■■.五章 宵の光は星に非ず
歩みを止めた物語に未来はない。
未来の可能性は一つの道に収束すべくして在る。
その先の景色に待つは覚醒への導か、荊の運命か。
歩みを止めた物語に未来はない。
走っている。
漏れる切れ切れの息は白くなって漂い、夜気の中に霧散する。途切れ途切れに街灯が照らすだけの住宅街にあっては、全速ダッシュに勤しむ人の姿は異質に感じられた。
冬の寒気の中にあって、彼女――響歌は、カットソーの上にそこらにあった薄手のジャケットを羽織ったのみ。外出してすぐにトレンチコートをひっぱり出してくればよかったと後悔したが、外出の目的が彼女の停滞を許さなかった。
一秒すら惜しい。彼女にそれだけの焦燥を思わせる存在のため、人気のない道をひた走る。
「やだ……いやだよ、鮮音」
つぶやいた名前を心で噛みしめる。今の響歌にとって、失いたくない存在。突如として人生に現れてしまった、大きな大きな存在の名前。
いつもならギターケースと、その中にギター――いくつか種類がある中のどれか――を持ち歩いているのだが、今宵はそれすらない。取るものもとりあえず来たので、家の鍵やらサイフのような必需品入りポーチを提げているのみだ。
――鮮音が、どっかいっちゃう!
テレパシーか。それとも、神力がなにかを伝えてくれたか。はたまた、愛の成せる技か。響歌の脳裏に予感がよぎったのだ。聞こえた瞬間、行かねばならないと、心と身体が告げていた。
泣きそうだった。実際、寒すぎて涙目どころか涙がちょちょぎれつつある現状。もうどれくらい走ったろう。普段から運動慣れしていない響歌は、多くの神術士たちの半分でも動き回れればいい程度のスタミナしか持ち合わせがない。
その証拠に、疲労の末、なにもないところでこけてしまった。盛大に頭から地面にダイブしかけるが、腕で顔面をガード。なんとか顔は死守したが、こんなにも無力な自分が嫌になる。
冷たいコンクリート。吹き付ける冷たい風。先ほどから異様なまでに人気を感じない外気もまた、冷気を生む一助となっている。そこで、やっと違和感を感じ取った。
「……おーい! 誰か!」
声を上げても、まったく反応がなかった。立ち上がってそこらを歩いてみるが、やはり人の姿はない。既に夜の九時は回っているものの、家々の明かりもまったく点いていないというのはいかがなものか。
なにかが、おかしい。
疑惑が思考によぎった瞬間、視界の端に新たな光がチラついた。黄金色に見えたそれは、振り向いた時には消えている。だが、どの辺りに現れたかは、おおよそ見当がつく。
そして、己の中の神力が告げる。あそこに向かえと。
大丈夫だ。そう信じてはいたが、響歌は知っていた。鮮音の心は、様々なものに引きつけられ、縛られ続けていると。たとえ響歌を大切に想っていようと、代えられない存在があると。それでも、彼女に惚れていた。
――鮮音は、あたしを見つけてくれた。今度は、あたしが見つけるんだ。
信じて待つだけが愛ではない。決意を握りしめ、走り出す。
向かう先で、紫の光がまたたいた。
-つづく-