第五話 襲い来る災厄
今確かに死んだはずの男性が数人の目の前に現れたはずだ。
(いつの間に...。)
全力で黒い粉塵から逃げてはいたが、その時間およそ10秒間。
大体の人は10秒間もあれば50m位は走れるだろう。
実際何かに追い付かれた数人も、男性が倒れた地点から50~60mは離れていた。
しかも男性はしばらく倒れていたはずなのに数人に追い付き、行方を塞いだ。
見たところ倒れた男性はとても運動が得意と言いがたいふくよかな体つきで、先を走っていた数人に追い付けるとは到底思えない。
(明らかにあの男性にできる動きじゃない...。)
こんなことを考えている間にも「何かは数人に迫り、今にも襲おうとしている。
(悪いけど今は安全と情報の確保が最優先...。まず助けようにも黒い粉塵の方に行かないといけないし..。...ごめんなさい。)
「何か」を観察しながらなるべく速くここから離れる。
(せめて最期くらいは見送るから...。)
そう決めて一度立ち止まったその時ーーー
「何か」が数人のうちの一人の胴体を引き裂いた。もう一人の頭をはね飛ばした。他の一人の右腕をもいだ。
数人を中心に、悲鳴のような断末魔のような声が響き、赤い鮮血が飛び散った。
(明らかに人間の筋力を越えてる...。)
そっと目を閉じて数秒間黙祷をする。
(ありがとうございました...。どうかご冥福を...。)
血にまみれた肉の塊となってしまった彼らに背を向けて、再び走り始める。
(死にたくない...死にたくない...。)
さっきまで生きていた人が亡骸になる瞬間が頭から離れない。
(嫌だ...嫌だ..死にたくない...。)
恐怖が脳を支配して行く。さっきまではあんなに冷静でいられたのに、今では思考を落ち着かせることすらままならない。
涙腺が崩壊して目から大粒の涙が零れる。
死を招く黒い粉塵。元が人間とは思えない動きをする「何か」。
こんなに死に直面する機会が今まであっただろうか...。
(もう嫌だよ...。)
その思いもむなしく、真の地獄は始まってしまった..。