第八百四十三話 『自己犠牲、自己否定』
スピネルの連撃を受け、アランの身体は大きく空へ跳ね上がる。意識が途切れると同時に隔離の力が失われ、スピネルとアランは他からの認識を取り戻す。
「うわっ!? なんだ坊主どっから出てきた!?」
「さっきからここでやり合ってたんだよ、絵札の癖に鼻が利かねぇなクソッタレ」
「面倒な能力持ちを、一人ぶっ飛ばしてやりましたよ」
現在大会の映像は国中に配信されているが、認識から隔離されていた為スピネルの奮闘は殆どの人は気付いていなかった。もっとも、お子様には見せられないような乱打戦だった為都合は良いが。スピネルは今頃気づいたルベロに呆れながら、一段落付いたように息を吐いた。それとほぼ同時、気を失ったアランが地面に激突する。
「こいつか、面倒な能力者ってのは……確かに坊主の姿が消えた事に全く気付かなかったよ」
「ついでにクロノお兄さんがどっかに飛んできましたけど、まぁそっちはそっちでなんとかするでしょう」
「現状は……不快な人形共の物量攻めですが……」
「あー……まぁ問題っちゃ問題ではあるんだがな……なんていうか、正直肩透かしっていうか……」
見渡せば、襲撃開始時ほどのパニック感は殆ど無くなっていた。というのも、人形があまり脅威ではないからだ。確かに無差別に襲ってきて危ないし、数も多いのだが……正直弱い。
「おらぁ!」
「これで7体目! 大体片付いたぞ!」
ラーナフルーレの勇者達は勿論、たまたま巻き込まれたその他の参加者にすら人形はあっさり倒されバラバラになっていた。既に周囲には残骸が散らばっていて、人形の数もかなり減っていた。少なくても戦力が整っている雪像造りチームは、この程度何の障害にもならない。防衛の準備が整った国の内部も、この程度では被害が出ると思えない。
「対処は余裕で間に合っているようで」
「最初こそパニックになった奴もいたが……結果はこれだ」
「大罪の悪魔なんて、対処をこっちに任せてイベントの目玉に集中してる始末だよ」
「そうとも! おれはこの状況でも勝ちを譲る気はない!」
「恐らく他のみんなも同じ考えだ! そもそもおれ達は祭りを盛り上げる為にここにいる! 奴等を巻き込んだ上で祭りを盛り上げる事こそ勝利条件、妨害なんのそのだ!」
翼を広げ飛び回りながら、見上げる程の高さの雪像をドゥムディはクリエイトしていた。たまに人形が雪像にちょっかいをかけようと近づいてくるが、他のメンバーによってあっさり処理されている。
「この調子なら雪像も問題なく完成しそうだ!」
「人形に対応しつつ、雪を集めたりも出来てるしな!」
「なんだなんだ正義がどうの言ってたけど、案外神聖討魔隊ってのも大したことねぇんだな!」
中には余裕すぎて、フラグめいた事を零す者もいる始末だ。しかしスピネルは油断しない、むしろ嫌な感じが強まった。
「攻めが陳腐すぎる、こんだけ厄介な能力を絡めて来てるのに雑過ぎる」
「嫌がらせにしたって甘すぎる、こんなのどう考えたって……」
周囲を見渡しながらスピネルは頭を働かせる、絶対に何かあると。その考えは、他のチームの強者が大体行きついていた考えだ。
「外の世界も色々あるって思ってたが、にしたってねぇ」
暴食チームのラーネアは片手で糸を操り、大量の人形を一気に絡め取って捻じ伏せていた。死角から飛び掛かってくる人形は、不本意な顔をしているがティドクランが殴り飛ばす。
「弱すぎやしないか?」
「なんでお祭りに参加して変なのに襲われなきゃなんないんですか! 物騒でしょ暴食の森じゃあるまいし!」
「なんだァお前……ボクの生みの森になんか文句あったのかァ?」
「安全が保障されない場所に文句の一つや二つ当然ありましたが!? 因縁大盛トラウマ爆盛ですが!?」
「へェ……喰ってやろうかァ? テメェ……」
「味方の気が全然しないっ!!」
こちらも見上げる程の雪像をクリエイトしている最中のディッシュだったが、雪像の上から捕食者の目でティドクランを睨んでいた。そんなやり取りが出来る程、人形の攻めの手は殆ど封殺されていた。特に雪像を狙う人形は、ほぼノクスとキィが秒殺していたからだ。今もキィが数体の人形を一度に噛み砕き、背中からキィの尾を生やしたノクスが変形した両手で人形を両断していた。背中から飛び出した蟲の尾が地面に突き刺さり、そのまま空中で制止する姿はこの場の誰よりも化け物じみている。
「あっちもあっちでなんなんですか……」
「暴食の森で育ったって言ってたが、実際見ると確かに相当な実力者だねぇ」
「クランの力で進化したこの姿でも、勝てると断言出来ないくらいだ」
「その進化を美化して語るのやめてくれませんか? 僕の未来にとって障害でしかないんで」
「今、進化ってぇ、言いましたかぁ?」
この場の誰よりも危険な存在、未知の悪魔がしっとりとティドクランの背後に迫る。死の気配を感じたティドクランだったが、幸運な事にピリカの興味は他の未知に誘われた。
「また現れたのですよぉ! 確保おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
何処からともなく現れた人形を数多の感知で素早く捉え、もはやエルフとは思えぬ奇怪な動きで飛び掛かる。さっきからピリカは人形を壊すのではなく拘束し、その造りを調べまくっていた。
「気が付けば現れている、どんな能力でどんな力が働いて、何故纏っている魔力に微妙に差があるのか、何が仕組まれているのか、そもそもどんな命令で何を優先しているのか、材質も人形毎に違っていますよこれはふふふふふエルフの前に未知をぶら下げ現れるなんて悪い人形、悪い人に悪い事の為に動かされているのですね良いでしょう挑戦として受け取ってあげますよ今に私が全てを暴いて明らかにしてあげましょうふふふふふ」
「あのエルフ怖くないですか?」
「近づいちゃいけない匂いがするねぇ」
もう味方からもドン引きされている暴走ピリカだったが、人形を追いかけ回すピリカをディッシュだけが目を細めて見ていた。
(……無差別に周囲を襲う人形が、あのエルフから明らかに逃げ回ってんだよなァ)
今も四体程の人形が追い回されているが、明らかに危機を感じ逃げ回っている。どんな命令で動いているのかは知らないが、何かに反応して動いているのは明らかだった。そもそも、ハッキリ言って雑魚過ぎる力しか持たない人形を大量に放ち、大会の為に実力者が集っているこの国を戦力を分散させ広範囲を一気に攻めるなんてあまりにも非効率すぎる。
「はてさてどうひっくり返るかァ……」
『へいへいへいッ! 実況のウルスネプカだぜぇ! 妨害暴力なんのそので雪像造りは順調に進んでますねぇ! 最初の妨害ラッシュはなんだったのってくらい大罪さん達真面目に雪像してますよ!』
「王様のわしの目から見ても中々の大きさとペースじゃよ、これは期待出来ますね」
『今のところ各チームの雪像レベルはほぼ横並び、一体どのチームが勝つのか!? そしてどうした神聖討魔隊ッ! お前等の妨害はそんなもんか!? 現状殆ど見向きもされてねぇぞ! 八つ当たりで市民を狙うのはマジでやめろよなぁ!』
ウルスネプカの煽りのような実況が響くが、実際は広場の人形も殆ど勇者達に殲滅されている。中央広場でリンクヘッジと戦闘中のナプタは、この実況に顔をしかめる。
「お兄さんが言えた立場じゃないけど、普通この状況で敵を煽りますかねー?」
「だが実際、祭りの日に堂々と攻めてきたにしてはぬるいじゃないか」
「これならたまに出る大馬鹿の方が何をするか分からなくて怖いまであるぞ、前評判ではもっと異常集団ってイメージだったが?」
「お兄さん達からすりゃそっちの方が異常ですってね」
後方に飛び、ナプタは距離を取る。単純に殴り合いを嫌ったか、会話の為か、リンクヘッジはすぐには距離を詰めず間を置いた。
「魔物絡みだからか? お前等の正義に反していても、現に彼等は問題を起こさず祭りを盛り上げ人々と共に楽しみ、楽しませているが」
「結果論でしょうに、まぁ魔物云々重箱の隅を突っつくように批判したいわけでもねぇんだけども」
「多くが混ざり合えば、不純物は必ず混ざる、不平不満に不安、どうしても不の要素は取り除けない……一々一個一個取り上げて議論するつもりは、ねぇんだ」
「魔物が居るから楽しい、怖い、不安、勇者がいるから安心、理解不能、仕事放棄、正義って何? 安心安全、興味ない……問題点全部洗って一つ一つ全員同じ考えなんて有り得ないだろ?」
「……なら、お前等は何が目的で……」
「一括りにされると答えにくいっすよ、各々考えがあるんでさ」
「けど全員、我等が絶対正義を信じてる……彼女の往く先こそ理想が広がっているってね」
「ありとあらゆる全てを跪かせ、正義を証明してくれる」
「その正義ってのが正しいとは……」
「中身なんてどうでもいい、最後に残るのが一つの答えならそれが指針だ」
「混沌極まるこの世界、多様な考えが渦巻くこの世界、上があれば下がある、理解があれば否定がある、救われる者が居ればどん底まで堕ちる者もいる、現実的に全てハッピーなんて有り得ないでしょ」
「だから一度壊す、全てを捻じ伏せ統一し、我等が絶対正義が率いる完全世界を成すんだ」
「等しく犠牲となり、等しく滅び、整った絶対正義率いる世界で平等を成すのさ」
「誰も不幸にならない、否定されない世界だ……お兄さんは少なくても平和を心から願ってんだぜ?」
「そうか、目を覚ませアホ」
一秒すら考えず、リンクヘッジはナプタの言葉を切り捨てた。
「犠牲の上に成り立った平和なんざ平和じゃない、なんて綺麗ごとは言わねぇよ……世の中そんな甘くねぇ、時には犠牲だって出る、辛い思いもするし涙も流れるさ」
「一時の犠牲で、その先に一滴の涙も流れない世界が生まれるってんなら、まぁそれもいいなって思う奴もいるかもしんねぇ」
「けど、そんな世界じゃ成長は出来ねぇ、横並びで歩みを止めた生き物に待つのは滅びだ」
「きつい事言うね、困難に立ち向かわなきゃ滅ぶってのは極論じゃないか」
「平和の為にいっぺん滅べも立派な極論だろうが」
「折れた奴にしか分からない事もある、誰もが前を向いて歩き続けられるわけじゃない」
「そんな奴に手を差し伸べるのが勇者だし、勇者以外にも手を伸ばす奴もいる」
「伸ばさない奴もいる、伸ばしてもらえない奴もいる」
「あぁそうだな、この世は不平等に満ちてるよ」
「なら願って何が悪い、成そうとして何が悪い、正義を信じて何が悪い」
「悪くねぇ、悪くねぇよ、お前は苦しんでもがいて、それでも足掻き続けてる……自分の頭グルグル回しながら」
「俺はそういう足掻きこそ生きてるって思うし、成長に不可欠だと思う」
「お前等の目指す世界ってのは、それを奪うって事だぞ」
「必要が無いんだよ、苦しむ必要なんて」
「苦しんだから今のお前があるんじゃねぇのか」
「苦しみが無けりゃ成長も無い、全て横並びで変わらない世界なら、喜びだってなくなるんだ」
「こうして考えをぶつけ合って、切磋琢磨して削り合って、より善い未来を目指すことだって出来なくなる…………お前のやろうとしてる事は、今のお前すら否定する事だ」
「己を犠牲にしてでも、正義を成すのが……!」
「あぁ、勇者だろ」
「自己犠牲を美化する気はねぇが、自己否定よりはマシだと思うぜっ!」
一瞬、ナプタの言葉が詰まった。だが、その表情は諦めを孕んだモノに変わる。
「……やっぱ、お兄さんは勇者が嫌いだ」
「なにをどうやっても、言い負かされて終わりだ」
「今ので言い負かされたって思ってんなら、決着前にお前が自分で降参しただけだぞ」
「誰かに全部任せるのやめて、一回くらい自分の意思で貫き通してみたらどうだ? 絶対正義とやらにどれだけ脳やられたのかしらねぇが……」
「お兄さん達が成功しようが失敗しようが、結果は変わらないからどうでもいいんですよ」
「あ?」
「だから自由に攻めていい、好きに主張して良い、最後はどうせ正義が勝つから」
「専属勇者さん、鎮圧は時間の問題とか思ってませんか?」
閃光が、空を割いた。円形の斬撃が国の頭上を走り、全チームの雪像が真っ二つにされる。たった数秒で、正義による妨害が祭りの進行を止めた。
「今のは……」
「勝てないんですよ、足掻いても足掻いても勝てない存在ってのがあるんだ」
「我等が絶対正義は、絶対に負けないんだ」
諦めに狂気を孕ませ、ナプタは語る。説得なんて期待してなかったし、論破する気も無い。言いたい事を言って、やりたいようにやるつもりだった。だが、目の前の敵の表情で考えが変わった。
「なんだろうな、イラついてきたぜ」
「聞いても聞いても、理解出来ねぇ…………お前等の何処に正義があんだ」
「支配や洗脳の果てに、そんなもんあるわけねぇだろ…………もっぺん言うぞ目を覚ませっ!!!」
「目はね、覚めたんだよ」
「『勤勉』の果てにも、正義なんて無かったんだ」
そうして駒は踊る、絶対正義の前座として。




