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パラドックス・プレゼント  作者: 芝森 蛍
四面楚歌の循環解明
28/70

未来へ

 耳に着けた小型のワイヤレスインカム……『時空通信機(リンカム)』から響いた報告に口端を歪める。

 やっとここまで来たと。ようやく当初の目的にまで辿り着いたのだと。

 随分と遠回りをしたような……けれど確かに手にした事実に、この過去に認められた歴史通りに景色に胸を躍らせる。

 彼の存在は、必要不可欠だ。この身の夢にして、かの身の約束を果たすための致し方ない歴史再現だ。

 随分な抵抗で手間は取ったが、必要な事だったのだと割り切ればそれも一興。全ての結末のために合わせた辻褄の歯車の一つに過ぎない。

 ようやくこの場所ともおさらばできる。最低限の自分を纏めて目的を達するために発つ。

 と、窓の外、既に見慣れた景色を眺めていると部屋の扉が開く気配。顔を向ければそこに立っていたのは随分と美人な白衣のお姉さん。

 彼女にも随分と迷惑を掛けたものだと。体を動かせないこの身に変わって幾つか我が儘も強いてしまった。

 彼女は知らないだろうが、今一番感謝をしているのがこのナースさんだ。


「……どうかしましたか? 何かいい事でも?」

「え……? あぁ……聞いてたラジオが少し面白くて」

「そうでしたか」


 どうやら先ほどの歓喜が顔に出ていたらしい。けれども些細な事。迷惑を掛けた償いとして、彼女は責めない。責めるだけの理由を、持ち合わせていない。


「点滴変えますね」

「あ、それなんですけど…………」


 個室の中、事務的に……どこか嬉しそうに作業を始める白衣の天使に声を掛ける。

 彼女が嬉しいのは、この身がいわゆる病人で、快復の兆しがあって、元気だからだろうか。それほどに心配してもらえるほど、立派でもないのだけれども。


「どうかしました……え?」


 細く白い手のひら。女性らしい手を掠め取って握る。

 これでも見た目はいい方だ。金色の頭髪に青い瞳。この時代的に言えばハーフで美少年、と形容すれば不都合なく通じる。

 そんな自分を知っているから、僅かに生まれた女性の隙に付け込んで、黒い瞳を覗き込みながら静かに伝える。


「もう退院します。俺に関わる情報の一切を、処分してもらえますか?」

「…………はい、分かりました……」


 揺れた瞳は焦点を結ばないままに。まるで夢の中を揺蕩うように危なく紡がれる。

 音……自分の声を利用した暗示。この身に宿った異能力にして彼らを振り回し続けた中心────『催眠暗示(ヒュプノ)』。

 例え音楽など介さなくとも、異能力を込めて鼓膜さえ震わせてしまえば効果の及ぶ間接的作用系異能力。

 特にいきなり暗示に掛けるなんて言う、警戒心のない隙間には簡単に影響を及ぼす力。

 できることなら彼女に使うこれを最後にしたいと。目的は達したのだからこれ以上この時代を掻き回す必要はないのだと自分に言い聞かせる。

 別にこの異能力で世界を混乱に陥れたいわけではない。

 ただこの我が儘を……世界に肯定された矛盾をこの身で引き起こすだけだ。

 親愛にして敬愛なる者のために。せめてものお返しにと紡ぐこの夢を。あと少しで叶う約束の願いを。

 すべてがハッピーエンドで終わるあの物語のように再現するだけだ。

 過去のために未来を変えて────

 撞着するこの言葉を現実にするために、今はただ自分と言う役割を演じる。

 《傷持ち》を使い、彼女を騙して、彼女を振り回す。彼と共に紡ぐその先の未来に、全員が笑える未来があると信じて。

 過去のために未来を紡いで────

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