな道を作る……。

 彼に連絡を、彼女を連れまわし、時間と空間の約束を果たす。

 ……大丈夫だ。この想像は、未来の自分と繋がっている。そうでなければ根底の辻褄が合わない。

 だって何よりも────未来の要はこの歴史再現が起こる事を知っている。


「あぁ、そうか……。ははっ都合がよすぎて怖いくらいだ」

「それが歴史です。たった一つしかありえない未来への道です」

「知ってて言わないのは……言えないのは、大変だな」

「同情するくらいなら、わたしのこの気持ちもどうにかしてくださいっ」

「残念ながら俺も大概意気地なしだ。自分の気持ちすらまともに向き合えない覚悟無しに多くを望んでくれるなよ」


 加々美の言葉に自分を責めながら、それでも真っ直ぐに向き合う。

 どれだけ痛くても。どれだけ心苦しくても。それが歴史再現に必要な嘘なのだ。

 本当ならこんな嘘は間違っているのだろう。なにせ要にとって一番大切な人の気持ちを騙すのだ。

 例えそれが必要なことなのだとしても、やはり後悔は拭えない。

 こんな苦痛を過去に背負わせてまで、けれど未来の自分はその目的を達したいのだ。半世紀越しの約束。その我慢に見合うだけの答えがなければ、要にだって言い分はあるだろうと。

 大体なんなんだ。過去がお膳立てをする歴史再現って。そういうのは未来からやって来た者の役目なのでは無いだろうか。時空間が交錯する物語として随分と破綻している気がするのは要の勘違いか……。

 そもそも歴史改変物語、ではないのだから。根底から違うのはそうなのだろうけれども。こんなことなら有り触れた物語でいいから、主人公らしくご都合主義に塗れてもっと面倒な事に巻き込まれていた方が幾らかましだったと。


「どうでもいいけれどさ……今回のこの話、主人公は俺じゃないよな」

「あ、気付いちゃいました?」

「なんだよ、知らない未来の俺が主人公って……」

「でも要さんは要さんですよ?」

「十七の俺と七十近い俺とじゃあ既に別物だろうが。自分の未来のために過去が奮闘する、なんて、有り触れた話だけどさ。自分の未来がどうなるか分かってるのに手を貸すのは釈然としないだろ?」

「でも約束された未来ですよ? 少なくとも、要さんにとっては随分ハッピーエンドだと思いますけれど」

「……やっぱりそうか。まぁ、恥ずかしく愛のためー、なんて胸を張れば何処までも王道だよなぁ」

「要さんってそういうこと言う人だったんですか? 少し引きます……」

「言わせたのは誰だよっ」


 ころころと笑って肩を揺らす加々美に要も呆れて笑みを零せば、いつの間にか目的のコンビニに辿り着いていた。


「因みに今の俺はそれほど持ち合わせないからな」

「それじゃあどうして買出しなんか買って出たんですか?」

「……主人公らしく加々美とデート、とか?」

「わたし他に好きな人がいるのでお断りですっ。それから、浮気だって言いつけますよ?」

「俺だって流石に十二歳の女の子に恋なんてしないさ」

「傷つきましたっ。デザート一個増量ですっ」

「《傷持ち》は俺の専売特許だ」


 他愛ないやり取りで時間を潰しつつ、そうして入ったコンビニで問答無用にかごへプリンやらシュークリームやらを放り投げていく加々美に呆れたりしながら。

 彼女も彼女でまだ十二歳の少女らしいと、彼女が背負った責任を改めて背負い直して。

 きっとこの歴史再現の主人公と、そしてその立役者であろう未来の自分と加々美の思惑に。関係者でありながら第三者として傍目八目の追憶策謀を重ねつつ今を見つめる。


「そう言えば、先輩がどんなものを好きか聞いてますか?」

「…………抹茶でいいんじゃないか?」

「真面目に答えてくださいよー」


 至って真面目だ。楽が抹茶味のアイスを使ったクレープを食べていたのだから間違いは無いだろう。

 全く、恋をしている女の子と言うのはどうしてこう人の話を聴かないのだろうか。脳裏に思い浮かべた己の想い人の顔に辟易しながら、真剣にスイーツの棚を見つめる加々美を見つめて思う。

 ……とりあえず、俺に加々美の相手は務まらない。それが分かっただけでも十分な買い物だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ