第八百二十六話 『ラーナは良い国』
休みの間、殆どの知り合いに顔を出した。美味しい食事をこれでもかと腹に詰め込み、温泉国の温泉を制覇し温泉経験値も稼いだ。身体はしっかり休めたし、怠けていただけではなくちゃんと鍛え上げた。準備は万全、祭りまであと五日……そろそろ動く時だ。
「ユラさん、アプさん、滞在中本当にお世話になりました」
「お客様に満足してもらうのが私の仕事や、それに国の恩人をもてなせて光栄やったよ」
「アプを助けてくれた恩をこれくらいで返せたとは思ってないからね、また遊びに来て欲しいな」
「一から百までユラさんの言う通り! 皆さんには返し切れない恩があります! だから絶対また来てください! 絶対、絶対負けないでくださいね!」
「流魔水渦が見張ってるとはいえ、この国は神聖討魔隊が狙ってる……戦いが決着するまで奴等がどんな暴挙に出るかはわかんないし、気をつけてな」
「ご武運を」
ユラ達に挨拶を済ませ、クロノ達は宿を後にする。休暇を終え、クロノ達はこれからラーナフルーレを目指すのだ。だが、その場にはセツナとレヴィしかいない。
「休暇の間にどんどん先にラーナに行っちゃって、結局残ったのレヴィちゃんだけか」
「ちゃん付けやめて、レヴィはセツナのお目付け役だよ」
「クロノと切り札である私が大罪の見張りだろう! 最初そういう話だったろ!」
「レヴィ達が優秀過ぎて立場が逆転しただけでしょ、存分に嫉妬すると良いよ、ふふん」
「ラーナでもマルス達には流魔水渦の見張りが付いてると思うけど、最初に比べると随分自由に動いてるし頼られてるよな」
「マルスの器は離れてても器なんだから会話くらい出来るし不便はないでしょ」
「会話出来るけど精霊がうるさいしお前が嫌いだからって滅多に返事してくんないよ」
「頼られてないし信頼もされてないんだね」
「言い方ぁ……」
レヴィに凹まされクロノは肩を落とす、そしてそのまま移動用拷問機に手を伸ばし、その手がセツナに叩き落とされた。クロノの手は真下に払われたが、セツナ自身勢いのまま地面に落っこち転がっていく。
「ていやっ!」
「なにすんのセツナ、いやなにしてんのセツナ」
「私はその船が嫌いだ!」
どうもセツナはギガストロークが苦手だ、ただちょっと速すぎて死ぬ程振り回されるだけなのに。クロノも昔はミンチになりそうだったが、今では立派に乗りこなしている。メガからギガに進化した今も、その異常性に順応している。あの狂った速度の中で己を保つ事こそが、強者への第一歩とすら思っている。
「だからセツナにも耐えて欲しい、可哀想だけどここで甘やかすわけにはいかないんだ」
「現地にみんなが居るならアジト経由でゲート使えば一瞬だろうっ!!! その船には呼び出し機能だってあるし! せっかく休めた身体に無駄なダメージ与えるのはおかしい! 意味不明理解不能断固抗議!」
「まぁセツナが言ってる事は間違ってないとは思うよ、レヴィもその船は嫌いだし」
「レヴィが味方に! 勝った! 多数決こそこの世の絶対覇者だ! 負けろクロノ! 切り札に負けろっ!!」
「でもそれ以上に苦しむセツナが大好きだから、諦めて乗り込もうね」
「お前はいつもいつも、いっつもいっつもっ!!!!!!」
急旋回するような裏切りはもはや美しさすら感じる。逃走すらレヴィの力で反転し、セツナは自らの足で棺桶へ乗り込んだ。目的地はラーナフルーレ、跳ねるセツナを楽しみながら道中は穏やかに進行した。しかし、当初の目的はお祭りを楽しむという物だったが、何の因果か今は相当に捻じ曲がっている。大罪を囮に、国を戦場にしようとしているのだ。被害や犠牲を0に抑える事など、本当に可能なのだろうか。向こうはどう動くのだろうか、対処し切れるのだろうか、どうしても不安は湧いてくる。味方への信頼はあるが、温泉国での向こうのやりたい放題っぷりを考えれば嫌な予感は拭えない。
「セツナが跳ね回ってるってのに、器くんは難しい顔だね」
「レヴィちゃんがいるし、セツナは大丈夫だろう?」
「大丈夫じゃないんだよ! レヴィに硬くしてもらってるけど視界がグルングルンしてんだよ!!」
「セツナの代わりにお土産の温泉饅頭がやわやわになってるよ、むぐむぐ」
「ぬる~い……流石に国を戦場にするってのがまだ抵抗があってね」
「セツナってアホ切り札がいるし、器くんもいるし平気でしょ」
「レヴィ達もいる、何が起きても何とかするよ」
「頼もしい事で……」
「あのアホ担いでレヴィとミライ相手に勝った超アホが情けない顔してんじゃないよ」
「セツナはアホで能力も説明できない何でもありだけど、器くんは説明できる範囲でアホな領域にいるんだ、もっと誇るといいよ」
「褒めてくれてる?」
「嫉妬してるだけ、四属性の精霊の力を高レベルで行使出来るってだけで、対処できる範囲馬鹿広いでしょ」
「考える頭も追加で四つあるんだ、器くん次第で出来る事、可能な事は沢山増える……君の手は思ったより遠くまで届くよ」
「そして今回はレヴィ達も、その他大勢も手を貸してくれてるんだ……暗い顔して俯くより顔上げて頼れる仲間に嫉妬するべきだよ」
「……そうだな、頼れる先輩がいるんだしな」
「それが分かったらいい加減ちゃん付けやめて」
「いやぁレヴィちゃんは目線の高さのせいでつい子供のように……」
「今度みんなの前で女装させてあげよっか、能力使って、自分からさ」
「レヴィさんには今後一切逆らいません」
「待ってそれって凄く面白そうじゃない!?」
「次の酒の席でやらせようぜ!」
「うるせぇクソ精霊共出てくんな!!」
「頼れる精霊になんてこと言うんだこの契約者は!」
「……面白い、事……大好き……」
「引っ込めっ!」
溢れ出してくる害悪共を押し込もうとするが、四対一では流石に分が悪く揉みくちゃにされてしまう。呆れるレヴィに跳ねるセツナ、船内は程よくカオスを孕み、いつしかギガストロークの窓が薄く凍り始めていた。
「ん? なんか船の壁が冷たくなってきたぞ」
「その速度で跳ね回ってぶち当たってるのに分かるの?」
「逆になんでわからないと思うんだ? 私はそこまで鈍くないぞ」
「そうなの? ビックリだよ」
「私はその反応にビックリとぷんすかだぞ」
「気の抜ける会話だなぁ……それはそうとそろそろ到着だ、外はほんのり雪が降ってるっぽい」
ちなみにギガストロークの移動は速すぎるので、窓からの景色は殆ど止まって見える。だから雪はあんまり見えない。
「噂の花咲く雪は見れるかな?」
「まだ見れないと思うな、見れるのはお祭り当日から数日間だと思う」
ギガストロークの急ブレーキにより、セツナが操縦席側に飛んでいく。最後の最後にフィニッシュアタックを喰らう切り札には一周回って感心する。
「一番倒すべき相手はこの船なんじゃないかな……」
「この世で最も賢いお姫様が生んだ、この世で最も頭の悪い船だから諦めた方がいいな」
「絶対壊れても直してくれる、安心安全無限再生保証付きだよ……」
「呪いでは?」
「あのお姫様は理の外にいると思うよ、嫉妬より恐怖だったよ」
ギガストロークの走ってきた跡が後方にしっかりと残っている、雪どころか地面が若干抉れてしっかりと痕跡が世界に刻まれていた。これでどうして生物を傷つけず全回避して走れるのか理解出来ないが、深く考えると日が暮れそうなので思考を放棄する。それよりも現在地だ、目的地はラーナフルーレに設定していたが、この異常速度処刑機で目的地に突っ込めばそれはもはやテロ、なのでこの船は目的地から少し離れた場所に止まるように出来ている。周囲を見渡してみれば、すぐにラーナフルーレが見える筈で……。
「テメェらァ……ふざけてんのかぁああああああああっ!!」
空から怒号が響き、続けて男が降ってきた。特攻服に深紅の髪、鋭い眼光、そして奇妙な事に、一切感じ取れぬ敵意。
「んああああああなんだ敵か!? ごめんなさい!」
「開口一番謝罪の切り札がどこにいるのさ……」
「名乗らねぇ無礼者と誤解すんなよ! ちゃんと自己紹介はさせてもらうぜ、挨拶は大事だ……俺の名は……」
「リンクヘッジさんっ!! 『礼儀』の二つ名を授かった……ラーナフルーレの専属勇者!」
「その通りだ小僧っ!! 俺の言葉を遮るとはやるじゃねぇか褒めてやる!」
「早いのは大好きだ! だからこそ話は聞いてる、理解もしている、歓迎するぜ大罪のお仲間達!」
「既にお前等の仲間とは顔合わせは済んでいる、既にマブだからな俺はなっ!」
「ついてきなっ!! 俺の愛する国を案内してやろうじゃねぇかっ!!」
そう言うと、男は漢の背中を見せつけ先に歩いていってしまう。呆気に取られるセツナとレヴィだが、クロノは素直にその背中を追いかける。
「待って、説明とかもう終わりなの?」
「漢は背中で語るんだ」
「アホなの?」
ツッコミ不足の中、レヴィは固まっているセツナの手を引き漢を追いかける。ラーナフルーレの正門を潜った直後、セツナが寒さでくしゃみをした。その瞬間、戦闘の漢が勢いよく振り返る。
「そこの、くしゃみしたか?」
「え、あ、うん!? 寒くて……」
「なぁんだとぉ……この国が寒いだとぉ……?」
「ぎゃああああなんか地雷踏んだか!? ごめんなさい別にこの国が嫌いとかじゃ……!」
何処からともなくマフラーを取り出したリンクヘッジは、音速でセツナの首にマフラーを装備させる。
「風邪をひいたらよぉ……祭りが楽しめないだろうが…………暖かくしろよなぁっ! せっかく祭りを楽しみにしてきてくれたんだ、悪い思い出にして欲しくねぇじゃねぇかよぉっ!」
「ラーナはなぁっ! いいところだからよぉっ!!! でも冷えるのはわかるぜ、しっかり着込んでおけよっ!! オススメの店とかあっからよぉ! 案内するぜぇっ!」
「手厚い!」
「リンクヘッジさんは正義が擬人化したような勇者なんだ」
「雪の国の専属勇者とは思えないくらい暑苦しいよ」
「しかも正義って……神聖討魔隊が掲げてるのも正義じゃなかったっけ?」
「おうおう話は聞いてるぜ、理解もしてる……この国を神聖討魔隊との戦いの舞台に選んだってのもなぁ」
「正義ってのは見方によって形を変える、俺と神聖討魔隊の掲げる正義も色々と違ってんだろう……とやかく言うつもりはねぇさ、だがな嬢ちゃん」
「人様に胸が張れねぇ正義なんざ、たかが知れてんぜ……奴等はその『人様』すら傷つける……ここは俺のシマだ、好きにはさせねぇよ」
「お前等も安心しとけや、俺が居る限り……この国に涙は流れねぇ」
「は、はぁ……」
(なんかこの勇者に嫉妬したくないなぁ……)
「なんか格好いいな!」
「リンクヘッジさんは格好いいんだ」
「もしかしてツッコミがレヴィしか居なくなってる?」
「戦いを間近にこんな事言われても困惑するだろうが、ラーナは良い国なんだ」
「だから楽しんでいってくれ、祭りもきっと楽しいから、いい思い出を作っていってくれ」
「その為に、俺は命張るからよ」
専属勇者の笑顔は、不安と緊張を確かに和らげてくれた。新たな出会いが、次の章の幕を開ける。




