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パラドックス・プレゼント  作者: 芝森 蛍
七福即生の未来邂逅
46/70

第三章

「この辺り?」

「報告だと……」


 言って青い空を見上げる未来(みく)。陽は高く暑い。外気も温く歩いているだけでも汗が出て来る。

 いわゆるコンクリートジャングルと呼ばれるような、都会宛らな景色を火災を起こした犯人を捜して殆ど歩き通しだったのだ、この辺りで一旦休憩だろうか。


「だったら少し休憩しよう。犯人を目の前にして倒れたんじゃ意味ないからな」

「…………ん、そうだね」


 その間は一体何だろうかと。こちらの体力の無さを見抜かれたのだろうか……。

 被害妄想気味にそんな想像をしつつ道端のベンチに腰を下ろせば目の前に差し出された飲み物。余り飲んでばかりいるとそれも体に悪いのだろうが、この暑さでは致し方なしだ。

 肌を刺す日差しの感覚的に季節は夏だろう。(かなめ)の居た過去よりも少しだけ暑い気がするのは地球温暖化が原因なのだろうか。


「ありがと……」

「いいよ。巻き込んでるのはこっちだし、これくらい驕らせて」


 どこか申し訳なさそうにしながら笑う未来は、それから隣に腰を下ろして飲み物を煽る。

 確かに彼女の言う通り要は本来ここにはいない人間で、楽を追い駆けたいがために彼女を利用しているだけなのだが。その良心を騙していると突きつけられたように感じて胸の奥が疼く。

 ……やっぱり今からでも本当の事を。いや、制限があるから言えないのか。

 遣り切れない思いと共に小さく息を吐く。と、隣から響いた声。


「と言うか、要さんはこれを買ったり出来ないよね?」

「えっ………………」


 突然の言葉に思わず反応してしまう。それから表情に出してしまったと、それ以上の失態を隠そうとした要に、未来は笑う。


「別に隠さなくてもいいのに」

「……いつから気付いてた?」

「んと、火災の時。口には出さなかったけど顔が物語ってたよ? って言うか火災に関して殆ど喋らないことが怪しかったかな。話題も逸らされたし」


 指摘をされて失敗したと苦く笑う。

 墓穴を掘らまいと疑念をどうにか押し殺したのに、それが裏目に出るとは。と言うかそんなに不自然だっただろうか。


「それから、一番の決め手はパイロキネシスだね」

「……何かおかしかったか? 発火能力(パイロキネシス)だろ?」

「異能力の分類にね、パイロキネシスなんて存在しないんだ。あるのは『念動力(サイコキネシス)』。その派生に、間接的に発火させる力があるだけで、それは『念動力』の中の一つなんだよ」


 超能力のような話で用語も似ていたからいつからか混同していた考え方。だから知っていた知識で語ろうとして、彼女に見破られたのだ。

 知らずの内に馬脚を現していたらしい。

 ならばと開き直って疑問をぶつける。


「どう違うんだ?」

「あたしもそう詳しくはないんだけど、『念動力』で電磁波を出すんだって。それが火種になるとか何とか。最初は未来から来たんだって誤解してたから、未来ではパイロキネシスって言う新しい分類が独立して出来たのかって思ったんだけどね。もう一つ疑念があったからそれもあわせて気付いたの」

「もう一つ?」

「最初に名乗った時だよ。『Para Dogs(パラドッグス)』である事を証明するなら普通『捕縛杖(アレスター)』じゃなくて携帯義務のある認可証を見せるでしょ?」


 言って彼女が取り出したのは免許証のようなカード。機密情報なのだろうから詳しくは見せてくれなかったが、一瞬の中で名前らしき文字列と顔写真が見受けられた。

 確かに、身分証明が出来る物があるのならばあんな言い訳はしなくてもいい。


「最初から疑われてたって訳か」

「そりゃ疑うよ。『捕縛杖』だけで『Para Dogs』を名乗れたら偽造したり盗みだって横行するからね」


 当然の事を告げられて己の甘さを呪う。


「……でもどうして協力してくれたんだ? 騙ったと分かった時に捕まえるためか?」

「…………こんな風に理詰めで嘘を暴いたあたしが言うのも変だけど、直感で何かあるって思ったからかな」

「未来みたいな人が勘で人を信じられるか?」

「……ごめん、嘘。由緒(ゆお)さんの事があったから」


 返した疑問には素直な返答。


「あの時要さん言ったよね、由緒さんが狙われてたって。それを止めに来たんだって。あんなに真剣な声を嘘だとは思わないし、それに知ってなかったらあんな博打打たないかなって。色々隠しておきたかったみたいだし」


 胸の奥を見透かされた気分で彼女の声に耳を傾ける。その観察眼と推理は『Para Dogs』故のものか。警察のような役割なのだから当然と言えばそうだが。けれど──


「それだって勘じゃないか?」

「…………要さん立場分かってる? あたしがその気になれば身柄を拘束する事だって出来るんだよ?」


 なんだか信用しきれなくて疑問を重ねれば、尖った声が響く。その言葉の裏に、視線に潜む色に気付いて要も一つ種を明かす。


「……ったく、最初から全部言っておけばよかった。俺は、未来があの時彼女の力を借りて何をしようとしてたのか知ってる…………こう言えば納得してくれるか?」

「…………そっか、要さんって……お兄ちゃんか」


 腑に落ちたような音に要も一つ息を吐く。

 彼女に向けて告げたのは、要はこの時間の未来が過去に行こうとしていた事を知っているというただの事実。何のために……誰を助けに行こうとしているのかを知っている。

 それを知っているのは、そもそも時空間事件が起こる事を予知した者達か、巻き込まれた当事者か、それくらいのものだろう。

 その上で、遠野(とおの)要と言う、護衛対象と同姓同名で年齢まで近い人物が、未来のやるべき事を知っていると口にすれば可能性は一つだけだ。

 彼女が護衛対象とする人物が、どういう経緯か未来の事を知って、未来の由緒の事を助けに来た。彼女の視点で語ればそう理由付けになるはずだ。もちろん要が追いかけているのはその裏に居る(らく)だけれども。


「……それで、えっと、何処まで知ってるの?」

「知ってる事とそれを口にできる事は違うだろ?」

「制限か……。いや、そこまで知ってないとここには来ないんだろうけれどね」


 どこか諦めたような響きにようやく緊張と糾弾の色を解く未来。

 彼女にしてみれば随分と曖昧な感覚だろう。

 これから会いに行く護衛対象と、こんなところで顔を合わせる。要の再会にして彼女の邂逅。捩れた出会いの癖に、どこかその通りで当たり前の歴史に、納得の出来ない核心を得ているはずだ。

 この要は、間違いなく要で。彼女にしてみれば予想外の接触だ。

 何より距離感を計りかねることだろう。

 ここで要と顔を合わせ拭えないほどの事実を知ってしまった。その相手に、これから初対面を装って会うのかと思うと複雑な気分だ。要だってその葛藤は味わった。

 けれど彼女がどんな選択肢をとるのか知っているし、だからこそ要もそれに応えるようにこうして今彼女の隣に居るのだ。

 互いの印象を、遠慮が要らなくなるまでに刷り込むように。


「……何だか不思議な気分。これから会うはずの人に、今こうして会ってるなんて」

「それは俺も同じだ。既に会った事のある人に初めてを装って再会したんだから」

「だったらどうしてそれを……」

「例え言われて、けれどそんなの信じるか? これは貴女にとっての邂逅で、俺にとっての再会です、なんて。記憶にない事を宣言されてそれをどうやって受け入れる? 時空間事件に関わっているならその不安定さはよく分かってると思うけれど」

「……結果論だよね、ごめん」


 別に責めたいわけではない。ただ現実に、自分の知らない事を突きつけられてそれを真っ当に信じる人なんてどれほどいるかって話だ。分かりきった答えだから、彼女だって遣る瀬無いのだろう。


「……でもどうしてお兄ちゃんなの?」

「どうして、とは?」

「あたしを助けに来たのなら別にお兄ちゃんでなくてもいいよね?」

「まぁ、そうだな。……でもそれが歴史だからじゃないか?」


 少しだけ迷って間違いではない答えを口にする。


「未来は既に俺に会って、これから会うはずの俺がここに来る事を知ってしまっただろう? つまり未来はそれを知ったままこれから俺に会いに行く。そうしたら『Para Dogs』の一員たる未来は歴史を守るために同じ過去を再現しないといけなくなる。必要だから俺がここにやってくる」

「そっか…………」


 それも正しい答えだ。歴史再現と言う視点で見れば彼女の過去を要の未来が再現する。何も間違ってはいない。

 その上で、要には楽を捕まえるという目的もあるだけだ。

 と、脳裏を過ぎった楽の存在に思い出す。

 未来は過去に言っていた。要を中心に渦巻く時空間事件の犯人は知らなかったと。つまりここで要が楽についてを教えてはならない。

 時空間移動能力保持者である未来には記憶の細工が効かない。だから一度教えてしまった事を透目(とうもく)の力を借りて消すことは不可能だ。

 彼女には要を護衛しに行った先であの目まぐるしくも面倒な歴史再現に振り回されてもらう必要がある。その為にも楽が犯人であるという事実だけは隠し通さなければならない。

 楽の名前も、容姿も彼女の目に留めてはいけない。全てのヒントを与えないまま、彼女には過去に旅立ってもらわなければ……。

 それさえも、彼女が要の前に現れた時に楽を知らなかったことから裏返して考えれば、別に難しいことではないのだろう。

 知らなかったのだから、どうあっても未来がこの時間で楽の事を知ることはないのだろうが。それに胡坐を掻いて大丈夫だと暢気な顔をするのは要が許せないから、必要な限りは楽の身が知られないように言動に注意をしなければ。

 そういう意味では、とりあえずはこれまで楽についての情報は渡していないはず。誰かを追い駆けているとは言ったが、その容姿も、名前も、口にしてはいない。『Para Dogs』に照会しても、彼はこの時代の人物ではないからそちらからでは見つけられないはずだ。

 ならば後は要が墓穴を掘らないようにするだけ。例えすべてが都合よく行くのだとしても、それに甘んじるのは要にとって怠慢でしかない。

 今更この歴史再現から降りるつもりもない。楽を捕まえて真意を聞き質す為にも、彼の事を守るためにも、今はまだ道化の仮面を取るわけには行かない。


「お兄ちゃんは全部を知っていたとしてもそれを言えないんだよね」

「推理小説の犯人やトリックが最初から分かってるなんてつまらないだろ?」

「そうだね」


 比喩のような何かで肯定を返して立ち上がる。


「……そろそろ行くか」

「そうだね」


 どこか不遜になった態度。要が護衛対象であるお兄ちゃんだと分かったからこその変化なのだろう。彼女がそこに気付いているのかいないのかは定かではないが、やりやすくはあるのでこのままでいい。

 と言うかそうして自然に自分の居場所を変えられると言うのはどこか要の一部と似ているかもしれない。

 演劇部員として、台本に浮かぶ役の顔を自分に重ねて演じる。ようやくこの頃無理なくそれを出来るようになった要なのだが、未来のそれも似たような話だろう。

 要を護衛するために妹と言う役割を演じる。仮初の振る舞いは、けれど慣れていなければ相容れない感じを相手に受けさせるし、自然とそうは振舞えない。

 時空間事件を解決するために時代へ溶け込む。そのためのその場限りな顔を演じる……違和感を抱かせないほどにそう振舞える彼女の事を少しだけ考えて寂しくなる。

 自分ではない誰かを演じるというのは、ある程度訓練が必要だ。特に違和感を無くそうと思えば意識する必要がある。

 それが無意識下で切り替わるほどに体に染み付いているという事は、それだけ演じる事が必要な場面を潜り抜けてきたということだ。少なくとも数日で身につくような振る舞いではない。

 彼女の事だから必要に駆られて身につけたものなのだろうが、それが時空間事件の解決に役立っていると思うと少しだけ悲しくなる。

 情が移ったと言えばそれまで。彼女が異能力を買われて尽くしている事に違和感を覚えるのだ。

 要が未来の何を語ったところでそれは彼女自身の問題なのだから押し付けがましい自己満足なのは変わらないのだけれども。

 と、そこまで考えて過去に未来が語っていた言葉を思い出す。

 要のその怒りにも似た感情は、未来自身の存在が蔑ろにされていると感じるからだろう。けれど彼女はこの時代に帰る理由があると語っていた。それから話にだけ聞いた彼女の祖父の存在。

 これまでの彼女の話を鑑みるに、この時代に未来の存在がある理由と言うのは彼だろう。

 祖父がいるから、未来は『Para Dogs』の一員として時空間事件の解決へ向けて奮闘している。

 そんな風に信頼をされている彼女の祖父とは、一体どんな人物なのか。そんな疑問が脳裏を過ぎる。


「……どうかした?」

「え…………?」

「何か考え事してたみたいだから」


 しかし彼女は要がそれを知っている事を知らないわけで。聞くべきか聞かないべきかと悩んでいると、耳に飛び込んできた未来の言葉に驚く。


「まぁ、考え事はしてたけど……どうしてそう思ったんだ?」

「癖だよ。考え事をすると一点を見つめる癖。それから少しだけ歩調が速くなる」


 言われて、意識していなかった自分の事に不思議な気分になる。

 確かに由緒辺りには普段からよく考え事を見抜かれてはいたが、どうやらそんなからくりがあったらしい。ポーカーフェイスにはある程度自信があったつもりだが、それでも拭えないのが癖かと。


「それで? あたしに関わることなら今更遠慮する事無いと思うけれど」

「……何で未来のことだって分かったんだよ」

「今のはただ鎌を掛けただけだよ」


 何だかいいように弄ばれている気がすると。僅かに視線を逸らせば肩を揺らした隣の未来は、それから視線で催促してくる。確かに、今更な葛藤かもしれないと。

 諦めるのと同時、脳裏を過ぎった似た覚えにやっぱりそういうことなのだと気付く。こうして要がからかわれたのは、ここに来て二度目だ。……つまりは、そういうことだ。

 気付くべきでは無い事に気付いた気がしながら、彼女の懐の広さに甘えて疑問を零す。


「…………未来のお爺さんってどんな人?」

「……どうって、普通の人だよ。あたしのお爺さんで、異能力は持ってないよ」

「やっぱり遺伝とかじゃないんだな」


 彼女の返答で、要の勘が肯定される。

 未来は異能力を病気のようなものだと言っていた。それは要のいた時代で起きた由緒の事を考えてもそうだろう。

 だから例え親が異能力保持者であっても生まれてくる子供がそうとは限らないし、逆の場合だってある。


「そうだね。ただ統計的に親が異能力保持者だと子供も発現する可能性は高いみたいだけど。異能力の種類や影響規模も様々だしね」

「異能力を持たない親からしてみれば少し怖くもあるだろうけれどもな」

「異能力を嫌ってる人も中にはいるからね。使い方によっては危険だし。そういう子は手続きさえ踏めば専用の施設とかで預かったりしてもらえるようにはしてるけれどね」


 まぁ当然の配慮か。自分の常識にはない力が自分の血を分けた子供に宿ったとなれば混乱はするだろう。それこそ、異能力が発見された当初は色々騒動もあったに違いない。


「生まれた頃から異能力に目覚めてるって事もあるのか?」

「あるよ。生まれたての赤ちゃんの髪の色が違ったりすると直ぐに分かるしね」

「アルビノとかも異能力者の証かもな……」


 先天性の遺伝子疾患。メラニンの欠乏などで髪や肌が白くなるという病気だ。メラニンの量によってはブロンドにもなったりするようだが、そういう変化も異能力発現の証だと考えれば違った視点を持てる。


「因みに言っておくと、異能力の歴史自体はそこまで長いわけじゃあないから。詳しくは言わないけれどね」


 原初の異能力保持者。それが誰かなんて野暮な詮索をするつもりはないけれど。少なくとも異能力が出てきてから『Para Dogs』は作られるのだから、要の居た時代から約半世紀後であるそのどこかで爆発的な異能力保持者の増加が起こるのだろう。

 その際に異能力を管理する組織を作る。排斥や批難の先にそうして価値を見出し、利用と共存の均衡の上にこの未来を作り出した人物に尊敬を送る。

 例えそれが、何かに強いられたものだったのだとしても……。


「って、話がずれたね。あたしのお爺ちゃんだっけ?」

「別に知ったところでって話ではあるんだけどな」

「そう言われると身内を悪く言われたみたいで傷つくんだけど……。まぁ、そうだね。お爺ちゃんは、あたしに意味をくれた人で、居場所をくれた人で、きっとあたしが誰よりも尊敬する大好きな人、だよ」


 そう言って笑う未来。そこに血の繋がりと言う以上に感じた彼女の心。愛情にも似た何かに胸の奥を擽られる。

 誰が誰を好きであろうと要には関係のない事だが、少なくとも彼女の前で彼女の祖父を悪く言うようなことは控えようと。後にそれが巡り巡って由緒の耳にでも入ったら痛い目を見るのは要なのだ。自衛のために……何より彼女の笑顔を守るために。

 自己満足にそんな事を考えながら歩みを進めて、不意に隣の未来が止めた足に要も揃える。


「さて、無駄話は終わりだよ。あそこに白い髪の男が見えるよね?」

「あいつが犯人か……」

「少なくとも現場に残ってた痕跡は彼のものだよ。異能力は……『電流操作(エレクトロニック)』」


 『電流操作』。その名の通り電気の流れを操る異能力だ。その力に関しては少しだけ未来から講義は受けたが、具体的に詳しくはまだだ。いつの間にか話題が逸れてしまったのだから仕方ない。


「どれくらいの規模?」

「彼ができるのは静電気程度の電流を二つ同時に操れるだけ。電流の向きを変えるだけで、その強さまでは変えられない」


 電気と言えばA(アンペア)V(ボルト)W(ワット)の三種類。特に今回重要なのはA……電流の強さの単位で、確か世界における基本単位の一つ。

 電気を押し出す力のVと、消費される電気エネルギーのWには干渉せず、電流の強さと向きにのみ干渉する力、と言うのが未来の説明だ。

 当然の事ながら電気には流れる向きが存在する。それをある程度意図的に変更することで、思うように静電気を引き起こす、と言うのが彼の異能力だろう。

 その上で、彼が操れるのは静電気程度を同時に二つ。つまり電流の合算も出来なければ分割もできず、三つ以上を並列して処理することもできない。言ってしまえば、とても弱い電池を二つ自由に使えるだけだ。

 けれども電気は電気。火災の元には十分で、火種さえあれば先の爆発も引き起こせるだろう。問題は火種に何を使ったかだ。

 簡単に調べただけだが、火災の原因となる火種が見つからなかった。電気ならばコンセントとか、漏電とか、色々可能性は考えられるものだが、それを見逃すとは思えない。

 となれば別の何か。外部から何かしらの可燃性、助燃性の物質を持ち込んで爆発させたのだろう。要にはやはりそれ以外の可能性は考えられない。

 だとすれば痕跡が残りにくく火種になりやすい物質……やはり気体か。水素、メタン、プロパン……。液体まで考えるならエタノールやガソリンなども候補だが、そちらは特に痕跡が残りやすいだろうか。物によっては人体にも影響がある物質だ。下手な行動を起こされる前に取り押さえられるといいのだが……。


「……それで? どうやって捕まえるんだ?」

「今回は捕まえるんじゃなくて任意同行。事情を聞くだけ」

「逃げられたらどうするんだ? 任意なら拒否されたらそれまでだろ?」

「お兄ちゃんの時代の警察とは違うよ。これは『Para Dogs』のやり方。任意なんて言葉ではあるけれど、意味合いで言えば逮捕状を突きつけてるのと同じだよ。それくらい異能力に関する風当たりは強いって事。普段皆何の気なしにその恩恵に(あやか)っては居るのにね」


 どこか納得していないような様子で説明をしてくれる未来の言葉に要も顔を顰める。

 まぁ確かに異能力自体危険な力だ。それに対する法や対応も厳しくなって当然なのかもしれないが。だったら任意なんて言葉を使わなければいいのにと。

 それとも、任意だと聞こえのいい言葉を使って自分を騙せないと強権を振り翳す事に彼女が耐えられないのだろうか。その方が要にしてみればしっくり来る納得だ。


「だからもし不信な行動を取ったらすぐに取り押さえるよ。お兄ちゃんは『スタン(ガン)』で牽制してくれればいいから」

「分かった」


 『捕縛杖』もある。ブースターのような人外染みた動きをされなければ対応はできるだろうし、何よりこれも歴史再現の一部だと自分に言い聞かせれば、全ては決められた結末への辻褄合わせだと言動を肯定できる。ならば都合のいいように想像を重ねて理想を押し付ける事だって可能なはずだ。もちろんそれが、正しい歴史ならばの話だが。

 考えながら男性に近づいてその肩を未来が叩く。


「すみません、『Para Dogs』ですけれど。少しお話を────」

「っ……!」


 刹那に、こちらへ振り返った男性の形相に思わず慄く。

 それは憎悪と憤怒を坩堝に入れて掻き混ぜたような激しい表情。目に映るもの全てを今にも壊さんと言わんばかりの感情の発露に、脳内が彼は危険だと判断を下す中で。そうしてどこかスローモーションに流れる景色の中に動きを捉える。

 肩に掛けられた未来の手を振り払った男性は、それから未来の細い腕を掴むと力任せに投げ飛ばそうとする。

 直ぐに未来が肘を跳ね上げ手首を自分の胸元に引き寄せて拘束から逃れる。

 人間意識しなければ何かを掴んだ時に力を入れるのは人差し指から小指の四本だ。だからこそ掴まれた際の対処法としては親指の側から逃げれば意外と簡単に拘束を解く事が出来る。

 それを少し大袈裟に、自分の胸元に向けて引く動作に合わせて放った肘での反撃。頬を掠めたその一撃に距離を取った男性はすぐさま『スタン銃』を取り出しその銃口を未来に向ける。

 普通に考えて武装をしているなんておかしなはなしだ。それだけでも彼が普通ではない事を知れる。

 考える間に絞られたトリガー。けれど未来はその銃口に臆することなく半身逸らして『スタン銃』での攻撃をかわすと、その回転に勢いを載せて回し蹴りを放つ。捕らえたのは男性の脇腹。咄嗟の防御に挟まれた腕の上から蹴り抜いて男の体勢を崩す。

 要も向けられて経験した鮮烈なる未来の一蹴。慣れさえも貫く強烈な一撃は、相手が男であっても容赦なく叩き込まれる。

 そうして膝を折った男に要も抜いた『スタン銃』を向ける。


「動くなっ……!」


 要はこの時代には居ない異邦人。その上未来の異能力でやってきたから彼女由来の制限が行動を阻害する。

 銃口を向けて気付く。目の前の男はこの時代における現代人……このまま引き金を絞れば制限に抵触する。

 時空間事件の中で現代人の起こした騒動に巻き込まれたのかと考えながら抑止力で取り押さえようとして。けれどそんな静止を聞いていればそもそも事件を引き起こしたりはしないだろうと。

 そう考えが至る寸前で、男はポケットから取り出した試験管のようなものを未来に向けて投擲する。

 何だ……けれど少なくともこちらに仇成す敵意だ!

 回転する透明な容器の中、薄青色の靄のようなものを見ながら、その容器を『スタン銃』で打ち抜く。次の瞬間、小さな破砕音と共に容器が砕け散ると、中から拡散していく何かしらの気体。

 どんな気体だろうかと考えた次の瞬間、鼻を突いた臭いに顔を顰める。

 まるで塩素のような刺激臭。呼吸器が侵されて胸の置くから咳が込み上げてくる。

 同時、脳裏に閃く危機感。

 刺激臭で、青色で、人体が拒否反応……。どう考えても危険な代物だ……!

 考える暇があったかどうか。気付けば未来の腕を引いて背後に跳んでいた。

 あれは、だめだっ。少なくとも人が吸い込んではいけない類の気体だ。

 思うと同時、未来の体を庇うように体を入れて、彼女の後頭部に手を回したまま地面を転がる。

 刹那に、近くから聞こえた爆発音。起きた衝撃派に押されて転がる力を強くしながら平衡感覚が連続で入れ替わるのを味わう。肌を刺す地面の熱い感覚。鈍く広がる擦過の熱。震える空気が肌を刺激し、鳴り響く轟音が鼓膜を震わせる。

 一体何が、と。気付けば収まっていた体を襲う衝撃から閉じていた瞼を開けて辺りを見回す。そうしてぼやけた視界で見たのは人を掻き分け走り去っていく白い髪の後ろ姿。直ぐに追いかけようとして、けれど次いで耳に入ったのは苦しそうな咳。音に視線を向ければ、地面に蹲った未来が喉の辺りを押さえて苦しそうに嘔吐(えず)いていた。

 直ぐにそれが先ほどの気体の所為だと気付く。

 肩に手を掛けるほどに近くにいた未来だ。恐らく意図せず吸い込んでしまったのだろう。

 咳に吐き気……要も先ほど感じた呼吸器の異常反応、中毒反応だろう。それでいて先ほどの爆発。

 危険なのは間違いない。彼が何を使ったのかは今は定かではないが、少なくとも咳き込んでいる未来をこのままにはしておけない。

 考えて、けれどどうすればいいのかと逡巡する。

 医療機関……場所が分からない。対応が遅れたら命に関わるかもしれないのに……!

 いや、何よりもまず周りに助けを求めなければ。悩んでいる以上、要一人の手に余る事は確実だ。

 至った結論から顔を上げて……そうして丁度目の前に出来た影に顔を顰める。逆光で顔は分からない……けれどそれは人影か。丁度いいと助けを求めようとした刹那、その人物から零れた声に思わず息を詰める。


「落ち着けよ、要」

「なっ……んで、ここに……!」

「言うなれば、偶然と、必然と、あるべき歴史の修正力だろうな」


 言って笑う顔と声。仕草に揺れる金色の髪と、こちらを見据える青色の瞳に唖然とする。

 楽、観音(かんのん)楽。要が今追い駆けている、捕まえるべき人物。

 由緒を連れ去って要を振り回す彼が、何故こんな場所に居るのかと。考えながら見上げていると、それから楽が視線を苦しむ未来へと向ける。


「……で? 彼女はどうしたんだ?」

「言ったところでどうなる……」

「助けられるかもな」

「何っ?」


 疲れたように言って、それから座り込んだ楽は喉の辺りを押さえて呻く未来に眉根を寄せる。


「……別に親切心ではないさ。今彼女がここで倒れるとこの後の歴史再現が間延びするからな。あの過去を、歪めるわけにはいかないだろう?」

「引っ掻き回した張本人がよくもそんな事を言えるな」

「お陰でこんな場所に居られるんだから、感謝して欲しいものだな」


 意地悪く笑う楽を睨み返せば、彼は飄々とした様子で笑う。楽を今ここで捕まえれば、要の目的は達せられる。けれどそれでは今苦しんでいる未来を見捨てる事になる。

 どちらを取ると言われれば、もちろん未来だ。何より歴史再現ならば、彼を捕まえる事は既に決まっている未来。今ここで足掻いたところで結末は変わらないだろう。

 要が思った通りに紡ぐ事が何よりの歴史再現。だったら過去に未来にもからかわれたお人好しらしい部分を前面に振り翳すとしよう。


「…………助けるって、どうするんだ」

「これを打ってやれ。一時的に症状が和らぐ。その間に『Para Dogs』本部に連れて行けば適切な治療をしてもらえるはずだ」


 出来る限り私情を押し殺した声で尋ねれば、返った声と共に差し出されたのは手にひらに収まるほどのカプセル。


「これは……?」

「この時代製のナノマシンだ。(もっと)も外傷を治す物ではあるけどな。少なくともこれ以上の悪化は止めてくれるはずだ。因みにそれで俺のこいつも綺麗さっぱりだ」


 言って楽がたくし上げた服の裾。その奥に見えた肌色の左の脇腹には、要が付けたはずのナイフでの刺し傷がなくなっていた。


「副作用に眠るけど、運ぶならその方がいいだろう?」

「…………知っててここに来たのか?」

「残念ながらあの放火魔が絡んでる問題は考慮外だ。俺が知ってるのは俺の目的と、あの過去で起きたことと、それから彼女を攫ったことだけだ」


 話題に出されて、それから考えないようにしていた疑問に火が点く。相変わらずこちらの神経を逆撫でするのが上手なことだ。どうやらそれは彼生来の気質らしい。


「無事なんだろうな?」

「少なくとも今の俺や彼女達よりは快適な場所に居るだろうよ。そんな事より早く打ってやれ。手遅れになるぞ?」

「…………この借りは直ぐに返してやるよ」

「それは楽しみだっ」


 鼻で笑った楽から視線を外してカプセルの端を親指で弾く。すると簡単に半球状の透明なそれが外れた。

 端の切られたカプセルの平面には小さな突起が幾つか確認できた。宛らそれはBCGの予防接種に使われる注射器のようではあったが、針のような物は見受けられない。

 そう言えば、要の時代でも少し前に針を使わない注射器なんてのが開発されていたと思い出す。あれは確か押し付けるだけで高圧で発射した気泡が弾けて皮膚に目視では確認できないほどの穴を開け、そこから試薬を投与すると言う仕組みだったか。細胞も壊さない上に痛みもないとかでその界隈では絶賛されていた……と言うのをニュースで見た気がする。

 未来の技術なのだ。あれが更に小型化して片手で扱えるようになったのだとしても何も不思議ではないと。

 考えつつ未来に断って上半身を持ち上げ、首筋に宛がう。と、次の瞬間炭酸飲料水の蓋を開けたような小さく空気が吹き出る音がしたかと思うと、カプセルに入っていたのだろう乳白色をした液体が消えていく。

 押し当てるだけで痛みなく患部へ注射する手のひら大のカプセル……。たった半世紀でここまで技術が進化したのかと思うと、人類の偉大さに尊敬を抱く。もちろんナノマシンの開発や異能力の利用も絡んでいるからこその技術革新なのだろうが、それでも要がSF小説などの想像でしか知らなかった技術だ。その分野に特別思い入れがあるわけでもないが、単純に便利で有能な技術には感嘆さえ覚える。

 考えつつカプセルの中身がなくなって首筋から離せば、彼女の柔肌に浮かんでいた赤い点が、けれど直ぐに消えていく。

 ナノマシン。よく物語の中では高位の技術として知られるウイルスサイズの機械装置。

 要の居た時代でも病気の治療に使われる技術として既に確立されつつあるものだ。医療の現場で使われる事が多く、人体に投与することで様々な効果を発揮する場合が多い。今回のこれも似たようなものだろう。そこから発展して軍事利用もされるようだが、今回はいいとしよう。

 空飛ぶ車やタイムマシンなどに並んで近未来の象徴とも言うべきものだが、けれどそんなに現実離れしているわけでもない技術だ。それに見方を変えればウイルスも天然のナノマシンなのだ。珍しいと言うのは無学の言い訳に過ぎない。

 そんなナノマシン。楽の言う通りならばこれは医療用のそれなのだろう。どれ程の傷をどれだけの時間で治せるのかは定かではないが、けれどそんな事を今更考えても仕方の無い事だ。今はただ、楽の助言を信じて未来を助けるだけ。

 自分の中の優先順位をしっかりと決めて、息の荒い未来を背負い立ち上がる。


「……それで、これから楽はどうするんだ? ここまで用意周到なんだからなにか考えがあるんだろう?」

「まぁ、そうだな。さっき言った通り殆ど計画外なんだけど……だからこそ自由だと思えばやるべき事は既に決まってる。元々の計画を崩されたんだ。その責任を果たす義務があいつにはあると思わないか?」


 無表情に告げて恐らくさっきの男が逃げて言った方を見つめる楽。どうやら楽も思うところがあるらしい。


「だからと言って要と手をとったりはしないからな? まさかそこまで甘くなったわけじゃないだろ?」

「……少し期待してたって言ったら?」

「お人好しだな」


 それから小さく笑った楽。そんな彼が豆粒のようなものをこちらに投げてくる。思わず慌てて掴んだそれは、どうやら小型の通信機。


「そっちが一段落ついたら連絡しろ。協力はしないが、出し抜こうとも思わないからな。ずっと一緒に同じ時間を過ごしてきたんだ。その方が俺たちらしいだろ?」

「一緒にいた事なんてないだろうが」


 距離か心か。交わらない思いですれ違い続けていたのだ。勝手に同類にされては堪ったものではないと吐き捨てれば、鼻で笑った楽が歩き出す。そんな彼の背中に言葉にしない共闘を感じつつ、回した視界で目立つ建物に向けて歩き出す。

 とりあえず楽の言う通りに『Para Dogs』へ未来を連れて行くとしよう。今の要には何も出来ないのだから。

 異能力もなく土地勘もない。少しだけ人より多いかもしれない知識だってこの時代では何の役にも立たない。異邦人らしいと言えばそれまで。知っているのはただ、この時代に、この瞬間に、要が居る必要があるということだけだ。

 結局、要一人ができることなんて高が知れている。何より歴史はたった一つなのだから、何をしたところでそれは全て歴史の通りに操り人形として数多の景色の一面を演じているに過ぎない。

 そうでなくても異能力を持たない平々凡々な有象無象なのだ。己に何か特別な力があるなんて驕れるほど要はロマンチストではないし、例えそうであっても一人でできることなど殆ど無いのだから否定へと帰結する感情だ。

 でも、だからこそ。何も出来ない要が誰かの力になれるのならば、それこそが要が驕るべき役割。遠野要と言う人物を客観的に見た時の、誰もが主人公足りえる自分の人生における栄華の極みだ。

 だったらそれが例え自分のためではないとしても。要の行動で他の誰かの主人公らしい道行きを支えられるのならば、舞台を支える黒子として今この時を賭してみるのも悪くない。……そう考えれば、幾らか自分と言う存在に意味を見出せる気がしながら。

 降り注ぐ陽光。青い空。白い雲。そう変わることのない……不変と言っても差し支えないだろう天の色を仰ぎ見て。滲む汗を気持ち悪く思いながら耳元に聞こえる熱い息に声を掛ける。


「未来、大丈夫か?」

「…………だぃ、じょうぶ、だけど……。体が重い……。視界が、霞む…………耳も、なんか、変かも……」

「そうか……直ぐに『Para Dogs』に着くから、もう少しだけ我慢してくれ。眠かったら寝ていいから」

「……ごめん。ありがと、お兄ちゃん…………」


 何かを噛み殺すように要の肩を強く掴む未来。彼女の後悔は、要だって同じ立場なら背負うかもしれないものだ。

 彼女は要についてを想像で気付いていた。この時代の人間ではなくて、異能力も持たず非力。けれど少しだけ頭の回転の速い暗黙の了解としての協力者。未来自身と同じ、歴史を守るために力を振るう偽善。大方そんな風に割り切っていたのだろう。

 だから彼女は、力を持たない要の盾になれるようにと先ほどだって率先して犯人逮捕に乗り出したに違いない。それ以上に、彼女が『Para Dogs』だからと言う強迫観念のようなものもあったのかもしれないが……。

 何にせよ、未来は結果論に要を守ろうとしてくれたのだ。その末に、犯人は取り逃がし自身は動けなくなり要に迷惑を掛けている。そんな失態に、自己嫌悪に陥っているのだろう。

 自分を責める事を悪だとは思わない。その経験をばねにして前に進めるのならば必要な後悔だ。失敗は成功の母。

 けれど責任に押し潰されて己を殺してしまうのは、その責任を作ってしまった側から見ればそれこそ失敗だ。

 自分の所為で誰かが苦しんでいる。要の所為で、未来がその火の粉を被ってしまった。正常に人間らしく考えられるのならば、それを無視などは出来ない。

 だから彼女の無事を手繰り寄せるために、今は全てを押し殺して納得を見つける。

 未来は、今から考えて要の過去を救ってくれた。少なくとも、彼女が居たから時空間事件が起きた側面もあっただろうし、彼女のお陰で助けられて、彼女のお陰で非日常に浸かっていられた。今となっては随分遠い過去のように思える経験は、彼女のお陰と言う部分が存在する。

 けれどそれは、この時間から言えば未来の未来で起きる出来事。ならば、未来が要の過去に歴史を紡いでくれたように。未来の知らない未来の要として彼女の過去を紡ごうと。それが円を描くように作用して互いの時間の先に共感と言う名の過去を再現できるように。




 未来を背負ってしばらく歩き、少し前に後にしたはずの建物……『Para Dogs』へと戻ってきて。ここへ来るまでに透目に連絡を入れておいたお陰か、受け入れ態勢が整ったところへ彼女の身を預ける。

 彼にしてみれば記憶はないのだろうが大事な娘なのだ。特に時空間事件においては16歳と言う若さで歴史と言う重荷を背負っている少女。そんな未来の精神的な支えの一人なのだから、心配は要以上だろうと。

 考えつつ担架に乗せられて運ばれていく未来を見やって、それから掛けられた声に顔を向ける。


「とりあえず早い対応に感謝をしよう。しかしこれからどうするのだ?」

「どうと言われても……やるべき事をするだけですよ。彼女が居ないと情報開示は無理ですか?」

「……そうだな。悪いが君は外部協力者だ。こちらの目が届かない場所へ情報を開示、流出させるわけには行かないからな」


 分かりきっていた返答に小さく息を吐く。

 透目からの連絡は、今まで全て未来を通していた。それはつまり要は信用されていないことの裏返しだ。もちろん、要が彼の立場なら同じだけの警戒はするだろうから理解は出来る。

 だからこそ、未来を通して監視出来ないのであれば外部協力者として首を突っ込む事もで出来なくなるのは当然の事だ。


「だったらここからは俺個人でするべき事をさせてもらいます。そもそもの俺の目的は火災の犯人を捕まえることではありませんから」

「力になれなくてすまないな」

「いいえ、元より個人的な用件ですから」


 有り触れた社交辞令で言葉を交わす。

 要の知る透目と比べれば、この時代の彼は些か棘があるように感じる。未来があんな事になったのだからその疑いを向けているということもあるのだろうが、由緒のことやこれまでの振る舞いを鑑みても警戒する理由には事欠かない。

 ……いや、違うか。彼もまた、未来と一緒に過去の時代へと向かうのだ。その時の彼には、未来と同様に要について記憶がある。この時代でこうして会話した経験がある。

 だからどちらかと言えば、初めて要の前に現れたときこそが演技で、今目の前にいる彼が本来の性格なのだろう。

 そう考えれば、実直にして隙のない人物だと思える。もちろん、潔癖なほどに警戒をしているから面白味には欠けるのだが……。


「因みに、どれくらいで目が覚めますか?」

「…………30分ほどだろう。君が近くに居たおかげで助かった部分が大きいだろうからな」


 教えてくれたのは、そうして助けた分のせめてもの礼か。


「ではまたその頃に伺います」


 言い残して、それから『Para Dogs』を後にする。少しだけ視線を感じたのは気付かない振り。

 彼だって助けてくれた相手にそこまで強くは当たりたくないのだろう。けれど立場上仕方ないと感情を押し殺しているに違いない。ままならないと考えて、透目から預かった通信機と先ほど楽から受け取ったそれを付け替え、手を当てて喋る。


「……楽、合流できるか?」

『言っただろう? 協力はしない』

「なら交換条件だ。情報の共有でどうだ?」

『一人で何も出来ないのか? 仕方のない奴だな』


 こちらの神経を逆撫でするような挑戦的な物言い。その響きに、けれど《傷持ち》として振舞っていた時の事を思い出して小さく笑う。それでこそ楽だと。まったく、素直でないのは一体どちらなのか……。


「犯人の異能力は『電流操作』だ。扱えるのは静電気程度が同時に二つ」

『ならこちらからも返そう。あの時の爆発、あれはオゾンだ』

「オゾン?」


 思わず聞き返す。

 オゾン。酸素の同素体で、人体にとっては有毒な気体。ならば未来のあの反応も当然か。


『もちろんあれだけの爆発だ、オゾンだけではないだろうけどな。特徴的な臭いがしただろう?』

「少なくともって話か。燃える気体に静電気で点火して爆発……擬似発火能力ってところだな」


 考えるに、少しだけ知恵を回した結果だろう。

 静電気程度を操る異能力ならうまく言い訳をすれば火災の犯人から逃げられるかもしれない。だから別の異能力に見せかけてあんな騒ぎを起こしたのだろう。


「と言うか見ていたならもう少し早くに手を貸してくれればよかったのに」

『それが歴史再現であり、あの景色における正しい過去だ』


 酷い言い訳だと。

 ぼやくだけ無駄かと考えて思考を切り替える。


「それで、あいつは今何処に?」

『そっちで場所の特定はしてないのか?』

「残念ながらこの時代での俺は異邦者だからな。協力者と言える相手なんてお前くらいしか居ないんだよ」

『面白い冗談だな』


 既に慣れたやり取り。定型句は互いの事を言葉の外で信頼しているからこそ成り立つ煽り文句だ。

 全く、どうしてこんな場所まで来て手を取り合うのが楽なんだか。……それでもまぁ、同性である分だけ遠慮がなくて付き合いやすくはあるだろうか。


『だったら、そうだな……ガラス張りの青い建物。二つ並んで塔みたいに建ってるのがそこから見えるか?』

「んと……あぁ、アルファベットのHっぽいやつか?」

『それだ。とりあえずはそっちに向かって来い。恐らくその辺りで挟み撃ちに出来る』

「分かった」


 口ぶりからして、楽が背後から追っているのだろう。流石に一人では取り押さえられないから、要を利用したいと。彼の思惑はそんなところか。

 しかしながら彼の話に乗れば、犯人の目の前から要は相対する事になる。異能力を持たない、体力もそれほどない。そんな特別危険視するほどでもない人間だ。囮と言えば意味を持つかもしれないが、だからこそ危険な役割だと言うのに……。


「捕まえる算段は立ってるんだろうな?」

『何勘違いしてるんだ? 俺が捕まえるなんていつ言ったんだ?』

「だったらどうしてこんな風に足踏み揃えてるんだよ……」


 返った言葉に、けれど怒るでなく疑問の矛先を僅かに変える。

 先ほどははぐらかされた問いかけ。そもそもどうして楽があんな場所に居たのか。


『別に……なんて言ったところで要の事だからな。納得ができるまでしつこく聞いてくるんだろう?』

「さすが俺の友達だな」

『…………演じただけだろうが』


 何故か空いた返答の間。その事に少しだけまた少し疑問を募らせたが、直ぐに続いた楽の言葉に埋もれる。


『強いて言うなら、予定を狂わされた腹いせだな』

「予定?」

『さっき言っただろうが、あいつの事は俺の考慮の外だって。プランだけは立ててたんだ。その計画の一つに、この時代でやるべき事があったんだが……それをあの男に壊されたんだよ』


 楽の思惑……彼が成そうとする歴史再現。その詳しいところは想像でしか語れないし、歴史再現をしようと思った動機までは要には分からない。だからそれ問い詰めるためにここまで追い駆けてきたのだが、その根幹に関わる部分で楽の予想外の事が起きたらしい。

 その原因がかの男にあるらしく、報復をその腹に滾らせているのだろう。


『別に代用が出来ないことじゃないんだがな。ここまで予定通りに来たのにそんな突発的な理由で計画を壊された事が癇に障ったからな。……けどだからって俺が直接出向くのもそれは危険だしな。だったらお前達を利用してやろうと思ってな』

「それを俺に言ってどうするんだよ」

『訊いたのはお前だろう? 自分から尋ねておいてその答えが気に入らないってのは、俺みたいに誰かを利用する以上に自分勝手だと思うけれどな』


 正論、のような何か。反論をしようと思えばできるが、不毛な争いか。それに彼の言う事にも一理あるのも確かだ。


『だからこれは協力じゃない。俺が俺の小さな復讐の為にお前を利用してるだけだ。それに俺に使われる以上に何か策があるなら言えばいいだろう? 《傷持ち》のときみたいに俺に従い続ける意味もないんだしな』

「言ったところでそれに楽が従う理由もないけどな」

『よく分かってるじゃないか』


 ずっと上から目線でものを言われている気がして苛立ちが募る。募る、けれども……楽のやろうとしている事が要の共感できることだから、手を貸すのも悪くはないと思えるのだ。

 それはきっと最後に要の願う未来を手繰り寄せるから……。だからそのために今この時の小さな苦痛を我慢するのだ。


『それで? 聞くだけ聞いてみるが、何か他に策はあるのか?』


 問われて、それから少しだけ考える。

 過去の出来事として、未来は要の目の前に現れた。その背景には、今この時代で起きている事件を解決したと言う前提が存在する筈だ。未来の事だから起きた事件を放り出して要の元へ来たという事はあるまい。そうであるならばこれまでにも要の事を見捨てる機会は幾度かあったのだから。

 そんな前提から考えるに、今追い駆けている事件は必ず解決すると断言できる。だから犯人を捕まえられる事は確定事項だが……しかしそれに付随しない不確定な結果と言うものがある。

 要の身の安全だ。犯人は捕まえられる。けれどその時に要自身が一般的に考え得る健康状態であるとは必ずしも言えない。

 それは未来を考えても当然だ。未来は過去の要の目の前に現れたけれど、今はオゾンにやられて『Para Dogs』で治療中だ。その過程を経て、許可が下りたから要の元へとやって来た。

 だからこそ結果に至るための道程で、要の身の上に災難が降り注がないとは言えないのだ。

 それが例えば、楽に協力して囮役を買った末のものと言うのならば避けようがない未来。何よりもその被害は事件解決のために必要な要因と言うことだ。そんな不確定な可能性を考慮すれば、全てにおいて完全に安全だと言う保障は何処にもない。ならば策など立てたところで結局は意味のない事だ。それに何より…………。


「楽は俺の言動を、知ってるんだろう? だからあの過去でも俺を振り回していられたし、俺が楽に協力すると言う結末があったから、未来の前で悪役を演じられた」

『……要がそう思うのならばそうだろうな。その論で行くならば、俺の言動は要の思考に縛られている事になるからな』

「だとすれば俺がここで策を思いつくのなら、最初からそれがうまく機能するように楽だって振舞うだろう? けど今までの楽の言葉の端にそんな雰囲気はなかった。だったらつまり、俺が策を思いつくかと言う問いに対しての答えはNOだろう?」


 返った沈黙は肯定の証。

 要の考え得る限りが同時に楽の道を照らし、言葉などなくとも共感と共に同じ結末へ向けて歩く。一体どうやって楽が要の考えを把握しているのか……。流石にそこまでは分からないけれど、それも彼を捕まえた時に問い詰めればいいだけの事だ。


「けどそうなると本当に無策だ。楽の事だから俺任せで何も考えてないんだろうからな」

『考えてない訳じゃあないぞ? 要を利用してるせめてもの償いに、お前の考えを尊重してやってるだけだ』

「だったらお前の目的を教えろよ」

『答え合わせがしたければ俺のところへ来る事だな。そうしたら全部話してやるさ』


 何かを諦めたような音に、当たり前の答えに言い争うだけ無駄だと切り捨てる。

 結局、やるしかないのだ。策などなくても、危険だと分かっていても。それでも待ってくれないものは確かに存在する。それが今この時に来ただけの事。

 それに有効な策が立てられないだけで、対策がないわけではない。必要な物は一応手に入れて来たのだ。


「……なら策にもならない計画を一ついいか?」

『聞くだけ聞こうか』

「あいつのやりたい事は爆破だ。ならそれをさせなければいいだけだ。その手段ならある。安全に不意をつく関係上一回しかできないけどな。それであいつのやりたい事を一度だけ無効化する。だから楽、お前が背後から捕まえろ」

『あるじゃないか。それが策じゃなくてなんなんだ?』

「こんな博打みたいなやり方を俺が認めたくないだけだ」


 それは要なりのこだわりで、どこか楽の言う憤りにも似ているかもしれない。

 彼が計画を壊されたからその腹いせに犯人を捕まえたいと言うように、要だって確実に相手に影響を及ぼさないやり方を策だなんて驕れない。必要な要素として、確実性があって、自分が安全で、周りに迷惑が掛からないのが最良なのだ。

 そのどれかが欠けているものを要は策だなんて呼びたくはない。


『それからな、一つだけ訂正をしておいてやる』

「訂正?」

『俺が知ってることってのは、要に関係する事だけだ。そこにはお前が関わった相手もある程度含まれるけれどな……。だからこそお前の考慮しないあいつの存在は俺の中にもないし、だから計画は修正された。つまり、この件において俺がお前の考えを読むなんて事はできないってことだ』


 ……あぁ、そういう事かと。少しだけ勘違いをしていた楽についてを改める。

 楽は無条件で要の言動を知っているわけではないのだ。あの過去で起きる事を知っていたから、そこに付随する要の言動を知っていた……。つまり歴史再現と言う前提があったから全てを分かったように振舞っていたに過ぎない。

 けれど先ほども聞いた通り、楽は今起きている事件についてを知らない。知っていれば楽の計画が破綻する事も、それが要因で憤りを感じる事もなかったのだ。知っていればそういうものだと納得できるのだから。別の方法を用意していてもおかしくはない。

 知らないから、予想がつかない。だから当然、要の事だって分からない。

 終わった事に対して何かを言うのも非生産的だが、未来がオゾンにやられたときに彼が来たのだって偶然だったのだ。いや、歴史から見ればそれも必然なのだろうが、要や楽の主観で言えば偶然。知らなかったことだ。

 そんな風に知らない事が積み重なっていく中で、楽はこれまで要を振り回してきた仮面を被って、要のことだけは知っていると法螺を吹いていたわけだ。そうして、要が売り言葉に買い言葉で何かいい案を言ってくれるのを待っていたと。

 つまりは彼に担がされたのだ。それこそ、いいように利用されたのだ。

 今更にそんな事に気付いて、けれども怒る気も失せたまま溜め息を吐く。


『要。何事においても完璧なんてのは、それは主観ではなくて客観的な感想に過ぎないんだよ。いいか、買いかぶるなよ? 俺だって異能力がある以前に人間なんだ。得意不得意がある。だから得意なやり方で現状の打開策を導き出したんだ、そうだろう?』

「…………あぁ、そうだな。だったら今一度聞くぞ? 協力はしてくれるか?」

『人の話を聞けよ、要。俺は、誰かと協力するなんて不得意なんだっ』


 楽らしい返答に小さく笑う。

 不得意なのと、それをしないこととは別問題だろうと。

 だからこそ決して協力をするとは言わない彼に少しだけ共感をしながら。


「因みに俺の得意はな、他人の言葉の綾を正当化することだ」

『もちろん知ってるさ。お前を前に不用意な事を言うとその裏から足を掬われる……。大体おかしいだろうが。どうして俺が一回も言ったことのない事をお前に決められなくちゃならないんだよ』

「俺はただ、行間を読んでるだけだ」

『要のは明示されなかった事を都合よく解釈してるだけだろうがっ』


 心地のいい会話に揺られながら、足は目的地へと進む。

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