第八百三十四話 『ヒートアップ』
「うーん、今ベルちゃんの叫び声が聞こえたような……」
この世の終わりのように吹き荒れる吹雪の中、エティルはぼんやりと空を見上げる。しかし聞こえるのは戦闘機のような重苦しい音を運ぶ風の音だけで、空を見上げても厚い吹雪が全てを覆い隠している。暴風防雪から不慣れな人達を風で守りながら、クロノ達は自陣の立て直しに駆け回っていた。
「エティル集中してくれ! 俺まで飛ばされちまうよ!」
「あ、ごめんねクロノ……今ベルちゃんの悲鳴が聞こえた気がして……」
「仲間だもんな、やっぱなんだかんだ言っても心配なんだ……」
「いやぁ……ざまぁみろだなぁって」
「えぇ……」
「でもどうせあいつ応援しかしねぇだろ、くたばっても死なねぇし」
「フェルドの言う通りだよ、仮に本当にベルが消し飛んでいても……正直この勝負に影響はしないだろうね、残念だけど」
「……残念、もっと、痛い目に……逢えばいいのに……」
「なんて奴等だ、本当に仲間なのか……」
「そもそもこの吹雪だぞ、広範囲を感知する余裕ないけど……それでも俺だって音とか拾ってるんだ……そんな変な音とかしてないけど?」
聞こえるのは風の音だけ、吹雪のせいでほぼ視界ゼロ、感知をしても捉えられる情報に変なところはない。他チームへの妨害こそ禁止されていないが、生半可な者なら妨害する前にまず自分が危ないレベルの大雪だ。
「いやぁ、ピットちゃんも来てるしさぁ」
「いくらピットさんでもこの吹雪の中わざわざベルさんを狙ったりしないだろ」
「……知らぬが、仏……」
「戦況に影響はないって言ったけど……ベルが居る事によってピットのターゲットが固定されるのは色々と問題かもね」
「ベルのいるチームは巻き添えだな、同情するぜ」
「襲われてる前提で話してるよ、何も感じないって言ってんのにさぁ」
吹雪で飛ばされかけている同チームの面々を風の力で守りつつ、クロノはやれやれといった様子で溜息をついていた。そんなアホな契約者の感知をぶち抜く異常な速度で爆撃は吹雪の中降り注ぎ、嫉妬チームの陣地をこれでもかと破壊し尽くしていた。空高く打ち上げられたミサイルは雲を突き抜け、超高度から角度を変え音速を超えてベルを狙い降り注ぐ。流星のような弾幕は他の人への配慮も忘れず、謎の技術で爆発音を出さないサイレントエンジェルキラーだ。多くの者は気づきもしていないが、もし吹雪が吹き荒れていなければ戦争のど真ん中みたいな光景が広がっていた事だろう。雪のヴェールが無ければ、トラウマ必至だった筈だ。
「うーん流石ベルさんですね……着弾しているのに反応がビクともしていない……遠距離スキンシップじゃ限界がありますねぇ」
「わー、チームのロボ子ちゃんがとんでもないことしてるー」
「…………森の外にはこんな化け物が居るのか」
空に爆撃を打ち上げまくるやべぇ奴に対し、ヒャクとシロガネはドン引きしていた。というか周りの人達は全員唖然としている。楽しいお祭りに来たのに吹雪に晒され、顔を上げてみれば現実離れした爆撃を涼しい顔でぶっ放してる奴が居るのだ、当然といえば当然の反応だ。
「……あれに晒されたチームは全滅なのではないか?」
「えっとー……勝負になるのかなこれ」
「御心配には及びません」
「うわ話しかけてきた」
「ベルさんのいるチーム以外は上手く狙えませんし、ベルさん以外の方々には傷一つ付けません……競技の都合上雪像は砕けるようにしていますがね」
「自慢ではありませんが、コントロールには自信があります…………制御抜群ですので!」
「そっかー」
「良く分からんが、そのベルとかいう奴には同情する」
「いえいえ、ベルさんはこの程度じゃビクともしませんよ」
「これは挨拶みたいなものです、勝負はここからですよ」
今の爆撃は万物を粉々にする勢いだったのだが、それでビクともしないのは怪物以上の何かじゃないだろうか。ヒャクとシロガネは肌で感じていた、森の外にはやべぇ奴等が居るとは思っていたが、そのやべぇの格が違うと。一方その頃やべぇ奴認定に巻き込まれていたベルは、真っ黒焦げになって地面に転がっていた。
「天使の黒焦げとか……世も末だよね……」
「い、生きてるのね……」
ドン引きするアクアだったが、あれだけの爆撃だったのに被害者はベルだけだった。良い感じに出来上がっていた雪像は木っ端微塵にされたが、それ以外の破壊は一切ない。
(どういう仕組み? 今の爆撃……魔力の欠片も感じなかったし……わけわかんない……!)
(な、なんか……レベルの違うとんでもない奴等が何人かいる気がしてきた……)
「場合によっては全力防衛の必要有りかと思いましたが、不思議と無事でしたね」
「なにが無事なのさ、レヴィの大活躍で完成しつつあったレヴィ型大雪像が木っ端微塵だよ、おこだよおこ」
「おこなのに途中から雪像作る手を止めてチームを守ろうと魔法使ってたツンデレ大罪がこちら~♪」
「うるさい女王だね、口と心臓止めて」
「酷すぎでしょ、これでもぶっ壊された雪像の破片は受け止めたりしてんだけど?」
(主力達は涼しい顔して今の爆撃に対処してるし……マリアーナに良い所見せる筈が、もしかしなくても私大ピンチなんじゃ……)
「しかしこの先も爆撃されるのであれば、少々厄介かと」
「狙いはそこの天使だよ、その時レヴィは閃いたとさ」
にやりと笑ったレヴィが指を鳴らす、同時に黒焦げエンジェルの身体が宙に浮いた。
「あれれ~? レヴィちゃん僕すっごく嫌な予感するんだけど~?」
「流石天使だね、天の声でも聞こえたのかな? レヴィは悪魔だからよく分かんないや」
「応援団長は今から防衛隊長に任命するよ、チームの為に盾になってね」
「人の心とかないのかなあああああああ?」
「とっくの昔に失ったね、レヴィ悪魔だもん」
ベルを天高く浮かべ、避雷針のように空中に固定した。次さっきみたいな爆撃を喰らっても、上空で全て吸ってくれるはずだ。犠牲はゼロで済む。
「さて吹雪で見えないけど……スタートダッシュは文字通り打ち砕かれちゃったね」
「他のチームも動き出してくるはず、さっさと立て直すよ」
「レヴィちゃんなんだかんだ言って上手くチーム纏めてるよねぇ」
「レヴィ達は昔から色んな依頼を受けてたし、他の奴と組む事も沢山あったから慣れてるんだよ」
「だからこそ、他のチームも油断ならないってレヴィは知っているんだよ」
レヴィの言う通り、他チームも大罪が中心となって雪像を組み上げていた。開始前の待機時間の時点で大罪達はチームの不安や疑念を取り払っており、連携は意外にもスムーズに行われていた。特に色欲チームの結束は凄まじいものがある。
「みんな頑張れー! 集めた雪は私とロベリアちゃんでペタペタするからねー!」
「うおおおおおおおおっ! 全力で雪を集めろ! チーム色欲ファイトー!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「頭痛い、なんなのよこれは……」
「ロベリアちゃん血を使うんだね、そうだ雪像に色とか付けちゃおうか?」
「あ、いや、魔力を纏わせたモノなら血じゃなくても操れる固有技能で、血が一番身近だからってだけで……」
「あー固有技能なら使用は禁止だっけ、なら仕方ないね、コツコツ魔法で頑張っていこう」
「禁止じゃなくても血で雪像塗るのはやめなさいよ、頭どうなってんのよ」
「リリネアちゃんも手伝って~!」
「あーもう調子が狂う……」
ミライがあまりにも悪魔らしくない為、リリネアは頭を抱えていた。あれでは普通の人間と変わらない。
(いや……色欲の悪魔だっけ? 自分の欲に全振りなら……ある意味悪魔として正しいのかも……?)
(いやでも、でもさぁ……百歩譲ってあの子はまぁ悪魔なんだなって納得してもさ……)
「さぁシャル・ザ・ダーク! 元気に雪をかき集めるぞ! はっはっはっは!」
「お願いだから一回死んでくれないかな」
(あれはなんなのよ……!)
リリネアの後方、悪魔の気配がする変な仮面の男が居た。一緒に行動してる小さい変なのからは良く分からない気配を感じるし、そろそろリリネアの脳は限界を迎えつつある。
「ミライちゃん! 良いペースで雪像出来てるね!」
「うん! みんなのおかげだよ!」
「これは俺達のチームが優勝かな~? 楽勝ペースなのでは?」
「うーん、それはどうかなぁ」
「みんな凄いからなぁ、能力使えなくても、私達の力は私達の欲の体現……魔法を使えるなら、その方向性の再現なんて簡単だからね」
「それが枷になる事はない、かな」
ミライの言葉に応えるように、ミライたちの作っていた雪像の上半分が消えた。正確には上半分が崩れ、粉雪のようになって不自然に飛んでいった。
「はっ!?」
「もぅ~……欲しがりなんだからさぁ」
ミライのチームだけではなく、他のチーム全ての雪像が抉られた。それだけじゃない、陣営の雪が不自然に吸い込まれていく。
「なんだぁっ!?」
「ちょ、雪が飛んでいくんだが!?」
雪が吸われていく先は、強欲チームだ。ドゥムディが己の魔力を広範囲に広げ、全てを強引に引き寄せた。
「能力が使えれば一発なんだが、結局一手間増えるだけに過ぎないからな」
「自陣の雪だけじゃ到底足りん、おれは国全域の雪が欲しい」
ドゥムディの頭上にとんでもない量の雪が集まってくる、押し潰されそうなくらいの量だ。
「規格外ですね……」
「派手だなっ! あたしは好きだぜこういうの!」
「お前達が守りに回ってくれたから魔力を練るのに集中できた、ありがとな」
「さぁ後はこの雪でどでかい雪像を作れば……」
ゆっくりと雪を下ろそうとするドゥムディだったが、次の瞬間地面が形を変え棘のように空に伸びた。複数の棘が雪に突き刺さり、一呼吸置いて膨大な量の雪が引き裂かれた。勢いよく引き裂かれた雪の塊は、広範囲に降り注ぐ形になる。
『悪いなァ、目立つところに浮かんでたから喰っちまったぜェ』
「散らかすなよ……品の無い」
『暴食に品があるとでも? ボクの皿から掠め取ろうなんざそっちこそ品がねェぜェ』
「強欲に品が必要か?」
『お互い様だなァ』
「悪魔だからな」
雪の降り注ぐ中、わざわざ魔法で声が届けられた。短く交わされた言葉により、闘争心はより燃え上がる。欲望は膨れ、祭りを舞台に暴れ狂う。勝負は、ここからだ。




