敗戦の後
辺りは一件から数分経った、午後4時_
ここクエアランスは、四月の季節に身を寄せて、辺りには桜の花びらと色鮮やかに光る緑々の木々が壮然と広がりを見せていた。
その大きな浮遊する大陸の一角に、学園から少し離れたところに人集りが出来ているのが見て取れる。
そこでは入学生達が群れたがって、試合をしていたり、話していたりと、様々な事が行われている。
暁はその騒然とした人間を潜り抜け、一人意気消沈する凛の元へ近づいた。
「いや〜〜。恐れ入った、恐れ入った。完敗だよ全く。」
暁は気前の明るさで言葉を繰る。言葉を送った相手は勿論、凛だ。凛は敗戦をきしたが、彼もまた敗戦したのだった。
「…………」
しかしその声は空振りで終わる。
「凛さん、落ち込まないで。元気出して!!」
凛は絶望の塊に駆られていた。故に彼の言葉に応じる事が出来ずにいるのだった。
「私は少し、考える時間が欲しいです。」
ぼそり。やっと口から出た言葉は、暗いどんよりとした重みのある悲壮感に彩られいた。
「落ち込んだって、何も解決しない。」
彼の言う言葉は一見すると、正しいのかもしれない。確かに落ち込む事、それは停滞を意味し、また価値を見出さないものだと考えられる。
しかし今の彼女にはそんな気力はなかった。何せ彼女は巨大な壁 ーー 現実を今さっき突き付けられたのだから。敗戦とはそう言うものだ。心の中に出来る大きな空白は、そう簡単には埋まらないのと同様に。
「私は貴方みたいに楽観主義にはなれないわ。」
凛は地面の一点を見つめながら不満の言葉を漏らす。瞳には色が無く、そんな言葉も発するのがやっとなぐらいだ。
「…………」
「…………」
静寂が二人の間を流れる。
暗い雰囲気に、会話の氷河期に、そのまま乗り込もうとした、その時だった。
「………ある人はこう言った。」
俯きながらも暁は、そっとした声で話を始めた。
「人は誰しも逆境に会う、と。」
「…………」
「だけどそこで大切な事があり、それは一度立ち止まって後ろを見る事だ、と。」
「………ならば、あなたのしている事はそれとは違うではないですか。」
凛は暁のその話を聞き、重い口を開いた。目は彼の方を向き、瞳には混沌とした暗闇があった。
暁はそんな彼女の目を見ながらも、穏やかな顔をしながら話を続ける。
「しかしその人はこう、その後に言ってるんだ。
ーー 一度立ち止まって後ろを見る事だ。そうすれば愚かな自分に、虚無な自分に気がつくだろう。それを自分でなく、一人で考える事が次の一歩につながる。そしてこれを機に落ち込む事を辞めるのだろう。
ーーと。」
「…………」
凛は暁の言いたい事を理解出来ないようだ。彼女の顔は ーー 貴方は何を言っているの、と言わんかのように顔をしかめていた。
「からかうつもりでいてるんじゃないけど。今の君には酷な事だというのは、百も承知だ。でもね、今はその時じゃない。それは一人になった時にすることなんだ。」
説明に入る。
「…………」
「周りを見てみなよ。」
凛は辺りを冷たい双眸でゆっくり見回す。するとそこには大勢の人 ーー入学生達の姿があった。しかしこれが何なのかは、わからない。
「周りには沢山のひとだ。こんな中で君は落ち込もうと、言う。そして彼らの顔を見てみればいい。様々だけど、誰一人顔を下に向けていない。寧ろ楽しそうな顔だ。
そして今はいいかもしれないが、後々悔やみはしないか。何であの時落ち込んでいたんだろうってね。僕はそうだった………」
暁はそう言うと、曇りない空を優雅に飛ぶ一羽の鷹をただじっと見る。彼の瞳は大空が黒く映っており、その奥には更に深い闇があった。何か秘密、苦黒い影が静かに潜ませているように………
「そうね。今は泣く時ではないですね。」
凛は開き直り、笑みを浮かべる。彼女の双眸は取り繕いの光を放つ。どうやら、彼女に元通りの凛が戻ったらしい。
非想非非想天にいるかのような顔をしていた暁は、相変わらず晴好の空を見上げている。
「暁君……」
「あっ、えっ、となんだったっけ。」
暁はふ、とした顔で凛の方を向く。青い瞳にはは凛が映っていない。彼女の言葉を空耳したのだ。
「いや、べつに用があるというわけではないのですが。反応が乏しかったのでつい……」
「ごめん、ごめん。少し考え事をしていて……」
「…………」
凛は暁をジロリ。
「で、なんだったっけ………」
「………何でもないです。」
凛は暁に背を向ける。彼に向ける背中には、何もない。
「……何か、ごめんなさい。……いや、本当にすいません。」
「…………」
周りは相変わらず喧騒の絶え間ないものだが、凛と暁との間の冷たい空気はそれとは相反し、二人の体を凍らせる。
「そうだった。僕たちはこんな事をしている暇じゃないんだった。」
いきなり何かを思い出したかのような暁。目を大きく開かせ手は相槌をつく。
「今度は何ですか」
「僕たちはここの用が済んだらすぐに行かなくちゃいけない所があるんだよ。」
暁の瞳は挙動しており、顔はとても険しく口は微かに開いている。そこから伺えるに、この事は相当に重要な事らしい。
「一体何があると言うのですか。この後は入学式があるはずでは。それぐらいではないのですか。」
「僕たちは入学式には出ないよ。」
暁は平然とした顔で言った。
「入学式が無い!!」
彼の一言は、その顔に反して途轍もない事だった。入学生が受ける華である入学式を受けない。これ程、気が回りそうな事は無いだろう。
「何で……ですか。私は入学式と言うものを知らないのですが。初めて………それなのに。」
凛は涙目で暁を見た。彼女は相当このセレモニーを楽しみにしていたのだ。人生味わったことのない入学式というビッグイベントを。
するとそんな彼らの元に一人の女性が来た。
「貴殿らが、冬天奏さんに、暁か。」
暁と凛は同時に頭を縦にふった。彼女の言葉から察するに、どうやら暁は知っていそうたが、凛はこの人を知らない。そのため、凛は軽く頭を下げる。
髪がライトイエローで、背は高め。全身を黒の衣服が覆っており、一目でこの人は何かの刺客のものだと分かる。
「私は桐原 勒露言います。」
勒露は独特な発音で言葉を紡ぐ。顔から、言葉使いからするに気の強いイメージがする。
「や、や。勒露さん。お久ぶりです。」
「おっ、その声、その顔立ちからして、やっぱりおもた通りの貴殿は暁やな。」
「そうです。勒露さん。」
暁はハニカミながら短く言葉を放つ。
「そか、そか。」
勒露は嬉しそうにリズミカルに言葉を打つ。そして微笑んだ後………
「それで、汝が、はれ……名前は……」
「冬天奏 凛………」
「そや、そや。はれは冬天奏さんか。」
すると、そんな所に凛の聞き慣れた声が、勒露の後ろから、颯爽と飛んで来る。
「勒露、貴方は我が主をそんな風に呼ぶとは。」
精錬された女性の声。
すぐさま視線を声の主へと向かわせるとそこにあったのは、きちんとした黒服に包まれし女性の姿。
凛が目にした彼女とは………
そう、ーー不知火、彼女本人なのだった。
3/26 少し訂正。