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神妖クルセイド  作者: いかろす
-神鬼邂逅ノ章-
15/32

十三章 口減らしの厄災

「ーーてなわけで、妖術士は確実に、なにか仕掛けてくる……と思う」

 薙姫による情報を告げた後、秘李は露骨に嫌そうな顔を見せた。

「……っとに、めんどくさいわよねー」

 そして、流れる沈黙。

「……あのー、秘李さん。話はそれだけッスか?」

「まあ、だいたいね。あんた達実力者に気を引き締めさせるために呼んだようなもんだし」

 その言葉に、昏人が「おいおい」とツッコミを入れた。なにか不満があるようだ。

「そんなよくわかりもしねえ案件に首突っ込まなきゃなんえのに、めんどくせえなーなんて言葉で送り出すのはどうかと思うぜ? 思いやりがねえから良縁にも恵まれーー」

「うっさい! わかったわよなんか言うわよ! …………皆さ、厄災バランスのことは知ってるよね」

 厄災バランス。神の力と妖怪の力によって保たれる世界の均衡ーーだが、確証の無いデータがあるのみで存在の有無は明確にはなっていない。現状では、あるとされているが。

「つまりさ、ここに居る全員の命は世界を背負ってるも同然かもしれないわけよ」

 スケールが大きすぎる。それに、存在の有無の不明もあり、それを重荷としてはっきりと感じることはなかった。それは鮮音だけかもしれないが。

「人死にが出てる案件……それに、狙われるのは神術士。ならーー世界を守るために、生き残りなさい。以上!」

 先ほどまで気だるそうにしてた女の口から飛び出した言葉は、神術士一同を様々な形で奮い立たせた。

 この集まりはここで解散、ということになったのだが、

「鮮音、ちょっと残って」

 呼び止められ、鮮音は秘李の元へ。

「鮮音さ……なんか雰囲気変わったわね」

「そうですか? 私からしたら変わったつもりないんですけど」

 鮮音をじっと見据える秘李だが、やがて怪しむような視線はかき消えた。

「まあいっか。じゃあ鮮音、引っ越してもらっていい?」

 急な申し出に「はっ?」と返事を返してしまった。それにしても、本当に急すぎる話である。

「一人だけ本部より少し遠いでしょ? だからさ、ここまでパッと来れるようにしてもらいたいわけ」

「今でも十分近いと思いますけど……?」

「まあいいじゃん! それを望んでる人も居るからさ!」

 半ば強引に押し切られ、鮮音の転居が急遽決まってしまった。

 その家を見て来いということで、部屋を出ようとした鮮音。しかし、思考に引っかかる事柄が鮮音の足を止めた。

「秘李さん……今日、狼銀さんは来てないんですね」

 その言葉を聞いた瞬間、秘李は目を見開き、顔を逸らした。

 なにか気まずい状態であることが、明け透けだ。問いただしてくれと言ってるようなものである。

「なにか、あったんですか」

「いや、狼銀は薙姫に着いて行ってるよ」

 それならばここに居ないのも頷ける。

 納得した鮮音は、会議室を後にした。


「ここが新しい私の家か……」

 見た目はただのマンション。中身もただのマンションだろう。比較的新しい建物で、部屋の一つ一つも中々大きいようだ。

 指定された部屋を目指して歩き、その部屋の扉の前へ到着ーーしたが、違和感が警鐘を告げる。

 窓の格子にかけられた、可愛らしいピンクの傘。

 それは、この部屋に人が住んでいる証拠に他ならない。ならば、秘李の指定した部屋は間違っているということになる。

 この場に居たところで解決は望めない事案に、その場を離れようとする鮮音。

「そこで合ってるよ、鮮音」

 しかし、聞き覚えのある声が鮮音の歩もうとする意思を奪い去った。

「……響歌! なんでここに」

「そこ、あたしの家だから」

 響歌が指さした先は、窓の格子に傘がかけられた部屋。

 わけがわからず、鮮音は頭を抱えるが、それを解消する解答はすぐに飛んで来た。

「秘李さんに言われた。あたしたち、今日から一緒に住めってさ!」


 ◇


 神術士の重要なメンツの招集から時間が経ちーーと言っても長い時間では無いが、その、翌朝。

 自宅のベッドで、秘李は清々しいとは言いにくい起床を迎えた。

 何故そんな起床をしなければならなかったかというと、それは招集の時に鮮音に言った言葉にある。

 自分の発言に、後ろ髪を引かれているのだ。


『いや、狼銀は薙姫に着いて行ってるよ』


 咄嗟に出てしまった、というより出してしまった返答。吐いてはならない嘘の塊。

 狼銀は、現在行方不明となっている。

 任務に出かけ、それからあの元気そうな姿を誰一人として見た者は居ない。

 嘘はいけないこと。当たり前だ。

 しかし、人は生きていく都合上『やさしい嘘』を吐かなければならないもの。

 今回鮮音に配慮し、やさしい嘘を与えたのにはちゃんとした理由がある。

 それは、静音の存在だ。

 静音という大切な存在を無くし、それでも復旧へと向かいつつある鮮音の心。強い女の子だと秘李は思う。

 だが、そこに、恩のある人間の悪い知らせーー不確定ではあるが、それが心に突き刺されば、どうなるだろう。

 確実な予測は出来ない。秘李は鮮音ではないのだから。

 それでも、わかりきったことは一つ。その心は、まだ治り切ってない傷口を抉られるだろう。

 咄嗟だったため、焦りが顔に出てしまっていたと思う。それでも、あの時の自分はよくやってくれた。

 褒めてやりたいーーと思うし、それが終わったらビンタをお見舞いしてやりたい。

 ヘビのようにとぐろを巻く思いにいつまでも腰を据えて取り掛かるわけにはいかない。今日も秘李には仕事があるのだ。

 朝の仕度を雑に済ませて、適当に用意した朝食を貪る。

 なにも音が無いのが寂しいので、テレビを点けた。流れ出したのはニュース番組だが、すぐには目を向けず、パンにジャムを塗り始める。

『妖術士の皆さんになにがあったんでしょうか……現場からは以上です』

 緊張感を煽る雰囲気の声で、リポーターはそう告げた。思わず手に持っていたものを皿の上へ落としてしまいながら、秘李は視線を画面の方へ。

 すると、一瞬見えたのは秘李程ではない美人のリポーターと、背景に見慣れた妖術士本部。そして、画面は見慣れたニュースキャスターたちの映るスタジオへ。

 まさか、動き出したというのだろうか。

 早すぎやしないか。

 焦燥感は秘李をテレビの画面へと向かわせた。食い入るような勢いで見つめる。

 報道される事実が、秘李を更に焦られる。

「嘘でしょ……そんな、千羅……なにがしたいってのよあんたは!」

 テーブルを殴りつけてしまった手は硬く握り締められ、震えている。

 ニュースが告げたことをまとめると、こうだ。

 妖術士が働くのに必要な妖装。それが、全職員の半分未満を残して破壊されていた。破壊された形跡の無いものは、行方不明だという。

 そして、千羅を含む妖術士上層部の失踪。Bランク以下の者も幾分か失踪しているとのこと。

 慎重に、まずは狙いを見極めることが重要だ。

 失踪の件に関しては、潜伏と考えるのが妥当だろう。少なくとも、それぐらいしなければならないことを千羅たちは成そうとしているーーと考える他ない。

 だが、妖装破壊の件は?

 これをしたところで、人が減り、戦力が減るのみだ。損ばかりの筈である。

 築き上げてきた妖術士という銘柄。その上層になるまでを支えた者を切り捨て、根元を支える人も消えたとなれば、妖術士という巨大な組織は崩れ去ったも同然。

「妖装の破壊……それってもう強制的解雇じゃない。少なからず日本全体に影響が出るわね。それにーー」

 その先に言おうとしたことが、正解かもしれない。

 厄災バランス。それは、神術士と妖術士の均衡が保たれることで安定を得る。

「これじゃあ厄災バランスが崩れる……?」

 ここまで来れば秘李が一人悩んでどうこう出来る話ではない。

 妖術士になれる道具が無ければ、妖術士と称される人間は減る。

 天秤に載るものが減れば、片方へ天秤は傾く。

 傾いた天秤を戻すにはーー

「こっちも、人員削減が必要になるってこと……?」

 厄災バランスの存在は確定ではないものの、データが無いわけではない。

 しかし、削減がすぐに可能でないことは、秘李自身よく把握している。

 今現在、魔術士が立て籠もっている空港は機能をストップされ、神術士が汎用提携神装のビットを扱って作り出した結界によって囲われている。それは制圧が終わっていない二つの空港双方共に。

 そこには多くの人員が割かれている。

 すぐさま制圧してしまえばよい話ではあるのだが、どこぞの術士の職務怠慢で、少しばかり神術士側への負担が増えつつあった。それに、抑止出来ているならば少しばかり放置していても問題ないと思っていたのだ。

 ここで人員が減れば、様々な案件へ人を回せなくなる。そうなれば、脅威とも思えない魔術士が脅威たりうる存在になりかねない。

 それに、職に就きたくても就けない状態にどうにか余裕を作ることが出来ていたのも術士の存在ありきだったのだ。

 山積みの面倒事。

 秘李の手腕で成せる事ではないにしてもーー導かねばならない。上に立つ者として。

 空港制圧は、もう数日か数週置いての予定だったのだが、そうも言ってられないようだ。

「……ったく、めんどくさいわねー」

 朝食をさっと済ませ、パジャマを脱ぎ捨て普段着に着替える。大雑把に物をカバンに詰め、玄関の前に。

「……いってきます」

 誰に告げるもわからないその一言で、秘李は表情を、姿勢を、切り替えた。


 ◇


 なんとも寝覚めの悪い朝だ。

 鮮音は、響歌の家ーーもとい、鮮音の家になる場所で、一夜を過ごした。

 なにかと鮮音にひっつきたがる響歌を押しのけ、鮮音は一人リビングのソファで寝たはずだった。

 しかし、起きたらベッドで寝ており、横には下着姿の響歌が満足そうによだれを垂らして眠っている。

 秘李は、今の鮮音の心境を考慮して二人で暮らすことにしたのだという。それに、ここなら本部に近いという利点もあるそうで。

 なにをしようにも思い付かず、寝起きのふわふわした気分を持て余していたその時、ふと目に入った小さな箱。

 昨日、優機に渡された物だ。

 今なら開けてもいいだろうーーということで、淡い緊張を持ちながら、その箱を開いた。

 中に入っていたのは、二つのストラップ。紛れもなく鮮音の持ち物であり、片方は静音にプレゼントする筈だった。

 緊張は簡単に解け、同時に気分は重苦しくなっていく。目には涙が滲む。

 何故、運命というのはこうも残酷なのだろう。これは、鮮音が見なきゃいけないものだったのか。

 こぼれた涙。打ちのめされそうになる。泣き叫べばスッキリするだろうか。それでもーー

「大丈夫? なにかあたしに出来ること、あるかな」

 背中に優しく触れた温もり。響歌が、鮮音を優しく抱きしめたのだ。

「なあ響歌……なんで、こんなことになっちゃったんだろうな」

「うーん……それは、あたしじゃわかんないや。神様はなにをしてくれるかわかんないもんね」

 薄情な神だ。数少ない希望を摘み取ってしまえば、もうそこには何も残らない。

「だからさ、あたしが鮮音についてるよ」

「……えっ?」

「鮮音があたしの歌を褒めてくれたとき、あたしの心は幸せな気持ちでいっぱいになったの。だから、今度はあたしが鮮音の心を幸せにしてあげるってこと」

 摘み取られた場所に、また新しいなにかがあるなら話は別だ。しかし、鮮音の心に出来たスキマは、広く深い。

「……だから、私は響歌と一緒に住むわけか」

「まあ、そうなんだけど……理由はそれだけじゃなかったりしたりして……」

 響歌は突然頬を赤らめ、鮮音と肩を並べて座り、腕を組み始めた。しかし、顔は鮮音から逸らしてしまっている。

「……色々聞いたよ、鮮音のこと。その上で、ってわけでもない気がするんだけど、その……あたしさ、鮮音に惚れちゃってるみたいなのよ」

 正に青天の霹靂。悲しみの気持ちをどこかへ吹っ飛んでいきそうな勢いだ。

「な……そ、それは……でも、私は女だぞ?」

「人を好きになるのに性別なんて関係ないと思うよ、あたしは。それにさ、あたしの中で不定形だったお姫様像と王子様像に鮮音がぴったりはまっちゃったみたいなの」

 朝からされていいカミングアウトではない。やっと回り始めた鮮音の思考はフル回転を強いられ、どう処理していいんだかわからなくなってきてしまっていた。

 まっすぐに鮮音を見つめる響歌の瞳。これまで見てきたときよりも輝いて見える響歌の姿。それに応えないわけにもいかずーー

「ま、前向きに検討させてくれ」

「……ごめん、こんなこと言っちゃって。困るよね」

 そう言って、響歌は腕組みを解いた。なんだか、その温もりが離れてしまうことが嫌だと感じてしまう。

 自然と、鮮音は響歌を後ろから抱き締めていた。

 自分でもその行動には驚いている。けれど、そうしていると心が落ち着く。

「いや、困るとかは無い。むしろ……嬉しいよ。だけど、その……上手く言葉にならないんだが……」

「じゃあ、イエスかノーで答えられる?」

「……まだ、無理だ」

「もうその態度が返答みたいなもの……っていうのは言わない方がいい?」

「……わからない」

「そっか。じゃあさ、もう少しだけ、このままでいてほしいかな」


 それを機に、二人の仲が急激に縮まったのは当然のこと。

 その日のお昼頃のことである。

「ねえ鮮音、急なんだけどさ、明日はお出かけしない?」

「いいけど、どこに?」

 響歌はガッツポーズと共に嬉しそうな顔を見せた。そのときの響歌は、何故だかこれまでの何倍も可愛い。

「あたしたちの行きたい所に決まってるよ。言うなれば、デートだからねぇ」

「で、デート!? 私たちはまだ前向きに検討ってだけで……」

「後ろから抱き締めてくれたのに、まだそんなこと言ってんのぉ? 鮮音くんは色恋初経験か! まああたしが初経験なんだけどね」

「私も初めて……だと、思う。でもお出かけとデートじゃ話が違うだろ! 私はまだーー」

 その時、響歌の携帯が鳴った。電話の相手は秘李。会話の途中であっても無視するわけにはいかない。

「はいもしもしー。……えっ、本当ですか!? それって急すぎるんじゃ……テレビですか? …………はい、はい……わかりました」

 電話を終えると、響歌は肩をがっくりと落とした。

「どうしたんだ?」

「……明日、空港制圧大規模戦を急遽行うことになった。今回は鮮音に出向いてもらう、だってさ」

 そう言いながら、響歌はテレビの電源を点けた。

 流れ出したのはニュース番組。深刻そうに語られている話題の焦点は、妖術士だった。


<tobecontinued>

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