表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神妖クルセイド  作者: いかろす
-神鬼邂逅ノ章-
21/32

十九章 セツユキ領域

 至近距離で睨み合う二人。

 迫力十分な薙姫と、受けに徹するようなセツユキ。この状況に優勢もなにもないーーように思われた。

 薙姫は、自分が数瞬な内に自分が劣勢になりかねないことを察知。

「ファースト、セット」

 後ろへ跳躍と同時に後方の天井へ矢を放った。その矢の軌跡は光のロープとなり、薙姫がそれを掴むとゴムのように縮まり、薙姫はセツユキと大きく距離を取った。

「……近づいたのは間違いですわね」

「よく気づきましたね! 薙姫さんって他の人たちとなにか違う……頑張らないと、やられちゃいそう」

「心配せずとも、あなたが敗北する未来は揺るぎませんわ」

 薙姫が察知したのは、気温だ。

 周囲が凍りついた環境は常に寒い。その中で、セツユキに近づくと気温が更に低下したのを感じたのだ。

 いつでも弓を構えられるようにしつつ、薙姫は周囲を見やる。

「さしずめ、セツユキのテリトリーや独壇場ってところでしょうね。こんな環境なら、接近して心温まる戦いを交わしたいものですわ」

「安心してください。言ってしまえば、どこまでも私の領域ですよっ!」

 セツユキ氷柱を生成し、発射した。

「それはもう見ました」

 退屈そうにして薙姫は弓を引き絞りーー

「見せた覚えはありませんっ」

 あざ笑うように言いながらセツユキは前方へ手を突き出し、次の瞬間、氷柱は砕け散った。

 攻撃手段が攻撃する前に無くなってどうするのか、と薙姫が思ったその時、多量の氷塊と化した氷柱に更なる変化が生じた。

 氷塊が、雪に変化したのだ。

 舞い落ちる雪は視線の先に広がり、狙うべき標的を隠し通す壁となる。

「っ……小癪な」

 雪をかき分けてでも前に出たいが、正体不明の技に触れることはリスクが高すぎる。

 警戒を張り巡らせて不動で待つ。

 今か今かと待ちわびる子供のような心境で、獲物を狩るための牙を研ぎ澄ませるのだ。

「……愚直ですわね」

 直様薙姫は弓を引き絞り、

「インパクトッ!」

 矢を放った。

 何の変哲も無い矢だ。なんの細工も無く、標的を射抜くために前へと進む。

 その矢が、雪の壁に近づくーー刹那、雪の壁は突如現れた巨大な氷塊に突き破られた。

 その巨体からは想像し得ないスピードで迫る氷塊は、衝突すれば交通事故レベルだろう。

 たった一本の矢と、それが対峙すれば、結果は一目瞭然。

 だが、薙姫は笑っていた。

 迫る矢と氷塊。衝突しーー派手に響き渡る破砕音。

「この程度、私の矢は容易く穿ちますわよ?」

 巨大な氷塊を貫き、矢は消失した。

「は……はわわわ。嘘でしょ……?」

 セツユキは口をポカンと開けて、割れた氷塊が消え行く様を見ていた。

「あら、もう怖気ずきました? 無理もないです。渾身の一撃が打ち破られたのですから……」

「えっ? 今のが私の本気だと思ってるんですか?」

 沈黙。

 愉快な戦いを前に、心が躍る。

 その沈黙を破ったのはーー

「薙姫さんっ! 今の音、大丈夫ですか!」

 元気な少女の声だった。

「っ……邁華、タイミングが悪いです」

「に、二対一ですか!? それなら……こうしましょう」

 スケート選手のごとく氷上を滑り、セツユキは薙姫と一気に距離を詰めた。

 矢を放ち止めようとしたが、氷の盾で防がれる。

「やっぱり、宣言しないと出ないんですね」

 セツユキの告げたことは、薙姫の神装の性能を当てていた。

 神装や妖装は、往々にして宣告することでその力を発揮する。

 だが、薙姫の場合は宣告する言葉が他と違うのだ。そこがセツユキの中で一つの懸念材料となったのだろう。

 言ってしまえば、薙姫の神装も他と同じである。ただ、他よりもバリエーションは多いが。

 更に距離を詰めてくるセツユキ。途中、邁華の方へと氷柱を放っておくことで動きも封じていた。

(っ……この距離ではーー)

 確実にセツユキの攻撃を受けることになる。

 運が悪ければ、刺し違えてこちらの命が危ない。

「極限のスリルは最高のエンターテインメント。そうでしょう? セツユキ」

「避けないんですね……こういうのを怖い人って言うのかな」

 矢は放たれた氷柱を潰したが、壊せなかった氷柱が薙姫を狙う。

「抜刀閃ッ!」

 その時、間に入った邁華の一撃が氷柱を弾き飛ばした。

「薙姫さんっ! ちゃんと避けてください!」

「避けなくてもまあなんとかなりますわ」

「今の軌道じゃあ流石に無理がありますよ!」

 なにか言い返そうと思ったが、なんだかんだで事実を言われているので薙姫はなにも言えないのであった。

 よく見れば、邁華は服や腕に氷柱で裂かれたような傷を負っていた。

 邁華は、薙姫を守るために自分の強さを振るったということだ。結果はどうあれ、邁華は自分の強くなる道を確立したということになる。

 ならば、それを利用してやろうと薙姫は考えるのだった。それに、成長の機会を与えるに等しいのだから、成すべきことだろう。

「邁華、私を護衛しなさい。そうすれば、私がセツユキを撃ち抜きます」

「ご、護衛!? 私にそんな大役が務められるかどうか……」

「……邁華ならやれます。それに、元来弓兵は剣や槍を振るう兵より前に出るものではありませんからね」

「薙姫さんにそれ言われても説得力ゼロに等しいんですけど……わかりました。力の限り、やってみせます!」

「よろしい。あなたはそうして強くなればいい。目標を見つけることも良いですが、自分で切り開いてこその強さ。あなたの刀で、断ち切って見せなさい」


 ◇


 護衛。はっきり言って、とても重い任務だ。

 それも、自分より遥かに強いであろう人間を護衛するという謎の状況。それもまた、重荷となっている。

 だが、やるしかないのだ、

 与えられた任務を愚直にこなしてこその神術士。それも出来なければ半人前だ。

 邁華は少し前の自分から殻を破り、既にAランク神術士。憧れの人に追いつくために、半人前のレッテルなど貼られてはならない。

 刀を鞘に戻し、心の刃を研ぐ。


 対して、セツユキは悩むような素振りを見せた後、ため息を一つ。

「その布陣は苦手です……仕方ない。飲み干します」

 可愛らしい見た目からは想像もつかないような鋭い眼光。そして、セツユキの指が空中に円を描き、

「食い荒せ……」

 おどろおどろしく、発された言葉。

 やがて、円の中からそれは現れた。

 鋭い牙が、角が。刺々しい肌が。大口を開けて、それは具現化した。

 氷の龍。

 その迫力に、邁華は震えた。

 引きずるような音を立てながら前へ進む龍。絶対的な死がゆっくりと音を立てて進んで来ているような気がして、純粋な恐怖が心を蝕む。

「邁華! しっかりなさい! あれは作り物。私の矢で……インパクトっ!」

 超威力の矢が邁華の側頭をかすめた。

 それとほぼ同時ーー氷の龍は、首輪を外された凶暴な獣のごとく行動を開始した。

 作り物と思われた氷の龍は生き物のごとく地を這い回り、地を砕きながら薙姫の矢を回避。

 息が切れる。鼓動が高鳴り、冷や汗が流れる。圧倒的な力の前に、邁華にはこれを打ち破るビジョンが見えなかった。

 力にぶつけるべきは力。

 力が無ければ、力に潰される。それをいち早く手に入れる方法はあるにはある。

「……解ほーー」

「待ちなさい邁華。相手は解放していない。こちらが奥の手を使うのは得策ではありません」

「でもっ!」

「こちらは二人。個々ではなく、二人で戦いましょう」

 護衛役の筈だった邁華を押しのけ、インパクトの矢を撃った。

「邁華! あそこを叩いて!」

「はいっ!」

 力強く返事を返して、邁華は超威力の矢と衝突する龍に向かい行く。

 圧倒的な力。しかし、前にも後ろにも自分より強い薙姫が付いてくれている。

「私と薙姫さんの力で! 撃ち抜けェェェッ!」

 一閃。

 そして、大きな神力のバックアップを受けた矢は龍の身体を穿った。

「やった……やりましたよ薙姫さ……」

 言いかけて、邁華の言葉は止まった。

 薙姫の居た場所に、天井を貫く程の氷の柱が立っていた。

 否ーーそれは柱ではない。見覚えがある、刺々しい表面や角のような部位。

 氷の龍が、天井を破って突き刺さっているのだ。

「な、薙姫……さん?」

 今の間に、やられたというのか。呼んでも返事は返ってこない。もう、手遅れなのか。

「そんな……嘘だ……」

 膝をついてしまいそうになる身体を、鞘に収めた刀を杖にして維持する。

 崩れ落ちる身体を耐えさせた代わりに、涙がこぼれ落ちた。

「嘘じゃないですよ」

 振り向き様、邁華は刀を振り抜いた。

 それが幸運し、放たれていた氷柱を一つ弾くことに成功。

 だが、一本の氷柱が邁華の腹に突き刺さった。

 激痛が走り、身体は膝から崩れ落ちる。

「はわわ……結構ショックだったみたいですね。でも、自業自得です。解放してないなんて決めつけるからですよ。こんなデッカい技を連発なんて、解放してなきゃ無理です。さて、続きを……って、もう動けないですか?」

 セツユキが円を描き、その中心から氷の龍が顔を覗かせた。

 動かない邁華への完全なオーバーキルだ。

 動かないかどうかは、邁華次第だが。


「神装……解放!」


 抜刀斬りが龍を上顎から叩き斬ろうと衝突する。劣勢を吹き飛ばす勢いで龍と邁華は最大限を振るって押し合う。

 その中で、邁華は自分の限界を察した。このままでは、自分は終わると。

 力が足りないから、ここでは負けてしまうだろう。だが、力が無ければ頭を使うしかない。

 邁華はあえて刀から手を放し、龍の側面へと身を投げた。そして、刀の代わりに手に掴んだ物は、刀の鞘。

 邁華の戦い方は鞘も要する。そのため、鞘にも神力が行き交うように作られており、これのみ扱っての戦闘も不可能ではないのだ。

 ましてや、今の邁華は神装解放状態。いくらメインでない鞘でさえ、戦闘能力は平常通りの頃程にはある。

「面白いですね侍さん! でも、侍の時代はとっくに凍りついてますよっ!」

 セツユキの作り出した氷柱の雨が邁華に降り注ぐ。

 それを、見た。

 降り注ぐ一つ一つの氷柱の中で、セツユキの元へと駆ける自分に干渉する二本の氷柱だけを補足しーー鞘で切り上げて軌道を上へ。もう一本は側面を叩き軌道を横へ。

 道は開けた。

「お前の解放はこの程度かっ! 雪女!」

「っ……そんなこと!」

 既に邁華はセツユキの懐まであと数歩にまで迫っていた。

 セツユキは棒状の氷を生成。徐々に形が整えられていくそれは剣のような形に変わりーー刹那、邁華の渾身の一振りが放たれた。

 まだ形もはっきりしない氷の武器でセツユキはそれを受け止めるが、瞬時に邁華はセツユキの腕に蹴りを入れた。

 それをまともに受けたセツユキは氷の武器を地面に落とし、素手の状態に。

 そこから先は、邁華の独壇場と化した。

 鞘を振るい、徒手空拳の応酬がセツユキに向かっていっては避けられる。しかし、セツユキの動きを完全に邁華に釘付けに出来ていた。

 神術や妖術は自らの意思で発動するもの。故に、絶え間無く攻撃を叩き込み、攻めることより避けることを優先させて短期決着へと持ち込むつもりだ。

 だが、Aランクを越える術士は甘くない。

 不意に、邁華は自らの動きが鈍るのを感じた。それに、振り抜こうとした鞘が動かない。

 右腕と足元を見やり、邁華は絶句した。戦慄した。

 腕程の太さの氷の柱が立ち、その先端は邁華の持つ鞘を取り込んで凍りついている。同時に、邁華の足や上半身の一部もまた、凍りついていた。

「い、いつの間に……」

「私の領域でしか戦えない。お侍さんも中々ナンセンスです。終わりにしましょう」

 終わりを覚悟した。敗北の重さが身体に、心にのしかかる。押し潰されそうだ。

 それでもなにかーーと、邁華は顔を上げた瞬間、セツユキは身体を投げるようにして元居た場所から退避した。

 刹那、邁華の耳元を駆け抜けて行く光の矢。

 連続して放たれる矢をセツユキはサイドステップで回避していくが、最後の一本が急に軌道を変え、対応が遅れたセツユキの腕に突き刺さった。

「な、なんで……」

「なんで? そんな疑問を持つのはおかしいですわ。まあそれは置いておいて……中々涼しかったです。夏にはピッタリのアトラクションだと思いますわ」

 聞き慣れた声が、邁華の安堵を強制的に呼び寄せた。

「薙姫さんっ……良かっ、た……」

 その時、朦朧とする邁華の意識。

 意思で跳ね飛ばしていた痛みが蘇り、腹を刺されていたことを思い出す。

「邁華!? 邁ーー」

 薙姫の言葉は途切れーー暗点。


<Tobecontinued>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ