第八百三十二話 『舞台の上も下も』
場面は移り変わりラーナの中央広場、出店が並び多くの人で賑わう中でジェイクは渋い顔をしていた。
「囮作戦って言うから目立つ場所にリリネア先輩行かせたっすけど、間違いなくこりゃ後でグチグチ言われるだろうなぁ……大体全部魁人君が悪いだろ帰ったら殴ろ」
「だ、だめですよジェイクさん……お仕事なんですから頑張りましょうよ……」
「上辺は休暇って形になってんすよ、上司のクソ野郎がそう言ったんす、何が何でもこれは休暇なんすよ、休暇に働くのは馬鹿か可哀想な奴なんすよ」
「ジェイクさんは馬鹿でも可哀想でもないです!」
「そりゃどうも、お前に励まされてもやる気は出ないし全然嬉しくねぇっす」
「うーうー……あ、ほらほらジェイクさん! 楽しそうな出店が沢山ですよ!」
「俺幸せそうな奴等見てると吐きそうになるんすよね」
「一体何がジェイクさんをそうさせるんですか……?」
「世界」
周りをぴょんぴょん跳ね回るクソウザ兎にげんなりしつつ、それでも仕事柄警戒は怠らない。サボりたいし働きたくないのは本心だが、それでも身に沁みついた振る舞いは簡単に肩の力を抜かせない。大勢人が居るここは一番狙われたくないし、一番狙われやすいポイントだ。
「大なり小なり事件は起こるだろう、祭りなんだしな……そん中でも特大の予兆ってのは見逃すわけにはいかねぇ……ほぼほぼ確実に何かは起きるんだからな……テメェも足引っ張りたくねぇなら目ん玉真っ赤にしてでも目を凝らして……」
「ジェイクさん、向こうの屋台で女の子が絡まれてますよ」
「んな些細な騒ぎは放っておけ、誰彼構わず助けてちゃ手が何本あっても足りねぇっすよ」
「じー……」
ミクレムが顔を覗き込んでくる、本当に見捨てるんですかと無言で訴えてくる。ぶん殴ろうと思ったが、何故かジェイクは次の瞬間絡まれていた女の子の元へ駆けつけていた。
(自分自身に吐きそうっすわ)
「おいそこの! 祭りの日にくだらねぇ騒ぎ起こしてんじゃ……」
「くじ引きを全部買い占めたらくじの意味がねぇだろうがよっ!!」
「こちとら金の為だけにやってんじゃねぇんだっ! 他のお客様の楽しみが枯れるだろうがっ!!」
「あわわわ……つい結果が気になって……ごめんなさいいいいいいいい!」
「あっ、これ女の方が面倒な奴っすね……巻き込まれたら面倒なイベントが発生する奴っす」
「一般通過警備系勇者だっ! 何を騒いでる!」
「ほら見ろ別に俺達が首突っ込む必要なかったじゃないっすかああああああああああ!」
駆けつけてきた勇者達に囲まれ、しっかり面倒ごとに巻き込まれたジェイク。ようやく聞き込みから解放されたジェイクは金の力でくじを買い占めようとしていたクソ女を睨みつける。
「随分と常識がねぇみたいっすねぇ、恥ずかしくないんすか?」
「ジェイクさん口調が怖いです!!」
「いやぁお騒がせを、箱入り監禁系でして……」
(想像以上に面倒そうな女っす)
「さっきはありがとう、助けに入ってくれようとしてたの見てたよ」
「私はヨナ、つい最近までお城に閉じ込められてたから……つい珍しいものがあるとはしゃいじゃうんだ……特に運試しとか未来が分かんない系が大好きで……」
「お城……ヨナさんは王族さんなんですか?」
「今は冒険者です! 頼りになる相棒と一緒に世界を巡ってます!」
「そりゃ結構、関わると色々めんどくさそうなんで俺達はこれで……」
「あ、この後の雪像作り……よかったら見ていってくださいね! あたしの相棒が出るんで!」
「ヨナさんの相棒さんは強いんですか?」
「強いよ! 悪魔だけどすっごく良い子!」
「わぁ、私達のお仲間の悪魔も雪像作りに出るんですよー!」
「おいなんで話が弾んでんだっ!! 早くこの場を離れるっす、よ……?」
(悪魔と旅してる元王族の冒険者…………っ!?)
それは聞きたくもない情報が毎日流れ込んでくる今の職場で、小耳に押し込まれた記憶があった。
「…………あんた未来が視えるとか言う、ケーランカの姫さんか」
「…………ん、そうだよ」
「お兄さん達、ただの観光客って感じじゃないよね」
「はっ、そっちもただ遊んでるってだけじゃないみたいっすね」
「いや? お祭り楽しそうだったから来ただけだよ」
「未来はね、もうあんまり見ないようにしてるんだ……あたしは楽しくて輝く未来をいつだって信じる事にしてんの」
「けどお兄さん達の様子とか、ちょっとピリピリしてる警備の人とか見てるとさ……何かが起きそうって未来視なくても感じちゃうよね」
「そうっすね、起きて欲しくねぇ最悪って奴が迫ってる」
「どうするっすか? 相棒とやらを連れて逃げた方が賢明……と言いたいところっすけど外は猛吹雪……袋のネズミっすよ」
「最悪が迫ってるならあたしは喜んで首を突っ込むよ、インクはキレそうだけどね」
「沢山の人が終わりの未来に挑んで、未来を切り開いてくれた……あたしはみんなが繋いでくれた未来の道の上に居るんだ」
「視える視えないは関係ない、暗い未来が立ち塞がるなら……今度はあたしも立ち向かう、誰かの未来を切り開く為に」
「そうやって胸を張って突き進んで、自信を宿して、あたしは堂々と国帰るんだよ!」
「そりゃご立派で、世間知らずは早死にがお約束っすよ」
「地獄なら結構な奴を実際に見たつもりだけど、今日ってそんなに危ない感じなの?」
「まぁ確かにケーランカのあれは地獄絵図だったっすけど……今回のはまた違った感じっすよ」
「想定通りの最悪なら、悪魔抜きでの人の汚さってのが今回の敵っすね」
「良く言うじゃないっすか、ただのゴミ野郎より厄介なのは、自分が正しいと思い込んでるクソ野郎って」
「正解なんて無いのに、正義って奴の押し付け合いが今日のテーマっす」
「ジェイクさん! 紫苑さんの貸してくれた本に可愛いは正義って書いてました!」
「お前もう喋るな、ぶん殴りたくなるから」
「ぴゃああ……」
ミクレムの額を指で弾きながら、ジェイクは空を見上げる。このままくだらない時間が過ぎてくれれば、それに越したことはない。自分が疲れるだけで終わるなら、それに越したことはないんだ。だけど嫌な予感は当たるモノ、多くの修羅場を潜った自分の勘がそう言ってる。思えばリリネアもごねてはいたが、結局は文句を言いながらも従ってくれた。恐らく自分と同じく、勘が働いているのだろう。最悪は起こる、奴等は仕掛けてくる。祭りの楽し気な空気に、何かが混じっている。最高レベルの警備態勢だが、その中に確かに何かがある。だからこそ、休暇なのに気が抜けない。
「あーあ、本当に嫌になるっす」
働きたくなんかないのに、自分の能力的に何処に居るのがベストか考えている。何処に居れば、一番役に立つのか、一番多くに手を伸ばせるのか、考えたくも無いのに考えている。自分が一番気持ち悪くなるように脳みそが動いている事実に、最高に吐き気がした。
「……? ジェイクさん、良い事ありました?」
「ここ最近良い事なんて一個もねぇっすよ、喧嘩売ってんすか?」
「いやだって、今笑ってましたよ?」
「…………………………」
「痛い! なんでチョップするんですか!?」
本当に、吐き気がする。
同じ頃、屋台の食べ物を触手が許す限り抱え込むテーウは食の喜びに溺れていた。
「シュシュシュッ! 美味しいモノがたーくさん!」
「流魔水渦を手伝って得たお金が物凄い勢いで無くなっていく……ラーネアに怒られるぞ」
「キリハちゃんだって一緒にムシャムシャしてるし同罪だもんねー」
「……美味しい」
「おーいしい!」
「わっ……魔物だ……」
「んー?」
堂々と屋台巡りをしているテーウ達だが、やはり驚きの目で見られる事は少なくない。流石に暴食の森で生きていた時と違い服は着ているが、それでも虫人種や触手賊は隠しきれない人外部分がある。特にテーウは髪も手も足も全部が触手だし、キリハの目は人によっては恐怖を感じる虫に似た目だ。
「もしかしてテーウ達怖いかな?」
「人間化が下手なのが、悔やまれる……」
「んー……困ったなぁ」
「なぁに、気にすることはねぇよ」
声をかけてきたのは、屋台のおっちゃんだった。ちなみに初対面の完全な他人である。
「……何奴」
「ただの焼き鳥屋のおっちゃんさ、ただのな」
「あんた等が魔物なのは間違いねぇが、今あんた等が人の目を気にし、相手を怖がらせまいと気を遣った事実もまた変わらねぇ……思いやりの気持ちがあるならきっと手を取り合える、そうだろう?」
「おぉ……なんかそんな気がしてきた!」
「……そうかな……そうかも?」
「それにあんた等はここに来るまで屋台という屋台を食い荒らし、美味しい美味しいって笑ってくれたじゃねぇか」
「俺達にとっちゃ、その笑顔が一番の贈り物だぜ……」
「えへへ~……おっちゃんも食べちゃうぞ~!」
全触手をうねうねさせテーウは焼き鳥屋に襲い掛かる、一気に質量を増した暴食の化身におっちゃん含め周りの人々も顔を青くした。
「ぎぇえええええええええお助けえええええええええええええええっ!!」
「シュシュシュシュシュッ! 驚いた驚いた~!」
「テーウ、クロノに怒られるよ」
「うげぇ……それはいやだー!」
「はははは……度肝抜かれたぜ嬢ちゃん……」
「ごめんねおっちゃん怖がらせて、お詫びに焼き鳥沢山買うね」
「わははは気にするな嬢ちゃん、俺も驚きすぎたぜ」
「全部ちょうだい?」
「え、全部?」
流石に店の在庫を喰い尽くすのも悪いので、空いてる触手で持てる分だけ頂いた。
「また来るねー」
「ま、毎度あり~……」
「またお金が減ったよ」
「お腹は膨れるからおっけー! およ?」
先ほどの暴食ジョークで固まった通行人達の中に、小さな男の子を見つけた。男の子の表情は、恐怖の色が多少見える。
「ん~? そこの君、テーウが怖い~?」
「え!? あ、えっと……」
「怖くないよ~」
触手を伸ばし、男の子に焼き鳥を一本差し出す。男の子は困惑しつつも、焼き鳥を受け取った。
「え、これ……」
「せっかくのお祭り、楽しんでいこ~!」
触手で頭をポンポン撫でてやり、テーウ達はその場を後にする。深く考えずにやった事だが、焼き鳥をムシャムシャし始めたテーウはふと首を傾げた。
「あれ? なんでテーウご飯を分けてあげたんだろ? 知らない子なのに」
「っていうかおっちゃんも言ってたけど、なんでテーウ達怖がらせないように気を遣ってるのかな」
「……多分、クロノのせい」
「……ここに居なくても、心に居る……影響大」
「うーん、まぁ悪い気はしないから良いかな」
「森に居た頃はありえなかったなぁ、こんなテーウは……悪い気はしないんだけどね! ぜーんぜん!」
ニコニコと笑うテーウとそれに頷くキリハ、二人は次なる美味を求め屋台巡りを再開しようとするが、顔を上げた先に珍しいモノを見つけた。それは、自分達と同じ魔物だった。人間化しているが、匂いで分かる。
「お姉ちゃん達大丈夫かなぁ、迷惑かけてないかなぁ」
「大丈夫だよ、きっとクロノ君の役に立ってくれるさ」
「それより僕は確実に迷惑をかけ兼ねないあの者を警戒しているんだけどね」
「まだ来てないっぽい? 本当に来ないのかな? 行かない行かない詐欺だと思ってたんだけどなぁ」
「来るなら来るで目を光らせておかないと、クロノ君は勿論他の人間にも迷惑がないように見張らねば……僕が来たのは殆どその為だからね」
「なんで他の海の人なのにお兄ちゃんが苦労してんだろうね……ただでさえうちには面倒なお姉ちゃんがいるのにさぁ……」
恐らく、人魚の類だ。森で暮らしていたテーウ達にとって、海の魔物は珍しい。
「間違いない……」
「ん? なんか変な視線を感じる……」
「海鮮だっ!」
「すっごい失礼な角度でお魚扱いされたっ!!」
祭りが大きく動くその時に備え、外野の戦力も整いつつあった。組み合わせは狙い通りか、はたまた偶然の産物か。その時は、水面下に迫っている。人か魔物か、正義か悪か、いつだって争いは何かの対立、押し付け合い。国は吹雪に包まれ、外部からは切り離されている。見届け人は、この場に居る者達のみ。双方にとって、舞台は整った。
幕が、上がる時だ。




