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神妖クルセイド  作者: いかろす
-神鬼邂逅ノ章-
2/32

一章 火の雨が降った日

 7月6日、午後2時30分


 何の変哲もない、真昼間である。

 雲一つ無い晴天は人々の心を様々な方向へ傾かせ、行動を促進させたりさせなかったりしている。

 そんな中、人の動きの絶えない都会から少し離れた住宅街を、二人の女性ーーと称するには少し幼いーーが歩いていた。

 一人は、清楚さの塊のような長い黒の髪を揺らして、整わない足取りそのままに歩いている。

 見た目と行動がはっきりとバラついていて、天は二物を与えないという言葉が似合ってしまう。

 もう一人は、その隣を毅然とした態度で歩いている。青みがかった髪を横で束ね、ツインテールにしている。ツインテールが風に揺れ、ついでに歩くたびにそこそこ大きな胸が揺れる。

 キリッとした顔立ちはクールな印象を持たせ、見た目に関しての欠点は一切無い。

「……なんで今から学校なんだよ。中途半端ってのは一番ダメなことだと思うんだが、学生にはそれを教えるべきだと思わないか? エリートの静音(しずね)さんや」

 黒髪の学徒がこぼすようにぼやいた。

 彼女の発言にあるように、二人は学生である。華の女子高生だ。

 しかし、服装は統一されているものの、学校の制服と称するには少し奇抜すぎるデザイン。

 それが彼女らの通う高校の制服だ、という漠然とした事実があるのなら納得なのだが、本当の事情は違う。

 彼女らは学生にして、ある役職に就いている。この服装は、その役職の者の中でも優秀な者が身につける服だ。

 その役職とはーー

「しょうがないでしょう、決まりなんだから。でも……そうやってぼやいときながら学校には行く辺り、変なとこ真面目なのよね。こういうの真面目系クズって言うのかしら? だから鮮音(あざね)は神術士のランクも上がらないのよ」

 鮮音、と呼ばれた黒髪少女は自分のぼやきが痛いところを突く要因となってしまい、押し黙ってしまった。

 神術士。

 それが、彼女らの就く役職。現在の日本だけでは留まらず、世界でも有名な役職である。

「鮮音はもう少しやる気をだせば私に並べるのに……もっと頑張ってみようとは思わないの?」

「いやだね。学園のホープみたいな扱いをされるなんてまっぴらごめんだ。学生初のSランク神術士様とこうして肩を並べて登校出来たら、私はそれでいいよ」

 静音は鮮音の物言いに呆れ、ため息を一つ。

「ったくもう……Aランク止りにしていい才能じゃないなんて言われながらそんなこと言ってられるのは地球どこ探してもあなただけね」

「いやいや、私みたいな奴は世の中にたーっくさん居るって。静音みたいなカタブツのが逆に希少……いてっ。なにすんだ」

 静音は鮮音の額にデコピンをくれてやり、そっぽを向いた。

「……鮮音と一緒なら、私ももっとやりやすいのに」

「えぇ? やだよ、なんで静音が楽するために私が苦労しなきゃいけないんだ。その理論はSランク神術士様が立てていいような立派なもんじゃないよ?」

 二人の間にわずかな亀裂が出来始める。

 しかし、これはいつものことだ。数分も経てば自然と元に戻る。

 だが、それ以外にいつもとは違うことが起きていた。そんなに大層なことではないのだが。

 今鮮音たちが歩いている道はとにかく人通りが少ない。二人は寮の位置の関係上そこを歩くのだが、今日は珍しく、都会風味な格好の男がバイクで走って来ている。

 そんなこと、二人は気にせず歩くのだがーーすれ違いざまの刹那、男は無防備な静音の持つカバンを持ち去って行った。

「……あれ、ひったくりか。珍しいこともあるものね」

「ん? 私がとっちめてやろうか?」

 臨戦体制になる鮮音を抑えて、静音は右手の人差し指を天に向けた。

「出なさい、ビット」

 一言、呟くと静音の服のどこからか、六角形の機器的な浮遊物が現れた。

「対象ロック、Cコード、束ね縛り」

 抑揚の無い、機械的な声音。

 同時に、六角形の機器は躍動を始める。空中を滑空し、男の数メートル手前で中心から緑色の光を発射。

 まるでレーザーのようなそれはひったくりの男を追いーー数センチとまで迫った瞬間、光は束ねた糸を解いたようにバラけた。

 バラけた光は男を追い越しーーまた束ねた糸になろうとするかのように収束。

 男の体は縛られ、身動きは不可能。そのまま地面に叩きつけられた。

「術士に対してなんの準備も無く行動を起こすなんて、馬鹿に程があるわね」

 簡易的な捕縛用術、束ね縛り。

 これは、神術と呼ばれるものだ。

 神の力を神装と呼ばれる装備を通して使用することが出来る力。

 深く語ればこの国の歴史まで語らねばならないのでーー割愛。

「さて……こいつ、どうすんの?」

「どうでもいい。早く登校しましょう」

 ひったくり犯は捨て置き、二人はまた歩き出した。

 余談だがーー神術士は警察組織の役割も果たしている。逮捕も可能だ。

「いいのか静音? あんなんでも犯罪者、其れ相応のことはするべきなんじゃ?」

「やっぱり変なところが真面目。私がいいと思ったんだから、別にいいでしょう? なにか文句ある?」

 文句のしようがないわけで、この話題はここで終わった。

「にしても、こんな道でひったくりなんてな。今日はなんかあるかもわからんね」

「ちょっとやめてよ……今日の私、星座占いが最下位だったんだから」

「あれ? 静音ってそういう占いの類みたいなの気にするような(たち)だっけ?」

「失礼ね、私だって華の女子高生よ。あなたみたいな男勝りとは違って、いつもガールズトークに花咲かせたりしてるんだから」

 強気な態度を見せつける静音に、鮮音は感心するような態度を見せた。

「へえ……。まあ私も今日は気まぐれで星座占い見たんだけど、たしか最下位だったかな。頭上に注意とか書いてあったような……」

 その言葉に、静音は苦悶の表情を見せた。

「は? 私が最下位なんだから、あなたが最下位なわけないじゃない」

 それは、純粋無垢だから出来る質問だろうか。

 彼女の疑問に答えねばならない。現実を叩きつけてやらねば、と鮮音は決意。

「……知らないのか? 見るチャンネルによって占いの結果なんて違うんだぜ?」

「……? それってどういう……」

「だから、そんなの馬鹿正直に信じてたら人生やってけないって……」

 鮮音の言葉はまだ続く筈なのだがーーそこで途切れた。

 鮮音と静音の視界で、流星のように落ちる赤い光が瞬いたのだ。

「……今の、なんだ?」

「さあ? 地面にはなにも落ちてないし……雨、とかじゃないみたいだけど」

 二人は視線を右へ左へと投げる。すると、所々に先程と同じ光が瞬きながら降り出していた。

 どう見ても、それは雨だ。

 赤く光る雨などあるわけがないがーーそれは、確実に上から降って来ている。

 おそるおそる二人は頭上へ目を向ける。

 するとーー雲一つ無い青空から、二人をすっぽり覆い尽くす程の巨大な火球が視界を塞いだ。

「あっ……これ死んだわ」

 星座占いを馬鹿にしていた鮮音は後悔することになる。頭上注意の一言を信じておけば、これからも波乱万丈の人生が待っていたかと思うとーー

「こんなとこで死を覚悟するな! Cコード、三結の障壁!」

 静音の一声で六角形の機器ーービットが三つ起動。

 どこからともなく現れたそれは円軌道を描き空を舞う。そして、鮮音たちの頭上で三角形を描くように配置され、頂点に配置されたビットは緑の障壁を作り出した。

 衝突する炎と障壁。緑の光と赤の光は舞い散りながら混ざり合い、まるで花火のような火花の雨を降らす。

 やがて炎は風と共に消え、絶対防御の障壁だけがそこに残った。

「ふいー……死ぬかと思った。てか私だけだったら死んでたね。嫌々で登校してたら死亡なんて最悪にも程がある。ありがと静音」

「私だって守らなかったら死んでたんだけど……まあ礼は貰っとくわ。この借りはいつか返してもらうとして……」

「じゃあ今返すよ」

 突如として放たれた鮮音の言葉の意味は、静音にははっきりと伝わらなかった。

 しかし、そんなことはお構いなしに鮮音は行動を開始する。

 鮮音は持っていたカバンの中に両手を突っ込み、

「Cコード、着装」

 と、一言。

 すると、カバンの中から機械的な音が鳴り、同時に鮮音はカバンを投げ捨てた。カバンは軽い音を立てて地面に落下。

「あんた、それしか持って来てないの? 勉強道具は?」

 静音が「それ」と称したのは、鮮音の拳から肘までの前腕を覆う、金色の腕甲。

 これは、神装と呼ばれる物。武器としての機能と同時に、神の力を扱うための条件や工程をカットする、という代物。

「そんな物、借りればなんとかなるよ。それより、今は現状の打開が最優先だ」

 鮮音の言う現状の意味が理解出来ず、唖然とする静音。

 それを余所に、鮮音は大きく跳躍。

「ちょっと鮮音! なにしてんの!」

「わかんないの? ならそこで待ってて」

 跳躍と同時に、腕甲からなる推進力で空を飛翔し、民家の屋根の上に着地した。

 これは、神装に元から刻まれている神術を扱った飛翔の術。神術を扱う者は空中での行動が出来るようになっているのだがーー説明は割愛。

 高くなった地面での景色を眺めながら、一息。そして、見据える先に優然と佇むいかにもチンピラ風味の男。

「さっきの炎はお前か? なんだあれは。神術とは思えないし……妖術の類か。妖術士が何故私たち神術士を狙う?」

 妖術士。

 それは神術と対になる妖術を扱う者たちのこと。

「おっと嬢ちゃん、早とちりはしないでもらいたい。俺が妖術士だなんてまだ一言も言ってないぜ? それにーー」

「Cコード、変換」

 Cコード、というのは工程をショートカットする、ということの略語。

 鮮音の言葉と同時に、右腕に装着された腕甲が変形。

 明らかに質量保存を無視しているのだがーー腕甲は、刃以外が機械的かつ金色の、日本刀へと変形した。

「……俺が話してんだろ、空気読めやクソガキィ!」

 見た目通り、と言うべきか。この程度のことで怒りを見せたチンピラ男は顔に青筋を立てて腕を前にかざした。

「死んどけ!」

 暴言が撒き散らされたーー瞬間、男の手から巨大な火球が轟と音を立てて放たれた。

 触れた物を全て焼き払わんとするそれは、比較的華奢な鮮音をいとも簡単に消し飛ばすだろう。

 しかし、それを前にした鮮音は、いたって冷静。

「よく見たら、見掛け倒しの弱そうな術だ。こんなもんなら……」

 鮮音は剣を構えた。

 炎と鮮音の間は数瞬で縮まり、身体を包む外気の高まりと同時に、空気がぴんと張り詰める。

 瞬間、剣先のように鋭くなる鮮音の眼光。

「斬るのは、容易い」

 一閃。

 金色の剣閃が、巨大な炎を斬り散らした。

「なっ……俺の炎が」

「この程度の力で余裕持ってんなら、も少し認識を改めるべきだな」

 腕甲の推進力で鮮音の身体は一瞬にして男の懐へ。

 首元へ刃を突きつけた。また、大きく見開いた両の眼も一つの刃として、男へ突きつけられる。

「なんつー目してやがんだこのガキ……何人か殺ってそうな目だなオイ」

「無駄なことは喋らなくていい。事情を全部吐けば命くらいは助けてやれるよ」

「はっ……テメーみてえなガキが殺しなんて」

 刹那、男の肩を金色の刀が裂いた。

 血に染まる刀と、変わらない剣先のような態度が鮮音という存在を限りなく大きくさせる。

「ゴチャゴチャうるさいんだよ……早くしてくれ。私は早く静音のとこに戻んなきゃいけねーんだ」

 世界が沈黙する。その場の空気すら圧倒する神術士の存在に、男は(ひざまず)くことしか出来なかった。

「わ、わかった……全部話す…………わけねえだろ」

 男が余裕の笑みを見せたと同時に、背後からの殺気を鮮音は感じた。

 視線を後方へ投げると、今飛んで来ましたと言わんばかりの姿勢で炎に包まれた腕を振るう男がそこに居た。

「じゃあなクソガキ! 大人を舐めんじゃね……え?」

 チンピラ男が全て言い終わる前に、男の胸から腹にかけてに刀傷が刻み込まれていた。

 一方鮮音は、左の拳で飛んで来た男の拳と正面衝突。同時に、表情はなにかに悩むような仕草を見せている。

「うーん……明らかに下のランクなのに神術じゃ中々打ち消せない。やっぱり妖術とは違うのか……」

 男の腕が纏う炎は、そこにある見えない術の壁に阻まれ、その進行を防がれている。

「くっ……う、うおぉお!」

 男は情けない声を上げながら、もう一方の拳を突き出した。

「あっ、もういいよ。どうせなにも喋らないんでしょ?」

 剣閃が男の身体をなぞった。

「一応浅く斬ったけど、死んじゃったらごめん。でもまあ、殺人未遂で死刑ってことで」

 吐き捨てるように言って、鮮音は踵を返した。

 その時、

「鮮音! ヤバイわ!」

 声を荒げて、静音が登って来た。

「ん? どうした?」

「変な力を使う奴がたくさん来た!」

 必死に訴える静音。

 その背後を、高速で高温の炎が天へ向かって通り過ぎていった。


<Tobecontinued>

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