十二章 お嬢様のお話
薙姫は、とても行動的かつ戦闘も嫌がらずむしろ好むようなSランク神術士である。とても優秀。しかし、褒められはしない一面も持っている。
そんな薙姫を、神術士側は職場として、大いに受け入れている。
しかし、薙姫のやっていることは、その親族たちから受け入れられていないのだ。
美麗な容姿や、○○ですわ、という口調。
それと必ずしも結びつくわけではないがーー良家のお嬢様、というイメージが少しは浮かんでもおかしくはない。
現に、それは事実なのだから。
裕福な家庭からは、品行方正な子が出来上がるのがセオリーだ。しかし、優秀な人間を求められるが故、過酷な日々に追われて道を踏み外す場合もある。
薙姫は、それらの例を軽く吹き飛ばすハイブリッド系お嬢様だ。
礼儀を弁えた態度や口調。場面に応じては品行方正なお嬢様なのだがーー彼女の中には、勇ましさという太く屈強な柱が心を支えている。綺麗な外面は、使用頻度の高い仮面でしかないのだ。
その本性は、戦国の武士を彷彿とさせる屈強さ。
その性分は戦いの中にも色濃く表れているのだが、それはまた別の話。
「では、参りましょうか。戦場に」
緊張感を際立たせる一言。しかし、薙姫には一切の緊張は見えない。
今回話が行われるのは、妖術士本部内の応接室。薙姫は、既にその扉の前に辿り着いていた。
「別に、お付きの者はいりませんわ。ここで待機していてください」
着いてきていたBランク神術士たちを軽くあしらい、扉を開けて応接室へ。
中へと踏み込んだ瞬間、漂う芳醇な香り。こういった場にある、ぴんと張り詰めたような空気感は一切無い。
「こんにちは……いや、おはようございますかしら。薙姫さん……だったかしら。今日はよろしくお願いします」
凛とした態度で佇む女性。日本に居るならば、少なくともほとんどの民はその存在をよく知っている。
妖術士の上に立つ者、千羅。
にこやかな笑顔で、彼女は薙姫を迎えた。
「お初にお目にかかります。神術士の薙姫と申します。今回は、急な申し出にお答えいただきありがとうございました……と言いたいところなのですが、こちらとしてはさすがに無理があると思うのですが」
「無理がある……というと?」
「わざわざ、こんな短い時間に予定を詰め込むようなことをする必要は無いと思うのです。もう少し、じっくりお話したいとは思いません?」
それを聞くと、千羅は肩を竦めて見せた。そして、表情が暗いものへと変わる。
「それは……申し訳ないと思ってます。私も忙しい身、そちらとのお話の機会を作ることはこれ以降難しくなってしまうので」
「これ以降……そうでしたか。なら、早く話を始めましょう」
吐き捨てるように言って、薙姫は千羅の向かいのソファに腰を下ろした。
すると、部屋に入ったときよりも強い香りが鼻孔をくすぐった。それは、テーブルの上に用意された紅茶によるもの。
「……いただいても?」
笑顔で頷き、千羅は同意を示した。
笑みを浮かべながらカップを手に取り、薙姫はまず紅茶の香りを味わう。
一瞬顔を引きつらせたようにも見えるが、それは錯覚とも取れる一瞬。薙姫は紅茶を一口飲み、カップを置いた。
「良い茶葉を使われているのですね」
「わかりますか。それ、私のお気に入りですよ」
一見してみれば、優雅な談笑である。しかし、次の一言で全てがひっくり返る。
「良い茶葉……でも、単刀直入に言わせてもらいますわ。これはとても不味い」
ぴしゃり、と言い放った。
その言葉を聞いた途端、千羅は楽しそうに笑い出した。
「その紅茶、なにか問題でもあったかしら?」
「ここの、なにを隠してるんだかわからない淀んだ空気が混ざってしまっていますわ。もう少し配慮しては?」
「ふふっ……中々面白いお客様を招いてしまったみたいね」
「お言葉ですが、私客としてここに来ているつもりはありませんわ。戦場に放り出されたと思って、今もここに居ます」
「へえ……私あなたのこと気に入ったわ! あなた、妖術士にならない?」
「秘匿主義は嫌いです。それに、こんな所に居たら私まで淀んでしまいますから。謹んで、お断りさせていただきます」
両者の交わす笑顔の裏に秘められた本音は、その場に居てもわからないだろう。
ただ、両者共に臨戦体制である、ということは確かだ。それも、言葉の戦いである。
「こんな話をしている暇はありませんわね。本題に入りましょう。まず質問から……あなた、なにがしたいんですか?」
「随分とアバウトな質問ね……なんて答えればいいのかしら」
千羅は悩むような素振りを見せた。しかし、やる気は感じられない。
「失礼、答えを急ぎすぎました。えっと……そう、妖術士ちゃんと働いてもらえますか?」
千羅は未だ悩むような素振りを続けていた。先ほどまでの凛とした態度はそこにはなく、茶目っ気すら感じられる。
「こちらとしてはちゃんとやってるつもりなんだけど……」
すると、「それなら」と言い薙姫はカバンから端末を取り出して見せた。
「早急に対応すべき魔術士の案件。それによっての被害報告と解決数を神術士が管理する東と妖術士が管理する西側に分けて見たデータです。西での被害報告と解決数が明らかに東より少ないですわね。解決数に至っては東の0.4倍。さて、これは職務怠慢でなければなにになるんでしょう?」
爽やかな笑顔を向ける薙姫を余所に、千羅は端末に映るデータを興味深そうに見つめだした。
「……偽造データ、とかだったら面白いと思うんだけれど」
「残念ながら、私国防長官殿と面識がありまして」
「あー……あの人ね。真面目な人だし、それはないでしょう」
そして、暫しの沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、千羅だ。
「……私としては、よくやれていると思うんだけれど」
先程も聞いた言葉だ。最早、言い訳にしか聞こえないその言葉を流してしまおうかと思ったが、話に一区切り付けるためになにか言っておこうとは思った。
しかし、この話題を続けても、これ以上実りは無いと判断。それ以上に、問い詰めなければならないことが今はある。むしろ、これからが本当の本題である。
「私としては、じゃあダメなんです。あなたの裁量で決めていい案件では無いんですから……今後は、ちゃんとしてくださいね」
「……善処するわ」
善処する、という言葉に了承の意味は無い。
その言葉を千羅が発したということに、意味はある筈ーーだが、万が一ということも考えられる。
あえて、このまま話を続けることにした。
「では、本題の本題に……入りましょう。そうしましょう。また質問をしても?」
どうぞどうぞ、と千羅は促した。
「魔術士が攻め込んできた同日の空港征圧のとき、レイという妖術士が暴れ回った話、ありますよね。そこで、あの犯行の根幹としてあなたが関わっていたりとか、あります?」
「……ある、と言ったら?」
「現行犯逮捕、ですかね」
その言葉に、千羅は難色を示したようで、返答を渋っているようにも見えた。
しかし、にこやかに笑って告げるのはーー
「まあ、一応関係ないと言っておこうかしらね」
不確実にもほどがある返答。薙姫の裁量なら現行犯逮捕待ったなしである。
先程から、千羅はいちいち癪に障るような言い方をする。怪しさをばら撒きすぎていて、逆に怪しいことなどなにないのではないかという錯覚すらある。
しかし、証拠はまだ提示し終えたわけではない。
「なら、報告にあったレイが任務だからと言ってうちの神術士と戦闘に臨んだ件はどうなるんでしょう」
「任務……か。でも、まだ私を疑うの? 私はちゃんと白を切って……じゃない、身の潔白を証明したわけなんだから、妖術士の中で私の知らない謀反があったと考えるのが妥当じゃないかしら」
なんと白々しいことか。それとも抜けているというのか単なるアホなのか。
怪しげな態度をとっているかと思えば、今度は白を切るという堂々としたでまかせを示す言葉を出してきた。
薙姫の中で疑いの意識が濃くなったり薄くなったりと忙しい。平喘と笑っている千羅にも煽られている気がしてならない。
これ以上上げる証拠も無ければ、言及の余地もない。このままでは不毛なお話会に終わってしまう。
「……話題、変えましょうか」
しかし、次の話題では、なにがなんでも言及してもらわなければならないことがある。
「私たちの間にあるいざこざに関してはこれが最後です……けど、これが一番面倒になりそうですわね」
憂いを帯びた表情をちらつかせ、一息。そして、鋭い眼光を浴びせた瞬間ーー
「キズカのことかしら?」
正答が飛んで来た。
心のうちを見透かされたような気がするが、薙姫は動じない。むしろ、微笑を浮かべている。
「よくわかりましたね。それ程に、問題児ということですか」
「まあ、問題児といえば問題児ね……でもかわいい愛娘よ」
「娘……? 血縁関係があるのですか」
「いいえ、娘だと思って可愛がってるだけよ」
「その娘さん、どんな教育を受けたんでしょう。まともなら、殺しなんて『仕事』はしないと思いますよ? 親の顔が見てみたいですわね。それとも、親が殺しを教育してる……なんて」
「私なんかで教育出来るたまじゃないわ! だってあの子、快楽殺人者だもの」
その言葉を聞いた刹那、落ち着き払った態度だった薙姫は膝を進めた。
そして、荒事とは無縁としか思えない手のひらが掴むのは千羅の胸ぐら。千羅はその勢いで立ち上がり、薙姫との距離を縮めた。
それでもなお、千羅は余裕ある態度を崩さない。
対する薙姫は、はっきりとした感情を感じさせないクールな表情を見せる。
しかし、千羅には見えていた。その瞳の奥に、表情の裏側に座する鬼の形相を。静かに、彼女は怒りを燃えたぎらせているという事実を。
「そんな者を組織下に置いておくことが問題でないとお思いで?」
「正しく管理出来るのなら、有用な駒になるわ」
「管理出来てない現状があるから、私は憤りを隠せません」
「私からすれば、正しく管理出来てるつもりよ」
「冗談は止しましょう。私、これでも真面目な話をしているつもりです。それに、友人を殺されています」
「それに関しては、謝っても謝り切れないと思ってるわ」
「だから謝らないと? こんな人間が組織を総括してるなんて、世も末ですわね!」
その侮蔑は、千羅を笑わせた。楽しむように見せる先ほどまでとの笑いとは違う、なにかを内包する笑い。
「……あなた、なにがしたいんですか」
「最初の質問に戻ったみたいね。それ、最後の質問ということでよろしい?」
「総じてあなた次第です」
言うと、薙姫は千羅の胸ぐらから手を放した。
「……神術は世界の癌でしかない、と言えばわかるかしら」
それに対して、薙姫は鼻で笑って見せた。
「それは神も妖怪も世界の癌、の間違いではなくて?」
「言えてるわね……でも、拠り所は一つでいいと思わない?」
「拠り所が二つだから成り立っているんでしょう。」
魔術士の侵攻があるまで、術士の存在はそれほど重要視されてはいなかった。かといって、無くてもいい存在では無いのだが。
神と妖怪が同じ土俵に立つことは、様々ある伝記と見比べてもおかしな話である。しかし、それがあり得、かつ双方がバランスを取り合っているのだ。
厄災バランス、というものがこの世に存在すると言われている。
日本を中心に、神の力と妖怪の力の勢力がある程度均一であるか、そうでないかによって世界に降りかかる厄災の数や規模に変動が起こるというものだ。
そのバランス調整のため、という理由も共にして作られた組織が神術士と妖術士。その居場所として、警察組織という役割が当てはめられている。
そして、魔術士という存在は一般人では対処に困る。術士が動く必要があるのだ。
期間限定で、術士は立場を大きく飛躍させている。それにも、程度があるが。
「んー……まあ、私たちのやりたいことはもうだいたいわかったでしょう?」
「一切わかりませんわ。ふざけてますの?」
「じゃあ行動で示すから、それを待っててくれると助かるわ」
そう言って立ち上がり、千羅は部屋を出て行こうとする。
「私の猿芝居でよく怒らなかったわね」
「怒りたくて仕方がありませんし、どこへ行くつもりですの? 話はまだ終わっていませんわ」
背を向ける千羅に向けられる矢。
薙姫が構えるは、金色の弓。そして、引き絞られるは淡く金色に輝く光の矢。
これが、薙姫の個提携神装。
「いいの、そんなことして? 今のあなた、首に刀突きつけられてるのと同じよ?」
「その程度のことで、私の矢は揺らぎません」
言葉の通り、揺らがぬ闘志を瞳に燃やし、引き絞った矢がーー
「フェイズ、ダウン」
その一声を火蓋に、放たれた。
「着装…………」
一撃。
千羅の放った正体不明の攻撃に矢は消し飛んだ。
「あなた、とても面白かったわ! 沈めてしまうのが惜しいくらいよ」
「私たちを沈める……どういう意味で?」
「どう受け取るかはあなたの自由よ」
そう言い残して、千羅は部屋を後にした。
残された薙姫はというとーー渋い顔でソファにへたり込んでいた。
「……あのまま戦闘になったら、私の命は無かったでしょうね」
しかし、薙姫の中には、千羅への恐怖はほぼ無い。あるのは、はっきりとした有力な情報も得られずこの話し合いを終わらせてしまったことへの後悔。
結局は、流れるままに事は動くというのを、千羅が証明すれば、今回の薙姫の行動は無意味ということになる。
深いため息を漏らし、薙姫が取り出したのは携帯電話。録音でもしておけば、ということが悔やまれるが、今は秘李への報告が先だ。
「もしもし。……ええ、終わりましたわ。有力な情報は得られませんでした。でも……妖術士が、近いうちに動き出すようです」
<Tobecontinued>
正直今回の話は出来栄えに自信が無いです……