未来より
準備を終えたお兄ちゃんに向き直って、それから答え合わせのように音にする。
「……さて、それじゃあ頑張ってきてもらおうかな?」
「頑張ってね、よー君」
続いた声はお兄ちゃんの──要さんの幼馴染である由緒さんの声。
その言葉に宿った信頼以上の確かな響きに、あたしの胸の内ですら擽られる。
美人で、愛嬌があって、女性らしくて。どこか後ろ向きなお兄ちゃんを引っ張って行ってくれる太陽のような人。
今回の時空間事件では巻き込んでしまった被害者。出来ることなら、最初のあの人が刺された場面だけですべてが終わればよかったのに。どこかでそんな風に簡単に片付く話だと思っていたのに。
気が付けばいつの間にかこんなところにまできていて、彼女も巻き込まれたにせよ深く事件に関わって。
今では切り離せない大事な人の一人で、きっと彼にとっては一番大切な人。
……実を言うと、知っていたのだ。彼女が彼を好きで、彼も同じくらい彼女の事が好きだと言う事を。
だから最初から、その気持ちを捨てられた。
彼をお兄ちゃんにしたまま、その先へ進む事を諦められた。
彼の優しさを知って……その歪んだ彼と、お人好しに振り回されて、少しだけ惹かれてしまった部分は確かにある。
けれどそれは、やっぱりどこかである先入観から芽吹いた感情で、純粋なそれではない。
宛ら、恋に恋するように。有り触れた恋物語なんて遠の昔に諦めたはずなのに、それでも胸の内に疼く感情は切なくて。
それはやはり、彼があたしにとって特別だからだろう。
まだ彼にも話していない、彼とあたしの繋がり。恋人以上に近くて遠いあたしがあたしで居られる証。
帰るべき場所。
「頑張るのは前提なんだからプレッシャーかけないでくれ」
笑って答えるそんな彼が、その瞬間あたしの知る未来の彼と重なって──
遣り切れない思いが募っては胸の奥にそっとしまいこむ。
色々な偶然と……偶然とも呼べない必然の上に今がある事はもう分かりきったこと。
だからこそ、そうあるべき歴史の通りに、あたしは明日見未来として彼の事が大好きなのだ。
「何かあったら昔の私を頼ってね」
「……それいいのか?」
「…………禁則事項だよっ」
言いたい。言えないっ。
そんな衝動すら心地よくて、知らず笑みが零れる。
……もし、もしあたしが彼と同じ時代に生まれていたら、その時は純粋に恋なんてして、追い駆けていたのかもしれないと。
由緒さんと共謀して彼を振り回して、意地悪に楽しんだのかもしれないと。
そんな想像は、やっぱり大好きなあの物語と重ねてしまうからか。
時空間と旅する少女と少年の恋物語。矛盾と逆接の現実の贈り物──『パラドックス・プレゼント』。
「過去のために未来を変えて────」
それはあたしが彼に望むたった一つの問い掛け。
彼の未来が、あたしの過去に。あたしの未来が、彼の過去に。
そうしてどんな矛盾も逆接も越えた先に、確かな歴史があるのだと信じさせて欲しいと。
僅かに強くなった彼の手を握る力。その感触が、次の瞬間あたしの異能力である『時空間移動』によって小さく空を掻く。
だから、お願い。たった少しの間でいいから、あたしに女の子の夢を見させて?




