二十二章 兆候/胎動
人の心には、鬼が住まうという。煩悩や嫉妬が次第に形を変え、鬼へと成り替わる。誰もが鬼を精神に宿しているのだ。
咆哮/破壊/疾駆/遊戯――はちきれんばかりの欲求。
行き過ぎた欲求は抑えねばならない。人間社会は一人一人の妥協が形を成して存在し得るもの。皆が皆欲求を爆発させては、世界の均衡はすぐさま崩れ去る。
動きたい/喋りたい/見たい――普遍的な欲求。
人の心には、鬼が住んでいる。どんな人間も平等に鬼を持つ。形の違う、鬼を。
会いたい/会えない/叶わない――誰かの欲求。
誰の欲求?
◇
「そろそろ出してやった方がいいのかねえ」
そう電話に呟くのは、赤髪を腰まで垂らしたツリ目の女。Sランク妖術師のカリナである。戦闘時には妖装のローラーブレードを履く彼女だが、今は平常時ゆえブーツを履いている。なにを想ってか、眉をハの字に口からはため息。
『そんなに心配ならやめればいいのに』
電話の奥にいるのは、妖術士を束ねる者である千羅。声には気づかいの色がうかがえる。
「心配とかじゃねえけど……ちと早すぎたかな、とは思ってるが」
窓は一切なく、コンクリを敷き詰めただけの壁に囲まれた地下道。頼りない電灯は、カリナの白い肌に薄い光と濃い影を落とす。妖術士が極秘に管理してきた施設の一つである。
ザラついた壁によりかかるカリナ。その横には、見るからに重厚な作りの扉が鎮座している。どのような素材による重厚さかは、カリナも知らない。ただ「妖力を通さない」という事実のみが存在している。
『どう見ても心配してるじゃないの。その気持ちはよくわかるけど、出せる状態か否かは人間の……それこそ感情の判断には寄らない』
「わかってるよ、それくらい」
『あなたにもそういう情があるのね。利用できるものは利用し尽くすタイプだと』
言われて、カリナは扉を――その奥にあるものを、想った。開ける許可は出ている。中に入ることも可能。ただ、中の者への物理的干渉は、許されていない。
「あたしだって人さ。それに」
扉横に設置されたスイッチを押す。微弱な振動が足元を揺らし、重い扉が擦過音と共にスライド。白いばかりの部屋が、姿を現わす。
「キズカだって、たぶん人だ」
正方形の部屋は、四方すべてが白一色。扉の内側も、カリナが開ける前は白いパネルが扉を覆い隠す仕様になっている。その部屋を一言で表すなら、無。
そして、無に大の字で横たわる、一人の女。
「……やあ、カリナ。いつぶりかな。わかんないんだ、時間。わかんない……わかんないんだよ」
「今はなにも考えんな。その方が幾分か楽だ」
どういった類の服か判然としない黒のボロきれと穴だらけのデニムショート。ボサボサの白髪は生気という言葉とすら無縁。傷が目立つ白い肌に割れた爪まで見れば、激しい暴行の被害者としか思えないような惨状と取れる。その腕と足には漆黒の枷。壁の穴と鎖で繋がれており、最早目も当てられない光景がそこには在った。実際、カリナは目を逸らした。
「考えるな? それはちょっと残酷がすぎるんじゃないかなあ」
半笑いの声が、カリナの鼓膜を震わす。
「真っ赤な髪とか黒い服とか、この部屋と比べてカリナは目立ちすぎだ。そんなの見たら、なんか考えちゃうよ。肌綺麗だなあとかさあ」
「……ごめんな、キズカ」
◇
だだっ広い部屋にて、相対する女が二人。鮮音と邁華である。
両者ともに、言外に同じ意志を交わし合っていた。
――どうしてこうなった。
神術士本部内に存在するトレーニングルーム。白い正方形パネルを敷き詰めたようなだけに見えるこの部屋は、様々な状況における情景を映し出しながら戦闘シミュレーションを行えるスグレモノだ。今は平常ゆえ、白と枠線だけが広がっている。
上方は一部がガラス張りで、訓練の観戦、監視が可能。今は響歌と薙姫が、期待の眼ざしで二人を見下ろしている。
「鮮音先輩、その……すみません、突然」
邁華は、低めのトーンで言うと共に頭を下げた。あまりにもガチ謝罪ゆえ、鮮音もなんだか心地が悪い。
「いや、構わないよ。薙姫さんの要請だったし」
こう言ってはいるが、ここに至るまで鮮音たちはかなりドタバタした。
まず、トレーニングルームに行ったことのない二人はその場所を調べるところから始まる。薙姫にリダイヤルして聞こうと試みたが、なぜか電話には出なかった。幸運にもすぐ場所が特定できたので、時間に余裕があると見た二人は朝ごはん――時間的には昼ごはん――作りに移行。ゆったり作って楽しく談笑しながら食べていたら、時計は二時を優に越す時刻を指していた。
そのどったんばったんの一端は、突如予定をブチ込んで来た薙姫にも責任がある。鮮音は邁華の実直な態度を見たので特に気にしてはいないが、響歌はどうやら違うらしい。
「鮮音が勝ちますから」
「邁華は未だ未熟、鮮音には敵わないかもしれません。ですが、わたくしが研いだ刃を甘く見ないように」
「敵を選ぶ鮮音じゃありません」
「ふふ、わずかでも隙を見せればその首、頂いてしまいますわよ?」
剣呑。その二文字以外に当てはまりそうもない雰囲気が、遠方のガラス越しから伝わって来た。
「なんか上、すごいですね」
「ああ、わたし達は近づくべきじゃあないな。邁華、薙姫さんとはいつ仲良く?」
「薙姫さんと、ですか。前の空港戦で一緒に戦ったとき、いや、戦う前かな?」
「ふうん。まだそんなもんか」
鮮音からしてみれば、少し気がかりでもあった。あの薙姫がここまで入れ込む人が現れること自体が意外。それが邁華であることも、これまた意外。
二人が出会ってから、まだ日は浅いよう。しかし、人と人の関係は時間に比例して深まるものではない。
「ちょっと、邁華と戦ってみたくなったかも」
「え、鮮音先輩が、私と。光栄です!」
邁華の背がピンと伸びる。元々姿勢がいいので、やや反っているようにも見えた。
「邁華、リスペクトはいいですが、萎縮してはなりませんよ」
「は、はい、薙姫さん!」
「安心なさい、あなたはわたくしが見込んだ人。存分に、満足いくように、おやりなさいな」
「……はいっ!」
ビビる後輩に、ヤバい先輩から激励がかかる。瞬間、彼女の面構えが変わった。鮮音に対してなんらかの丸い感情を持つことに変わりはない。しかし、苛烈な戦闘意思も有する、戦士の目だ。
――こいつ、こんな顔もできるのか。
鮮音は、ピリリと感じる戦意の波動にグッと拳を握りしめた。
かつては神装に見立てた棒――ビーコンの役割を果たす――を持って訓練を行っていたが、今では個々の神装がインストールされているため、手ブラで問題ない。
「鮮音、先輩の威厳ってやつ見せてあげな!」
上方より、響歌の声がかかる。なにをムキになっているのか、声に熱がこもっていた。
「たりめえよ。ぽっと出にゃ負けてらんねえ。わたしは、ちゃんと勝つよ」
ちゃんと勝つ。勝ち続ける。そして、いつか――
◇
虚無の空間に、沈黙が訪れる。しかし、地下空間に駆け抜けた風の音によってすぐさま破られた。
キズカは寝転がった姿勢から勢いよく上体を起こした。鎖が地面と擦れて冷たい金属音を鳴らす。彼女の惨状とは打って変わって、枷と鎖は新品同様の輝きを放っていた。
「どうして、謝るんだい? カリナはなにか、私に悪いことをしたの?」
ゾっとするほど冷たい視線は、意志の存在を疑いたくなるほどに希薄。見つめ合うことが耐えがたく、カリナはキズカの鼻先を見て喋る。
「いや、具体的になにかしたわけじゃないけどよ。そんな状態見りゃ、誰だって申し訳なくもなる。場に差し向けたのはあたしだし」
「私の力は私がしたいがままに振るった。それを咎めるのは他の誰でもない、私自身のはず。まあ、この鎖はあんまり好きじゃないかな。私がつけたわけじゃないし」
「それをつけるよう指示したのは、あたしだ」
「ふうん。なあに、罪悪感とか感じちゃってるわけ? カリナが?」
自分が表情を曇らせていることも、図星ゆえ答えられないことも、カリナは承知の上で彼女と向き合っていた。向き合う必要があると感じたから。
「うはは、そりゃあ面白い! あのカリナが。私や鮮音ちゃんのなにかしらを利用してなんだかビックなことをやろうとしてんだよね。知ってるよ?」
「なんで知ってんだ」
「知ってるからさ。見え見えだよ」
笑顔を崩さないキズカだが、目は笑っていない。壁はただ白いばかりで、なんの感情も想起させない虚無が広がる。ここにおいて、およそ情と呼ばれるものはキズカのみが占有している。目を逸らすことに意味はない。少なくとも、カリナに限っては。
カリナはゆっくりと、足音を立てて歩み寄る。そして、キズカの前でしゃがみこむ。同じ高さで、視線が交わる。そして、ぼさぼさの白髪を撫で回し始めた。生気のない白髪の中で、カリナのネイルが光を反射して輝く。
「カリナ、いい匂いだ。私の髪はきっとクサい」
「ああ、くせえ。ちゃんと風呂に入れてやんねえとなあ」
ようやく、二人は目を合わせられた。キズカの目に、少しづつ灯りだす熱。カリナの口端に笑みが浮かぶ。
「お前見てるとさ、なんか不憫に思えてきちまったよ」
不思議そうに首を傾げるキズカ。その仕草がどことなく愛らしくて、猫っぽい。
「あたしと同じで親はいねえし、友達もいねえし」
「友達はいるし」
「どーせお前が勝手にそう思ってるだけだよ。そのクセ、めんどくせえ運命に縛られてやがる」
「私はやりたいように生きてる」
「お前の殺戮を見たよ。アレはお前じゃねえ」
「いいや、アレは私だね」
「ハッ、お前がそう思うんならそうかもしんねーが、あたしはそうは思わねえよ」
「……なにが言いたいの?」
本当にわからない、とキズカは表情で告げていた。実際、話者自身もなにを言わんとしているのかハッキリわかっていない。心の中で現れた靄のような感触を、言葉にしているだけなのだ。それを形にするため、カリナは少しばかり考えを巡らせてみることにした。髪はいじり続けている。
「カリナにはしたいことがあるんだろう? 同情なんてしてていいのかい?」
「そうさなぁ。あたしにはやりてえことがある」
「具体的に悪いことはしてないんでしょ? 鎖はつけたけど」
「お前が言う、したいように生きてれば、いずれはするさ」
「ウィンウィンの関係じゃん。なーんにも悪いことはない」
問答によってひも解かれていく事実が、カリナの思考を形にしていく。靄は液体へ変わり、いざ固形へと変貌しようとする。その上で、表出するカリナの想い。
――同情、ってやつなのか。
そうと解釈するほかなく。しかし、相違を感じないわけでもなく。
しかし、今大事なのは、目の前の女とどう向き合うべきかということ。
「お前、帰る場所はあんのか」
「いつも妖術士本部で寝てた。今はここ」
「あたしには……マンションがある。あたし一人には広すぎる、2LDKの部屋がな」
自分の半生を想った。それはカリナの心に暗い炎を灯すにふさわしい時間であった。だからといって、キズカの時間を――彼女が無自覚とて――悲劇としてもよいのか。
――寝覚めが悪いんだよな。
「あたしが、お前の帰る場所になってやるよ」
言ってから、自分の言葉の恥ずかしさを自覚する。
「あたしのとこに帰ってこい」
「やだ」
「はあ?」
「って言いたいけど……いいよ。カリナ、いいシャンプー使ってるみたいだし。美味しいものも食べれそう」
「なんだそりゃ。現金なヤツだ」
「そういう関係でしょ、私らは。それに……今は、ちょっとだけ帰る場所が欲しいなって思うんだ。帰ってこれないかもしれない気がして」
「……? どういう意味だ」
「迎えに来てよ。私の行く道の先へ」
瞬間、彼女を拘束していた鎖が爆ぜた。金属片が飛び散り、衣服と肌がわずかに裂ける。純白の床に、鮮血の赤がしたたり落ちた。その血を、キズカは指でぬぐいとる。
「この匂いのするところに帰って来たいな。でも、たぶん無理だ。よろしくね、私の保護者さん」
そう言って、血のついた指を、口にくわえた。
「キズカ……お前、なにを」
ふふん、と笑って、キズカは足を動かす。歩き出したが最後、カリナではもう追いつけないような気がして。急いで彼女を羽交い絞めにし、強制的に動きを止めた。
「おい、今暴走したらまたここに帰って来ることになるぞ」
「それをなんとかするのが、保護者のお仕事でしょ。じゃあね、いってきます!」
キズカが力をこめて振りほどくと、カリナの体はいともたやすく放り出された。今や虚無に横たわるのはカリナで、キズカは外への一歩を踏み出そうとしている。
「……いってこい」
キズカは強い。物理的にも、精神的にも。そんな彼女を、カリナの言葉で止められるはずがなかった。そうと認識すると、自然と意志と言葉は彼女を送り出していた。その言葉を発射台にして、キズカは風のように去っていった。
カリナは立ち上がって、コンクリの通路に出る。既にキズカの姿はそこにない。
「……シャワーくらい、浴びてきゃいいのに」
ボロ雑巾のような恰好で、彼女は過ぎ去ってしまった。追いかけて呼び止めることは不可能で。ならば、追いかけるほかない。
カリナは一度携帯を取り出したが、なにもせずにしまい込む。拘束部屋の扉を閉じて、外へと向かう通路を進む。ここに来る前よりも、わずかに晴れやかな面持ちで。
◇
設定フィールド、市街地――無機的なコンクリ固めの道路を鮮音が駆ける。両の手では二対の刀が疑似太陽光に当てられて金色に輝く。鮮音の視線は邁華の四肢に向いていた。細やかな動きに対し応対するためである。
鮮音が二刀を構えるのに対し、邁華は一振り。正眼の構えを取り、緊張の面持ちで憧れと対面する。
「行くぞ、邁華!」
「は、はい。どんと来い。です!」
鮮音としても、邁華のリスペクトは認識している。自分がそこまで尊敬される理由はわかっていないが。しかし、無下に扱うわけにもいかない。かといって、油断などしてやる気は、微塵もない。
疾駆をやめ、急ブレーキと共に右の刀をひと振るい。そして、その軌跡に蹴りを入れる。黄金の衝撃波が邁華めがけて直進を開始した。鮮音の扱う神術技、蹴の太刀である。
見越していたとばかりに、邁華がカッと目を見開いて動き出す。構えを解いて、前めがけて走る。そして、跳躍。衝撃波を飛び越えた。
――こいつ、わたしの技を見切ったか。
だが、空中において人は往々にして無力。その隙を突かんと、鮮音は二刀を構えてまっすぐ前へ――
観戦席には、先ほどのトレーニングルームは映っていない。訓練によって中のシチュエーションや環境、壁の位置まで変動するため、訓練の状況を随所に配置したカメラで写した映像を映し出すディスプレイがせり出してくるのだ。
「どっちが勝つと思います?」
「勝った方が勝ちます」
「えっ、ええ……薙姫さん、さっきまで邁華ちゃん推しだったのに」
「ええ、わたくしは確かに邁華を応援しています。ですが、それとこれでは話が別」
戦う二人を見つめる薙姫は、常に唇に笑みを浮かべていた。戦いを楽しむことで有名な薙姫だが、観戦もまた一興、なご様子。
「勝負は時の運。戦に至るまで修練を積んだ者、覚悟を決めてきた者、様々あるでしょう。ですが、瞬間の攻防やそれを取り巻く運が、すべてを左右することだってある。ゆえに、勝負とはどちらが勝つかなど予測不可能」
「でも、ランクが違うとか、あまりにも実力差があるとか、そういう時は?」
「言ったでしょう、予測不可能だと。奴隷だって革命を起こします。雑兵だって将を討ち取ります。そういうことです」
語る薙姫の声色は、いつもよりわずかに高くあった。彼女の笑みに、響歌は一瞬見とれてしまう。戦闘を語らせたら、やはりこの人の右に出る者はいない。
神術士は元来守るための組織であるが、彼女の戦闘哲学はその方向にはない。命がけの死闘の内で交錯する情念。そこにこそ、薙姫の本質はあるのだ。
攻撃は最大の防御。それを体現するかのごとき鮮音の剣閃が舞い踊る。スタミナ切れを気にすることなく集中しているのは、決して無尽蔵の体力や神力を有しているからではなく無我夢中なだけ。
縦横無尽に降りかかる一撃一撃を、邁華はわずかな動作で堅実にはじき返していく。とにかく防御に徹する形だ。相手の攻めが苛烈ゆえ、押し込められているのだと取れる。
――しめた。
左の刀を振るう動作を大げさに見せつつ、左手の刀を変形。鮮音の神装は、刀からガントレットに変形する。徒手格闘に対応することが可能なほか、神力を出力に変換しブースターとして高速移動に使うことも可能なスグレモノだ。
鮮音のフェイントに反応してしまった邁華、思わず舌打ちを漏らしつつ刀を構え直さんとする。
「遅いッ!」
瞬間、邁華の視界範囲から鮮音は消える。左方にブースターを蒸かして高速移動に転じた鮮音は、やや大回りになりながら邁華の背後に回り込むべく滑空。刀は斜め下に構え、切り上げる。
邁華、腰を強くひねって限界まで後方を向き――刃鳴りが空気を斬り散らす。ぶつかりあった刀の間で火花が舞い飛び、力負けした邁華は得物を取り落とした。彼女に攻撃手段はもうない。
軽く地を滑りつつ降り立つ鮮音、上段に構えた刀は対象を袈裟斬りにすべく今にも躍りかからんとする。
刹那、邁華の目の色が変わった。今から攻めに転じる、という意思が爛々と輝く目。その変容を見やるも、勝負の中にある瞬間の事象に反応することは最早不可能。刀は必殺の一撃へ向かい空を走る。
邁華は、振るわれる刀に対し、鮮音の方へ果敢にも飛び込んで掴みかかった。動きを封じられた鮮音に対し、彼女が放つのは、渾身の頭突き。衝突に際して鈍い音が二人の間で交わされ、意識がクラリと揺れる。
ハッキリと戦いを意識しなおしたときには、無惨にも押し倒され、鮮音は抵抗不可能となっていた。
「……頭突きって」
完全に、虚を突かれた。刀での戦いという意識が、鮮音の心持ちにある種の油断を生んでいた。
「これは、わたしの、勝ちですか」
「っ……VRでやってりゃ違ったかもな」
模擬戦は、実は拡張現実で行うこともできる。しかし薙姫の提案で、実際に動き回った方がいいだろうとトレーニングルームを使うことにしたのだ。
息切れ。熱い吐息が両者の間で幾度となく吐き出され、とけあう。戦いの熱が未だ燃え尽きず、くすぶりつづけている証拠。鮮音は心中で、熱を感じていた。もっと強くならねばならないという、高温の欲求。邁華は既に強き戦士であるが、後輩に負けているようではいけない。いずれ、鮮音には決戦の時が来る。それまでに、もっと強くならねば。
「いつまで寝転がっているつもりですか」
薙姫の凛とした声音が通り、温度がグッと下がったような錯覚。なにかを察した邁華が「うわああああすみません」と顔を赤くしながら立ち上がる。そんな彼女に、響歌のキツい視線が向かっていた。
「どうでしたか、邁華は」
そう言って、薙姫は鮮音に手を差し伸べた。勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
「へへっ、保護者かっつーの」
「それも務めているつもりです」
「ゲッ、マジでか……あんたが認めるだけある。気迫だけいっちょまえだ」
「認める、は少し違いましてよ。正しくは、見染める、です」
「どっちでもいいわ」
上体を起こし、薙姫の方へ手を伸ばした、その時。鮮音を頭痛が襲った。ノイズが走ったような、瞬く間の痛覚による叫び。それは、声を成しているようにも感じられて。鮮音自身、なにを感じ取ったのか判然としない不可思議な痛みであった。
「……き…………」
前にも、こんなことはなかったか。否、空港戦の時とは、明らかに違う。
「……来たよ」
呼ばれている。
〈つづく〉
空港ってなんやねんと過去の私に疑問を抱いてしまう
感想が欲しいなという気持ちがありますが、ツイッターの方に匿名投稿フォームが置いてあるので名前バレが嫌ならそちらにでも…お願いね……