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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十一章 『陰の瞳・ウンディーネ』
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第八十四話 『手を繋ごう』

 真っ暗な空間を漂うティアラは、泳ぐ事もしないでプカプカとしていた。何も映らない闇を見つめ、その内目を閉じてしまった。



(……目を開けても、瞑っても……真っ暗)


(開いても汚い、瞑っても聞こえる……心は、汚い)


(一人じゃ、耐えられ、ない……)



 自分が生まれた時の事を思い出す、目覚めて何日もしない内に、一人の男が契約を迫ってきた。その頃のティアラは何も知らず、好奇心から簡単に契約を結んでしまった。



 リンクした男の心は酷く汚れていて、連れ出された世界は真っ黒で、幼かったティアラの心は、深く傷つけられた。



 結局ティアラは契約を破棄し、生まれた泉の底に閉じこもった。外への恐怖心と、人への嫌悪感から、ティアラは自分の殻に引き篭もってしまった。



 真っ暗な水の底で、自分は何の為に生まれたのか、そんな事を考えている時、光が差し込んできたのだ。












____________________数百年前____________________





 あの日も変わらず、自分の周りは真っ暗だった。他のウンディーネも声をかけるのを諦めていて、ティアラは変わらず一人、水底でぼんやりしていた。



 ボーっとしているティアラの肩を、何かが突っついた。また魚か何かだと思って無視していたのだが、何かしつこい。顔を向けると、そこには一人の少年が居た。




「きゃっ!?」




 この泉は最も深いところで30メートルはある、ティアラは一番深いところに居た為、まさか人間が来るとは夢にも思っていなかったのだ。



「……?」



 少年は首を傾げ、ニコッと無垢な笑みを浮かべた。ティアラはこの時初めて、綺麗な心を持つ人間を見た。思わず話しかけようとした所で、少年の顔が少し歪んだ。



 どうやら息が限界になったようで、慌てて浮上を始めた。ティアラは呆気に取られたが、気が付いたらその後を追いかけていた。汚くない心を見たのは、初めてだったから。









「ゲホッ……ゲホッ……少し死ぬかと思った……」



「馬鹿だな、お前は人間なんだぞ?」

「無茶ばかりして、俺の苦労も考えろよな?」



「一番強そうなウンディーネは……一番底に居そうだって言ったの……フェルドだろ?」



「マジで潜っていけるとは思わないっしょ、普通」



 泉から顔を出すと、先ほどの少年がサラマンダーと会話していた。他の種族の精霊を見るのは初めてで、ティアラは声をかけられずにいた。そんなティアラに気が付き、少年は顔を明るくした。



「あ、さっきの子だね」


「良かった、君と話がしたかったんだよ」



 声をかけられ、思わずビクッとしてしまう。そんなティアラに、少年はズカズカと近づいてきた。



「あんな深いところに居るなんて、僕もビックリしたよ」



「僕はルーン、ウンディーネと契約しにここに来たんだ」

「良かったら君と契約したいんだけど、ダメかな?」



 契約という単語に、ティアラは怯えてしまう。そのまま水に潜り、水底を目指して泳ぎ出す。いや、正確には、泳ぎ出そうとした、だろう。



 いつの間にか横に飛び込んでいた少年が、ティアラの体を抱え上げ、水上にテイクアウトされた。お姫様抱っこのように少年に抱えられたティアラは、何が起きたか分からずに目を丸くしていた。



「君、何を怯えてるの?」



「いきなり見ず知らずの奴に抱えられたら、そりゃ怯えるだろう」



「フェルド邪魔しないでよ、僕はこの子と話してるんだ」



「へいへい……」



 そう言ってサラマンダーは姿を消した、少年は陸にティアラを下ろすと、笑顔で目線を合わせてきた。




「僕、怖くないよ?」




 一言だけ、そう言った。



「あっ……契約、嫌……」


「怖い、から……嫌な物、一杯……一杯……見える、から……」

「外は汚い、怖い……やだ、よぉ……」



 契約は嫌だと、そう少年に伝えるティアラ。あんな汚い物は、もう二度と見たくないのだ。



「ん~? んー……」

「まぁ、確かに……外に出ればそういう嫌な物、見えちゃう時もあるね」



「そっか、サラマンダーと同じで、君も心が見えるんだ」

「見えるとやっぱり、辛いよね」



 少年は腕を組んで少し考えると、ティアラを再び抱え上げた。



「ひゃあ?」



「けどさ、外って嫌なことばかりじゃないよ」



 ティアラを抱えたまま、少年は駆け出した。その勢いで木を蹴りつけ、身軽な動きで木を登って行く。一気に木の頂上まで駆け上った少年は、笑顔をティアラに向けた。




「ほら、綺麗だろ」




 少年が見上げた空は、綺麗な星空だった。



「凄いよな、コリエンテ大陸は星空が凄い綺麗だ」

「この前だってオーロラっての見たんだ、あれも凄かったなぁ……」



 なにやら語りだした少年の横顔が、凄く楽しそうで。凄く純粋で。その心が、とても眩しかった。



「汚い物を絶対見せないって、約束は出来ない」

「いや……多分見せちゃうと思う」



「けど、それ以上に綺麗な物、沢山見せてあげられると思う」

「だから、僕と契約してよ」



「笑えば可愛いと思うんだ、君」

「水底に引き篭もってるなんて、勿体無いよ」



 そう言って笑っている少年の心が、凄く綺麗で、ティアラは自然と、その心に寄り添いたいと思っていた。



「……じゃんけん、しよ」



「え? じゃんけん?」



「私に、勝てたら、契約……いいよ」



「本当!? よし、やろう!」



 契約を賭けたゲーム、自分から挑む事になるなんて、正直思ってもいなかった。木から降り、少年はティアラは下ろす、そのまま2人は向き合った。



 少年の心は確かに、見たことも無いほど眩しかったが、それでもはっきりと見えている。普通にじゃんけんをすれば、ティアラが負けるのは有り得ないだろう。



 初めての契約時にはゲームをしなかったティアラ、そのせいで酷い目にあったのだ。そんなティアラが契約のゲームにじゃんけんを選んだのは、絶対に負けない勝負だからだ。これは、絶対に契約をしないという意思の現れであり、ティアラの拒絶の証でもある。



 その勝ち目を与えない勝負を、少年は軽々と越えてきた。ティアラのグーに対し、少年はパー、一発目で勝負は決した。少年の心は見えていたはずなのに、動きが読めなかったのだ。




「何で……何、したの……?」




「心読もうとしてたろ、ズルはダメだよ」

「心が見えても、分からない事だってあるんだよ」




 少年はパーのまま手を伸ばしてきた、ティアラのグーを包み込むように、その手を取った。



「踏み出してみないと、見えないものだってあるんだ」

「怖い事もあるけど、良かったって思える物も、きっとある」



「真っ暗で何も見えないなら、手を繋ごうよ」

「きっと、光が見えるからさ」




「うっわぁ……、寒いわぁ……」




 笑顔を浮かべていた少年の横に、サラマンダーが現れた。



「良いとこなんだから、邪魔しないでよ……もう……」

「ごほんっ…………だからさ、僕と一緒に旅に出よう」



「僕の夢は、魔物と人の共存の世界」

「まだまだ先は見えないけど、きっと出来るって信じてる」




「僕の夢の果て、一緒に見て欲しいんだ」




 その笑顔は、ずっと閉じ篭っていたティアラには眩しすぎて、自然と涙が零れていた。暖かくて、優しい心に、生まれて初めて、ティアラは安心できたのだ。




「君、名前は?」




「な、まえ?」

「……ない……」




「じゃあティア……いや、ティアラ」

「今から僕は、君をそう呼ぶよ」




「……ルーン、眩しい、ね」

「ルーンの心、太陽、みたい……」




「じゃあ、怖くても、暗くても、僕が照らすよ」

「暗ければ暗いほど、光って良く見えるんだしね!」




 その笑顔は、自然とティアラを笑わせていた。生まれて初めて、ティアラは笑えたのだ。





____________________________________________




 あれから500年近くが経った、ティアラは再び、真っ暗な場所にいた。



 昔の仲間だった精霊達が連れて来たのは、ルーンに少し似ていた人間だった。



 ゲームをしたのも、ルーンと同じで、心が綺麗だったから。



 一度は諦めたのに、あの子はまた私に向き合った。



 あの目が、あの心が、ルーンと重なって……。



 辛いのか、悲しいのか、嬉しいのか、分からなくなって。



 自分の心が、溢れ出してしまった。



 汚い心が大嫌いな筈なのに、不安と寂しさで、自分の心が黒く染まっていたんだ。



 そんな自分の心に沈んだティアラが、確かに声を聞いた。



 自分を呼ぶ、声を。




(真っ暗なのに、どうして……届くの?)



(何で、君は、来てくれるの……?)




 分かっている、伝わっている、ここは自分の心が溢れ出して出来た場所だ。あの人間の想いが、直接伝わってきていた。




 あの人間の心が、闇の中ではっきりと、光り輝いていた。




(……太陽、みたい……)




 ルーンの言った通り、闇の中でも、光ははっきりと見えていた。ティアラは光に手を伸ばし、手を、繋いだ。




















 黒い水球が光り輝き、透き通り始める。その中で、ボロボロのクロノと、涙を流しているティアラが、手を合わせていた。


 

 水球は崩れ落ち、一息付いたクロノに精霊達が近寄ってきた。



「クロノ、ティアラ! 無事だったか!」



「良かったぁ~! 心配したんだよぉ!」



「あぁ、何とかな……」



 目の前で泣き続けるティアラを見て、クロノは安心したように笑顔を浮かべた。



「この状況は? 勝負はどうなったんだ?」



「あいこだな」



 首を傾げるアルディの背後から、セシルが近寄ってきた。



「パーとパーであいこ、ティアラ相手では有り得ない結果だ」



「引き分け、だろうな」



 セシルがニッと笑った、その笑みが何を意味するかは分からないが、今はそんなのどうでもいい。



「今は、勝負とか……契約とか……どうでもいいよ……」


「手、取って貰えたから……さ」




「ふえぇ……う、うぇ……うえぇええええええ……っ!」




 さっきまで合わせているだけだったが、今は指を絡ませてしっかりと手を握ってきている。泣き続けているティアラだが、クロノは気が付いていた。


 

 あの闇の中、手を伸ばし続けたクロノは、ティアラの心を感じていた。手が合わさった瞬間、光が闇を消し飛ばしたのだ。あの光は、契約の光……。



 ティアラは、クロノを認め、既に契約を結んでくれたのだ。クロノはやり切ったような笑顔を浮かべ、空いている右手でティアラの頭を撫でてやった。



 泣き止むまではしばらくかかりそうだが、もうティアラは心配要らないだろう。今までで一番ズタズタになったが、無事に3体目の精霊と契約を結ぶことが出来た。




 繋いだ手は、確かに光を見せた。


 残る精霊は、あと一人だ。



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