校長室
陽が落ち、空には闇が覆い、次第に静黙を増幅させる。
外には、月や星と言った夜の世界を彩る輝きが点々と姿を現し始める。
ここは浮ぶクエアランスの島。
故にか、その景色は地上で見るものとは違った、幻想的な壮観であり、地上では見られないものまでそこにはある。
わ
やはりここから見るのは少し勿体無い気持ちがする。目で見ているのは、その一握、窓越しの世界。故に空の全体が見れないのは、少し心を痛める。
ここは室内である。上、左右、下は天井、壁、床と言った建物ならではの空間が、外との区別を付けている。巨額の金が流れて出来たのであろうか。窓は規則的に並んでおり、広縁で豪勢な作りとなっていて、床には弾力のある絨毯が広々と快適を運んでいる。
そんな中を勒露率いる4人ーー天翔 暁、冬天奏 凛、不知火 美羽は、目的地へと向かうため、足を歩ませていた。
ここへ来る途中では、目を躍らせる程の叙景が広袤の幅を訊かせ、双眸はひっきりなしに賞翫する。
夜桜の道。奇抜なデザインの建物、などなど。
どれを取っても素晴らしい、まるで絵本から来たかのような景観が、そこには作られていた。
また、先程用いたハイテクである、最先端の科学技術を応用した『ワープ・テレポーテーション・ディバイス』も同じく、斬新なもので心を躍動させた。
『ワープ』と聞けば、知られる要因となった、日本ではアニメの『宇宙戦艦ヤマト』、海外ではSFドラマの『スタートレック』を思い浮かべる事だろう。
ーー しかし。
この『ワープ・テレポーテーション・ディバイス』ーー通称、WTDi。
は、そのような原理で瞬間移動を可能にしてはいない。
『フォトン・コア』と呼ばれる、人類が使う事の出来る光の玉を用いる事で、人のそのような移動を可能にしたのだ。決してアルクビエレ・ドライブのような空間に作用してするのではなく、人を光の粒子にして飛ばすのである。
暫くして、先頭を歩く勒露は首を回し、横目で見て、言った。
「なぁ、不知火や。こんなとこ来たのいつぶりやろな。」
不知火は呆れた顔をする。
「いつぶりって………凛様を迎えに来る前に、ここに来たじゃないですか。」
「あ……あ………そや……な。そや、そや。あかんな、私はどうやら年取ると、頭の根っこまで衰えるらしいな。あはははははははは。」
勒露はそうは言うものの、顔にかかる化粧ののりからして、体は、本心はそうは言ってないように感じる。高らかに鳴り響く笑い声とは違い、辺りは冷たい空気が漂う。
「貴方のそれは、ここに入学した時も言ってたじゃありませんか。」
勒露のその台詞は、いつも言っている定型文だ。自分の落ち度を年のせいにする。これは幼い頃からだそうだ。
「おっ。見てみ、見てみ。」
右奥に見えるは大きな扉。
暗闇に紛れて、深海を思わせるような暗い影にその形を出す。
「ここや。ここ。」
「これが我々が案内を任されました終着点でございます、凛様。」
今までの会話の流れと打って変わり、勒露は暁と凛を、不知火は凛を見る。
「……………ここが、到着場所ですか……」
長く歩いた道のりもここで終わりのようだ。しかし距離的には長くとも、体内で感じる時間的には一瞬だった。
何せ快くここまで足を進めたのだ。また寧ろまだまだ歩いていたい気持ちさえ、中にはある。
ため息をつく。
そして気持ちを整理し、一転し、扉の前に行く。
ピポン……
前に来るや、水が厳清された中、滴り落ちるが如くの音が扉から鳴り、暗い廊下を走り渡る。
暫く立たない内に扉が開く。
「………っ!!」
咄嗟の光に、大きく開いた黒い瞳は、収縮する。
痛い。そう感じる。
そのため、手を目の前に置き、光の行く手を遮る。
するとそこから、別人の声が聞えて来る。
「勒露はん。あんたちゃんと連れてきたんやか。」
清潔を感じさせる声。流れるように、口から空気に浸透する。
そして白と黄に透ける和服は、まるで天使を思わせる。そして溢れるばかりの暖かな橙色の光は、ここが楽園ーー天国を表すかのようだ。
すると前にいた勒露はその後に、言った。
「はれ欄、そんなに心配せんと、ちゃんと連れて来たわ。」
欄は横目で、今度は不知火を一瞥。
「何なく、ちゃんと案内出来ていましたよ、欄。」
どうやら欄が送った視線は、勒露の案内の内容を聞いていたようだ。
欄はそれを確認すると、表情の乏しい笑顔のまま、こちらを向く。
欄は目が合うと、口を開き……
「おいでやす。」
一礼する。
「ご足労、ほまに申し訳へんと思うておるんや。そん事については堪忍つかーさい。」
こちらも個性の強い、独特の会話で、人柄も見た目上、礼儀作法の宜しい人だと、伺える。着物に身を包み、きちんとたった背筋は尊敬に値する。
「はれ、暁や、凛や。紹介するで。」
手をそっと指し、紹介に移る。
「この人は、虹 欄。 欄 言うて、ここ、クエアランス学園の教頭に就任しとるやっちゃ。」
「もうかってまっか。よろしゅうお願い申し上げます。」
「は………はぁ………」
その場の空気に飲まれ、真面に言葉すらない。
「お初に掛かります、欄教頭。それより私達にご用のある方にお目通り頂きたいのですが。」
その言葉を聞くや欄は、暁の方を向き、言った。
「暁はんんしゃべる通りやな。」
そう言うと、白いツヤの大理石で出来た床に足をつかして音を立て、こちらに背中を見せる。
「こちらどす。ついて来てつかーさい。」
案内に従い、奥にある部屋へと移動した。
◆◇__/\◆◇
長い本室へと向かう。その長々とした廊下の中、凛は口を開き、質問をした。
「ここって一体何処なんですか。」
素朴な質問。__ここは何処なのか。
一向に何も知らされていない凛にとって、その答えは喉が渇いた人が水を欲しがるのと同様であった。
欄はすぐさま、言った。
「うちは、校長室 言います。」
「えっ!!ここって校長室なんですか。」
「へーどす。ここ全体、校長室どすねんよ。」
ここは校長室の中。どうやら足を進めた先にいるのは、状況から見て、校長先生と言ったところか。
(私って、とんでもない事になっているのね。)
周りはどんどん奥に行くに従って景色を変え、辺りは黒と青のコントラスト。深海をイメージさせる場所になった。歩いているこちらは魚にでもなった気分だ。
そんな中を歩き、凛達は校長室へと向かった。
◆◇______
ここは変わって校長室の中。
「貴方が凛さんね。お会いしたかったわ。」
ここにいた叔母さんが凛に向かって、言った。
外見はおばちゃんと言ったところで、格好からも家政婦さんかと思った。そんな人が校長先生だと聞いた時は驚いた。
彼女の名前は 月染 燈。
クエアランス学園の最高責任者だ。
「貴方達をお呼びしたのは紛れも無い私よ。」
月染は椅子に座っており、頬杖をつきながら、今度は凛を見る。何だろうか。焼けにこちらを見ている。
「凛さん、貴方を呼んだ理由は薬を投与するためよ。」
「…………!?」
凛は月染が言った事に困惑する。
薬……
自分にはこれと言って思い当たる病気は無い。校長から呼ばれるような病気なら尚更だ。そんな大事ならば、知らない筈が無い。思い当たらない訳が無い。
だが____
自分にはこれと言った、思い当たる節は無い。その前に、病気になった事はないので、そもそもこの事自体、おかしな話である。
____では、病気ではないとして一体これはどういうことなのだろうか。
凛は月染の近くへ寄る。月染の手には赤い注射があり、彼女はそれを打つとしている。何とも痛々しい赤色だ。
「あの…………」
「どうしたの………まさか薬が怖い?」
「いえ、そういう事ではないのですが。」
月染は凛のもの言いたそうな顔から彼女の気持ちを察する。
「ああ……………この薬の事ね。」
「………はい。」
凛はこの薬が何か気になってしょうがない。
「この薬は大した事ではないわ。これはここに来た時に、どうしてもこの環境に体が適応出来なくなって、異常を来す人がいて、それの人の為や、それにならないようにする為のものなの。つまり予防注射と思って頂けるといいわね。」
「やはり、ここにはそういった方はいらっしゃるのですか。」
「最初の時………わね。でも、それからこの薬が発明されて以来、そういったケースはゼロになったわ……」
狙いを定めて、月染は真剣な顔で注射を打つ。打ち終え皮膚は赤い血を出す。それを指圧して呪文をかける。
呪文をかけ終えた凛は、月染に礼を言って立つ。怪我の部分を大事に抑えながら。
月染は皆の元へ向かう凛をとどめて、言った。
「凛さん、少しいいかしら。」
「………なんでしょうか。」
「貴方のその刀なんだけど…………」
「零影がどうかしましたか。」
月染は何やら怪しい雰囲気を出しながら、下を向く。
「その刀の………いえ、何もないわ。気にしないで頂戴」
その言葉の意味は分からない。彼女は何かを、伝えようとしているのは分かるが。
潤みを帯び、奥でモヤモヤと光る瞳には何かありそうだ。しかしこの時の凛には、到底気づきもしないことだった。
◇◆_____
その後………
凛は自分の部屋がある貼付寮へ、また他の人達も自分の部屋へと帰って行った。
「………コソコソ隠れて無いで、彼女に声かけるくらいしたらどうなの。」
月染は校長室の暗い窓辺の影に向かって、言う。
外は月が満月で、白々と光が差し込む。窓の世界は絵の世界になっている。綺麗な景色である。
「……今はその時じゃない。」
「…はぁ……あんた、そうやっていっつも……」
それを聞くと、その影に隠れていた男は窓を見るため、反転する。
ガチャン、ガチャガチャ
腰元にあった両銃は音を立てる。
「それが俺だ。そしてこれからもそうだ。」
「そう………影で見守る事がねぇ………」
「ああ、それが俺だ。何せ俺はもう失いたくないからな。あの時のように………………」
その男は、少し昔を思い出す。そしてそのあと、別人のように顔を引き詰める。
「だから俺に、こうして影からあいつをあの人を守りたいんだ。二度とあんな事をしない為にも……」
「だったら近くで守る方がいいじゃない。」
「近くには奴がいる、奴こそ適任なんだ。奴は近くを………俺は遠くを………それが俺たちだから。」
「あんたらしいやり方ね。」
「あの死に損ないにも宜しく言っとけ、頼んだぞ。」
そう言い捨て、その男は闇へと消えて言った。
あ〜。
やっとここまで来ました。
疲れますね。(ーー;)
次回は、怪しげな影
__インビジブル◇◆ストーリーにに入ります。
生徒会長との出会いや木霊さん、謎の両銃の男などなど、見所沢山の章になると思います。
これからもよろしくお願いします。