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神妖クルセイド  作者: いかろす
-神鬼邂逅ノ章-
30/32

二十六章 私闘

 夕日が空からいなくなっても、鮮音の元にキズカは現れない。緊張と覚悟は無駄に終わり、鮮音は家のベランダで独りごちる。

「……決闘、か」

 彼女との戦いを求めてやまなかった自分を思い出す。忘れていたわけではない。常に、心の奥底で煮えたぎらせていた衝動。いつでもきっかけ一つで噴火する、鮮音の中の活火山。

 しかし、いざ戦ったとて、キズカに敵うのだろうか、という不安が渦を巻く。気持ちだけでは勝てる気もあれど、前回の戦いのことが否が応でも思い出された。

 鮮音はAランク神術士。対して、キズカはSランク妖術士。実力差はランクの時点で明白な上、イレギュラー――光の刃――をふまえた前回も、敗北を喫した。

 日々の訓練、空港でのフィメルとの戦い。この短い期間で積んできた経験は、確実に鮮音を進歩させている。だが、ランクを覆す程の力を身に着けられたかといえば、答えは否。

『言ったでしょ? 私は、抑えきれなくなってきてるって』

 抑える、というフレーズが気になるところだが、決闘が迫っているという事実のみが目下の懸念事項。決闘はいつかやって来る。勝つためのビジョンを描かなければならない。かといって、描けるという自信はない。光の刃はあくまでもイレギュラーで、恒常的な使用は望めない。結局のところ、正攻法以外の選択肢は残されていないのだ。

 ――キズカ、いるのか?

 心の中で呼びかける。しかし、答えは返ってこない。

 求めるときにはおらず、来なくていい時にいる。鮮音の人生は、この短期間でキズカに翻弄されてばかりである。この決闘という話も、キズカが振りまきに来た嘘っぱちなのでは。

『鮮音ちゃーん、起きてる?』

 噂をすればなんとやら。鮮音は周囲を見やり、彼女の姿が視認できないことを確認。昼と同じような対話方法を取っている様子。

 キズカの声音は、昼と比べて明らかに色を落としている。あれから数時間、彼女のテンションを変えることでも起きたか。それとも、彼女の中にいる誰かがまた現れ出たか。

「鮮音! たいへん!」

 今度の声はすぐそばから届く。屋内に居る響歌の声だ。携帯を手に、かなり切羽詰まった調子で鮮音を呼び込んでいる。

『行ってあげて。きっと面白いことが聞けるから』

 口ぶりからして、キズカは電話越しの内容を既に知っている。彼女が関わっていることはまず間違いないが、ここは響歌の話を聞く。ベランダから屋内へ。

「響歌、どうかしたか?」

「本部が妖術士に襲撃されて、優機さんがケガしたって」

 衝撃的な報告――踵を返し、ベランダの奥、夜に包まれた街を見やる。

 ――お前がやったのか。

『まあそういうことになるね。お話は終わりじゃないよ、ガールフレンドの方を見てあげて』

 言われなくても、と言いたいが、指摘されるまで鮮音は敵を見つめることをやめられなかった。

「鮮音、落ち着いて聞いてね。あなたの神装が、盗まれたって」

「わたしの、神装が? 妖術士に?」

 神術士の本部を襲撃して、成されたことが「神装の奪取」と「優機の負傷」だけ。本当にそれだけなのかという疑問。鮮音は慌ててそれを問うと、響歌が電話口の相手に同じ問いをぶつける。

「……侵入に合わせて警備の人とか設備とかの被害はあったみたい。でも、敵の動きだけ見ると、鮮音のを奪うのが一番の目標だったみたい」

 鮮音の神装は解析に出された。第二開発室長である優機がそばに居たことは、容易に察せられる。彼女が神装を守るべく戦って負傷した、というラインまでは、鮮音の脳内でもつなげることができた。

「鮮音、とりあえず神術士本部に行こう。状況がわかんなきゃどうにもならないよ」

「本部から指示は?」

「あたしたちは休暇中だから、家に居ていいって言われたけど……じっとしてられないじゃん」

 彼女の瞳に映る、心配の色。鮮音の神装が奪われたという事実に対し、彼女なりに警戒心を抱いているのか。鮮音としては、どうすべきかもわからず。

「……ごめん、響歌。先に行っててくれ」

 結局、不器用な対応しかできそうにない。

 言われて、彼女は首を傾げる。しかし、渋々納得したのか、彼女はリビングを後にする。響歌にすべてを打ち明けたいところだが、彼女にまで無用の危険が及ぶのは避けたい。それに、事情が複雑すぎる。

 再度ベランダに踏み出す鮮音の視線は鋭い。なんとなく、キズカが居る方向が掴めてきた。ビルの上から見下ろしている。

 ――泥棒野郎。わたしの盗んでなにする気だ。

『やだなあ、親切心だよ。大変だったんだよ? 鮮音ちゃんのやつ持って来るの』


 ◇


 ガントレットを身に着けた偉丈夫――昏人。へたりこんだままのキズカを見下ろし、臨戦態勢。

「こういう時は……よくもやってくれたな、とか、言った方がいいか?」

 豪胆な笑みを浮かべる昏人は、余裕の表情。

「ごめーん、おっさんの相手してる暇ないんだ」

「礼儀を知らねえかい、クソガキ」

 容赦なき鋭さを有する瞳がキズカを射抜く。同時に、彼の拳が打ち出される。彼の拳は強力。ゆえに、初速はあまり褒められた速さではない。

 キズカは速度を見抜く。へたりこんだ状態から後転で打点を避け、そのままバックハンドスプリングにバックステップを重ねて距離を取る。

「ちっ、体操選手かよ」

「おじさまの体にはちょーっとばかし厳しいかな」

「礼儀ポイント一つ目。その調子だぜ、キズカちゃん」

「ちゃん付けはちょっとキモイや」

 互いにニヤつきながら、じりじりと間合いを詰めていく二人。拳を使うという共通項あれど、キズカは遠距離攻撃が可能。ただし、妖力粒子による予備動作を挟むため、昏人は察知できる。

 キズカは腕を脱力させ、昏人はボクシングのごとく腕を前に。相手の出方を伺う。仕掛けた方が勝機を得るか、割を食うかは、やってみるまでわからない。視線で行われる鍔迫り合い。両者の距離は狭まり続ける。

 一メートルを切る刹那――キズカの視線がわずかに昏人の腹部に向く。自然と上半身への警戒を強める。だが、相手が笑っているという事実を失念していた。

 右足が出た。警戒の逸れた下半身に、鋭いローキックが迫る。昏人はすぐさま右の脛を差し出し一撃を受ける。痛むが、向う脛を打たれるより何倍もマシ。

 キズカ、そのまま右足を突き出して昏人の股下に接地。彼が拳を突き出さんと構えるより先、彼女は妖力を絡めたエルボーを繰り出す。

 攻撃から守りへ転じるべく、昏人はエルボーを手で受ける。それを見越していたキズカ、曲げていた腕を勢いよく伸ばし、拳で腰を叩きにかかる。妖力が載れば、そのような攻撃も痛撃となる。昏人はしかとそれを手で受け止めた。肘と拳を受け止め、昏人は両手が塞がる。しかし、キズカにはもう片方の腕がある。

 ――あの技が来るか?

 しかし、来ない。素の拳が振り抜かれる。昏人は彼女の前腕を打ち、拳の軌道をわずかに逸らして回避。

 拳、拳、足。足、足、拳。連鎖する打撃をしかと受け止め合い続ける様は、従来の術士戦とは一線を画す。さながら格闘技のそれである。

「格闘戦までこなすのかよ。どこで習った?」

「やだなあ、私たちは元治安組織だよ? そういうのは教えてくれるじゃん、まあ私には、特別講師がいたけどさ」

「ほう、どこの誰だ」

「ユーチューブって知ってる?」

 会話の最中、キズカの周りで妖力が踊り出す。技が来る。

「それでいいのかい?」

「いいからやってる!」

 打ち出されるより前に、昏人は渾身の頭突きを叩き込んだ。流石のキズカもこれにはフラつき、後ずさる。追い立てるように、昏人の拳が迫る。キズカはスレスレで避ける。彼女の表情から一瞬、余裕が消えた。わずかに片足を後ろに引くと同時、上半身をひねる。

 なにかを察知した昏人が後ずさると同時、キズカは後方へ跳躍しながらひねりを解放する。中空で回転する彼女の姿は横に傾けたつむじ風のごとく。パルクールのテクニックの一つ、バタフライツイスト。

 大仰な跳躍ゆえに、否が応でも対応はし辛い。ましてや、昏人の世代はパルクールとは無縁だ。

「おじさま、楽しもうよ!」

 着地、前へワンステップ、ひねられる身体。同じのが来る、と昏人はさらに後方へ下がる。

 キズカの前方へ向けた跳躍。今度は足を大きく広げ、扇風機の羽がごとく回転するバタフライツイストラウンド。技を重ね、中空を回転するアクロバティックな鬼が接近する。その足に、濃い妖力を纏いながら。

 不意に、空中で加速した。人間の跳躍ではありえない力の働き方。しかし、彼女は妖術士である。

蹴雨しゅううの蝶ッ!」

 キズカの技である。幾重にも重ねられた回転の勢いを乗せた、妖力の蹴り。あまりにも猛スピードゆえ、既に間合いの中に在っては避けることは不可能。

 昏人の右拳――ガントレットが、光り輝く。

「C、稲光ッ!」

 文字通り、稲光のごとく高速の拳。唯一の欠点であるスピードを補うための、昏人の技。

 衝突する拳と足、神術と妖術。力と力が霧散する刹那、キズカは右拳を天井めがけ振り上げる。霧散する力にまぎれて、キズカの拳が纏いだす妖術粒子は昏人には見えない。

 撃ち出される拳。天井に走る亀裂――昏人めがけ瓦礫が降り注ぐ。両者は後ろに跳んで瓦礫を回避。床に落ちた瓦礫群から土煙が舞い上がり、視界をさえぎった。

 キズカの視線が、一瞬の最中に上、前、右、そして前へ。その拳は、妖力を纏って高く掲げられる。先ほど妖術の拳で崩した天井に、再度拳を撃ち込んだ。今度の一撃で、ついに天井に開く穴。再度降り注ぐ瓦礫と共に、土煙の量は自然と増す。

 次いで、床に落ちた瓦礫へ拳を打つ。衝撃で砕け散った瓦礫が方々に吹っ飛び、前方の昏人めがけ多くが飛散した。

 限界まで身を低くし、キズカは疾駆。解析室ドア付近に落ちた鮮音の神装を拾い上げる。そちらを睨む昏人、重なる視線――しかし、キズカはすぐさま関心を捨て、解析室内へ。

「なっ!」

 思わず昏人も声を漏らす。対峙する相手と熱闘を繰り広げた結果、相手は未だ敵、昏人と向き合っていると、勘違いした。だが、キズカの目的はあくまでも神装の奪取である。

 解析室内に留まっている優機は、まだ戦えそうにない状態。床にへたりこんだまま、キズカの動向を見守るほかない。

 先ほど優機がビーム砲で開けた大穴めがけ、キズカは大跳躍。本部一階へと躍り出る。警備の手を振り切り、キズカはそのまま逃亡。行方をくらました。

 戦いへの集中が仇となった。技をぶつけあった後、十数秒の最中に戦闘は終わり、神術士たちの手に残ったのは敗北のみ。当事者となった昏人は、呆然とするほかなく。

 その胸倉が、いつの間にか寄って来ていた優機に掴まれる。

「ど────なってんスかここの警備は!!!!」

 優機の身長で昏人の胸倉を掴むには、手を高く伸ばす必要がある。しかし今の昏人は、がっくりと肩を落としている。掴みやすい胸倉に、優機の手は自然と伸びてしまった。


 ◇


『てなわけで、盗んでこれたってわけ』

 ――肝心の盗んだ理由が聞けてねえ。

『あ、そうだった、ごめんごめん。鮮音ちゃんの武器はあっちにあるからさ、私と戦うなら取りにいかないといけないでしょ? その手間を省いてあげようと思ったの』

 不意に、夜風がふわりと吹きつける。風に乗るように、彼女の言葉が、耳へと届く。

『来てよ』

 ――いつだ。

『今から』

 ――嫌だと言ったら。

『弱い人から死んでいく。歌とギターしか取り柄がないような子は、尚更ね』

 全身の血が沸騰する感覚。運命は流れるべきところへ流れていく。鮮音が抗うことができるのは、しかるべきステージに上がってからの事。上がるまでのプロセスは、揺らぐことなき一本道。

「ぶっ殺す」

 煮えたぎる憤怒を面に乗せて、鮮音は歩き出す。大きな足音を立ててリビングを抜け、廊下を抜け、外へ。

 そこに、響歌が立っていた。

「どうして謝ったの?」

 先ほどのこと。鮮音にとって、反射的に出た謝罪だった。ゆえに、含意を上手く説明できない。

「一緒に行こう?」

 響歌の目は、鮮音の中に燃ゆる意思を見透かしているよう。それがなにゆえの意思かまでは、判然としていないのだが。

 言い訳。思いつかない。直球で、告げるほかなかった。

「一緒には行けない」

 それ以上もそれ以下も、言葉は見つからなかった。今に一番ふさわしい言葉。こんな貧困な語彙では、響歌の作詞を手伝うなんて不可能だ。

 彼女の元から立ち去らんと、歩き出す。響歌の横を通って階段へ――彼女の手が、鮮音の手を取る。

「待ってよっ!」

「響歌ッ!」

 巻き込んではならない。彼女は、部外者だ。

「来たら、わたしが響歌を、殺す」

「わかるよ。どこかに行こうとしてるんだよね? 戦おうとしてるんだよね?」

 彼女の手は、暖かい。この温もりに、今だけ甘えたくなる。

「鮮音は特別なんだよね。あたしも、なにも知らないわけじゃない」

「……知ってるなら、なおさら」

「どうしてっ!」

 なにかが落ちて来た感触が、手に触れる。液体だ。

 それが響歌の涙だと気づいたのは、彼女の涙声を耳にした瞬間。歌う彼女とはまた別の、感情のこもった、声音。

「大好きな人のこと、助けたいって思うのも許されないの?」

 釣られてか、鮮音も無性に泣きたくなる。だが、我慢だ。涙を流すのを我慢する。

 己が両目という蛇口の止め方を、鮮音は知らなかった。ひねって止まる涙なら、この場の感傷をどれだけ取り除けたか。だが、流れる涙が減ろうと、何も変わることはない。

「これは、わたしの戦いだ」

 運命は、流れ行く。

「わたしには、やらなきゃいけないことがある」

 使命は、果たさねばならない。

「今も、昔も、全部一緒くたにして……全部のために、行かなきゃいけないんだ」

 鬼になれと、言われた。キズカの言う鬼がなにを意味するか。鮮音が思う鬼とはなにか。

 あれからさほど時は過ぎていない。鬼になれたとは思わない。だが、鬼にならねば勝つことが出来ないとは、一言も言われていない。

「全部って?」

「わたしのため。響歌のため。仲間たちのため。そして……ずっと大好きだった、静音のため」

 それだけ言い残して、鮮音は行く。


 響歌は、去りゆく彼女を止めることも、声をかけることも、できなかった。

 その背中は、復讐鬼のそれであった。


 ――これは、わたしの戦いだ。

 心の中、自分に言い聞かせる。

『私たちの戦いだよ』

 頭の奥に響く言葉を無視。鮮音は、怨敵の待つ地へと足を向ける。何故か人気のない住宅街を抜けた先には、尋常ならざる気配を中に宿す廃ビル。四階建てで、面積だけは中々に大きい。彼女がここを戦地に選んだ理由も伺える。

 廃ビルの入り口に立つ。見たところ、エレベーターはない。階段で上がるほかない様だ。臆することなく進み、一段一段、階段を上る。

 上る最中に想うは――


 〈つづく〉


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