二章 神術と妖術
高温に撫でられ、クールな静音の表情が珍しく崩れた。
「静音! そこは危ないからこっちに!」
静音の飛行方法は、ビット三つによる障壁に乗って浮遊するという形だ。
屋根の上に着地した静音の周囲には、遊びまわるような軌道で三つのビットが空中を舞っている。
「まったく散々だったわ。そっちはどう……って、それは…………」
静音が「それ」に目を向けて硬直した。
それ、とは先程鮮音が斬った男たちの無惨な姿。
「ああ、これ? 始末はつけたけど、浅く斬ったから死んじゃいないよ。それに、こんな奴らのことは今どうでもいい」
静音の横を通り過ぎて、鮮音は下を覗き込んだ。
すると、数人のいかにもな男がこちらを睨んでおりーーついでに火球も飛んで来た。
「っ……暑苦しいんだよさっきから」
飛んで来たのは手のひらサイズの火球。鮮音は左の拳で簡単に握り潰し、後方へ下がった。
「ざっと六人か? この数じゃちょっと無謀かもな……」
そう呟いて、静音の方を見た。
自然と視界に入った浮遊するビット。それを見て、鮮音は記憶を掘り返す。
「たしかさ……汎用提携神装のビットって六個まで出せたよな。それならすぐに制圧出来るんじゃないか?」
神装は、二種類存在する。名を、汎用提携神装と個提携神装。
汎用提携神装というのは、腕甲の近接型とビット型の遠距離兼応用型の二種類。Bランクまでの術士はこれしか使えず、それ以上のランクになって扱うのも自由だ。
個提携神装は、Aランク以上の術士のみ使用を許された、個性を存分に発揮する神装。
近接、遠距離、応用の三つの型の中から適合する型を見つけ、適合した型とされる範囲内の神装を制作、使用するというもの。
静音が使うのは、汎用提携神装のビット型。
鮮音が扱うのは個提携神装で、汎用にある腕甲を日本刀の形に変え、三種のスタイルでの戦闘が可能。
「えーっとね、その……私の神装、隙を突かれて上手い具合に壊されちゃった」
「マジで言ってる?」
「大マジよ」
「……逃げるか」
やむなく、静音は首肯することしか出来なかった。
屋根の上を飛び移って、無駄な戦闘を避けて行くという単純明快な作戦だ。
静音は障壁の上に乗り、鮮音は大跳躍の準備は万端。
「行くか」
「うん」
二人は行動を開始ーーした瞬間、二人の間を火球が通過していった。
「なっ……嘘だろ!?」
既に、二人が居た屋根の上には男たち六人全員が乗っていた。
未だ空中の二人目掛けていくつもの火球が放たれる。
「静音! 先に行け!」
声をかけるのと同時に、腕甲の推進力で一気に距離を取りつつ地面に足を付けた。
「なに言ってんの鮮音! 私だって……」
「移動と攻撃を両立できないような奴が居たってしょうがねえだろうが! あいつら馬鹿正直に全員上に乗っけて、伏兵はとりあえず見えない。早く行ってまともに戦える増援なり連れて来い!」
わめき散らすようで、鮮音の言うことは正しい。
そして、的確な指示を出しながらも刀を振るい、飛ばされて来た火球を斬り散らしている。
「……わかったわ。死んだりとかしないでよね」
「縁起の悪いこと言うな」
最高速で、静音は去って行った。
懸念事項は全て取り払われた。これで、戦うことに本腰を入れられるというものだ。
まずは敵を観察することから。
眼光を鋭く尖らせ、一人一人の挙動を見る。
するとーー駆け出した男が一人。鮮音の元へ飛んで来るつもりなのだろう。
しかし、普通の人間の跳躍ではその距離を飛び移ることは不可能。補助となる力を受けなければ、大跳躍は成されないことだ。
案の定、男は手から炎を放ち、それを弾けさせた時に発生する力を補助として飛んで来ていた。
そして、一挙一動を目に焼き付けていた鮮音の行動は、速い。
「Cコード、変換」
右手の刀が腕を覆う腕甲へと完全に変化ーーする直前。
「重ね、変換」
Cコードの重ね。これにより、今行われるCコードでの変形が完了したと同時に左腕の腕甲の変形が始まるように設定された。
そして、手の平を後方へ向けながら駆け出し、Cコードによる変形の終わりを合図する金属音が鳴った瞬間ーー推進力を爆発させる。
ありったけの速度で空中を滑空する鮮音。同時に身体を左へ捻り、刀を振るう準備は完璧である。
「悪いけど、もう容赦は出来ない」
腕甲が変形終了し、がっしりと鮮音は刀を掴み取った。
そしてーーすれ違いざまの一閃。
勢いがたっぷりと乗せられた斬撃が、男を叩き斬った。
斬撃で勢いをある程度殺し、難なく着地。
しかし、策を巡らせないままここへ飛んで来てしまった鮮音は、自らの行いを悔いた。
しかし、いつまでも迷っていられる状況では無い。
少々強引ではあるが、闇雲に刀を振り回して敵方を牽制。
そして、後方から回り込んで来る敵の気配を察知。跳躍からの回し蹴りを叩き込む。
しかし、腕で防がれた。あまりダメージには期待出来ない。
「クッソ……日頃からもっと鍛えとくべきだったか」
しかし、鮮音はそれを応用する。
防がれた腕を踏み台として、近くの男の上空までの跳躍。
同時に、鮮音は刀を両手持ちに切り替えた。
「今! Cコード……」
振り上げた刀が、勢いに乗せて振り下ろされーー
「蹴の太刀ッ!」
刀は金色の光を纏い、明らかな力の変動を感じさせる。
そして、落下ーーが、避けられ、斬撃は空を斬った。
「まだ終わってねーぞ!」
鮮音の言うように、神力を扱った攻撃は、一度の斬撃で終わるようなものではない。
鮮音は斬撃を放った空間に蹴りを叩き込んだ。
脚と空間が触れ合った瞬間、三日月を彷彿とさせる可視化神力の塊が発生。
蹴りにより叩き込まれた力は、それを駆動させる力へと変換させ、可視化神力は衝撃波の斬撃となる。
「貰ってけッ!」
刹那ーー閃く斬撃が空間ごと男の身体を断ち斬った。
「これで二人ッ!」
踵を返し、すぐに刀を構え直す。
その時、鮮音は自らの身体に違和感を感じた。
大きな支障、というわけではないが、身体に溜まって行く疲労感が運動量の比ではないのだ。
神力を扱った行動はスタミナの消費と同義。そして、Cコードを扱う行動は若干の補正がかかり、スタミナの消費量が大きくなる。
そして、致命的な点がもう一つ。
鮮音は、元来真面目に取り組むことを好まない。事によってはしっかり取り組むが、スタミナ作りのために運動、なんてこともそれほどやっているわけがない。
つまるところ、一般的な人よりもスタミナが無い。
(戦い慣れしてないようにも見える……でも断定は無理だ。どうする……?)
思考を巡らせるーーが、鮮音は考えて動くようなタイプではない。
性に合わないその行動は、鮮音の判断能力を鈍らせる。
「後ろがガラ空きだクソガキ!」
後方から男の声。同時に、高温の衝撃が鮮音の背後で爆発した。
激痛が走ると同時に、鮮音の身体は衝撃で容易く吹っ飛んだ。
その着地点には、罠にハマる獲物を待つ狩人のような男達。
「っ……Cコードォ! 変換!」
スタミナが削れるとしても、リスクを減らすことが最優先。
右腕の腕甲が刀へと変換され、双剣使いと化した鮮音の攻撃範囲は倍となる。
低空を舞いながらも、鮮音はひたすらに刀を振り回した。
その程度の行動で、敵方は距離を取って離れていく。
刀を振り回したのは、ある意味賭けだった。ほぼ無防備に刀を振り回しているだけなら、対処法などいくらでもある。
(やっぱり……こいつら、戦いに慣れてない)
鮮音は地面を転がる形で着地。同時に起き上がり、膝をついた。
背中が熱い。
「ブラまで焼けてたら嫌だねえ……ってか、女の身体はもっと優しく扱ったらどうだよ」
「人殺せるガキがなに言ってんだ」
鮮音は直ちに臨戦体制を整える。しかし、先程のような戦いが出来るかどうかはわからない。
「万事休す……ってやつ?」
その時、
「お困りかい? そこの神術士のお嬢さん」
戦いの場には相応しくない、随分とかわいい声が響いた。
声の方に視線を投げるとーー飛び抜けた可愛さを持った幼女がそこに仁王立ちで立っていた。
ピンクの髪を結わえたツインテールに、笑える程に余裕を持たせたサイズの合ってない衣服。
よく見れば、その衣服には見覚えがあった。黒を基調としたデザインで、腕に刺繍された模様が全てを物語っている。
「Aランク以上の……妖術士? なんで妖術士が……」
「おっ、よくわかったな。その褒美というわけではないが……この状況はあたしが片付けてやる。事情は全部知ってるから、説明はいらんぞ」
幼女とは思えない傲慢な口調。まるで、恐れることをどこかへ置いて来たような態度だ。
「妖術士か……手間が省けたわけだ。片付けるぞ!」
男たちは臨戦体制に。
しかし、幼女は未だ仁王立ちのまま。
「やってみろ! あたしの名はローリエ! 押して参るーっ!」
ローリエ、と名乗った少女は、手に持っていたなにかを掲げて見せた。
斧、槍、ピックが同時に扱える中世の武器、ハルバード。だが、それにしてはデザインが機械的かつ漆黒過ぎる。
「まさか、あれが妖装ってやつか……?」
妖装。
妖術士が扱う、神装と対になるものだ。神装とはシステムの構造が違うという話だが、鮮音は勉強がそこそこなので知識が足りない。
「さあ始めようか! 着装! でいだらぼっち!」
でいだらぼっちとは、日本で知られる妖怪の名だ。巨人である、という特徴以外はそれほど有名ではない。
そしてーー名を告げたローリエの身体には、変化が起きていた。
光に包まれ、身体のシルエットだけが見える状態。そして、ローリエの身体はぐんぐん大きくなっていた。
シルエットだけでもわかるのは、スラッと長い脚に、出るところは出て締まるところは引き締まった女性の理想とする体系。
身長が一般的な成人男性より高くなっているのが唯一の欠点だろうか。
そして、光が晴れるーー
「ふうっ、この格好はやはり清々しい気分になれるわ」
ピンクだった髪の色は白に。大胆に腹部を露出した服装に、顔立ちとスタイルからなる大人びた雰囲気。声は少し低くなっている。
十数秒前のローリエとは別人としか思えない人物がそこに居た。
「あたしの妖装にはでいだらぼっちが宿ってんだ。だから、って安直に言うのもアレだが……大きくなれる。一応言っとくと、あのちっさい容姿でもあたしは成人済みだよ」
妖怪の力を宿す。それが、妖装の成せる力。
「あれで成人済みなのか……。というか、あの人、確実にSランク妖術士だ」
立っているだけで秘めた強さがにじみ出るローリエ。その姿は、恐ろしくも思えた。
「かかって来い、魔術士とやら。さっさと終わらせてやるよ」
緩急なく放たれた火球。
ローリエは、動じない。
「しょぼいなぁ」
構えられたハルバード。
そしてーーただの一振りで全ての火球を横薙ぎに吹き飛ばした。
ハルバードによる風圧が、弱く鮮音の頬を撫でる。そこまで届く、というだけで威力の強さは一目瞭然。
「知ってるか? でいだらぼっちは人にいいことをしてやった伝承もあるんだ。だから……」
一瞬の沈黙に、その場の全員が息を飲んだ。
「殺しはしないよ」
半殺しだった。
◇
「ふぃー……お仕事終わり。神術士のお嬢さん、大丈夫かい?」
ローリエに手を貸され、鮮音は疲労感に見舞われた身体を立ち上がらせた。
「あ、ありがとうございました。私は大丈夫です」
「礼なんていいよ。これも仕事みたいなものだからね。君のこれも仕事の内かな?」
「いや……私は突然こいつらに襲われて応戦したんです」
「ふむ……じゃあ知らないのかな。さっきね、術士に敵対するよくわからん奴等が日本各地に出てるから気をつけろーっていう通知があったんだよ。詳しい詳細は無いんだけど……こいつらで間違いないだろうね」
会話が途切れ、沈黙が流れる。
「あの……西の妖術士がなんでこんな所に? ここでの案件なら神術士の管轄の筈じゃ?」
西の妖術士、と呼ばれるのには理由がある。神の加護を受けた人間は東に、妖の加護を受けた人間は西に生まれる、というように今の日本は出来ているのだ。
そのため、術士兼警察の管轄する区域なども分かれてくるので、妖術士が東の地域に居ることは中々ないケース。
どうしても、鮮音はそのことが引っかかっていた。
「そんなこと聞いてどうするのさ?」
「いや、ちょっと気になっただけで……」
「それならまあ。別に変なことは無くて、ただそこら辺を散歩してただけだよ。あたし実家がここら辺だからね。そしたら、神術使ってる気配があったから来てみたってわけ」
ある程度の実力を持った術士になると、術を使用している時の気配と、使われた痕を察知することが出来る。
今も、鮮音はローリエの妖術痕を、ローリエは鮮音の神術痕を感じている。
「とりあえず、あたしはもう行くわ。こんなとこで戦闘したのバレたら怒られるかもだからね」
しかし、鮮音にはもう一つ聞きたいことがあった。
「あの、ローリエさんの妖術士ランクは……?」
「Aランクだよー」
言い残して、ローリエは去って行った。
「Aランク……? 確実にSランク級の力を持ってた筈……」
その時、鮮音の携帯が震えた。電話をかけてきたのは、静音。
「……もしも」
『もしもし鮮音!? 大丈夫!? 増援ならすぐにーー』
「もう全部終わったよ。通りすがりの妖術士に助けてもらったんだ。でも、疲れてもうヘトヘトだから迎えに来てくんないか?」
『わかったわ! すぐ行く!』
そこで、電話は切れた。
緊張の糸が解け、鮮音は地面にへたり込んでしまった。
澄んだ青空と、周囲の惨状を見比べてみる。
「……あんまし良い気分じゃないな」
<Tobecontinued>