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パラドックス・プレゼント  作者: 芝森 蛍
二律背反の過去なる真実
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第四章

 鼻先三寸に迫った指先。気付けば首元に伸びていたその手のひらは、けれど(かなめ)が反応するより先に寸前で止まる。

 見えたのは隣に居た未来(みく)がその手首を掴んだところまで。

 次に瞬間、紅の風が吹いたかと思うと《傷持ち》を挟んで向こう側から聞き慣れた声が響く。


「動か────っ!」


 けれどその声は言い終えるより先に流れた景色に攫われる。

 《傷持ち》の右腕を捕まえたまま背後に回った未来。けれど次の瞬間にはその襟首を左手で掴んだ《傷持ち》が背負い投げの如く未来を投げ飛ばす。

 宙を舞った未来。知らずその着地地点に走る中で、二度ほど空気の炸裂音と甲高い金属の擦過音が響き渡る。

 早すぎて見えないが、恐らく未来の撃った『スタン(ガン)』の弾を《傷持ち》が予定調和のように弾き飛ばしたのだろう。

 そんな事を見る暇もなく想像で補って、降って来る未来をどうにか受け止める。

 女の子で軽いと言えど少女一人。高さと勢いがあればひ弱な要だけでは支えきれるわけも無く。ただ少しだけ衝撃を殺してその場に倒れ込めば、背中をコンクリートブロックの壁に打ち付けた。


「いってぇっ!?」

「ごめんお兄────」


 謝ろうとした未来。けれどそれより先に向き直った彼女は、座り込んだ姿勢のままからそのトリガーを引く。

 見ればこちらに向かってきていた《傷持ち》がその進攻を止めないまま迫り来る。

 次いで起きたのは衝撃。肩を押された要は未来から突き飛ばされ、夕日降り注ぐアスファルトの大地に横倒れになる。

 荒っぽい緊急避難に、けれど悪態吐く暇なく景色は等速で急速に流れていく。


「お兄ちゃん、『スタン銃』と『抑圧拳(ストッパー)』っ!」

「っ、そうだ……!」


 言われるまで忘れていた腰に下げた武器に手をあてて引き抜く。

 その最中にも、未来と《傷持ち》は渡り合う。

 振り下ろされた鈍色のナイフ。その一閃を『スタン銃』で結び、タックルと共に体勢を崩すとフリーの左手を腹部に宛がう。

 銃を使うからこそ、近接戦闘は必須項目だ。

 華奢で細い腕。けれどそこに込められた技が僅かに《傷持ち》を退かせる。

 鳩尾への殴打だ。下手をすれば心臓にまで影響を及ぼす人体の急所。そんな場所を衝撃で貫かれれば、幾らブースターで強化していると言えど隙が生まれるのは必然。

 刹那に、掌底を放った左手が今度は上へと競り上り《傷持ち》の顔を下から打ち抜く。

 何かの武術なのだろうが要には皆目見当がつかない。何か型に嵌めるとしたら、バーリトゥードだろうか?

 よろけた《傷持ち》に、それからその場で一回転。最後に渾身の回し蹴りを見舞うと、《傷持ち》はそのまま吹っ飛んだ。

 そうして構えなおす未来を見て改めて思い出す。

 そう言えば彼女はブースターを使っていない、通常体だ。それでも人外の動きをする《傷持ち》と渡り合うどころか、圧倒して見せている。

 恐らく対ブースター使用者の戦闘訓練を受けているのだろう。でなければ幾ら未来と言えど《傷持ち》相手は苦しいはず。


「無事……?」

「何とか…………。未来はすごいな」

「これくらい出来ないと『Para Dogs(パラドッグス)』では事件解決に使ってもらえないよ」


 言葉を交わしつつ、未来の近くまで寄って倒れた《傷持ち》に『スタン銃』を構える。握る掌はしっかりと白い手袋……『抑圧拳』に覆われ、いつでも殴りつける準備は出来ている。

 視界の先で倒れたまま動かない《傷持ち》。まさか先ほどの一撃で気を失ったとは考えにくい。

 神経を尖らせつつ、呼吸を整える。

 まるで要の呼吸を読むように、集中力が増した一瞬に未来が『スタン銃』を一発打ち込む。

 しかしやはりというべきか倒れていたのは演技。すぐさまウインドミルが如く体と脚を大きく振り回して立ち上がる《傷持ち》。当然のように『スタン銃』の一発も弾いてみせる。


「いやー、厄介厄介……。もう少し楽に済むと思ったのに。それにしてもよくこの時間が分かったね?」

「逆に質問だ。どうしてお前がこの時間を知っているっ?」


 銃口を向けながら糾問する。

 《傷持ち》が未来が居たより先から来た未来人だというならば、この時代の事を知っているのはおかしい。そこには何らかのからくりがあるはずなのだ。

 それが分かれば背後関係や目的の尻尾も掴めるかもしれない。


「何を馬鹿な事をっ……。どうして君を襲える? 単純だっ。君が歴史と言う過去において何処で何をしているか知っているからさっ。もちろん、君がこの時代に来る事も知っている。俺にとってこの過去は誰かが死ぬ過去ではない。お前が来る過去だっ!」


 矛盾も何もない。

 《傷持ち》がこうして目の前に現れたのは誰かから結深(ゆみ)雅人(まさと)の事を聞いたからではない。要の過去についてを知っているからだ。

 当たり前と言えばそれまで。

 《傷持ち》には要が必要なのだから、要の事を知っていて当然だ。

 けれどそれだと納得のいかない事がある。


「……ならどうして(らく)由緒(ゆお)が一人になる時間を知っていた。俺の行動範囲までは分かっても由緒や楽が一人になるかどうか何て分からなかったはずだっ!」

「おいおい、何的外れな事を聞いてるんだい? いいか? 知ったんじゃない、知っているんだ。あぁ、そうだ、知っているぞ? お前が未来で何をするのかもなっ」

「なん────」


 だ、それは。

 それではまるで、要の記憶を覗き見たみたいな言い方ではないかっ。

 要の未来を知っている? 確かにそれはその通りだ。けれど騙されるなっ。知っているのは要についてだけだ。それだけの、筈だ。


「ならどうしてあの病院で俺を襲ったっ! もし俺の過去を知ってるんだったら、未来が来る事も知っていたはずだっ!」

「あぁ、知っていたさ。けれど知ったところでどうなる? 変える過去が一つ増えるだけだろう? そんなもの、実力で捻じ伏せてしまえばそれで構わない」


 ……言い分に筋が通らない。


「実力を過信してるならあの時未来を跳ね除ければよかった話だろ。どうしてそうせず退いた。由緒や楽に手を出したっ」

「使える手管を使ったまでだ。どうやらそこのお嬢さんは少し厄介だそうだからな。廃ビルのときには驚かされたさ。まさか自分を重ねて状況を覆して来るとは思わなかったっ」


 楽しそうに語る《傷持ち》。

 雑音の奥に滲む愉悦の色にグリップを握る力が強くなる。


「……どうして廃ビルの名前を知っている。俺が何処にいるかまでは知っていても、その単語は俺達の間だけで使われるものだ。未来人のあんたが、どうしてその名称を知っているっ?」

「だから何度も言っているじゃないか。俺は、知っている──」

「出任せを言うなっ!!」


 絞った引き金。放たれた弾丸は、けれど呆気なく弾かれて音となり空気に溶ける。


「貴様は、誰だ!? お前の目的は、何だっ!?」


 胸の内に燻る嫌悪感。

 ぐるぐると渦巻く衝動が言葉に感情と怒気を孕んで突き刺さる。

 その殺意にも似た切っ先に、けれど《傷持ち》は楽しそうに喉で嗤って答える。


「俺は────お前を……お前達を、知る者だ」


 要の糾弾を意に介さない様子で半身に受け流す《傷持ち》。

 その言葉にならない感情を逆撫でする悪に、気付けば未来が突っ込んでいた。

 大地を這うように疾駆した赤い閃光は手数で攻め立てる。

 小さな体躯を生かした小回りの効く戦闘構築。

 撃たずとも銃口を向けて牽制し、そこから少し大きい技にも繋げる。

 積んだ戦闘訓練と実戦の経験が流れを飲み込んで彼女の空気に変える。

 《傷持ち》の体躯は要と同じ程度の170センチ台。対して未来は150前半の小動物のような身形だ。

 けれど大きな体躯に擦り寄る小さなすばしっこい体と言うのは大きい方からしてみれば捕らえ辛い目標だ。

 足元を走り回る動物を捕まえようともうまくいかないその経験。加えてしつこく幾度も付き纏われれば苛立ちが募るというもの。

 要だってあんな嫌味な攻められ方はしたくない。

 必然、《傷持ち》の足元が掬われる。

 開いた腕と無防備な体。勝機を見出せばその折を見逃すのは愚策。


「っ、このぉ……!」


 けれどそれは傍から見れば危機にだってなりえる。

 近接戦闘……それも逆に捕まえられるかもしれないリスクを犯す距離での攻防は視界が狭くなる。

 そうなれば知覚外からの攻撃を対処することは難しい。

 気付いて駆け出した要。伸ばした左の拳が《傷持ち》に向けて迫る。

 彼が右手に持つナイフ。その切っ先が胸元へ誘い込まれた未来の首筋を狙う。

 その鋭刃が投擲される寸前、不穏に嗤った《傷持ち》の手首が閃く。

 そうして矛先を向けた先は要。思わず持っていた『スタン銃』でその一撃をどうにか弾く。

 鳴り響く金属音。

 武器を払い除けた……と考えたのも束の間、気付けば景色は次へと流れていた。

 伸びたのはナイフを失った《傷持ち》の右腕。それが首元を掴むな否や、その体をアスファルトの大地に投げつける。

 無意識に取っていたのは受身。真似事でも柔道を齧っていてよかったと感じた刹那。今度は未来によって《傷持ち》が投げられているのを明滅する視界の中でどうにか捉えた。

 これで三人とも誰かに投げ飛ばされたのだとどうでも良い事を考えながら片膝を突いて立ち上がる。


「あまり無茶しないでよ……あいつの狙いはお兄ちゃんなんだよ?」

「悪い…………」


 口を突いた謝罪でどうにか呼吸を整えつつ《傷持ち》を見据える。

 決定打が出ればそこまでだ。その隙をどちらが先に手にするか……。

 考えて息を飲み込んだ刹那、今度は《傷持ち》からその距離を詰めてくる。

 要に向いた銃口。それが『スタン銃』だと寸前で気付いてせめてもの反撃にと左の拳を《傷持ち》の腹部に向けて突き出す。

 しかし拳に感触はなく、廃ビルで受けたような衝撃もない。

 恐る恐る目を開ければ目の前では硬直が起きていた。

 要の拳は《傷持ち》が一歩引いたところで届かないまま、《傷持ち》が構えた銃口は要の方を向いたまま。その隣で、未来は自分の持つ『スタン銃』を《傷持ち》に向け、左手で要に向く『スタン銃』のトリガーを引かせまいとその稼動域の小さな隙間に指を入れていた。

 次いで動いた景色は要から。

 届かなかった一撃を一歩踏み出して更に伸ばす。

 だがそれより数瞬早く身を引いた《傷持ち》。合わせて未来が一発撃ったが、《傷持ち》はそれを上半身をずらすことでかわすと、先ほどの仕返しとばかりに未来へ回し蹴りを放つ。

 そんな再び動き出した景色を、けれど悠々と眺めている暇は要には無く、右手に持った『スタン銃』を《傷持ち》に向けて連射する。

 しかしバックステップで距離を取る《傷持ち》はその動作の最中に、器用にも手に持った『スタン銃』で迫り来る亜音速の弾を叩き落す。

 本当に人間かと疑いながら戦線を再構築。

 そうして一息吐いたところで、未来が顔を歪めながら隣に立つ。


「……大丈夫か?」

「ただの鈍痛だよ。痛いけど…………」


 ブースターで強化された蹴りだ。幾ら訓練をしている未来でもその体は少女のもの。殺しきれない衝撃をそう何度も耐えられるわけではない。


「飲んだ方がいいか……?」

「…………やめて。これ以上無茶しないで。それにそろそろだと思うから」


 何が、と聞き返そうとしたところで、視界の《傷持ち》が再び疾駆する。その手が、こちらに迫る中で途中に落ちていたナイフを拾い上げる。

 こちらも何か得物が欲しいとない物強請りをして、空気を裂く銀閃から視線を外し殴り掛かる。

 同時、アイコンタクトもなしで意図を酌んでくれた未来は振るわれる腕に向けて『スタン銃』を撃ち放つ。

 流石にそれを許容できない《傷持ち》はナイフで弾く。

 寸前に迫った鈍色の閃光が軌道を変えたことで要には掠りもしない。その刹那に突き出した左の拳。けれどそれは《傷持ち》が左に持った『スタン銃』で受け止める。

 しかしそんなのは分かりきったこと。熱く回転する思考がそこまでは構築していた景色からその先の行動を教えてくれる。

 構えるのは『スタン銃』。そうして引き絞った亜音速の一発は、けれど《傷持ち》が弾の進行上に投げたナイフで弾かれる。

 これでも駄目かと過ぎった次の瞬間、旋風のように巻き起こったのは未来の上段回し蹴り。

 思わずその鮮烈さに目を奪われたのも束の間、その攻撃をしゃがんでかわした《傷持ち》は今度はその手に持った『スタン銃』をこちらに向けて構えて来る。

 目に映るのは黒い虚のような銃口。その奥にこれから迫り来るだろう弾丸を幻視して背筋が凍りつく。

 そうして鳴り響いた空気の破裂音──二つ。

 気付けば頬に感じる異物が通り過ぎる感覚と、視界が目にする横へと逸れた銃口。

 視界の端に映ったのはこんな混戦の中できっちりと《傷持ち》の『スタン銃』を真横から打ち抜いて狙いを外させる未来の精密射撃。

 次いで生まれた空白は、無意識の内に行動を起こさせる。

 足はしゃがんだ《傷持ち》を蹴り上げようと動く。《傷持ち》はそんな要の咄嗟の攻撃を意に介さない様子で『スタン銃』の銃口を未来へ向けトリガーを絞る。その攻撃行動を視界に収めつつ、けれど回し蹴りと『スタン銃』の行動で殆ど動くことの出来ない未来はその銃口を忌々しく睨みつける。

 そうして出来上がった景色はよろめきつつも後ろへ下がって立つ《傷持ち》と、《傷持ち》の放った凶弾を胸に受ける未来。そして激情のまま届けと伸ばした左の拳がようやく《傷持ち》に触れた感触。

 未来の被害と引き換えに手にした好機だと過ぎったのも束の間。次の瞬間には要に向けて『スタン銃』の射線が牙を向く。

 けれどその動作は緩慢で、まるでコマ送りのスローモーションに景色が流れるように感じる。

 刹那に取った行動は横へ転がると共に『スタン銃』の連射。要の放った弾丸は、けれど鏡映しに同じ行動を取った《傷持ち》に届かず儚い空気の破裂音だけを響かせる。

 そうやって静止した景色の中で、立ち上がって『スタン銃』を構えた要と《傷持ち》は、けれどその先の行動を起こせなかった。

 命一杯後ろへ下がったまま固定された遊底(スライド)。それはホールドオープンと呼ばれる、弾切れを知らせるサイン。


「ほら、下ろせよ。構えてたって意味無いぜ?」


 まるでこうなる事が分かっていたように悠々と紡ぐ《傷持ち》。その掴み所の無い飄々とした態度に警戒をしつつ倒れた未来の方へと近づいていく。


「鬼ごっこでもするかい? やめておくのが得策だと思うがね」

「黙れっ」

「さて問題だ、俺が逃げつつその女を人質に取るのと、お前が俺を捕まえるのと、一体どっちが早いかな?」


 喉の奥でくつくつと嗤う《傷持ち》に苛立ちを募らせながら冷静に睨みつける。


「その女の『スタン銃』を取るのはいいけどよ、後何発入ってるのか知っているか? 俺は、知っているぞ」


 その根拠の無いはったりが、嫌な説得力を持って響き渡る。


「俺はこれ以上ここで危害を加えるつもりは無いさ。さっきその拳で異能力封じられちまったからな。今俺にできることと言えばお前達を刺し殺すことくらいだ。けどそれは望むところじゃない。ならどうだ、ここらで一旦互いに手を引こうじゃないかっ」


 交換条件と言うことだろう。

 未来や要に手出しはしないから自分にも追い討ちは掛けるなと。

 けれどそれを呑めるほど要は素直でも馬鹿でもない。


「…………ブースター、切れてるんだろ?」

「試してみるか? 不毛だと思うがね」


 先ほど未来の語った『そろそろ』と言う言葉が脳裏を過ぎる。

 この景色の中で存在する制限と言えば『スタン銃』の弾切れかブースターの時間切れだ。

 前者は既に起こった。ならばと鎌をかけては見たが表情も分からなければ驚いて黙り込むような不自然な間もなかった。


「それともお前も飲むか? 自分の身を犠牲にしてまで俺を捕まえるか? もっと慎重に考えろよ、ガキが」


 視界の端でアスファルトの道路に横たわる未来の姿を一瞥して、それから長い息と共に最後の抵抗として告げる。


「……だったら早く消えろっ。お前を見てると嫌気が差す!」

「そうかい、それは失礼な事をした。ならば君の願い通り俺はここで退かせて貰うとしよう。また会えるのを楽しみにしているよっ」

「二度と来るなっ」


 言葉に棘を滲ませて突きつければ、《傷持ち》はまるでそれさえも楽しむようにどこか浮かれた足取りで姿を消す。

 そうして姿が見えなくなってしばらくして、ようやく『スタン銃』を下ろすと嫌に重い溜息が零れ落ちた。

 ……もしあそこでブースターが切れていなかったら、今頃要は《傷持ち》に攫われていたかもしれないと思うとその偶然に感謝する。

 どうにか拾って繋いだ未来だ。ならば大事に紡がなければ。

 そう自分に言い聞かせて『スタン銃』をホルスターにしまうと未来の様子を伺う。

 要が近くに跪けばその桜色の唇の隙間から微かな寝息が聞こえて安心する。

 どうやらただ眠っているだけらしい。『スタン銃』に込められた凶弾が実弾ではなくてよかったと安堵する。

 それから外傷がない事を確認して一つ断りを入れた後その華奢で小さく軽い体を背負う。

 意識の無い人間の体は重いと聞くが、それよりも気になったのは女性特有の匂いと柔らかさ。肩に乗った頭から香るその匂いと、手に抱えた足の弾力が嫌に鮮明で、少しだけ心がざわつく。

 と、一介の男らしくそんな葛藤を渦巻かせていると、その頭にキャスケット帽が無い事に気付く。どうやら先ほどの戦闘で落ちてしまったらしい。

 いつから落としていたかなど曖昧なほどに目の前に縛られていた自分の余裕の無さに改めて情けなくなる。

 彼女が凶弾に撃たれたのだって要が居なければ起こり得なかった景色のはずだ。

 我が儘で振り回して、危険にまで晒して……。男としても、そして交わした約束を守れなかった事に対しても不甲斐なく思う。

 健やかなその寝顔に申し訳なくなりながら、近くに落ちていた帽子を拾い上げ未来の頭に乗せる。

 そうして見回した景色の中で、《傷持ち》はナイフまで回収していったのだとどうでも良い事を考えながら、未来の持っていた『スタン銃』を拾うと、そのまま夕日降り注ぐ道路を昨日も泊まった宿へ向けて歩き出す。

 女の子とは言え人一人を背負っての移動だ。運動部に入っているわけでもない要にしてみれば重労働。先ほど《傷持ち》と激しい戦闘を繰り広げたばかりと言うのも相俟って、体は重くその道行きが遠く感じる。

 どうでもいいが要は演劇部員だ。先ほどの《傷持ち》との交渉も部活で培われたいざと言う時の度胸がどうにかしてくれたものだ。

 何かの本で経験に不必要は無いと尤もらしく語っていたのを思い出して小さく笑う。

 不必要が無いというか、有ればそれだけ必要な時に損はしないというだけのこと。

 けれどこうしてその経験に助けられた身からしてみれば過程にも感謝は抱く。

 ならばこの過去での経験も何かに役立つ時が来るのだろうかと無意味に夢想して歩みを進める。

 そんな風にどうでも良い事を考えて気力を振り絞りながらようやく目的地へ。辿り着いた時には今にも倒れこみたい衝動に駆られたが、どうにか堪えて未来を敷いた布団に寝かせる。

 静かに寝息を立てる未来の寝顔を眺めているのも後で起こられる気がして、二人分の食事を近くのコンビニで買って戻る。

 帰ってきてもまだ未来は起きておらず小さな寝息の音だけが静かな一室に響き渡る。

 そうして時折その呼吸に艶かしささえ感じつつも、あどけない年相応の顔で眠る未来の事を考える。

 要の近くに来て以降、《傷持ち》が起こす色々な事件に振り回されてきた。その濃密な時間の中で、彼女は眠る時間さえも削って要のために尽力してくれていたことだろう。それを想像するだけでも感謝をしたくなる。

 ならばこれは彼女にとっていい休息なのだと嘯けば、要も途端に意識が遠くへと薄く延びていく。

 雅人の護衛に続き《傷持ち》との戦闘と言う気の張る一日だった。慣れない事をした所為か、それとも楽の刺されたことから続くこの一連にか、どこかで疲れきった精神が休息を求めてその意識を拡散していく。

 あぁ、買ってきた食べ物は……明日でいいか…………。

 そんな事を考えた頭は、その先を考える事を放棄して微睡(まどろみ)の奥深くへと沈んでいった。




 翌日、鼻先を擽る何かに気付いてゆっくりと目を覚ます。

 そうして見上げた景色は、何処までも流麗な紅の天井。一体それが何なのかと考えながら瞬き一つ。

 それからようやく思考が追いついて頭が回転し始める。


「は…………? え……? 何っ?」

「おはよう、お兄ちゃん」

「あ、おは────って、何で馬乗りになってんだ、未来はっ……?」


 紅の枝垂桜。その毛先が頬を擽って思わず胸が跳ねる。

 視界にはこちらを見下ろす未来の姿。背中に感じる畳の固さから要は床に転がっていて、その上に未来が覆い被さっている。

 まるで異世界だと錯覚した景色の中で、視界の先の未来の瞳が微かに揺れた。


「昨日、何があったの? あのあと、どうなったの……?」


 桃色に染まった頬。艶やかな唇。僅かに濡れた髪。香る色気は女らしさを纏ってより強く。

 一体何がどうなっているのだと情報を求めたところで、腕が彼女によって縫いとめられている事に気付く。

 いくら少女と言えど馬乗りになって関節を押さえられてしまえば男一人を組み敷く事は出来るらしい。と、どうでも良い事考えながら再起していく記憶を遡って彼女の疑問に知らず答える。


「《傷持ち》なら、逃げた。分が悪かったから逃がした……」

「お兄ちゃんは、無事?」

「…………背中痛い……」


 それは現在進行形で。

 思えば強く打ち付けた上に叩きつけられ、今にもこうして上から押さえつけられている。ならばそれは仕方の無いことで、正しい負傷と痛みなのだろうけれども。


「よかった…………」


 そんな事を考えていると、目の前の人形のような少女はどこか強張った表情を弛緩させ、そのまま重力に任せて倒れ込む。

 そこは要の胸の上。増えた重みに背中が悲鳴を上げたが、それも数瞬。次の瞬間には意思とは関係なく悲鳴のような声が喉から漏れた。


「み、未来っ、ちょっと、何で……!」

「静かにしてて、(アニ)ウム補給中だからっ」


 胸に顔を埋めながら呟く未来。

 だから何その謎成分。お兄ちゃん知りませんっ。

 触れる柔肌の感触に胸を高鳴らせつつ、けれど少女を力ずくで押し退けて怪我でもしたら大変なので甘んじて好きにさせる。

 綺麗な紅の長髪。そこから香る匂いに居心地を悪くさせたところで気付く。

 そう言えば彼女の髪が濡れていると。心なしか体温も高く、触れた肌が温かく感じると。想像できるのは風呂だろうか。先ほどまで入っていたのだろう。

 こうして不躾に考えてしまうのはデリカシーの無いことかもしれないが、女の子特有の柔らかさに役得を感じる。

 しばらくそうしていると、やがて満足したのか要の上から下りてくれた。

 目が覚めて数分。ようやく体を起こすことの出来た要は咳払いを一つして尋ねる。


「で、えっと…………何だったの?」

「昨日のその後とお兄ちゃんの無事の確認だよ」

「……兄ウム摂取の必要性は?」

「…………あたしに心配をかけた償い」


 今更ながらに恥ずかしくなったのか顔を逸らしつつ答える未来。恥ずかしいならやめておけばいいのにと考えて小さく溜息を吐く。


「それにお兄ちゃんもあたしから義妹(ギマイ)ン摂取してたし……」

「だから何その謎元素」


 呻いて、それから深呼吸一つ。

 思考を一新すると話の焦点を真面目なそれへ移す。


「未来こそ大丈夫なのか?」

「撃たれただけだよ。今まで撃たれたことなんてなったから初めての経験だったけど」


 言葉の裏を返して少しだけ驚く。

 つまりその自信は、今までの時空間事件においてその身に傷一つ追うことなくこなしてきたと言う彼女の実力の表れだ。


「ただ寝ちゃうだけだからね。それよりもお兄ちゃんだよ、本当に大丈夫?」

「背中が痛いだけだよ」

「ちょっと見せて?」


 有無を言わさず背中見回りこんだ未来に促されて服をたくし上げる。


「ちょっと擦りむいてるだけだね」

「受身は取ったからな。柔道齧っててよかったよ」


 由緒から受けた仕打ちに感謝はしないけれど、重ねた経験は貴重だと胸の内にしまい込む。咄嗟に受身が取れるあたり体に染み付いたその行動が物語る要の人生の悲しさよ……。


「《傷持ち》には『抑圧拳』一発打ち込んどいたから少なくとも昨日の夜中に父さんを狙いに行ったってことは無いと思う」

「……早ければそろそろ効果が切れる頃だよね。準備しないと」


 言って立ち上がった未来。その時響き渡った情けない虫の音は要の背後からだった。


「…………ご飯なら昨日帰って来て買って来たのがあるよ」

「そう言えば連れて帰ってくれたんだよね……。ありがと」

「どう致しまして」


 鳴り響いた腹の音にはこれ以上広げない方向で同意して言葉を返す。

 経験上、ここで彼女の気分を逆撫でしたら理不尽を見るのが異性の難しいところだ。無用な諍いは避けるべき。

 由緒に叩き込まれた異性の取扱説明書を閉じつつコンビニの野袋の中を漁る。

 買っていたのはそこまで選ぶ気力の無かったおむすび数個。鮭、梅、昆布、シーチキンと極々一般的な品揃え。

 レディファーストで未来に先に選んでもらえば梅が残っていて珍しく感じた自分がいた。


「梅苦手?」

「嫌いって程じゃないけど今日は気分じゃないかな……。お兄ちゃんもしかして嫌だった?」

「いや、好きなんだけどな。こういうときよく隣に居た由緒に持っていかれてたから。あいつ例え梅が二つあろうとも俺に残さず自分で食べちまうからな」


 食べない要の方が顔を歪めるというのに。

 今ここに幼馴染が居ない事に少しだけ感謝をしつつおむすびを頬張る。


「食べながらで悪いけど、これからの事も考えないとな……」

「ん……とりあえず雅人さんの護衛は続行だよね。そこを疎かにしたら歴史を簡単に変えられちゃうし」

「その上でどう立ち向かうか、だよな…………」


 昨日の衝突を思い返しつつどうにかそれを覆す策を探し始める。

 その傍らで、頭はどうでも良い事を考えていた。


「そういえば今更だけどさ、世界五分前仮説って否定される事になるんだよな」

「何突然」

「いや、なんとなく過ぎった疑問……」


 世界五分前仮説。

 世界は全ての原因や経験を持ったまま今から五分前に誕生したのだと言う仮説。普通ならば反証仕様のない仮説ではあるが、こうして遠くの過去に来ている事実から考えてみればその仮設は成り立たない事になる。

 もし五分前に世界が出来たとして、そこに経験と言う記憶が植えつけられたのだとしても、五分前以上の過去は存在しない。それは虚偽の記憶だ。

 しかし五分よりもっと昔に遡る事が出来る以上その論は破綻する。つまり世界は五分前に出来たわけではなく、よく聞く数字で語るならば約46億年と言う年月がそこにはあるのだろう。

 例えばもし、記憶に頼らない時間移動能力や技術が見つかれば原初の地球に下り立つ事も夢では無いのかもしれないが。


「色々な事を敵に回すけど、世界に正しいことなんて無いよ、お兄ちゃん」

「……それはまた極論だな」

「タイムマシン論だって光の速さが基準だけどそれさえ間違ってたら破綻する論だよ。その過程を捻じ曲げて結果を手繰り寄せる異能力……。幾ら科学で過程を説明できると言っても、実際にその結果に対して科学で説明できるような過程は存在しないんだよ?」


 似たような話を聞いた事がある。

 手術の際に使われる麻酔は、実はどうして人間に効くか理由が定かでは無いという……。

 考え出せば怖いことこの上ないブラックボックスは世界に幾つも存在する。


「異能力についてはよく分かってない。結果は科学で語る事は出来るけど、その過程を科学技術で実現することは殆ど出来ない。異能力はね……人間には過ぎた力なんだ」


 小さな手のひらを見下ろして告げるその瞳の奥に、彼女は一体何を思うのか。


「だからこれは何かに寄生して正しいと言い張ってるだけの方便。世界はそんなことで満ち溢れてて、本当の正解なんて何処にもないよ」

「信じられるのは自分だけ、か」

「それだけじゃ寂しいから他のものを信じたくなるんだろうけどね」

「……未来は今ここに居るだろ?」

「お兄ちゃんもね」


 小難しい話をそれっぽく話してみてその着地地点を曖昧にさせる。閑話休題に身を預けてしばらくぼぅっと過ごせば、部屋の外から煩いほどの蝉の鳴き声を遠くに聞いた。


「…………暑くなりそうだな」


 この過去は、要が生まれるより前の、いつしかの八月十一日。

 要の父親、遠野(とおの)雅人の命日当日だ。

 蝉時雨を有り触れた一日のBGMにしつつ歴史にとって運命さえ左右する一日を刻み始める。


「……お兄ちゃん」

「ぅん……?」


 決まっている結末の、その詳細な景色を想像しながら未来が呼ぶ声に顔を向ける。するとそこには何故か畳に伏せった未来がこちらを見上げていた。


「しゃっくりとまんな……っくぅ、なっちゃった……」

「ん…………」


 備え付けの冷蔵庫からお茶のペットボトルを差し出すと、未来はその封を開けて豪快に三分の一ほど一気に飲み干す。そんなに喉が渇いてたなら要のどうでもいい話なんか押し退けて言えばいいのに……。


「ぷぁっ!」


 頭の横で括られた兎結びの髪が髪留めと共に揺れる。

 こうしていれば彼女は普通の女の子だと幾度目かになる錯覚をお茶と一緒に飲み下す。


「さて、ごちそうさまっ。それじゃあ作戦会議を────」

「プリンあるけど……」

「デザートの後に休憩と雑談とどうでもいい時間を挟んでやるとしようかっ」


 輝いた橙色の瞳。

 その正直な女の子の振る舞いに小さく肩を揺らせば背中におむすびの包装がゆらりふわりと飛んできた。

 ゴミはゴミ箱へ。


「って言うかどうしてそんな無駄なものまで買ってたの?」

「世界には正しい事は無くても無駄じゃないモノは一つもないからだ」

「誰の言葉?」

「後半は由緒の珍妙語録第十六番より」

「後で言いつけよーっと」

「…………俺のもいるか?」

「いただきますっ」


 我が妹は単純にしてどうしようもなく可愛い生物だ。

 その笑顔に彼女の復帰を見て取って小さく笑いつつ思考を回す。

 今日こそが《傷持ち》にとって大事な日で、要達にとっても譲れない過去だ。

 ならば要達にできるのはありえる筈の過去を未来として押し付けることだけ。

 そんな事を考えながら時折有り触れた少女のように頬を緩ませた未来の事を目端に見つつ幾つか想像を重ねて。

 そうしてしばらくの休憩の後に本題へと舞い戻る。


「色々考える事はあるけどさ……何よりも知りたいのは《傷持ち》の正体だよな」

「そうだね。幾つか情報は増えたけど個人を特定するわけでは無いし……」


 昨日の襲撃の際《傷持ち》自身が語った言葉。

 要の行動を、由緒や楽の事を知っている人物。そして未来が居た未来より更に未来から来た人物。

 例えばその言葉が本当だとして、それらに矛盾しない人物が本当に居るのだろうか?

 まず知りたいのは《傷持ち》がいた未来で要は生きているのかどうか。それから《傷持ち》の言い分なら要に近しい人物だと言うことだ。

 前者の詳しいところは、未来に聞けば分かるだろう。彼女が答えてくれればの話だが。

 後者については流石に分からない。要は列記とした人間だ。高校を卒業すれば恐らく大学に、そして就職に……。そのどこかで未来の言う何かを成して、それが理由で《傷持ち》に襲われる。

 その人生の中で誰と出会い、どんな関係を結ぶのかなど想像がつかない。

 ならばきっと《傷持ち》の正体は要の知らない誰かと言う可能性の方が圧倒的高いはずだ。

 そんな見ず知らずの誰かから因縁をつけられ追い掛け回されるこちらの身にもなって欲しいが…………。


「ん、あれ……?」

「どうかした?」


 考えて、それから浮かんだ疑問を口にする。


「俺は未来で何かをして、それが理由で《傷持ち》に襲われてるんだよな?」

「それが理由ならね……。あの口振りだと私怨って可能性も否定は出来ないけど」

「その可能性は考えるだけ無駄だろ…………。でだ、歴史からしてみれば襲われる方が過去で、何かを成すのが未来……。つまりこの事件は起こるべくして起きた事件で、更に視点を伸ばせば絶対に無事に解決するはずだよな?」

「……って言うと?」

「だって俺が未来で何か成さないと《傷持ち》はそれを理由に過去にやって来れないだろ? で、やってきたところで何かを成すって事を知ってる視点から考えれば、この事件は解決してその成すべき事を俺は未来でする……。ほら、やっぱりこの事件の結末は最初から決まってる」


 当たり前と言えばそれまで。理由が未来に存在するのだから過去の要はその未来にまで辿り着かなければ起こりえない事件だ。つまり裏を返せば必ずそこまでの未来は保障されている。この時空間事件は起きる事が歴史によって許され、解決することまで見通しが立っている。

 もう少し発展させて考えれば親殺しのパラドックスにも通ずる。

 未来の要が何かを成すことで《傷持ち》が過去を変えようとやってくる。ならばその成すべき事が歴史からなくなってしまえば《傷持ち》が過去に来る理由がなくなる。だから要は襲われなくなって、時空間事件事態が起こらない。

 けれどこうして襲われている以上、この時空間事件は解決して、その先で要は成すべき事を成すのだろうと。


「…………勘違いしてない? 時空間事件ってのはそもそも起きちゃいけない事件なんだよ? だからその事件が犯人側の都合に左右された時、歴史は壊れちゃう……。未来にある理由はそうなるはずだった歴史に変わる。そうやって歴史を歪められる力こそが異能力なんだよ?」

「……あぁ、そっか…………」


 《傷持ち》の野望が実ってしまえば異能力によって未来は書き換わる。それだけで済めばいい方で、最悪世界が壊れ、歴史どころか地球と言う存在自体がなくなってしまう恐れもある。

 それを防ぐため、世界を守るために未来たち『Para Dogs』が居るのだ。

 つまり《傷持ち》のような時空間事件の犯人は歴史にとって招かれざる客──異物だ。

 異物であるその者達は、異能力と言う人一人では及ばない力を振るい、世界を歪ませる。

 異物であるからこそ、世界を変える事ができ、その存在によって未来は保証されなくなる。


「時空間事件が起こる事は歴史と言う客観的な視点から見ればイレギュラーで、あってはならない干渉だよ。時空間事件の発生は歴史の中に含まれない。だから間接的作用系異能力を用いた歴史の改変が可能で、それを防ぐためにあたしたちが居るんだよ」

「…………そうなるとその前提は誰がどうやって調べたんだ?」

「前提?」

「間接的作用系異能力を用いれば歴史は変わる。それが時空間事件として認識されるなら、例えその力を手にしてもそれを試すことはできないんじゃないのか?」


 歴史改変の原因となる間接的作用系異能力での接触。けれどその事実は誰かが間接的作用系に分類される異能力を行使して影響を及ぼさなければ分からないはずだ。

 もし想像の上の仮説止まりならば歴史改変自体が起こらない可能性だってある。

 もし歴史改変に関するその論が正しいのなら、世界は既に歴史改変を一度以上受けている事になる。それはつまり世界の歴史が僅かでも歪んでいると言う証拠になりうるのでは無いだろうか?


「…………やっぱりお兄ちゃんの記憶は消さないとだね」

「『記憶操作(メモリーマネージ)』の異能力も間接的作用系異能力だよな。つまりその干渉によって歴史は既に変えられているか、そもそも歴史は異能力の干渉では変わらないかの二択だ」


 要の指摘に未来の視線に鋭い光が宿る。

 ならば何が歴史を変えるのか……。間接的作用系異能力の直接的な影響で無いとするならば、それが齎す間接的な行動こそが歴史改変に関わる要因だ。


「……言いたく無いからずっとはぐらかしてたのに…………」

「どうなんだ……?」

「…………そうだよ、異能力の干渉だけでは歴史は変わらない。もしそうならお父さんが誰かの記憶を消した時点で歴史は壊れてる。本当に歴史が動くのは、その異能力によって起きた言動が及ぼす影響にこそあるんだ」

「だから人を操ることの出来る『催眠暗示』のような異能力が時空間事件の実行犯となるんだな?」


 重く頷く未来に小さく息を吐く。

 間接的作用系の異能力だけでは世界は壊れたりしない。そこに誰かの意思を介在させ、指向性が生じることで歴史が改変される。

 時空間事件とは即ち異能力の先にある人間の行動こそがその本質だ。つまり実際に歴史を壊すのは────異能力を掛けられたその時代の人物である可能性が高い。


「……いいよ、どうせ全部終わった後でお兄ちゃんの記憶を消しちゃえばいい話しだしっ」


 どこか投げやりなその言葉に死刑宣告のような音を聞いて口を噤む。

 これ以上下手な事に首を突っ込んでも、それは今の要の興味を解消するだけで未来を追い詰めるだけの不毛な疑問だ。

 ならば出来る限りいらない事は考えないようにするとしよう。

 未来の据わった瞳に無言で謝って、それから幾つかの作戦を立てた後、腰を上げる。


「さて、それじゃあいこうか」


 『スタン銃』のマガジンと薬室を確認してセイフティーをしっかり掛けるとホルスターにしまう。

 この辺りの事も気付けば恐れも無く出来るようになってしまったと自分の順応性に辟易しながら部屋を出る。

 外の世界は既に過去に起こった出来事。

 その所為か世界の色はどこか色褪せて見え、必要以上の好奇心は抱かない。

 淡い景色の中、その一部に溶け込むように雅人の事を監視する。

 流石に朝早くから《傷持ち》が襲ってくるような事は無かった。となるとやはりその時は帰り道だろうか。

 考えながら時間を潰せば日が天頂を過ぎ、やがて傾いて夕方に。

 昨日《傷持ち》が襲ってきたのもこの頃だったと雅人の事を見張りながらその帰途を護衛する。

 彼にとってはいつもの帰り道。これから起こる景色は彼にとって予期せぬ未来だ。

 その予期せぬ未来を現実にしないために要達は正義かぶれの正論を振り回す。

 そうして電車で地元の駅まで帰ってきて、その人通りの無い帰り道に胸をざわつかせる。

 何処から来る? 次の曲がり角? それとも時間移動でいきなり?

 焦る気持ちが色々な想像を掻き立てて、一つの可能性を見落とさせる。

 それは分かりきっていた結論にして当たり前の事。

 《傷持ち》の目的は────いつだって遠野要なのだ。


「っ…………!」


 最初に気付いたのは未来。

 何かに思い至ったようにはっとした彼女は、それから背後に向き直る。

 その刹那、音も無く忍び寄っていたその刃が要の首筋に向けて宙を駆ける。

 鈍色に輝く切っ先が要の喉元を捉える瞬間、未来の放った『スタン銃』の破裂音が景色を裂いた。

 そうして切って落とされた戦闘の幕に、けれど要は反応が遅れる。

 どうしてと巡ったのも束の間。考えるより先に反応した体が自然と後ろへ距離を取った。

 当たり前と言えばその通りだ。なによりも隙があれば要を狙うのが正しいやり方。

 そのために雅人へ注意を引かせるのは間違っていない。

 相手のペースに巻き込まれると悟ったのが数瞬。次の瞬間には『スタン銃』を抜き放ちそのトリガーを引き絞る。

 張っていた緊張とは裏腹に勝手に始まった戦闘に動悸を跳ねさせる。

 どこかで《傷持ち》の行動にのせられていた。

 病院から始まり、廃ビル、そして昨日……。いつだって《傷持ち》は真正面から挑んできた。

 だから今回もそうであると高を括っていた。

 けれど戦いにおいて卑怯も何もない。結果が全てで、そのために策を巡らせるのは当たり前だ。

 いつも都合のいいように戦いの火蓋を切って落とせるのは物語の中だけだ。

 息を呑んで詰まらせた呼吸を、喉の栓を開けてどうにか取り戻す。

 放った弾丸は、けれどいつものようにそのナイフで弾いて見せる《傷持ち》。

 既に見慣れたその景色に要もいつも通りを取り戻して問答もないままに睨みつける。

 僅かに生まれた空白。空気が濁っているような感覚に息苦しさを感じながらその一挙手一投足に目を止める。

 刹那に、急速接近をして来た《傷持ち》。その軽やかな足取りにブースターの匂いを嗅ぎ取って何処までも思考が冷静に冴え渡る。

 ブースターは一般的な人間の動きを超越する一時的な強化だ。けれどどうあってもそれは人間が出来る動きを最大限に鋭くさせたものでしかない。腕が三つ以上になることも無ければ、背中に目が付くわけでもないのだ。

 つまりその超速度で振るわれる攻撃の出さえ掴めれば、反応を起こす事は可能なのだ。

 よく見て動く。未来に求めた対ブースターの動き方は単純にして分かりやすい解だった。

 人間に出来ない事は出来ない。その安心が絶妙な緊張感と共に体を動かす。

 宙に鈍色の軌跡を描くナイフが視界の外から迫り来る。

 『スタン銃』しか得物を持たない要には近接戦闘の一撃を往なすことは難しい。流石に未来のように『スタン銃』で受け止めて、万が一壊しでもしたら彼女に申し訳ない。

 ならば最初からその可能性を捨てて要は要に出来る事をするだけだ。

 両手で握った『スタン銃』のグリップ。構えたサイトの奥、目標をオープンサイトが黒尽くめの体の中心を射抜くように狙いを定める。

 同時、迫っていた一刃を予定調和のように受け止めてその勢いを殺した未来が、《傷持ち》の左腕を掴んで固定する。

 これなら逃げられまいと。足を止めた目の前の目標に向けてトリガーを引く。

 刹那に起きた景色に、誰もが思わず息を呑んだ。

 宙を掛けて当たるはずの弾は、次いで響いたもう一つの空気の破裂音のから発射された弾丸によって弾かれる。

 別角度からの銃弾で銃弾を弾く妙技。

 幾ら人間をやめているとは言えそんな事が本当に可能なのかと疑い、真っ白になった頭。

 次の瞬間傾いだ視界と後から気付いた脚払い。

 アスファルトの大地に背中を打ち付けて、次の瞬間見上げた青キャンバスから見下ろす《傷持ち》が構えるその銃口。

 その深遠のように暗い銃口に悪寒が駆け上がったその時、不意にその体が重力を無視したように浮いてずれる。

 合わせて響いた発砲音。けれどそうして目に見えず駆けた弾丸は、寝転がる要の顔の横に着弾して短い擦過音を響かせた。

 次いで耳に飛び込んできたのは雑音交じりの呻き声。

 隣から聞こえたその声に視線を向ければ、そこに居たのっぺらぼうの《傷持ち》のヘルメットに少しだけ怖くなる。

 そうしてようやく未来が投げ飛ばしたのだと気付く。


「ぅあぁああぁぁあっ!?」


 直後、叫ぶような声と共に未来を払い除けて立ち上がる《傷持ち》。

 組み敷くまでは出来なかったかと頭の片隅で考えながら地面を蹴って距離を取ると狙いを定めて『スタン銃』を撃つ。

 パスッという心地よい音は、けれど金属同士の擦過音に阻まれて掻き消えた。

 やっぱり撃つだけ無駄かと悟れば、地を蹴って全速力で疾駆。握った左の拳を突き出す。

 しかしその一撃は当たるより先に蹴り飛ばされて逆にこちらの重心を狂わされた。

 そうして次の瞬間見えたのはこちらに右手を伸ばす《傷持ち》。

 景色の中で視界に映ったその名の由来である手首の傷が嫌に生々しくて、けれどそれが余計に恐怖を掻き立てた。

 掴まればそのまま時間移動で連れ去られる──と。けれど考えても動けなかった体は、しかし割って入った未来のお陰で最悪の事態にはならなかった。

 助かったと意味もなく考えつつ、距離を取って立ち上がる。その間未来は《傷持ち》とガン=カタを繰り広げていたようだった。

 右手には『スタン銃』を、左手には何やら銀色の棒状の物を。

 息を整えつつ振るわれるそれが何なのかを知る。

 形は伸縮式警棒のようなもの。どんな効果があるのかは定かでは無いが、少なくともただの棒と言うことは無いはずだ。

 あるなら貸してくれればと思いつつ再び『スタン銃』を構える。しかし流石にトリガーは絞れない。

 こちらに注意が向いてないとは言え、立ち位置を変えて戦う《傷持ち》と未来だ。もし誤射すれば結果は一気に転がって言ってしまう。

 かと言ってそこまで動けるわけでもない要があの中に入って言ったところで足手纏いになるだけだ。

 ……ならば仕方ないかとポケットの中のカプセルに手を伸ばす。

 ブースター。もしこれを飲めば数分後には《傷持ち》と互角に渡り合う事が出来る。けれどそれは数分後のこと。それまでに景色が変わってしまえば意味を成さない。

 どうする……どうすればいい…………? 

 この場から逃げれば……駄目だ、孤立するだけで相手に有利になるだけだ。なら未来と一緒に? 何処へ逃げると言うのだ。雅人を守らなければ歴史自体が歪んでしまう……。

 この瞬間にも未来は消耗していると言うのに、それを改善する手立てが出てこない。

 せめて要自身がもっと役に立てば…………。

 そう思考を巡らせた直後、景色が動く。


「きゃぁっ!?」


 響いたのは未来の声。それが悲鳴だと気付いて焦点を目の前に合わせれば、彼女が道へと倒れこんでいた。

 咄嗟にトリガーを引いて弾を放つ。

 けれど既に偶然では当たらない領域。羽虫でも払い除けるようにナイフを少しだけ動かして弾くと、そののっぺらぼうな顔をこちらに向ける。

 表情さえ分からないその奥にある瞳に思わず足が竦む。

 そうして踏み出した一歩に、けれど倒れていた未来が脚払いを掛けると大きく後ろに跳んでそれを避ける。

 出来上がったのは数メートルの間を開けて睨み合う三人。体勢を持ち直した未来は要の近くに寄って庇うように位置をとる。

 その肩は大きく上下し吐き出される息は熱い。どうやら彼女もそろそろ限界のようだ。決まるのは次に襲撃された時……カウンター頼みの一回限りだろうか。

 そんな事を考えつつ睨み付けてその出を窺う。

 しかしそんな要の良そうとは裏腹に、いきなり踵を返した《傷持ち》は背中を向けて走り出した。

 一体何が──と過ぎったのも束の間、その方向を思い出して緊張が走る。


「っ未来、まだ走れる?」 

「一応……」

「狙いを変えやがった……!」


 《傷持ち》が走っていく方は雅人の帰路。何を考え至ったのか、《傷持ち》はその目標を要から雅人へと変えて行動へ移したのだ。

 全く、(ことごと)くこちらの想像を裏切ってくれると、その虚をつく姿勢に呆れさえしながら《傷持ち》を追って走り出す。

 もうあまり体力もない。ひ弱な高校生である要に無理な運動を急く現実に悪態を零す。

 この辺りの道は知り尽くしている。十数年先の未来と変わらない地形だ。だから近道も知っている。


「こっち……!」


 未来の手を引いて細い路地に入る。

 人一人が通れるかどうかの裏道。小さい頃はよく通った道だが、こうして大きくなってまで通ることになるとは思わなかったと一人感傷に浸りつつその細道を抜ける。

 住宅街のこの辺りは入り組んだ上、大差のない景色が並ぶ道でなかなかに迷子スポットだ。小さい頃は知った場所でも道を一本違えればどこか別の場所に迷い込んだ恐怖さえ感じたものだが、こうして大きくなって考えてみればたった十数歩のこと。過去と言うどこか色褪せた景色と幼少の頃の記憶が重なりつつ先回りを目指して息の続く限り走る。

 そうして一分ほど全力疾走で駆け抜ければ、視界の先に歩く雅人の後姿を見つけた。

 《傷持ち》の姿は辺りには無い。もし迷っているのであればそのまま現れなければいいと願いつつその背中を見つめる。

 ゆっくりと歩く雅人。その姿に呼吸を整えつつ、早鐘を打つ心臓の音に辺りに気を配る。

 既に彼は帰るべき家と目と鼻の先だ。後一分もしなうちに辿り着く……。

 彼の死因は事故だ。それは要の母親である結深(ゆみ)の記憶で確かだ。

 歴史通りなら車なりバイクなりがやってきて彼がその被害にあうということなのだろうが……耳を澄ませてもその景色を起こしそうな音は無い。

 なら事故とは一体……と、考えている最中。いつの間にか彼は自分の家に辿り着いてその中へと入っていった。


「え……、事故は…………?」

「待って、《傷持ち》が来てないっ」


 直ぐに巡った思考がならばと言う可能性を探り始める。

 今日は間違いなく彼が事故に会う日だ。年を間違えていると言うこともない。結深の記憶を頼りにやってきたのだからずれるはずがない。

 《傷持ち》が諦めたと言う可能性は、しかし先ほどの逃走の様子からそれは無いだろう。疲弊した未来、殆ど戦力にならない要。そんな二人を前に退くと言うのは考えにくい。

 つまりあの行動には別の目的があった。それが雅人の死の回避だと思ったからこうして彼を探したのに……。

 直ぐに思いついたのはもう一つの可能性……。


「……事故が起きるのは、この時間じゃない…………?」

「だとしたらもう一度家から出てくるはずだよ。それまで待とう」

「……っくそ!!」


 一杯担がされたと胸の内に湧いた怒りを言葉にして発散する。

 とりあえずクールダウンだ。彼の事故は今日中。それは確定事項だ。その時に居合わせるのが《傷持ち》の目的を防ぐ事に繋がる。

 ならば彼女の言う通り待とう。呼吸を整え、絞られた可能性を裏から見て止めるための手立てを探そう。

 手に持ったままだった『スタン銃』。それを見下ろしてマガジンを交換するとセイフティーをかけてホルスターへとしまう。

 それから日の傾いて群青に染まり出した空色を見上げ、壁に背を預けてその場へと座り込んだ。

 頬を撫でる生暖かい風に胸の内をもやもやとさせながら言葉を零す。


「《傷持ち》、何処に行ったと思う?」

「……最初から知ってたんだとしたら、事故の詳細も知ってる。って事は別に雅人さん本人を助けなくても回避する方法はある…………」

「……車の事故だと仮定して、車両の方に細工するわけか」

「『催眠暗示』で運転手を操ればそれでいいからね」

「……そっちを止める手立てがないから、やっぱりその事故を起こすようにどうにかしないとな」


 黒いアスファルトの道路に視線を落として考える。


「《傷持ち》がそうであるように俺たちだって歴史からしてみれば異物……つまり行動によって歴史は変えられるわけだよな?」

「そうだね……」

「なら例えば、父さんを轢く車を《傷持ち》が避けさせるとして、父さんの背中を俺たちが押して事故を再現する事は可能か?」

「そうなる歴史なら可能だよ。そうでないなら押す前に強制送還される」

「可能性があるうちは頼ってもいいかもな」


 自嘲して零せば、隣の未来が険のある声で糾弾する。


「自分のお父さんだよっ? それを自分で殺すのっ?」

「そうなる歴史ならそうするよ。歴史を再現するのが未来達の役目でしょ? なら俺はその手伝いをする。異能力って言う存在を肯定すれば矛盾が起きるわけじゃない。ならそういうものだって諦めてその役目を僕が引き受けるってだけだよ」


 感情を殺して盲目に言葉にすれば、橙色の瞳が要の事を射抜いた。


「だって……お父さんだよ? 結深さんの大切な人なんだよ? それを、お兄ちゃんが、なんて…………」

「母さんが知らなければそれでいいだけだ。どうせ俺の記憶も消える。そしたらほら、真実は闇の中……。普通考えないだろ、犯人が未来人で、それが息子だなんて。ありえないからこそ、そこにちょっとした期待さえ滲んでる」

「……おかしいよ…………。そんなのって、ないよ……」

「だったら未来が殺してくれる? そんなの無理でしょ? きっと誰も恨まないけど、歴史のためだと嘯いて自分を苛み続ける事になる。未来が歴史のためにやってる事に疑問を持ってしまう。何より、俺の妹だ。その手を汚させるわけには行かないよ」


 視線を強くして睨みつける未来。

 その(まなじり)に、光る雫が浮いている事に気がついてそれを指で拭う。

 気障な事だと自分で笑えば、そんな要を未来は逸らさず見つめて告げる。


「……そんな方法取らせないっ。そうなる前に、《傷持ち》を捕まえる!」

「それが出来るなら越した事は無いけどね」


 心のどこかでその言葉を信じることなく、覚悟を決める自分がいる事に気付く。

 そうして見下ろした掌は純白の手袋に覆われて、僅かに紅に染まっている気がした。

 それから見上げた朱色の空に沈黙が落ちる。

 隣の未来は俯き、思案するように小さく何事かを呟く。

 《傷持ち》とはどうにか渡り合えていて、今どこにいるかも分からないその犯人をどうやってこちらから仕掛けて捕まえるというのだ。

 きっかけを握っているのはあちら側で、いつも重要な時に後手に回るしかない要たち。

 もし先ほどのように不意を突かれて、反応が出来なければそれで終わりだ。

 雅人の死の回避だって、それさえもこちらをかき回す餌に使ってくるかもしれない。

 考えるだけで、それを止める手立ては要には思いつかない。

 既に仕込みは終わっているだろう。ならば死の回避が起こると仮定した上で、《傷持ち》の思惑の更に向こう側──虚をつくやり方で再現するのが歴史を曲げないための最善だ。

 それがこの手で雅人を突き飛ばすことだというなら、そこに一切の感情を挟まず機械的にやるだけだ。


「……何か思いついた?」

「…………………………」


 返った沈黙に溜息を吐いて彼女の肩を叩く。

 びくりと震えたその小さな体に選択を迫るように事実を突きつける。


「出てきたよ。多分これが、最後だ」


 視界の先には財布を後ろのポケットにしまいこむ雅人の姿。恐らく何か買い足しのような物を頼まれたのだろう。その行きか帰りに、彼は事故に会う。

 疲れたような足取りと揺れる背中に寂しさを感じながらその後ろをばれないように着いて行く。

 隣には俯いたままの未来。彼女はその唇を痛いほど噛み締めて拳を握っていた。

 さぁ、早く。歴史の分岐点は、目前だ。

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