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神妖クルセイド  作者: いかろす
-神鬼邂逅ノ章-
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二十五章 S

次回予告と内容が変わるのはよくあること

 夕日は既に西の奥。空には月と、わずかばかりの星が散らばる宵の口。

 そんな空模様とは無縁な、神術士本部ビル地下解析室。先ほどまで第二開発室の面々で溢れていた室内には、今ではぽつんと一人だけ。優機である。

 照明はすべて点灯、モニター群は優機の周りのいみいくつか。コンピュータ群はフル稼働。他所員を労基を言い訳に、果てには解析に危険が伴うことを理由に帰して、自分一人のみで研究解析に没頭していた。

 未知の解析という至上のエンターテイメントを独り占めしたいという気持ちはあったが、それだけではない。降り人の件は、まだまだ詮索段階に過ぎず、一歩踏み出せば即機密事項行きの情報が発掘される可能性を多分に有する。ある程度の解析は他職員と共に。そこから先は、限られた人員のみの共有事項としたい。それが、秘李の意志であった。優機からすれば役得である。

 モニターとのにらめっこ。一区切りつけて、優機は大きく伸びを一つ。デスクワークになまった身体が、ぽきぽきと軽快な音を鳴らす。

「ん~……わっかんねー!」

 優機の何気ない一言に、すべては詰まっていた。

「そもそも新しい神とか言ってみたけど、我ながら意味わかんないッス。そりゃ土着信仰の神道、名前も知らないようなそれこそブルーレイのパッケージに宿る付喪神とか……いやブルーレイ生まれてから百年経ってないか」

 カテゴライズ不可能の新たな神。その存在があることを証明すること自体は簡単なのだ。既に神術士内に在るデータベース内の神様の概要データすべてと照らし合わせることで「データにない神」の存在証明は可能である。そして、その作業は既に完了している。

「神の存在証明なんて哲学の分野。ウチが手出すようなことじゃないッス。ウチらの取れるアプローチならやっぱり実験実験。鮮音ちゃんを呼んであれこれやってみるしかないッスねえ」

 神術は、装備と装備者の関係あってこそ探求可能な分野。本人なくしてやれることは、自然と限られる。つまるところ、今日できる作業は終わった。

 夜とはいっても、時刻はまだ七時を回らない頃。夜勤組の配備がそろそろ完了する頃合いだ。明日のため、鮮音への召集要請をかけて、今日は帰参としていきたい優機。

「鮮音ちゃん、ここに来るの?」

 誰とも知れぬ声――即座に振り向く。

 映像でしか確認したことのないその姿。ウェーブがかったボブの銀髪――白髪に限りなく近い――は、整えて来たばかりのよう。鮮音と戦った際とは違い、黒のブラウスの下には黒のプリーツミニが揺れる。

「妖術士の、キズカ……」

「やあ、私が来たよ」

 開け放たれた解析室のドア。そこに居で立つ姿は堂々として、彼女が侵入者であるという事実を忘れさせるほど。優機は未だ身構えることすらできていない。

「解析は順調かな? なにを解析してるんだか知らないけどさ」

「あんたに心配されるほど愚図じゃあないッスよ」

 なんとか言葉を返す優機。その実焦燥が彼女の心を占拠し、いつでも冷や汗は流れる準備オーケー。次に彼女がおかしな言動を見せる頃には、待ったなしで額や背中から流れ落ちる。

「鮮音ちゃん目当てッスか? ここには居ないっスよ」

「あなた目当てって言ったら、驚く?」

「それは光栄ッスね、神装もなく抵抗できないウチを殺しに来たってわけだ」

「なんてのはウ~ソっ。あなたの技術に興味ある人はいそうだけど、それは私じゃあない。私の目当てはそれだよん」

 キズカが指さす先――円柱状の解析機。その上に載る、鮮音の神装。彼女が指し示しているのは、明らかに後者。

 ここでキズカが「鮮音の神装」を持ち出すということ。それがなにを意味するか、わからない優機ではない。しかし、問うておく必要はある。すべてをハッキリさせるためにも、時間を稼ぐためにも。

「鮮音ちゃんのッスか? それは――」

「着装、鬼」

 手っ取り早く済ませようという言外の意思表示。キズカの体に強靭かつ悪の代名詞となる妖怪の力が充填。みなぎると同時、突き出される拳。

 ――やる気満々じゃないッスか!

 冷や汗を流す暇もない。優機はすぐさま右方へ身を投げた。先ほどまで優機の立っていた地の奥、機材群が衝撃で大きく凹み、火花を散らす。

「その技は知ってるッスよ」

 と言いつつも、優機は危険を感じている。やっと、額から流れ落ちる冷や汗。

 彼女が放つ技は、薄霧――妖術粒子の集合体が拳をかたどって放たれる衝撃波。鮮音との対峙の際は、もっと明確な形を持った拳型の靄が形成されていたが、現段階ではわずかにしか散っていなかった。成長したのか、変化したのか。ほぼ不可視の攻撃と言える。

 優機は立ち上がり、鮮音の神装を一振り手に取る。もう一振りは、彼女から遠ざけるべく、解析室の奥へ放り投げた。

 専用神装は、その保持者が持つことで主な機能を発揮するが、他の神術士でも使うこと自体は可能。その代わり、特殊な技能などが、使用不可能となる。

「これで戦えるッス」

「えー、それを盾にするの? やだなあ、ずっこい!」

 盾。攻撃すべく構えたものを、盾。目的のブツを重視し、敵を敵だと思っていない明らかな侮辱。これには優機も怒りを面に滲ますが、いったん深呼吸。相手の目標物を手にしているこちらが有利なことに変わりはない。

 円柱型の解析機を挟み、両者が対峙する。

「どっからでも、かかって来やがれッス」

「んー、しょうがないなぁ。行かせてもらう……ッスよ!」

 ――真似すんな!

 キズカ、宙空へ拳を放つ。揺れるプリーツスカート、彼女の周囲でうごめく霧。迫る衝撃波だが、視認は不可能。優機は大きくサイドステップで、予想される攻撃範囲から離れる。

 刹那、キズカは己が技を猛追するがごとく疾駆。同時に、衝撃波が解析機を破壊。機材の破片を浴びながら、キズカは解析機の残骸を足場に優機の上を大跳躍、きりもみ回転――壁際に着地。

「……なにがしたいんスか」

「それを奪いたいかなッ!」

 狂気的な笑み。瞳に宿る意思は戦意か恐悦か。前へ前へと躍りかかるキズカ、さながら弾丸。優機の間合いに入った瞬間、すぐさま拳を宙空へ打つ。

 ――あの技が来る!

 回避に徹する。鮮音の神装を使用している現状、キズカの技を打ち払える確率は低い。優機は、キズカを中心に大きく弧を描く形に避ける。避け際に一撃加えられれば僥倖。右前方へと飛びすさる。

「ありがと」

 漏れ聞こえた一声が背に這わす悪寒。マズい状況に踏み込んだことを察せられたのは歴戦の勘か。時既に遅し。

 掴まれた。神装を。刃を握るキズカの左手に血が滲む。

「なっ……」

「お疲れ様」

 振り抜かれる拳。あの技は出ないはず。キズカの技は、衝撃波が着弾するまで次弾を打てない。

 拳の周囲を舞い始める粒子。優機の視界で、あざけるように踊り出す。

「な、んで」

「あはは」

 重い一撃が優機の上半身に突き刺さり、吹っ飛ぶ。その手は無力にも神装を放していた。

 機材に衝突、優機は呼気を漏らし、フラつく。神術の力が彼女の身を守っているとはいえ、その一撃は異様に重い。

「フェイントって知ってるかい?」

 迂闊であった。優機が元いた背後、機材群は壊れていない。彼女は技を打ってはいなかった。

「ほら」

 振り抜く。襲い来る衝撃。

「がはっ……」

「まーだだよ」

 次いで一撃。拳の衝撃、背中を機材に打ち付けるダメージ。双方より削られる優機の身体。

「こんなことするつもりなかったんだけど」

 慈悲なき再度の拳。優機は吐血すると共に、体の力がするすると抜けていくのを感じる。そのまま、くずおれ――

「……っ、まだッ!」

 否、未だ立つ。Sランク神術士優機、技術者になれどかつては闘士。そして今も、彼女は闘士として変わらず在る。不退転の決意をその目に宿して。

「目的済ましたから帰るとか、言わねーっスよね?」

「いやー、もう帰」

 突として、解析室の壁が崩れた。そして、優機の右方に、猛スピードで滑空する二本の柱が突き立つ。

「ナメたこと言ってんじゃねーッスよ、ここはウチの城。そこめちゃくちゃにして、これまで持って来させて、タダで済むとでも?」

 二本の柱は、黄金。長さ約六十センチ。それを、優機は片腕に一本ずつ装着する。すると、柱は先細りに変形。先端は漆黒。

 優機のオリジナル神装が一つ。神力によるブレード、ガトリング砲、ビーム砲を内蔵するユーティリティツール。

「わあ、私と違って多芸なやつだね」

「言ってろ」

 優機、疾駆。浅慮な行動に見える突貫。左腕をガトリング砲、右腕をブレード。間合いに踏み込むと同時、ブレードを振り抜く。

「しょーがない、やろっかぁ!」

 キズカの腕が濃い妖力をまとう。それこそが彼女のブレード代わりとなり、彼女の拳を盾にも矛にも変える。

 優機のブレードを左で受け止める――優機のガトリングが火ならぬ神力を噴く。

 キズカは拳を振るい衝撃を放つ。踊る粒子も見えぬ衝撃もすべては妖力。神力ガトリング弾と衝突し、ぶつかり合った力は霧散する。

「神装解放」

「えっ?」

 爆裂する優機の神力。ブレードはその輝きを増してキズカの守りを切り崩し、ガトリングは妖力を湧き出すより速く削り取る。劣勢は刹那の内にこの場から消え去り、対等すらもどこかへ吹き飛んだ。

 神装解放。神装が持つ力と持ち主が持つ力を時間制限付きで最大限に解放する。その上昇度合いは、ランクを一つ上げる程。

 右方を守る妖力の壁を喰らい尽くした瞬間。優機はわずかにバックステップ。両腕をビーム砲に切り替え、チャージなしで即座に発砲。

「んああああああッ!」

 キズカ、咆哮。渾身の横っ飛びでビーム砲を回避。その身が地に転がると同時、解析室の壁に大穴が開いた。

「や、怒らせちゃったな~」

「その通りッスよ」

 ビーム砲の光が、キズカの眼前に広がる。

 優機は両腕をビーム砲に切り替えたものの、撃ったのは左腕のみ。右腕は、射撃準備状態のまま。

 キズカは腕に妖力を集めつつ、体全体をも妖力で守らんとする。腕を突き出し、ビームを受ける――なすべなく吹っ飛ぶ。

 威力は妖力との衝突で大きく霧散。だが、残ったダメージ分は直撃である。解析室の床に、ついに侵入者が転がった。

「ま、マジで。これは予想外」

 弱音を吐いてる内に、優機の銃口は再度キズカに向く。すぐさま立ち上がり、持ち前の移動速度で右へ左へ。狙いを定めさせない。

 ――ならガトリングで。

 だが、キズカが高く、天井付近まで跳躍した。狙い目。憎き鬼めがけビーム砲を撃ち込む。

 笑っている。優機は、宙を舞う鬼の笑みを見た。キズカという存在を媒介としているとはいえ、恐怖という感情の動きへダイレクトに働きかける表情。

「よかったー」

「っ! クソッ!」

 キズカ、中空で身を踊らせ、天井を蹴って落下。既に発射されたビーム砲は、解析室天井――本部ビル一階ロビーの床を穿つ。

 さながら空に開いた大穴。逃げ道を作ってしまったのだ。

 キズカは二振りの刀、鮮音の神装を既に拾い上げている。優機はガトリングをばら撒いて逃げさせまいとする。キズカは縦横無尽に走り回ってギリギリで回避。

 焦燥が優機の脳内を駆け巡る。この状況における対処。それは仲間が駆けつけることだが。

 不意に、ガトリングが途切れた。

 優機は創意工夫でSランクへとのし上がった経緯があり、神力やそれを扱うスタミナは、他のSランク神術士と比較すれば劣る。ましてや、今は神装解放状態。

 エネルギー切れだ。

「やった! それじゃあね、ばいば」

「持ってけ、土産ッスよ」

 優機の神装が腕から外れ、前方へ滑空。あらかじめ充填した神力――優機の神装のみにおいて可能な芸当――が推進力となって飛ぶ様はロケットのごとく。

 片方を避けるも、もう片方がキズカの腹に直撃、推進。ロケットに連れられ、先端に引っかかったキズカは解析室外、地下一階廊下へと吹っ飛ばされる。

「なんだよこれ、もう!」

 神装をはねのけ、キズカは廊下に転がった。優機の神装は壁に突き刺さって沈黙。鮮音の神装は、途中で取り落としていた。解析室ドアのそばに転がっている。

「遅くなって悪かったな」

 突如、男の声。随分上からに感じ、キズカは上を向く。

「こういう時は、大人がしっかりこらしめねえと」

 Sランク神術士、昏人。胸の前で、ガントレットを装着した拳を打ち合わせる。


 〈つづく〉

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