三章 戦を前にして
7月6日、午後18時
夜、空が明るさを失ってきた頃。既に一番星は瞬き、月も顔を出し始めている。
そんな中で、関東にある空港に多くの人が集まり出していた。
その多くの人、というのは神術士の中規模部隊と、妖術士の小規模部隊。
今回ここに来ているのは、課せられた任務の遂行のため。術士や警察というよりも、軍の仕事に近いようでもある。
空港、というのは空間転送港の略称だ。
空間転送技術を完成させた世界は、リスクの高い空での移動を無くし、空間転送での人や荷物の移送へと移った。
安全性が高い代わりに、空間転送には大規模な装置が必要になってくるため、空港は地下まで広がる巨大施設となっている。
「よーし、着いたッスよー。各自三十分後までに準備を済ませといてくださいッス」
「「了解!」」
術士たちは、その場に腰を下ろすなどして準備を始めた。
そして、特徴的な語尾の彼女は、今回神術士隊を取りまとめる隊長の役割を担っている。
金色のショートの髪が特徴的で、幼げな顔立ちと貧相な胸は小学生から中学生を連想させる。しかし、身長は年相応であり、その年齢は十九。
しかし、特徴はそれだけではない。むしろ、ここからが彼女の真骨頂。
彼女の腕、背中、脚には大層な金色の機器が取り付けられている。
これは、彼女の神装。超改造を施されて、彼女以外では作り出せない技術の結晶である。
Sランク神術士、名を優機という。名前に「機」という字があるから、というわけでもないが、相当な機械マニアである。
優機が引き連れて来たBランク以下の術士たちは、各々が作戦行動前の時間を楽に過ごす。
しかし、優機は装備を下ろさず、そのままある人の元へ向かった。
それは、妖術士の隊をまとめる者だ。
セミロングで、澄んだ白の髪と、漆黒の制服。純白の肌が艶めき、神聖だとすら思わせる容姿。
メガネをかけており、文庫本に目を向けている姿は、文学少女と称するべきだろうか。
この少女の領域は、何者にも傷つけることは敵わないだろう。
だが、近づくことが出来ないわけではない。
優機は落ち着き払った態度で彼女に近づいた。
「どーもッス。えーっと、お名前は……」
「…………レイ、です」
随分と可愛らしい声だったので、優機は少しばかり驚いてしまう。
「レイさんッスね。私は優機。今日はよろしくお願いしますッス!」
屈託のない笑顔で、優機は握手を求めた。
無機質、というイメージが自然と溢れるレイは、それを見てーー不敵に笑ってみせた。
それを不気味だ、と取ってしまう優機だったが、態度は変えない。
「優機さん、よろしくお願いします」
二人は情の込もった握手を交わした。
交わした筈なのだがーー
(レイさんの手……すっごく冷たいッス……)
問題点として指摘してもなんら問題ない程に、レイの手は冷たかった。長く触れ合っていると気分が悪くなってくる程である。
「あっ……私の手、冷たいですよね。ごめんなさい」
慌てた様子を見せて、振り払うようにしてレイは握手を解いた。
そして、読んでいた本に視線を落とそうとするがーー
「全然大丈夫ッスよ。謝られるようなことじゃないし、それもあなたの一つの個性ッスから」
一瞬、レイの頬が赤くなったように見えた。まるで、乙女の表情。
「あ、ありがとうございます……」
顔を隠してレイはそっぽを向いてしまった。
「礼を言われるようなことはしてないッス。ってかその指輪……レイさんの妖装でいいんスよね? さっきから気になってたんスけど」
レイの右手薬指には、黒く機械的な指輪がはめられている。その指の位置ではまるで結婚指輪だが。
「うん。これは私の妖装。優機さんの神装は……どれ?」
優機の随所に装備された装備はどれも金色という神装の特徴を有しているためか、レイにはどれが神装でどれが違うのかわからないようだ。
「私のはこの三つ全部ッスよ。私機械いじりが得意なんで、自分で改良を重ねたんス」
感心した様子で、レイは神装ーーだけでなく、優機のことも隈なく観察し始めた。
「そ、そんなにジロジロ見ないで下さい。恥ずかしいッスよ……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいッスよ。それより……作戦会議の方をしたくてレイさんのとこに来てたの、忘れてました〜」
◇
今回の任務は、どこかの国から来た者たちに占拠された空港の武力制圧。
しかし、ただの武力制圧ではない。
「敵は、魔術士とかいう奴等と断定するべきッスね……警戒は厳にするべきッスよ」
魔術士。
数時間前に告知された、神術士と妖術士ーーというより、日本を狙う敵対組織だ。超常の力を扱う、という情報以外はまだ無い。
今回攻め入る空港は比較的小規模なもので、中へと入る入り口はメインゲートの南口と、サブゲートの東口の二つのみ。
「わざわざ入り口から入るのもアレなんスけど、あんまり傷つけるなーっていう上からの注文が……。そこは面倒な代わりに、戦闘参加人数は少し多くしてもらってます。んで、定石通りッスけど、奇襲部隊みたいなのを既に配置済みッス。合図で動けるようにして、今は敵に悟られないよう隠れてもらってます」
レイは、優機の説明になにも答えず、聞き専になっている。
すぐに反応が貰えないと、自身のやっていることに自信が無くなってくるのが普通だ。
しかし、優機は鋼のメンタルで話を続ける。
「まあ、安易な作戦なんスけど……私たちメイン部隊が南口から突入して派手にドンパチ。それから適当なタイミングで奇襲部隊を投下して一気にかたを付けるっていう形なんスけど……どうスかね」
「良いと思います」
「良かったー……。私って前線で戦うことに重きを置くような身なんで、まあ最近は戦うことがほぼ無かったんスけど。まあ作戦立案とか苦手なんで……」
「……基本に忠実な作戦内容ですし、別に恥じるようなことは無いと思いますよ?」
「あ、ありがとうございます……じゃあ、これを皆に伝えるんで、人を集めてもらっていいスか」
先ほどよりも、空気がピリッとしている。
戦闘を前にした、獰猛な空気だ。
「えーっと、お集まりの皆様、こんばんは。今回総指揮みたいなのを務める優機ッス。作戦を簡単に説明すると、十九時になったら突撃して派手に戦って、あとは奇襲部隊が来るのを待ってずばーっと終わらせる。この程度のことなんで、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょー」
十数分後には、小規模な戦争が始まろうとしている。
戦術というのは、準備段階で立てておくべきものではあるがーー戦場は常に変化を続け、イレギュラーを生み出し続ける。
全てが戦術通りに行くと思ったら、大間違いである。
◇
7月6日、午後19時10分
そこからは、とてもかすかながらも、炸裂音のようなものが耳に入った。
「やってるっぽいねぇ。そろそろ俺たちも行動の時間だ。準備済ましとけよー」
今回、奇襲部隊の隊長を務める男、雑司が言った。
雑司はBランク神術士の中でも実力者で、人望もそこそこ厚い。理想の隊長タイプである。
今、彼らは指令を待っている。
今回の任務で攻め入る空港の、メインゲートから侵入している者たちからの連絡を待っているのだ。
いつ指令が来てもいいように、部隊員たちの戦闘準備は完璧。
しかし、雑司は暇を持て余していた。
「隊長、関係者らしき者が来ているようですが、どうしますか?」
突然、部隊員から声をかけられた。しかし、部隊員の言葉には一切心当たりがなく、雑司は頭を抱えた。
「関係者ぁ? そんな話聞いてないぞ。どんな奴なんだ」
「それが……妖術士です。それもAランク以上の」
ただの関係者、という肩書きとAランク以上の妖術士という肩書きではわけが違う。
雑司は少し悩む素振りを見せたが、すぐに結論は出た。
「……そんな人が訪ねてくんなら、なんかわけありだろう。通してやってくれ」
その言葉を待っていた、と言わんばかりに、その妖術士は姿を現した。
長い白の髪と、妖術士の黒の制服。上手く対比される色になっているが、髪はあまり整えられておらず、服も破れや汚れが所々に目立つという共通点もある。
少なくとも、雑司が見てきたAランク以上の術士より戦場が似合う格好だ。褒めているわけではない。
顔立ちは中性的で、金の瞳は禍々しさすら感じさせる。
「いやーどうも。妖術士のキズカと申します」
キズカはさも当たり前のように雑司に握手を求めた。
もちろん、雑司はそれに応じる。
「奇襲部隊の隊長を務めてる雑司です。今回はなんのご用件で? あなたのようなご客人が来るという情報は回ってきておらず……」
「ああ、敬語とかやめてくださいよ。年上の人に敬語使われるとなんか気持ち悪いですから」
「そ、そうか……」
「わかってくれたらならいいんです。で、私がここに来た用、と行きたいのですが……その前に、個人的な質問をしても?」
「あまり時間は無いんだが……早めに済ませてくれよ」
「ありがとうございます。もしかして……男でありながら、実力だけでSランクに登り詰めた神術士、とはあなたのことですか?」
「……はっはっは。とんでもない。俺はBランクで、ただの一兵卒。あの人は化け物だよ」
「おっと……それは失礼いたしました」
神と妖怪は、人間の中では女を好むという趣向がある。
それは絶対的な概念として、その力を扱う者たちにも影響をもたらした。
基準としてあるAランク以上の術士になれる実力を持てるのは、女性のみなのだ。
男性が一定以上の力を扱おうとしても上手く扱えず、下手をすれば暴走なんてこともありうる。
「では、私が持ってきた用を済ませてしまいましょう。今回は、あることをあなた方に伝えに来たんです。正直、私がやるような仕事ではないんですが……まあ、言わせてもらいますね」
キズカの柔らかい態度からは想像もつかない鋭い眼光が雑司を貫いた。
「戦争はもう、始まってますよ?」
瞬間、その場の空気が凍り付いた。
「着装、鬼」
緩んだ空気が張り詰める。戦場の、誰もが嫌う雰囲気が作り出されて行く。
否、誰もが嫌うというのは嘘になるかもしれない。
何故ならーーこの状況で、キズカは満面の笑みを浮かべているから。
妖術を扱っているキズカに、見た目の変化は無い。しかし、唯ならぬ力を感じさせる。
その時、誰よりも早く戦場の空気を感じ取り、行動に移った者が居た。雑司である。
彼の扱う神装は腕甲型。力を込めて、渾身の拳を叩き込むーー
「雑司さん、その勇気だけは認めてあげますよ」
雑司の拳は、キズカの指二本で止められていた。
「グーはチョキに勝てるもんじゃねえのかよ……どうなんだキズカちゃん」
「残念でした。これジャンケンじゃなくて……殺し合いってか、一方的な殺しなんですよッ!」
フリーだったキズカのもう一方の手の平が雑司の腕甲ごと腕の骨を握り砕いた。
「っ……貴様ァ……」
「痛いですかァ? ごめんなさぁい! でもこれ、私の任務なんです! 本当に申し訳ない……だから、すぐ楽にしてあげますからねぇッ!」
雑司の最後のあがきとして放たれた拳も容易く折られーー数秒後には、その身体は地面に倒れ伏せていた。
「うう……この感覚。高ぶる……高ぶるわぁ…次はどの雑魚が私を愉しませてくれる!」
恍惚の笑みを浮かべながら、キズカはその場にあった命の芽を全て摘み取った。
まるで、子供が無邪気に遊ぶかのように。
「はぁっ……あぁ! もう最ッ高! やっぱり私を生かしてくれるのは命の駆け引きの中でのこの感覚だけっ……。どんなセックスでも満足出来なかったのに、この感覚には溺れちゃう! 思い出しただけでも、イっちゃいそう……」
キズカは、欲情していた。正に異常性の塊。
次第に恍惚の色は表情から消えていき、
「死合いは楽しむものですよ? わかってないですねぇ雑司さん。ま、もう私の言葉なんて聞けないでしょうけど」
と言い残して、正に殺人鬼と化したキズカは、笑みを崩さぬまま去っていった。
沈黙の空間。
しかし、その沈黙をある声が打ち破った。
『……奇襲部隊、順次行動開始してくださいッス! …………おーい! どうしたんスか! 応答してください!』
声は、届かない。
<Tobecontinued>