番外章 あなた■■■■歌
路上には、いつでも冷たい風が吹く。寒いわけではない。駅前、人々が織りなす雑踏は、いつでも冷たさを帯びているのだ。
それでも、彼女――響歌の心は、あたたかかった。路上ライブの最中にある緊張は彼女を震えさせるが、もちろん寒気の震えではない。新曲を披露する前の、歓喜の震えである。
――もちょっと長い曲にしたかったけど、恥ずかしくなっちゃったんだよなぁ。
ちらりと向く視線はあれど、人々は足を止めようとしない。だからなんだというのか。いつだって、どんなときだって、歌いたいって、決めたから。
深く息を吸い、吐き出すのは、二酸化炭素と熱いハートで。冷気を熱気にひっくり返す心構えで。
まっさらな裏紙に 何の絵を描こう
なんも思いつかない どこへ行こう
まっさらな道で なにを探そう
見つけた あたしの びっくり箱
あなたのこと 誰が見てる あなたのこと誰も見てる
あたしを連れ出して くれる?
水平線 大気圏 どこまでも越える色が見える
わからない つかめない それでもついてくよ
誰でもない 他でもない あたしの声 聴いてよ
歌い上げるは願い、祈り、そういう言葉が似合うなにか。それにちょっとの経験をブレンドしたもののつもりでも、ちょっとじゃいかないのが詞というもの。ぐちゃぐちゃで、時々気取ったりして、それでも頭をひねって言葉にした大切な歌詞。なんであれ、響歌の歌に変わりはない。
誰に届くかもわからない。誰に届けたいかもわからない。これが届くべき人の元に、いつか届くように。
その時――不思議な色をたたえた瞳。視線が重なる。黒髪の少女。
彼女のあたたかな拍手が、響歌の心に、優しく染み渡る。
〈番外章 あなたに響いた歌〉
〈つづく〉