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神妖クルセイド  作者: いかろす
-神鬼邂逅ノ章-
20/32

十八章 殺意の行き先

「……お前に私のなにがわかる」

 鮮音は険しい表情で問いた。

 鮮音は今、猛烈に血を煮えたぎらせている。その対象は、フィメルともう一人ーー自分自身にだ。

 そもそもフィメルが居なければこんな事態にはならなかった。怒りの矛先が向くのは当然のことだ。

 そして、鮮音がなぜ自分に怒りを覚えるのか。それは、戦闘前の昏人の言葉が一つの要因だ。


『個人的な悩みは今だけ切り捨てろ。今はそういう時間だ。自分の命拾うだけの余裕じゃなくて、仲間の命拾う余裕も心に持たせとけ』


 余裕は持っていた。しかし、意味を履き違えていながらも余裕を持ち過ぎたのだ。

 自分の力量で自分を守り切り、その上で生まれる幾分かの余りとなる力量を仲間のために費やせという意味。

 しかし、鮮音が綾と分かれるときに持った余裕は、油断から生まれていたもの。

 限界まで警戒して、効率など考えずに、全員が無事かつ確実に進める形でいればこんなことにはなっていなかっただろう。

 結果論だ。しかし、憤りを感じずにはいられない。

「わからないよ。ボクにはなにもわからない。だから、ボクは鮮音ちゃんをわかりたい! そして、可愛い鮮音ちゃんに可愛いボクのことをわかってほしい!」

「わかられたくもねえし、わかりたくもねえ!」

 駆け出した鮮音。フィメルと距離を詰め、剣戟のごとく化け物と衝突させては弾け合う。

 出来る限り足を動かして、フィメルの防御範囲に回られないように斬撃を叩き込むが、フィメルは両手両足から化け物を出せるようで、等しく防がれてしまう。

「……なんで攻撃してこない」

「鮮音ちゃんが間髪いれずに激しく攻めてくるからだよ。それともなに? 鮮音ちゃんは攻められる方がお好きかな?」

 答えることはせず、鮮音はひたすらに攻め続ける。

 しかし、戦いの中で鮮音は感じていた。

 自分は、このフィメルという女にほんの少しだけ劣っていると。

 現に、衝突の際の弾かれが鮮音の方が大きいのだ。

 それに気づいたときには、鮮音の身体は大きく仰け反ってしまっていた。そして、そこに食いかかる巨大な口。

「C、変換!」

 腕甲を変換し両手に刀を装備。素早く構え直し、迫る大口の上顎と下顎を刀で押さえた。

「っ……重いっ!」

「刀も食べちゃおうか……?」

 告げられた言葉に呼応して、力が重くのしかかる。鮮音の腕力では限界があり、このままではせっかく直してもらった刀をまた壊されてしまう。

「……食えるもんなら食ってみろ、気持ち悪いかわい子ぶり女に食われる程私は弱くねえよ」

 精一杯強がってはみたが、怒ったフィメルによって顎の力を強められるなんてことがあれば不味いことになる。

 なにをやってるんだーーと、後悔の念が過った刹那、刀にかかる重みが消えた。

「……?」

 疑問に思い顔を上げると、フィメルは鮮音に不思議そうな表情を向けていた。なにを言ってるんだ、と言わんばかりの表情だ。

「……なに言ってるのさ、ボクは男だよ?」

「…………はっ?」

 なにが起きているのか、鮮音の理解は追いつきそうになかった。戦いの場での対応力は大切だが、こんな状況に対面して驚かずにいられる人が居るなら見てみたいものだ。

「ちゃんと付いてるよ? 見る?」

 そう言って、フィメルはワンピースの裾をたくし上げようとーー

「や、やめろ! 斬るぞ!」

「ふふっ、冗談だよ。それに、斬れるものなら斬ってみな〜ってね」

 どこからどこまで冗談なんだかわかったものではない。

 だが、その後の言葉は冗談だと言わせてやらねばならない。このままでは埒があかないだろう。

「……神装、解放する」

 刹那、神装は展開した。

 元来光を発する鮮音の刀。その光が更に眩く、濃いものへと変化。腕を伝わって刀に神力が伝わり、戦いへ臨む鮮音の身体とリンクする。

 この瞬間から、刀と鮮音は一対。獲物を屠る一振りの刃と化す。

「凄い……これが、解放」

 自分の中にある神力の奔流が身体のどこでも感じられる。誰より見知った自分の力の筈なのに、それには紛れもない強い力があると肌で実感出来た。

「解放するの? じゃあボクも……と言いたいところだけど、ボクのは解放もどきだ。本当に解放すると、理性が無くなっちゃうからね。それこそ、貴重な鮮音ちゃんの初めてを奪っちゃうかもしれない」

「御託はいいッ!」

 一気に距離を詰めにいく鮮音。

 同時に、フィメルは両手を前に突き出した。

「んっ……んぅ……出る、出るぅ……」

 艶っぽい喘ぎと共に、フィメルの両手に漆黒の化け物が現れた。

 鮮音の刀は二本。フィメルの化け物は二つ。これで力量は五分。あとは、時の運次第とも言える。

 振るわれ続ける強靭な力。刀は次第に化け物の肌に傷を負わせるが、状況は五分から動かない。

 振るわれるのではなく、振るうのだ。刀の力に付いていくでも、寄り沿うでもなく、自分で御する。刀と一対になったとて、敵を断ち切るのは己の意思。

 己の中にある神力を御して、繋がろうとしてくる力に抗うようにして従える。


 ーー抗わないで。


「えっ?」

 聞き覚えのない声だ。この戦闘の最中で、はっきりと聞こえた呼びかけ。

 綾でも、自分でもない。ましてやフィメルでもない、女性の声。

 一体誰の声なのかーーと、疑問を覚えたその時、異様な気配を鮮音は察知した。

 その気配は次第に近づき、それにフィメルも気づいたらしく、二人は距離を取った。

 その間を、一迅の風が吹き荒ぶ。

「まさかこれ……ヨイカゼちゃん?」

 声を上げたフィメルが向いた方向に鮮音も視線を向ける。

 すると、そこには異様に長いストレートヘアの少女がポツンと立っていた。

 どこかふわふわしたような少女は、風が吹いていないにもかかわらずその長い髪をなびかせている。

「てったい、する」

 少女は、ぼそりと呟いた。

「撤退……嘘でしょ!? せっかく鮮音ちゃんに会えたのに!」

「ごちゃごちゃ、いわない」

「……わかったよ」

 不本意ながら、という体でフィメルは場を立ち去ろうとする。

「まっ……」

 待て、と呼び止めようとしたが、鮮音は言い切らなかった。

 二対一かつ解放状態での戦闘をある程度行っている現在の状況を踏まえれば、フィメルたちとの戦闘が起こるかもしれない状況は回避すべきだ。

 言いかけた鮮音の声を聞いてか、フィメルは踵を返した。

「じゃーね鮮音ちゃん、また会おう。今度会う時には……薄汚れるくらい濃く、絡み合いたいね♪」

 その笑みに、人は勘違いするのだろう。

 彼は、なんとも可愛らしい彼女なのだろうと。


 ◇


「C、抜刀閃ッ!」

 刀を鞘に収めたまま、邁華は魔術士たちの元へ一気に前進。

 刹那、鞘から金色の光が漏れ出すと同時に邁華の刀が空間ごと叩き斬るような一撃を放った。

 抜刀術。

 それに意味があるかないか、ということは議論の対象になったりしているが、邁華の技には関係ない。鞘の中で充填された力を込めた一閃を放つのが、抜刀閃なのだから。

「ふぅっ……とりあえず外はこれで片付いーー」

「邁華、私たちは地下二階に向かいます。あなたは地下一階の方をお願いしますね」

 ひと段落つくより先に、薙姫の言葉が割り込んできた。

 魔術士との戦闘からまだ三十秒も経っていないのに、薙姫は迅速な行動を始めていた。

 邁華もそれに付いて行こうとするが、そこで戦闘前の薙姫の言葉を思い出した。


『自分の世界を理解して、その世界で強くなる方法を探してみれば、きっと答えは見つかりますわ』


 無理して人に付いて行くだけで強くなれるわけでもなければ、それが成功に繋がるとも限らない。

 そもそも、薙姫の強さに自分は付いていけないと自覚したばかりなのだ。

 邁華は薙姫の戦いぶりを見て、辿り着けない境地を見た。

 本来中距離か遠距離での戦闘を強いられる弓だが、薙姫はそんな常識を軽く覆す。

 中距離なら矢で確実に射抜いてみせ、近距離戦になれば矢を使って刺したり斬ったりと、状況に応じて戦い方を分ける。しかも、どの動きも相当なものだ。

 しかし、その程度なら出来なくもない。薙姫の違いはここからだ。

 彼女は、近距離戦でも弓を撃つ。

 わざわざ敵の懐に潜り込んでその身体を穿つ。

 そしてーー戦いの最中、彼女は必ず笑顔を見せる。まるで、その空間と時間に惚れ込んでいるような、誰の前にも見せない笑顔を。

 今回は自分なりの行動を、と決めて、邁華たちはゆっくりと行動を開始した。


 そして、地下一階に到着。

 はっきり言って、そこは異常な空間。

 今の季節は夏だ。しかし、この空間は冬景色ーーそれも、相当な極寒の地でなければ見られないような光景が広がっている。

 凍りついた床や壁面に、要所で天井から下がる氷柱。

「綺麗だ……でも、微妙に妖術の気配……?」

 はっきりとはわからないが、このフロア全体に妖術の気配を感じるような気がするのだ。断定出来ないのは、まだ邁華が邁華の実力の程を把握出来ていないから。

 そして、地下一階の調査を進めていく。しかしーー敵の気配はおろか、この空間以上に怪しいものはなにもなかった。

「薙姫さんに合流しようかな……」

 そう思い、隊員たちを集めるために動き出そうとした矢先だった。


「ぐああぁぁーーーー」


 悲鳴。しかし、すぐにかき消された。

「なんだッ!?」

 駆けつけた邁華が見たものは、更に異様なものだった。

 邁華の倍は優にある体躯。柱のように太い腕に脚。そして、雪のように白い肌。

 雪のよう、ではない。それは、雪で形成された存在だ。

「……雪男、だっていうのか?」

 巨大な雪男は邁華たちを見やり、身体を捻って拳を構えた。

「なにかくる!」

 見たところ、放ってくるのはパンチの類。今の邁華たちの位置なら優に避けられるだろう。

 振るわれた拳が迫りーー地を打つ。

 瞬間、雪の塊が拳から大量に飛び出した。ランダムな軌道で飛ぶ雪は邁華や隊員たちを打ち、地面と足を凍らせたように接着させた。

「う、動けないっ! これ、普通の雪じゃないぞ!」

 邁華は雪めがけて刀を一振り。すると、雪は崩れて邁華は行動可能に。しかし、他の隊員たちは雪を壊せずにもがいていた。

「ということは……術の類で作られた人口の雪!」

 ご名答、という返事代りのごとく雪男のパンチが邁華に放たれる。

 早急に刀で防ぐ。常識的な雪なら刀と触れ合えば簡単に斬れるはずだが、雪男の身体を形成する雪には深くも浅くもない傷を与える程度だった。

 動かない者たちのためにも、邁華は一人で戦うことを強いられる。しかし、斬れなくはない、というだけでも希望が持てたのは事実だ。

 勝ちに行く。その一心で、邁華は刀を鞘に収めた。

「ここで勝たなきゃ強くなれない! C、抜刀閃ッ!」


 ◇


「こんな所で人に会うなんて、思いも寄りませんでしたわ。この寒いのはあなたがやったのでしょう?」

 白髪おさげで、妙に厚着の少女と、薙姫は地下二階で対面していた。

「はわわっ! もう来ちゃったんですか……いかにも、これは私がやりましたとも」

「へえっ……綺麗ですね。もっと色々見てみたいものですわ」

「言われなくても、見せますよ!」

 少女が手を突き出した、次の瞬間。少女の手のひらから氷の刃が飛び出した。

 矢のごとく滑空するそれを、薙姫は軽く避けて見せた。そして、

「私をナメてますの?」

 怒りの混ざった声音で告げた。

 その態度になのか、びくりと身体を跳ね上がらせた少女だったが、すぐに顔つきが険しいものに変わる。

「そう、ですね……ナメてかかったら失礼ですよね。やりましょう」

 少女が息を吐き、その空間を薄く延ばすように空を撫でた。

「いきますよ……」

 そして、生成された氷柱。その矛先が、少女の目線ーー薙姫を見る目線と重なる。

「終わりです」

 まるで勝利を確信したような言葉。

 少女の殺意を乗せた氷柱が薙姫に向けて発射された。

 そんな殺意を向けられても、薙姫は動じない。

 手に持った弓を構え、もう片方の手には神力で形成する矢を三本生成。

「フェイズ、セカンド」

 番号だけでも認識されるというのに、余計な言葉まで交えて薙姫が告げたのは、放つ矢の調整をする要素の番号。

「セット」

 目視で軌道を設定。

 それを乗せて今、放たれた。

 凍る空気を穿ち、矢は真っ直ぐに進む。どこまでも愚直に、なんの影響も受けずーー否、薙姫からの干渉は嫌でも受ける。受けねばならない。

 にやりと笑って、薙姫は氷柱が飛んで来ていることに構わず駆け出した。

 刹那、矢は突然軌道を変更。氷柱を的確に三つ打ち壊した。

 そして、壊された氷柱のあった位置に薙姫は身体を投げ出すようにして入り込み、容易く氷柱群を回避。

 少女が氷で盾のようなものを生成すると同時に薙姫は片手に矢を生成。それを、少女の盾に叩きつけた。

 戦いの最中、薙姫は笑う。

 その行動から、言葉から、視線から、殺意を溢れさせて、笑う。

 少女が氷柱に乗せたものとは比べものにならない殺意の視線と殺意の笑顔が、少女に向けられていた。

「そういえば、名前を聞いていませんでしたね。私は薙姫です」

「……私は、セツユキ」

「セツユキ。可愛らしい名ですね……殺してしまうのが惜しいくらいに」


<Tobecontinued>

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