第九十一話 『一緒に、前へ!』
疾風の力を纏い、一瞬でギリアムの背後に回ったクロノ。正直かなりイラついている為、手加減なんてするつもりは微塵もない。そのままギリアムに殴りかかったが、そんなクロノにギリアムの裏拳が叩き込まれた。
振り向き、クロノの拳をいなすと同時に、その側頭部に裏拳を叩き込んできたのだ。
「痛ぇっ!?」
「ん~! 速度など無意味さ! 全て感じ取れるのだからっ!」
空中で体勢を崩したクロノに、ギリアムは右手を構える。水の球が空中に浮かび、クロノの体に向けて放たれた。触れると同時に水球が炸裂し、クロノは大きく吹き飛ばされてしまう。
「どわあああっ!」
「どれだけ速かろうが、動けば波紋は必ず広がる! 動き出しの波紋が君の次の動きを僕に伝えてくる!」
「ウンディーネの力は君を捕らえて逃がさない、何をしようと無駄なのだよ!」
ウンディーネの力、それは心を包み、心で感じる感知の力だ。ティアラからはそう聞いている。水の力はどれだけ心に深く潜るかが肝心らしく、深く潜れば潜るほど、自分より浅い心を強く感じられるらしい。
風の感知に近いが、相手の動きを水に広がる波紋のように感じることが出来、そこから次の動作を予測、予知できると言っていた。そういった波紋を見切る目を鍛える事で、最終的には相手の考えまで先読みが可能となるようだ。
(何だ……あの男のリンクは……酷いなんてものじゃない!)
(完全に精霊を道具のように使ってる、精霊の力を無理やり表に出してるだけの物だ!)
(精霊技能の扱いは褒められた物じゃないけど、確かに水の力は凄い精度だよぉ)
(多分、契約してるウンディーネちゃんが強力なんだよぉ……)
確かに、目の前の男の纏った力は非常に強力な物だ。だが、それと同時に感じるのは……冷たく暗い心。
「……お前、本当に精霊を道具と思ってるんだな」
「俺は水の精霊技能を使った事ないから、心の力に関しては素人だけどさ」
「それでも、お前の精霊が悲しんでるのは、伝わってくるよ」
「はぁ? それが何だって言うんだ」
「道具が泣こうが、悲しもうが、契約者には関係ないだろう」
「大事なところで役に立てば、道具としては本望だろう?」
「契約者の力になれれば、それでいいだろう?」
「何が間違っている? 何もおかしくないだろうに」
その言葉を聞く度、自分の中でティアラが泣きそうになるのを感じていた。ティアラの最初の契約者も、こんな男だったのだろう。
「本当に、嫌になるなっ!」
今度は金剛を発動し、ギリアムに真正面から向かって行くクロノ。ギリアムは右手の上に水球を生み出し、クロノを迎え撃った。
「ノームの肉体強化だね! それも無駄なんだよ!」
「水の力が教えてくれるよ、君の急所を!」
クロノの攻撃をヒラヒラと避けるギリアム、体が流れた瞬間、クロノの右脇腹に水の槍が突き刺さった。貫通こそしなかったが、護りの隙間を貫くような攻撃に酷い痛みを感じる。
一瞬痛みで動きを止めたクロノを、ギリアムが殴り飛ばす。そのまま何発も水の槍をクロノに飛ばしてきた。疾風の速度で距離を取り、攻撃を避け続けるクロノだったが、その足が水の槍に撃ち抜かれた。
「どれだけ肉体を頑丈にしようが! その防御の隙間を通す事は容易なのさ!」
「どれだけ速く動こうが! 水の力は君へ攻撃を導いてくれる!」
「何をすれば避けられるのか、何をすれば当てられるのか!」
「全てはこの目と力が教えてくれるのさ!」
ギリアムの水の魔法が、徐々にクロノを捕らえ始めていた。もう一発も避け切れていない。
「もう一回言ってみろよ! 絆の力で僕を超えて見せるってさ!?」
「現実を見て物を言え! これがウンディーネの力だ!」
「君の大嫌いな、道具としての力だよっ!」
一際大きな水の槍が、クロノに直撃した。その体が校舎の壁に激突する。
「何とも他愛無いね、どうだい分かっただろう生徒諸君」
「甘さを持った精霊使いの弱さが、良く分かっただろう?」
「ウォーリー少年、君もこれに懲りたら精霊はお友達なんて戯言、もう止めるんだね」
戦闘の一部始終をグラウンドの端で見ていた生徒達は、各々が教師の言葉に頷いていた。中には『あの兄ちゃん弱ぇ~』とか言ってる生徒もいる。だが、ウォーリーだけは、その言葉に屈しなかった。
「何だい? その目は」
「……約束、してくれたんです」
「証明、してくれるって……」
「はぁ?」
「間違ってないって、言ってくれたんです……」
「……僕は、クロノさんを信じてます」
「真の精霊使いだって、信じてます!」
「あのゴミのように倒れてる子が、真の精霊使い?」
「ついに頭おかしくなっちゃったかなぁ? 泣いちゃって見っとも無いなぁ」
「あの子は負けたんだよ、それを認め……」
言いかけたギリアムの背後に、立ち上がっているクロノの姿があった。
「……まだやるの? ドMか何か?」
「お前みたいなクズに、負けたくないし」
「俺みたいな奴を、真の精霊使いとか言ってくれる子の前で、ダサい姿見せられないだろ」
「寒いねぇ、そういうのはやんないんだよ」
「格好付けたいならさ、君もウンディーネの力を使ったほうがいいんじゃないの?」
「君もウンディーネを持っているんだろ? その力を使わないと勝負にならないよ?」
「まぁ水の力使った事ないとか言ってたし? 練度の差でも勝負にならないだろうけどさ」
「シルフやノームみたいな、時代遅れの力じゃ、僕に触ることすら出来ないよ?」
ニヤニヤしながら余裕ぶっているギリアムだが、クロノは気にせずに立ち上がる。そのまま疾風を纏い、真正面から突っ込んで行った。
「無駄だって言ってんだろっ!」
突っ込んでくるクロノに水の槍を投げつけるギリアム、当たる瞬間、風の流れを生み出し、クロノは自分の体を上に跳ね上げた。その勢いを利用し、弾丸のようにギリアムに突っ込む。
(分かってんだよ、そう来る事もさぁ)
(次の瞬間、僕が左手で水の槍を撃つ、そうすれば君は避けれない)
(どう動いても、どう風を操っても、100%直撃だ)
(あーあ、馬鹿は何しても馬鹿なんだよねぇ……)
自分に向かって突っ込んでくる馬鹿に、ギリアムは水の槍を放った。予想通り、水の槍はクロノの顔面に直撃した。そろそろ気絶でもするかな? そう思いながらギリアムは笑っていた。
そして、金剛を纏ったクロノが、水の槍をぶち抜いてきた。
「……なぁっ!?」
「アルディ・直伝! 金剛ヘッドバットッ!」
完全に油断していたギリアムに、クロノが金剛の力で頭突きを叩き込む。ギリアムはそれをまともに喰らい、後方に吹き飛んで行った。
「……で? 時代遅れの……なんだって?」
「……つぅ!?」
「エティルの力も、アルディの力も、俺にとって大事な力だ」
「俺を助けてくれてきた、大事な力なんだ」
「それを否定なんてさせない」
「お前がウンディーネの力より劣ると蔑んだ力で、吹っ飛ばされた気分はどうだ! あ!?」
「……この、クソガキが……!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞっ!」
苛立ちを隠しきれない様子で、ギリアムが立ち上がってくる。クロノは目を逸らさず、真っ直ぐ向き合った。
「シルフやノームの力、それがウンディーネの力に劣った物じゃない証明はした」
「次は、精霊は道具じゃないってことを教えてやる」
「……ティアラッ!」
クロノの呼びかけに応じて、ティアラがその力を貸してくれる。クロノを中心に水の膜が張られ、周りの動きを強く感じるようになる。
「精霊技能・心水」
「おいおい、舐めてるのかい?」
「水の力を使った事はないんだろう? ぶっつけ本番で僕と正面からやる気かい?」
「昨日今日水の力を使ったような奴に、僕が負けると思ってるのかっ!?」
咆哮と共に水の槍を放ってくるギリアム、その槍が通る軌道が、目に映るように感じられる。クロノはその場で体を横向きにする、それだけで全ての攻撃が外れてしまった。
「お前が本当に精霊の力を使えてるなら、そりゃ無理だろうな」
「けど、お前は全然精霊の力を使えてないし」
そう言いながらクロノはゆっくりと距離を詰めていく。何発も何発も水の槍が放たれるが、もう当たる気がしなかった。
(何故だっ! 動きを先読みして、絶対に当たるように撃ってるんだぞ!)
(何故っ! 何故当たらないんだっ!)
「お前は精霊の力を、道具として扱っている」
「精霊の声に、耳を傾けようとしない」
「お前も精霊も、それじゃ一人で戦ってるのと一緒だよ」
何十発と弾幕のように放たれる水の槍、その中をクロノは真っ直ぐと突き進む。肌で攻撃の波紋を感じる、目を瞑っても避けられると確信できた。
「精霊の力は、1と1の足し算じゃない」
「精霊の声を聞いて、心を重ねれば、1と1が10にだってなる」
「俺はまだまだ素人だけど、それくらいは分かるよ」
心の近くにティアラを感じる、彼女が導いてくれる。まだまだ深く潜れそうだ。ギリアムとは比較にならないほど深く心に潜ったクロノ、その深さは既にギリアムの感知できるレベルを超えていた。
「一人で戦ってるお前には、絶対負けない」
その瞬間、クロノの姿がギリアムの視界から消えた。
「消え……っ!?」
「無心舞踊・飛沫」
消えたように錯覚させる体捌き、相手の死角に潜り込んだクロノは、そのまま4発の連撃を叩き込む。両肩と両膝を別々の角度から殴りつけ、相手の体勢を崩す。そのまま強烈な肘撃ちで吹き飛ばした。
「がはぁっ!?」
「精霊は、俺の友達だから」
「俺は精霊と一緒に、前に進んで行きたい」
「きっと、そのほうが楽しいしさ」
そう言って笑うクロノ、ウォーリーには微かに見えた、クロノの周りで笑顔を浮かべる精霊達が。
(……そうだ、僕は……あんな精霊使いに憧れたんだ)
(僕も、ルビーと……あんな精霊使いに、なりたかったんだ)
忘れかけていた理想の姿、それを思い出した少年は僅かに笑みを浮かべた。
だが、その視界の端でギリアムが立ち上がっていた。
「! クロノさんっ!」
その声でギリアムに気がついたクロノ、だが、震える足で立ち上がったギリアムに勝ち目があるようには、戦闘の初心者である生徒達にも思えなかった
「もう無駄だよ、お前に勝ちはない」
「あぁ……そうだなぁ」
「勝ちはない、勝ちはないかぁ……」
「……知ってるかい? クロノ君? 水の力にだってさ、弱点はあるんだよ」
そう言うギリアムの横に、ウンディーネが姿を現した。
(……ギリアムの、精霊?)
その行動に疑問を感じる前に、ギリアムが自分の精霊をクロノ目掛け、蹴り飛ばした。
「なっ!」
咄嗟にウンディーネを抱きとめるクロノ、その瞬間に見たギリアムの顔が、大きく歪んでいた。それと同時、水の感知で次に起こる場面が浮かんでくる。
「……ッ! テメェッ!!」
「予知できても、避けれなきゃ意味ねぇんだよっ! クソガキがぁああああっ!!」
「水壊の渦っ!!」
ギリアムの放った魔法により、クロノが水の渦に飲み込まれる。ギリアムは自分の精霊ごと、中級魔法を放ったのだ。当然だが、クロノは勿論、ギリアムの精霊もズタズタになる。
「あぁあぁ……君のやり方はよぉく分かったよ」
「とっても痛かったよ、友達? 絆? 大したもんだねぇ」
「だったらよぉく体に刻めよ、これが俺のやり方だ」
「精霊を道具として使う奴の! やり方だ! ひゃはははははははっ!!」
「おいこら外野のガキ共っ! テメェらも良く見ておけ!」
「これが強さだっ! これが強いってことだっ!」
「結局全てを決めるのは、甘さも何もかも飲み込んじまう、非常な心だっ!」
「オラァッ! 何寝てんだウンディーネッ! さっさとリンクに戻れよっ!」
「そのうぜぇクソガキに、止めをくれてやんだからよぉっ!」
ギリアムの暴行に、呆然とする生徒達。ギリアムのウンディーネは無言で姿を消し、ギリアムに水の力が宿った。
「よぉし、それでいいんだよ」
「全水の力を集中させた水壊の渦で、汚物洗濯して終わりだな」
魔力を集中し始めるギリアム、標的となったクロノは立ち上がれそうもない。
「クロノさんっ!!!」
ウォーリーの悲痛な叫び、その声自体はクロノに届いている。届いてはいるが、その体は動いてくれない。
「…………く…………そっ……」
拳を握り締めるクロノ、途切れそうな意識をどうにか保っている状態だが、それも限界が近い。
(クロノ! クロノォ! 立ってよぉ!)
(立ちたいよ、立ちたいけどさ……)
(あんな奴に負けるなんて、許さないぞっ! 立ってくれ!)
(俺だって……立ちたいけどさ……体が……動かないよ……)
精霊の声もはっきり聞こえる、頭の中は意外に冷静だった。体だけが、言う事を聞いてくれない。
(自分の精霊ごと、攻撃するとか……絶対に許せない……)
(許せないのに、体が、動かない……悔しいよ……)
不甲斐無い気持ちで一杯だったクロノの手に、ティアラが触れた。
(大丈夫、私達が、一緒だから)
(え……)
(契約者の気持ち、想い、守って、届けさせる)
(それが、私達の、役目)
(アル、エティ、こんなに馬鹿で、真っ直ぐなんだもん)
(クロノなら、出来る、そう……でしょ?)
その言葉に、エティルとアルディは何かに気がついたような顔をした。
(……うん! クロノなら、きっと出来るよ!)
(僕達がついてるんだ、簡単には負けさせない!)
(クロノ、良く聞け!)
(僕達を信じろ、お前の言う絆の力で、あいつに勝つんだっ!!)
頭に響く、最後の策、クロノはその言葉に従い、全てを込めた。
「さぁ、ぶっ飛べクソガキがっ!」
「水壊の渦っ!!」
ギリアムの放った魔法は、先ほどとは比べ物にならない大きさだった。ウンディーネの力も乗せたそれは、クロノの体を飲み込み、ズタズタに傷つけていく。
……筈だったギリアムの魔法は、次の瞬間に内から吹き飛ばされた。
「なっ!?」
自身の最大の魔法が打ち破られた事に、驚きを隠せないギリアム。その背後に、何かが着地した。
「……ひっ!?」
前にクロノはエティルとアルディ、両方と同時に精霊技能を結ぼうとした事があった。あの時は精神力不足から失敗したが、理由は他にもあった。
風の力と大地の力は、本質的に真逆の力。同じ身体の強化だが、静と動でまったく扱いが異なるのだ。当然正反対の事を同時にやるのは難しく、ただでさえ難しい二重接続がさらに難しくなっていた。
だが、ティアラの力は心の、精神の力だ。身体強化の風と大地の力とは、その本質が大きく異なる。精霊技能を重ね合わせる二重接続は、異なる性質同士の方が、重ね合わせやすく、難易度が低い。
後は、クロノ自身の精神力が問題だ。
(出来る、よ……大丈夫……)
(私達の事、こんなに、大事に想ってる、クロノ……なら……)
(私の、感じてる、この心なら……出来る、よ……)
水の力で弱所を見抜き、大地の力で吹き飛ばす、そのまま大地の力を風に切り替え、一瞬でギリアムの背後に回った。心の力である水と、肉体の力である風か大地のどちらか、クロノは今、二重接続を成功させていた。
(そうだよ、一緒に前に進みたいと思ってるのは、あたし達だって一緒だもん!)
(立てないのなら、肩だって貸すさ、僕たちは契約者を信じてる!)
力が湧いてくる、心に強い物を感じてる。やはり、自分の信じた精霊使いのあり方は、間違いなんかじゃない。
「足し算なんかじゃないんだよ、俺たちは、こうやって強くなっていけるんだっ!!」
「精霊技能・二重!! 疾風&心水!」
「そんなに先が見たいなら、見せてやるよっ! お前の敗北って未来をなっ!」
もう、負ける気がしない。




