第九十話 『精霊学校の闇』
走り去った少年を追いかけるクロノ。幸いだが、少年はすぐに見つかった。大きな建物の影になった場所で、少年は蹲っていた。その隣には、サラマンダーの姿も確認できる。
「ウォーリー……何で反抗したんだ」
「気に入らないのは分かるけど、あれじゃまた嫌がらせされるぞ?」
少年の隣で壁に寄り掛かっているサラマンダーは、少年の頭を撫でながら口を開いた。
「……あんなの、納得できないよ」
「そりゃあたいだってムカツクけどさぁ、うんうん頷いときゃ面倒は起こらないだろう?」
「言ったって分かってくんないよ、あれは」
「何で……あんな奴が教師なんかに……」
「ルビーは……道具なんかじゃないよ……」
「……あたいはさ、お前がそう言ってくれてりゃ十分だよ」
「他人の言う事なんざ気にしない、だからお前も気にすんなって」
「…………けど、悔しいよ」
俯く少年を見て溜息を零しながら、サラマンダーの女の子は少年を撫で続けていた。少しの沈黙が流れた後、クロノは建物の影から少年の前に姿を出した。
「ちょっと、良いかな?」
クロノの姿を見て、ルビーと呼ばれていたサラマンダーは警戒の色を強くする。少年は黙ってクロノを見上げていた。
「んだ、テメェは」
「盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ、さっきの精霊学校での話を聞いちゃったんだ」
「俺も精霊使いでさ、君の言ってる事が気になって……」
「良かったら、話を聞かせて欲しいなーって……」
「……お兄さんも、精霊は道具だって思ってるの?」
その目には不安の色が濃い、だがその質問は、クロノにとっては質問になっていない。
「馬鹿言うな、精霊は道具なんかじゃないよ」
「俺は君と同じ、精霊を友達と思っているんだ」
その言葉と同時、クロノの周りにエティル達が姿を現した。少年は驚いたように固まり、その表情が徐々に柔らかくなってきた。
「……話を聞かせて、貰えるか?」
その言葉に、少年は快く応じてくれた。
場所を移し、町の中を流れる水路の近くへやってきたクロノ達、ベンチに腰をかけ、少年が口を開いた。
「僕はウォーリー、歳は14才……こっちはルビー、僕の精霊です」
「正確には仮契約なんだけどな、あたいの勝手でくっついてるだけだ」
何やら姉と弟のようで微笑ましい二人だ。
「俺はクロノ、旅人だ」
「シルフのエティルちゃんでーす!」
「ノームのアルディオン、アルディでいいよ」
「……ウンディーネの、ティアラ……」
ちなみに、セシルはいつの間にか姿を消していた。
「3体も、精霊を……?」
「スゲェな、二重接続とか出来るのか!?」
感心する二人だったが、クロノは少し肩を落とす。
「あはは……精霊使いとしてはまだまだだけど……」
「クロノってばまだまだ素人だよぉ」
「精進精進ってね」
「私とは、仮契約……だし」
笑い合うクロノ達を見て、少年の緊張も解けてきたようだった。
「ねぇねぇ、ウォーリー君とルビーちゃんはどうやって知り合ったの?」
「えっと……僕が子供の頃に助けて貰って……」
「両親が居なかった僕と、ずっと一緒に居てくれたんです」
「まぁあれだ、あたいのお節介から始まったんだよ」
「……お節介だとしても、ルビーは僕の家族みたいなものですから……」
「だから、僕の一番大切な……痛っ!」
言い終わる前に、ルビーがウォーリーを殴りつけた。
「だーかーらー! そういう恥ずかしい事を言うなっての!」
「でも本当に僕は……」
「あーあー! 黙ってろ! この泣き虫!!」
絞め技を決めるルビー、本当のお姉さんみたいだ。クロノも自然と笑っていた。
「仲、いいんだな」
「んあ? あー……長い付き合いだしなぁ」
「そっか、……そりゃ腹も立つよな」
「道具とか、言われたらさ」
その言葉に、ウォーリーは拳を握り締めた。
「僕は、デフェール大陸からこの町に引っ越してきたんです」
「ルビーと一緒に、立派な精霊使いになりたくて……1年前に出来たばかりの精霊学校に……」
「けど、あいつは……あの男は……僕の思っていた精霊使いじゃなくて……」
「精霊は道具だって……ウンディーネこそ最強の精霊だって……!」
その言葉には、怒りや悔しさがこれ以上無いほど込められていた。
「言い返したかった、それは間違ってるって……」
「けど、僕はまだ精霊技能も上手く出来なくて……」
「あの男は、自分の精霊も道具みたいに扱うのに……凄く強くて……」
「クラスの皆も、あの先生のやり方を変とか思わないんだ」
「あたい達精霊も、人からみりゃ魔物だしな」
「何も知らないガキ共に、あんな教育受けさせりゃあ、その考え方が刷り込まれちまう」
「その結果、ウォーリーはクラスじゃ変人扱い、あのクソ教師もウォーリーを執拗に虐めるんだ」
「ウォーリーが止めなきゃ、あたいが黒焦げにしてやりてぇくらいさ」
第一印象から感じてはいたが、やはりあの教師は最低な人間に分類されると思う。
「何より許せないのは……あの精霊学校が……優秀な精霊使いを生む為の物じゃない事……」
「僕は知ってるんだ、あの学校の正体を!」
「正体? 何の話なんだ?」
「信じてくれないかも知れないですけど……僕は聞いちゃったんです」
「あの教師……ギリアムが怪しい男達と会話してるのを!」
「それから、僕は必死に調べたんです、そして……一つの組織に辿り付いた」
「噂には聞いてたけど、本当に存在するとは思ってなかった……」
「精霊を販売する闇組織・『黒曜霊派』……!」
「あの男は、あの学校で精霊使い志望を育て上げ……将来は精霊を売りつけるつもりなんだっ!」
『黒曜霊派』……精霊を無理やり捕縛し、一般人に高額で売りつける闇の組織だ。クロノも名前だけは聞いたことがある。特殊な捕縛魔法で精霊を捕らえ、無理やり契約を結ばせる非道な集まりと聞いている。従わない精霊は、その魂ごと砕かれるとも言われ、金儲けの為なら何でもすると噂されている。
実際に存在するとは思わなかったし、思いたくもなかった組織だ。
「町の人には人当たりの良い善人を気取ってるけど、その裏では精霊を金儲けの道具として扱ってる……正真正銘の悪党なんですっ!」
「僕はその事を広めようしたけど……誰も信じてくれなくて……」
「あいつの精霊のウンディーネも……『黒曜霊派』が捕らえたウンディーネに決まってる!」
「あれじゃ、精霊も……騙されてるみんなも……可哀想で……」
「けど、僕は弱くて……何も……出来なくて……」
涙を流し、俯く少年の肩は震えている。
「……悔しい?」
「悔しいですよっ! 悔しくて、おかしくなりそうですよっ!」
「何も出来ない……あの男が笑っているのを……黙ってみてるしか出来ない……」
「大事な精霊を……役立たずの精霊と蔑まれても! 何も言い返せないんだっ!」
「間違いを正そうと頑張っても、あのクラスの中じゃ間違ってるのは僕の方……」
「悪党が目の前に居るのに……僕は……僕には……」
「くや、しいよ…………畜生っ……」
泣き出す少年の頭を撫でるルビー、あぁ、もうダメだ……もう我慢できそうにない。感情が我慢の限界を迎えた瞬間、クロノの足元が砕け散った。
「君は、間違ってなんかいない」
「俺が、証明してやる」
そう言って立ち上がるクロノ、悔しさで震える少年の肩に手を置き、微笑んだ。
「…………え?」
「精霊と契約者は、絆で強くなれる」
「道具扱いするような奴に、絶対負けたりしない」
「俺に任せろ、そのクソ教師をぶっ飛ばしてやる」
「騙されてる生徒も、利用されてる精霊も助けてやる」
「黒曜霊派の情報だって吐かせて、俺が叩き潰してやる」
「……信じて、くれるんですか……?」
「何で……どうして……」
「んー? 嘘ついてるように見えないし」
「どっからどこまでが嘘とかはどうでもいいし」
「何より、俺もあの教師が気に入らないし」
「助けたいと、思っちゃったし」
そう笑ったクロノの頭の上に、エティルが着地した。
「クロノクロノ、戦うからには絶対勝つからね!」
「あたしもあの人嫌い! 許せない!」
「うん、絶対勝とう! 力を貸してくれよな!」
その隣に、アルディが並んだ。
「精霊を道具扱いに始まり、精霊を売るだと?」
「流石に腹が立った、今回は僕も怒ったよ」
「いいね、頼りにしてるぜ」
拳を合わせるクロノとアルディ、その近くにティアラが寄っていった。
「……ティアラ、その……」
「遠慮、しないで」
「……私も、あの人、嫌い」
「ウンディーネの、力……誤解、されるのは……心外……」
「頼って、いいよ、マイ・マスター?」
初めて、ティアラの心を近くに感じた。ここまで揃ったのだ、負けてたまるか。
「さて、行こうぜウォーリー?」
「精霊使いのプライドに賭けて、俺は絶対に勝つ」
「お前が正しかったって、証明しに行こう!」
精霊達を引き連れたクロノが、ウォーリーに手を差し伸べた。少年は涙を拭い、その手を取った。目指すは、精霊学校だ。
そんなクロノ達を、セシルは空から静かに見つめていた。心底嬉しそうな笑顔で。
「授業を途中で抜け出し、今頃戻ってきたと思ったら……部外者を連れてくるとはねぇ」
「ウォーリー君、君はどこまで愚かなのかな?」
精霊学校は昼休みの真っ最中だった、生徒たちがグラウンドで遊んでいる間に、ウォーリーに連れられ、クロノはクソ教師こと、ギリアムと対峙していた。
「失礼を承知で暴言かますけどさ、テメェいい加減にしろよ」
「精霊を道具だ? 精霊を売るだ? テメェのゴミ理論に何も知らない子供達を巻き込むな」
「テメェの汚い心で、ウンディーネを染めるな」
「ん~? 精霊を売る~? なんの話なのかなぁそれは?」
「面倒な手順は省こうぜ、俺はこの子から話を聞いてるんだ」
「子供一人が騒ごうが、揉み消す自信はあったんだろうが、流石にちょっと放っておけない感じなんじゃないか?」
「私から見れば、君も子供に変わりはないんだがねぇ」
「君もウォーリー君と同じで、精霊はお友達なの~って言っちゃう子なのかい?」
「あぁ、心から友達だと思ってる」
「精霊を道具だと思ってるアンタには、絶対に負けない」
「ガキが、でかい口を叩くじゃないか」
「現実を見せてやろうか? 丁度良い利用法も思いついたよ」
「望むところだ、アンタをぶっ飛ばして、黒曜霊派の事も話してもらう」
「精霊は、アンタ達の金儲けの道具じゃねぇんだよ」
「首を突っ込みすぎだよ、まぁいいさ、夢見がちなクソガキは痛めつけないとね」
「グラウンドに出ろ、君好みの舞台を用意してあげるよ」
ギリアムの言葉通り、クロノ達はグラウンドに出た。しばらく待っていると、何故か生徒達を引き連れたギリアムが、グラウンドに現れた。
「……何のつもりだよ」
「なぁに……ちょっとしたギャラリーさ」
そう言うと、ギリアムが生徒達のほうを向いた。
「生徒諸君っ! 午後の授業は予定変更のサプライズタイムだよ!」
「今ここにっ! 一人の精霊使い君を招待しましたっ!」
「この精霊使い君はね、僕が常日頃からナンセンスと言っている、精霊とお友達な精霊使い君です!」
「今日は先生とこの少年が、実際に戦ってみちゃいます!」
「生徒諸君! 自らの目で見て貰いたい!」
「精霊を道具本来の扱い方で扱う者と! 精霊とお友達! 仲良しこよしでお手手繋いで戦う者!」
「どちらが正しく、どちらが優れているのか……」
「君達に実際に、見て貰おうと思います」
クロノの方を見たギリアムの表情は、これ以上ないほど歪んでいた。
「これで君を完膚なきまでに叩き潰せば、生徒達が私を疑う事はなくなる」
「精霊は道具、その考え方が揺るがない物になる」
「腐ってやがるな、本当に」
「ふふふ、君にとっても都合がいいじゃないか」
「この場で僕を倒せれば、君の意見も通りやすいよ?」
「有り得ないだろうがね、君程度じゃ」
「友達? 笑わせるなよ? そんなんで強くなれるなら、誰も苦労しねぇんだよっ!!」
「どっちが正しいか、勝敗ではっきりする」
「少なくても、俺はアンタを認めない」
「アンタを否定して、叩き潰す!」
「エティル! 精霊技能・疾風っ!」
「来いよガキッ! 現実を刻んでやるっ!」
「ウンディーネッ 力を貸せっ!」
二人の精霊使いによる、真剣勝負が始まった。
負けられない、この戦いは負けるわけにはいかない。
強い思いを胸に、一人の精霊使いとして、クロノは目の前の男に向かっていった。




