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神妖クルセイド  作者: いかろす
-神鬼邂逅ノ章-
13/32

番外章 狼と鬼

 某年、某日ーー

 秋も深まり、高い空や紅葉が目立つ日々。

 そんな中で、紅葉を楽しみたいというような性格でもない彼女は、今日も仕事に励む。

 とは言っても、今日の仕事は楽しい仕事になりそうである。

 彼女の名は、狼銀。槍を扱う、優秀なSランク神術士である。

 この日はいつも出勤する神術士本部などでは無く、その近辺の『新しく出来た施設』に直接赴いていた。

 待つのがそれほど好きではない狼銀は、柱に寄りかかって、秋の風を浴びながら大きなあくびを一つ。

 涙を目に滲ませながら、寝癖の目立つ白髪頭をかきむしり、ため息。

「はぁっ……なんであたしは今日も待機してんだ?」

 疑問を抱きながらも、狼銀は持て余した暇をなんとか埋めようと記憶を掘り起こす。

 そうしてみると、考えなければならないことが見つかった。

 最近、狼銀は新米神術士ーーそれも将来有望なーーを教育する立場にある。名を鮮音という。

 剣の腕と身体能力はまだ足りない。そこはもちろん大事ではあるのだが、神力を扱う素質はあるのだ。

 色々と問題はある奴だが、指導しているとなんだか楽しい。

 次はなにを教え込んでやるかと考えるのも少しばかり楽しいわけで、それを今考えようと思うわけだがーー

「……まだかね」

 現状が気になって、気が散ってしまう。

 狼銀は、待ち合わせの時間に五分遅れて来た。しかし、到着してから五分ほど待っている。

 つくづく面倒に見舞われる自分に呆れていると、

「ごめんなさい狼銀さん! 呼んだのはこっちなのに!」

 名を呼ばれ、そちらを向くとーー超大物が居た。

「なっ……千羅さん!?」

 千羅は、妖術士のお偉いさんだ。今日呼ばれたのは秘李からの通達なのだが、来たのは千羅。

「秘李からはどこまで聞いてる?」

 その発言で、矛盾は全て解けた。

「いや、ここに来てくれーってことしか聞いてないよ。今日はなにを?」

「それはねー……」


 ◇


 神装や妖装を扱った実戦訓練というのは、なんだかんだで危険が多く伴う。細心の注意を払って臨まなければならない。

「そこで、これが開発されたわけよ!」

 千羅が示した場は、一見すればただの広い部屋。くすんだ白の壁に、黒い線が数え切れないほど通っている。それだけである。

 部屋の外から中の様子が見えるようになっており、なにかを幽閉し、観察するには丁度良さそうだ。

「この部屋の中では、神術や妖術によるダメージが全部カットされるわ。ここを訓練場として使おうと思う……わけで、あなたにテスターになってもらいたいわけ」

「へえ……なるほど。こんな技術使われたらあたしたちはひとたまりも無くやられちゃいそうだね」

「大掛かりな機器が必要だから無理よ! それで……今日はこの子と実戦訓練と称してボコボコにしてあげてほしいの」

 千羅がそう言うと、奥から一人の少女が現れた。

 白い髪が特徴的で、所々に身だしなみへの配慮の無さが見える。

「キズカです。今日はよろしくお願いします……」

「キズカはね、この前ちょっとした失敗をやらかしちゃったの。そのペナルティってことで今日は呼んだわ」

 狼銀から見て、キズカは戦う少女には見えなかった。なんだか申し訳ない気持ちになってくるが、これも仕事。やり通さねばならない。

「了解……と言いたいとこだけど、あたし今日神装忘れちった」

 もしこれでキズカとの戦闘行為が無くなるのであればーーと思ったが、そうもいかない。

「その点は心配無いわ。そもそもこれを使ってもらうつもりだったから」

 そう言って、千羅は狼銀に長めの棒を手渡した。

「それに神力込めてみて」

 言われた通りにしてみると、棒の先端から金色の槍の矛先が生まれた。

「神力で槍を形成して、持つ所にも神力コーティングが出来るようになってるわ。特注で作ってもらったのよ!」

「ははっ……そりゃあどーも。行こうか、キズカちゃん」

 キズカはにやりと笑って、

「……はい」

 と、平常さの権化のように答えた。


「キズカちゃんさ、どんな失敗をやらかしたんだい?」

 問うが、キズカは俯いたまま答えない。どうやら、地雷を踏んでしまったかもしれない。

「あっ……答えたくないならいいや。すまんすまん。えーっと……キズカちゃん、身だしなみはもう少し整えたら?」

 なんとか見つけた話題。それは決して的外れではない。キズカは意外に、とは言わずとも、普通に可愛い。

 その問いには、キズカも興味を示した。

「……どうしてです?」

「その髪とか服とか、もう少し整えれば変わると思うよ? まああたしが言うのもアレだけどさ、キズカちゃんの年頃的にはそういうこと考えるんじゃないかってね」

「かわいいとか、私はあまり興味がありませんので」

「奇遇だな、あたしも同じ考えだ」

 やっとこさ考えが通じ合ったーーと思いたいので、二人は向かい合った。

「じゃー始めてくれー!」

 狼銀がそう告げると、部屋の雰囲気が若干重くなったような気がした。それも一瞬で、すぐに身体は平常運転。

 訓練とは言えども、これは戦い。本気でやってくるかもしれない相手に手を抜くわけにはいかない。

 気を引き締め、槍を構えーー

「キズカちゃん、君から攻めてきてどうぞ」

 あえて、譲る。

「お言葉に甘えて……着装、鬼」

 その言葉がキズカの口から告げられた瞬間、キズカを取り囲む雰囲気が一変。

 それは正に、戦闘狂や殺人鬼の放つもの。

 これには狼銀も固唾を飲んだ。

 口角を吊り上げ、遂に全身が戦いを楽しんでいることを表現した。その身体はーー刹那、矢のごとく狼銀目掛けて直進。

 そして、構えた拳を一気に振り抜いた。拳は淡い光を纏い、妖力を漂わせる。

 だが、振り抜かれた拳は狼銀に届かない。

 距離を見誤ったかーーと予想を立ててみるが、それにしてもおかしな話だ。

 おかしくて当たり前である。狼銀にとって当たり前でないそれは、キズカの当たり前なのだから。

 瞬間、妖力で形成された拳が狼銀の顔面目掛けて飛び出した。

 紙一重でそれを回避。頬を撫でる一迅の風も去ることながら、ほぼ零距離となったキズカは妖力を纏わせた拳と蹴りを幾度と無く打ち出して来た。

 遊び回るように技の応酬を繰り出すキズカ。その顔には笑顔が浮かび上がる。

「よく動くねえキズカちゃん! それに楽しそうだ!」

「あはははっ!楽しかったら笑うのは当たり前でしょう! それより、狼銀さんも攻めてきてくださいよ!」

 確かにその通り、狼銀は先程から避けるばかりで、一度も攻撃を放っていない。

「小回りの効く武器ならもっと楽しく渡り合えそうだけどね! 生憎あたしのは大回りな武器だ! でも……」

 会話の間にも隙無く放たれるキズカの徒手空拳。

 その中の一撃ーー蹴りに、狼銀は目をつける。一見隙は無いキズカの立ち回り。ならば取るべき行動は一つ。

「隙は作れちゃうんだなぁこれが」

 蹴りが決まる寸前、狼銀は最小限の動きで槍をキズカの足に叩きつけた。

 下からの衝撃を受けたキズカの身体はバランスを崩し、よろける。

 瞬間、狼銀の手がキズカの胸ぐらを掴んだ。

「とりあえずこんなもんでどうだい?」

 両者共に、笑みを浮かべーーキズカの身体は、狼銀によって地面に向けて勢い良く投げつけられた。

 だが、キズカは地面に叩きつけられる寸前で手をつき、投げられた勢いも利用してバックハンドスプリングで着地してみせた。

 そんな動きをするとは、とんだビックリ人間ではある。だが、狼銀はどんな時でも戦いでは気を抜かない。

 だからこそ、トンデモ着地をしてみせたキズカにも繰り出される狼銀の突き。

 渾身の突きは鋭く、獲物を貫かんとひた走る。

 そのまま喰らえば、神術でのダメージはカットされても、その元となっている棒がキズカに突き刺さりかねない。

 その後への余裕を残すことも出来ず、しかしキズカは尻餅をつくことで確実にそれを回避した。

 だが、キズカの首に突き付けられる狼銀の槍。

「へっ、あたしの勝ちーー」

「凄い!!」

 突如キズカが大きな声を上げたので、驚いて狼銀は槍を落としかけた。

「凄い、凄い! 凄いよ! こんなに楽しい戦いは初めてかもしれない!」

 凄いという言葉一回ごとにキズカは狼銀に顔を近づけて、一歩間違えば唇を重ねかねない距離にまで詰め寄った。

 しかし狼銀は動じず、見せたのは子供のような無邪気な笑顔。

「あたしもだ! その身体の動き、まだまだムラはあるけど才覚の塊! あたしが鍛え上げてやりたいくらいだ!」

 興奮冷めやらぬ中ーー油断しきった狼銀に、キズカは拳を繰り出そうとする。

「んー、おっぱいはもう少し育つべきだな。成長性は無さそうだが」

「ひゃうっ!?」

 キズカの拳は、狼銀の手がキズカの少しばかり貧相な胸を揉むーーもとい、撫で回すことで無効となった。

「随分感じやすくて助かった。けどなぁ……」

 刹那、狼銀の拳がキズカの腹に突き出された。

「あたし、不意打ちってあんまり好きじゃねえんだわ」

「かっ……げほっ! し、子宮はダメでしょう。子ども生めなくなったらどうするんです?」

「はっはっは! 戦闘狂のあたしたちにゃ夜の戦いは無縁だろ……なんて、悪かったよ。まだやるか?」

 苦痛に顔を歪ませるのが普通なのだが、口角を吊り上げてしまっているキズカ。ゆらりと立ち上がり、ギラつく眼光が狼銀を捉えた。

「そうこなくっちゃ。さっきはキズカちゃんのラッシュをあたしが受けたから、今度はあたしから、行かせてもらうッ!」

 狼銀は人間業とは思えない駿速の突きと薙ぎ払いを繰り出す。その一つ一つは的確にキズカを捉え、油断を与えない。

 しかし、狼銀の攻撃には、時々露骨な隙が生じる。

 キズカはそれを見逃さず、攻撃を叩き込むーーが、綺麗に弾かれるのだ。

 現状、キズカはーーわずかながらではあるが、遊ばれている。

 隙があるなら当然キズカは攻撃以外の手段を取ることも可能。バックステップで距離を取り、様子を見る。

 下段に構えられた槍と、闘争本能剥き出しの闘気。その笑顔には、恐怖の感情を持つ者だって居るだろう。

「世の中には、狼銀さんみたいな猛獣がもっと居たりするんですかね」

「それを言うならキズカちゃんだって猛獣だ。それなら、ここは猛獣を入れとく檻かね?」

 二人は笑い出すーーが、瞬間にキズカは矢のごとく駆け出した。そして、前方への大きな跳躍。

 対して狼銀の槍が空を走る。矛先は既に獲物を捉え、このまま飛んでくれば確実に痛いことになるだろう。

 だが、キズカは空中で姿勢をわずかに変更。同時に足先に妖力を纏わせ、踏み台にするかのように槍の矛先に脚をかけた。

 妖術と神術が衝突したことで、反発し合う力。その勢いが狼銀を軽くよろめかせ、キズカを地に落とした。

 猛獣の勢いは止まらない。

 キズカは再度跳躍。狼銀もまた槍を突き出す。

 先程とほぼ同じような状況。しかし、片方の猛獣は先程と違う行動に出た。

 キズカの右拳が突き出され、矛先と衝突。同時に左手を伸ばし、槍の矛先に置いた。それを軸に身体を回し、片足で槍の上に立ってみせたのだ。

「……キズカちゃん、それは慢心だ」

 瞬間、攻撃体制に移ろうとしていたキズカの足場が崩れた。前のめりになって身体は落下する。

 狼銀は、瞬時に槍を捨てるという判断に至ったのだ。そして、落下するキズカの脚を腕に引っ掛けーー

「慢心ダメゼッタイ、ってな」

 驚嘆の色を見せるキズカを鼻で笑い、狼銀は腕を勢いよく振るった。

 キズカの身体はこれまた勢いよく空中で回転し、落下。地面に強く叩きつけられた。

 決着。


 ◇


「悔しそうだけど、まだやってもいいぞ?」

「いえ……あのままやってたら本気を出してしまいそうなので」

「あれで本気じゃなかったってのか! 言うじゃんか……うちの奴にも見習ってもらいたいね」

 そう言うと、キズカは「うちの奴」に興味を示してきた。神術士の指導をしていて、という話をすると、ぜひ一戦交えたいと言ったのだ。

「いやいや、キズカちゃんとやり合ったらボコボコにされるよ。やるなら、またあたしとやろう?」

「あははっ、私たちは所詮戦いでしか語り合えない身。またやりましょう!」

 戦いで語り合う。

 狼銀は、その言葉の中にある様々な意味を知っている。

 そして、少なくともーー

「戦いで語り合う、ねえ……キズカちゃんとは、相入れないような気もするけど。じゃああたしは帰るわ」

 キズカの語る戦いと、狼銀の語る戦いは違う。これまでのやり取りで、狼銀はそれを悟っていた。

「はぁっ……戦いってのは、なんでこうも不毛なのかね」

 それを理解した上で、狼銀は戦うのだ。なんのために戦うかはーーまだ、模索中だ。


<END>

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