第八話 『エルフの世界』
「見えてきたようだな」
少し高くなっている丘のような場所でセシルは言う。
その視線の先には鬱蒼とした密林が広がっていた、太陽は真上だと言うのに、薄ら寒い気配すら感じる。
「俺のイメージはミステリアスでいて、神秘的な感じだったんだけどなぁ……」
どちらかと言えば、目に映る光景はホラーのほうがあっている、丘の下から感想を述べるクロノの顔は強張っていた。
「何だ、臆したのか?」
セシルの表情には呆れた様子が見て取れる。
「この程度で臆するようでは、貴様の底も知れ……」
「臆してません! 全然ビビッてません! さぁ、行こうじゃねぇか!」
いい加減なじられるのも心外だ、クロノは森に向かって歩き出す。
「ならいいがな」
丘の上から真紅の長髪をなびかせ飛び降りてきたセシルは、そう言ってクロノに続く、重力が働いていないかのように着地したセシルに驚きながらも、クロノは視界を密林に移す。
(うへぇ……めちゃ暗いっす……)
(絶対に冒険の初舞台に相応しくないだろ、この雰囲気……)
森に近づくごとに光が遠ざかる感じに内心ビビリまくっていた。
「勝手に入って大丈夫なのかな……」
森の手前で眼前の巨木を見上げながら、クロノは呟く。
「さぁな、ダメなら何かしらの……」
セシルが言いかけて、止まる。
横目でセシルを見ると、森の中を睨んでいた。
「よかったな、あっちから出て来たぞ?」
視線は外さずに、クロノにそう告げた。
「え?」
よく分からずに頭に?を浮かべる、そして疑問の声を口にした瞬間。
クロノの足元に矢が突き刺さった、数秒思考が凍りつき、そして動き出す。
「えっ、おうわぁ!?」
状況を理解できずに間抜けな声を上げて後ろに下がる、そんなクロノをセシルは呆れた様子で横目で見て、すぐに視線を木の上に移す。
「随分なご挨拶ではないか、森の引きこもり共」
木の上には2体の人影、片方は弓を構えていた。
「エ、エルフっ!?」
その特徴的な長く尖った耳、間違いなくエルフだ、生まれて初めて出会うエルフにクロノは緊張しつつも体勢を直す。
木の陰で表情は見えづらいが、友好的な表情でないのは行動から容易に見て取れた、何より片方は背中に背負った矢立から矢を取り出している。
「こちらに敵意はないのだが、攻撃を続けるのなら反撃するぞ」
こっちのトカゲも口調に刺々しいものがある、いきなり喧嘩腰だ。
「話し合いで何とかしたいと思うのだが、そちらはどうだ?」
静かに、丁寧に、しかし確かな怒気を含む声色にクロノは萎縮する。
(情けない、だけど声がでない・・・・)
その場のプレッシャーで身動き一つ取れなくなっているこの男こそ、この物語の主人公である、自他共に認める情けなさを披露していた。
弓を構えていたエルフが一瞬戸惑うが、再び弓で狙いをつけてきた。
だが、もう一人のエルフが手で遮りそれを止めた。
首を振り、撃つなと制する、それと同時にセシルが放つプレッシャーも消えた。
「……何用だ」
撃つなと制した男性のエルフが、始めて口を開く、弓を構えていたのは女性だろうか、こちらに警戒の視線を送っていた。
「ここは我らが地、我らの森、無断で立ち入る事は許さぬ」
警戒120%の言葉に、流石のクロノも怯む。
(うへぇ……めちゃ警戒されてるよ……)
「私は用は無い、有るのはこっちの人間だ」
それなのにこのトカゲは、話をこっちに振った。
(!?)
何いきなり話振ってんだ!と視線を移すが、セシルは明後日の方向を向き目を合わせない、再びエルフに視線を向けると、少し表情を変えていた。
恐らく、何故竜人種と人間が共に行動しているかを疑問に思ったのだ。
「人間よ、貴方は何用で我らの森を訪ねた?」
エルフの男性は警戒しつつ問う、ここで答えを間違えると大変な事になるとクロノは確信した、だが訪ねた理由なんて決まっている。
「それは、……あれ……?」
…………それは?
自分の夢は、人も魔物も種族の壁を越え、手を取り合う共存の世界を作る事だ、その為に互いの理解を深める必要がある。
互いの事を知らずに、共存など出来はしないからだ、つまり……。
「えと、エルフと友達になりに来ました?」
「あははははー……なんて……」
「帰られよ」
……即答だった、当然だ。
隣で聞いていたセシルも呆れ果てた目をしていた、……そんな目で見るな。
森からある程度離れた高台で、クロノは途方に暮れていた。
「取り付く島もねぇ……」
「いきなり現れた人間がアホな事抜かしたのだ、警戒しない馬鹿は居ないだろうな」
「むしろ、あれで友好的な反応が返ってくると思えた貴様の頭の中がおかしい」
帰れと言われて引き下がる訳にいかず、食い下がったのだが……。
「『我らには我らの秩序が有り、世界が有る、他族との繋がりなど不要』……かぁ……」
自分達の世界で十分ならば、クロノの思想は彼らにとっては邪魔なのだろうか。
「繋がりは不要、か……」
クロノは地面に仰向けになり空を見上げ呟く、自分の旅はいきなり大きな壁にぶち当たったようだ。
「何だ、もう諦めるか」
そんなクロノを見下ろし、セシルは言う。
「諦めてないよ、でも会話すらまともに出来ないとは思って無くてさ」
「理想を貫くって、他人にそれを押し付ける事にもなるんだよな」
「やっぱ、迷惑に思う奴だって、居るよな……」
やはり、少しは堪える。
「エルフは閉鎖的な種族だ、こうなる事は分かっていた」
その言葉を聞き、クロノは森の方へ視線を向ける、数人のエルフが木の上で見張っている、無理に入ろうとすれば間違いなく射殺される。
それどころか近づくだけで威嚇射撃される有様だ、正直心が折れそうになっていた。
「エルフとのコンタクトを諦め、次へ行くか?」
その言葉に少し思考を働かせるが、出る結論は決まっていた。
「諦めないって、言ったはずだぞ」
「俺は絶対にどうにもならない絶望を突き付けられたけど、それでも進むって決めたんだ」
「そう何度も折れてたまるか」
体を起こし、そう告げる、こうなったら意地でも森に入って会話をしてやる、とクロノは空に叫ぶ。
そんなクロノを見て、セシルは目を閉じて静かに声を紡いだ。
「貴様、ハーフエルフを知っているか」
「え、そりゃあ知ってるけど……?」
ハーフエルフ、呼び名通りエルフと他の種族のハーフだ、エルフの社会が閉鎖的な為、珍しい存在でもあった。
「それがなんだ?」
言おうとしている意図が分からず、首をかしげる。
「あのエルフは他族との繋がりが不要と言ったな」
視線を森へ移し、セシルは続ける。
「エルフ共が皆そう思っているのなら、ハーフエルフなんぞ生まれておらん」
はっきりとした口調で、そう言った。
「奴が言った思想を持つエルフが大半でも、変革を求めない者がいない理由にはならんぞ」
言いながら、クロノに向き直る。
「貴様の夢には多くの壁がある、貴様はその夢を成す為に、その多くの壁を乗り越えると決めたのだろう?」
「種の有り方を受け止め、そこで止まるな」
真っ直ぐと目を見て、
「その有り方を考え、理解し、先へ進む力としろ」
力強く、
「信じろ、自分の理想を」
「他者と繋がり合って、良い事が一つも無いなんて有り得ないんだからな」
どこか切なさが感じ取れる笑顔で、そう言った。
セシルの言う通り、ハーフエルフの存在はエルフが他族との繋がりを求めた証明だった。
他族と結びついた結果、問題も多く起こるだろう、だが…。
「だったら、その問題を飲み込むほど……良かったって思える世界を作ればいい……」
きっと他族と結ばれたエルフは、自分の世界をそう変えたのだから。
「そうだよな……、簡単じゃねぇけど単純な事だよな」
立ち上がり、エルフの森に向き直る。
「エルフの世界は森の中……外へ目を向ける必要は無い……ね」
「私から言わせれば、他者との接触を怖がってるだけの引きこもりだ」
セシルがそう言った、確かにそうかも知れないな。
森の外の世界とエルフの世界が繋がれば、双方に必ずメリットがある、当然問題も多く起きるだろうが、ノーリスクで変革など起こる訳がない。
エルフ達にはきっかけが必要なのだ、外と繋がるきっかけが、あちらがそれを望まなくて、クロノがそれを望む。
この際、完全に押し付けてやる、迷惑に感じるのなら、感じれば良い、その後に良かったと思ってもらえればそれでいい。
自分勝手で結構、押し通して、貫いてやる。
「よし、決めた」
クロノは笑いながら、立ち上がった。
「エルフ達が引きこもってる理由、他者との間にある壁、乗り越えるんじゃなくてさ」
「ぶっ壊そう」
右手を握り締め、宣言する。
「は?」
セシルが呆気にとられる、つい先ほどまで頭を抱えて悩んでいた男はもういなかった。
「ふはっ、アハハハハハハハッ!!! 面白いな!」
本当に、この男は他の人間とは違う、見ていて飽きないと、セシルは思った。
「で、どうやってだ?」
「考える」
実際問題、森に入れもしない、そもそも会話すらさせて貰えない状況に変わりは無い。
だがクロノは決めた、共存云々の前にエルフ達にはどうにかして他族とのコミュニケーションは大事と言う前提条件を教えてやらないといけない。
「目的は決まった、手段をどうするかだ……」
そう言ってクロノは再度、森に視線を移す、すると、視界に何かが映った。
「ん? 何だアレ?」
森の傍に、何かが止まっていた。
「荷馬車のようだな」
セシルが目を細めて言う、そういえば森に着く前に見かけたような気がする
「荷馬車って……もしかして交易か!?」
だとすればエルフとの交流であり、当然そこからの発展も望めるはずだ。
「セ、セシル! 行くぞ!」
話だけでも聞こうとクロノは荷馬車に向かって駆け出した。
走っていくクロノを尻目に、セシルは怪訝な顔で荷馬車を見つめていた。
(エルフが交易……? 聞いたこともないが……)
人間より鋭い視力で、荷馬車の周りを確認する。
(何故あの周囲にだけ、見張りのエルフが居ない?)
その荷馬車の周りには不自然なほど見張りが居なかった、そして一人の男がセシルの目に映る。
「むっ……」
その男を見た瞬間、セシルは途端に不機嫌になる。
「クロノ、どうやら簡単にはいかんようだぞ」
苦虫を噛み潰したような顔で、そう呟いた。
その男の鎧に刻まれている『1262-22』の数字は、勇者たる証だったからだ。