太陽の灯る朝
~プロローグ「」:・」:*
あの日、あの出来事があって以来・・・・『世界』は4つを示す言葉となった。
『始まりの刻』___
それはそれまで繋がることが決してなかった異なる4つの世界がつながってしまった日のことをいう。突然出現した【ゲート】と呼ばれる異空間の発生により、それまで交わることのなかったこれらの世界が互いに行き来きできるようになった。
* 背中に白い翼をもち、高い忠誠心と誇りを重んじる種族ーーー天族が住まう世界、
**『Heaven』
* 背中に黒い翼をもち、無情の種族ーーー魔族が住む世界、
**『Hell』
* 高度な知識を有し、飽くなき野心でどこまでは果てのない発展を目指す種族ーーー人類が住む世界、
**『Earth』
* 最後に、生命体は存在しないものの これら3惑星の架け橋ともなっている世界、
**『ニュートラル』
これら4つの世界が『世界』という言葉で一括りにされるのに至る。
知的生命体の存在しないニュートラルを除いて、それぞれの『世界』では独自の文化独自の生態が存在し、天族でいえば空城と呼ばれる空中に浮かぶ大陸に街を作りオフェリアスーーー俗にいう龍とともに共存し、魔族でいえば地の中で自らの拠点となる城を作り、魔獣ハバルゼルムを使役しながらの生活をする。人類は地上に建築物を建て科学という自然の摂理を応用して生活をより良いものへと変える生活だった。
天族は背中に生えた白い翼と浮遊石を用いて空に自らの生活の場を形成している。それは生活圏内を空中としたことで地上のモンスターから逃れ、より安心した生活ができるようにするためでもある。
もちろん空にもモンスターは存在するのだが、地上からの脅威だけでも排除することに意味があった。
魔族は暗い中でも周囲のものを見分けることのできる優れた邪眼を用いて、地中に生活の場を設けている。地中には彼らが生きていくうえで必要不可欠な魔水が多く存在し、また苦手とする光を気にせずに済む生活はまさに彼らにとって最適な場所だった。
世界が違えば、種族、環境、生態・・・それ相応の違いが生じてくる。しかしすべてが違っているというわけではなく、似ている点も存在する。
それは歴史である。
世界が違えど、それぞれの今に至るまで歴史の中には戦闘というものがあり、分裂しては戦い統合され、また分裂しては統合と、戦乱に明け暮れる時代がある。
そこでは何万いや何千万のもの多大な犠牲が出たという事実はもはやいうまでもない。
だが戦乱という大きな時代の嵐はそう長くは続かない。その後には決まって必ず「平和」安定期が存在する。
Heavenでは7教会からなるペンタゴン会議、Hellでは4大勢力の四天龍停戦、 earthではあまたの国が集い結成した国際連合、がまさにそれを象徴していた。
余談はこのくらいにして置き、これから始まる物語はそんな時代から幾何の時を流れ数百年・・・・平和が訪れ新たな時代へと向かおうとしていたその矢先の物語である。
これから始まるのは世界戦線が休戦となってから、はや20年。
ここから時代は次の流れを迎えようとしていた・・・
*第零章_____ 始まりを告げる朝日 *
群雲の塊は時の流れに従いながら、次第に形を変え場所を移り変えていく。
昨日の憂鬱な雨空とは打って変わり、晴れやかな空が広がろうとしている。
空はまだ灰色がかった世界。
見方を変えれば淀んだようにも見える景色だが、曙を告げる空だ。
ここは【アース】の中に位置する一国、『No13(サーティーン)』の首都『セヲルトアルケイド』。
国の中でも特に緑豊かな街並みと知られる街の景観である。
今この街はうららかな春を迎える季節に差し掛かっており、木の枝の上では鳥の番が身を寄りそいながらその時を今か今かと待っていた。
悠然とした空海には、白い琥珀のように透き通る透明な世界とまだ溶け込んでいない墨のような黒い世界とがお互い境界線を形成し合い、その境では黒が次第に薄れていっている。
部屋の片隅にある鳩時計は静かに刻一刻と時間を刻みながら、針は午前5時30分を告げていた。
「今日も相変わらずの景色・・・ね」
眠たそうに目をこすりながらベランダへと足を踏み入れる18歳の少女。
頭がまだ正常に起動していないのか、時折目を閉じ動きを止める。
彼女はおぼつかない足を懸命に働かせながらベランダの先へ向かった。
まだ外の世界は冷たい。
風はまだ気質が荒く少女の着る白いレースははたはたと波打っていた。
風が少女の耳元を通るといたずら心に艶やかな彼女の黒い髪をふわりと宙に舞い上がらせる。
少女は広がる髪をそっと手で押さえた。
風が静まり手をもとの位置へと戻す。その一連の動作には精錬されたものがあり、日常の所作と化していた。風が悪さを働くのは彼女にとっていつものことだった。
しばらくしているうちに風が収まり、レースはゆらゆらと静かに揺れる。
ベランダの端までたどり着くと、そっと手すりに美白の手を添える。今までずっと冷え込んだ空気に晒されていた手すりは冷たく棘のある薔薇のような冷たさを持っていた。
痛みは微々たるものだが、しかし刺激に思わず体が反射する。外が少し肌寒いこともあってか、いっそうそれは際立っていた。
しばらくして、外の寒さに体が慣れてきたところで、いつもの大きな大きな背伸びを始める。天高く伸びた二つの腕は灰色がかった空へと一直線に向かい、口からは小さな吐息が漏れでる。朝の背伸びは清々しかった。心の中まで一新する気分にさせられる。
爽快に自然を体で満喫したあと、改めて少女は視線をベランダの先へと向かわせた。
するとそこにはちょうど山頂から顔を出したばかりの赤橙色の太陽。
赤い陽光はオパールの輝きよりも一層煌びやかで、それはまた氷をゆっくりと溶かすような心地よい温かさも含有していた。
気持ちのいい新鮮な光は少女の目、唇、そして純白の肌にあたり、銀色の輝きを放つ。その光景はまさに額縁には到底収まることはない絶世の美少女の絵画そのものだった。
まさに言葉には言い尽くせないそんな光景が、そこにはあった。
初めのうちはぱっちりと開け意識を強く持っていた彼女の瞳も、段々うつらうつらと下がる頭に合わせてその意思を失っていく。
日差しの気持ちよさに思わず眠気が誘われてしまうのは彼女のあどけない一面なのかもしれない。
「ふぁぁぁ………」
少女は眠気覚ましに一つ、手で口を押さえながら小さな欠伸を一つする。小さく欠伸をするのが、また彼女の愛らしいところだった。その様子は思わず見ている者をうっとりさせる癒し!?のようなものを感じるのは気のせいだろうか。
少女の目元には小さく光る滴が一つ。それは陽光を受けてさらなる輝きを灯していた。
そんな時だった。
「……そろそろ出立の準備をされては、如何でしょうか。凛様」
突然、キリキリと歯切れの良い声が少女の後ろから聞こえてきた。後ろを振り返るとそこにはいつの間にか燕尾服で身を包む一人の女性の姿がある。
白い少女ーーー名は、冬天奏 凛といい彼女こそ、この物語の主人公こと18を迎えたばかりの少女である。
「…そうですね……分かりました不知火さん。そろそろ身なりを整えることとします」
透き通るような温和な声で、凜は返事を返す。
不知火は彼女の言葉を聞くや、深々と頭を下げ「……それでは私、少し車の用意に取り掛かります故、この辺で失礼させて頂きます」と言ったのちに、足を半歩後ろに向かわせた。その様は非の打ちどころがなく、凜の家柄の良さをうかがわせる。
不知火の背後には、太陽の当たり具合で長々と伸びた影がドアのもとへと向かっていた。
「……わざわざ、私のことを案じて声を掛けてくださり、ありがとうございます」
「……いえ、執事として当然の事をしたまでのことです」
不知火は半開きになったドアの前で振り返り一礼すると、すぐに扉の向こうへと身を潜めた。
扉は物音一つ立てなかった。
凛は不知火の去ったのを確認した後、外の世界にもう一度目を向け直した。視線の先には辺り一帯、まだ眠りの深い物静かな空間。自分の忙しさとは裏腹に安閑としたひと時がそこにはあった。
ふぅ、少女は短息をたてる。名残り惜しそうにベランダのてすりにかかる露を払うと、凜は静かに手すりから手を降ろすのだった。
凛は一度噛みしめるかのように、そっと目を瞑る。
優しい風が体を撫で、鳥の美声は心の中を軽やかに浸透する。まだ自分はここにいる。彼女はそれだけで満足だった。
名残惜しそうに大地の潤いを体感し終えた少女はゆっくり目を開け、山頂から登り上がった太陽をその瞳に映し出す。潤いで満ちるその目には、まるでダイヤにも似た輝きがきらりと煌ている。
真珠のように白いレースが風にハタハタと靡かせ、細い彼女自身を大きく見せていた。
凛は静かに足を部屋の中へと進ませる。彼女の細い背中には何やら哀愁似た雰囲気が漂っていた。
彼女にとってこれから起ころうとしている出来事は、大きな意味を持つことだった。
いままで凛は一度も家の中から出たことがない。
それは__この狭い、一つの庭のあるこの世界でしか彼女の存在を許されなかったからに他ならない。
少女の体には今もなお目には見えない鎖が彼女自身を覆い、そのしがらみは時折彼女の心までをも縛り上げていた。彼女の大人びた風情があるのは、そのような背景があってのことだった。
広大な屋敷。屋敷の外壁は高く、この屋敷の中から見える景色以外、外をを見ることは叶わない。ゆえにこの自室から覗けるベランダの景色が唯一彼女が外を知る手段だった。
屋敷内には仕える者たちが多く、常に監視の目にさらされる日々。またベランダは彼女にとって精神的な安らぎを求める場所でもあった。
しかし、この日。
桜花の風に誘われるようにして彼女は鳥かごから解放されることになった。
彼女を縛り上げていた禁呪の鎖はその束縛を緩め、『クエアランス学園入学』。
彼女は学園生になったのである。
これから向かおうとしている場所は新天地ーーー学園生活が幕を開けようとしていた。
「ここも、今日でお別れ………ね。」
名残惜しさと期待を含んだ言葉を、少女はヒラヒラと波打つカーテン向こう、情景に向かって小さな声で呟く。
外は鳥のさえずりが徐々に聞こえ始め、いつしか風も心地よい温かな風へと変わっていた。
身支度を終えた凛は静かに足音一つたてない動作で反転し、部屋に鍵をかけ階段を降りていく。
しかしこれから向かう場所がどのようなものか、この時の凜は知る由もなかった。
6/6 文全体を改稿。
2017/6/1 改稿。