第八百二十五話 『雪咲く時を待ち』
海から帰還したクロノ達は、マルスとディッシュが先にラーナフルーレに向かった事を聞かされていた。神聖討魔隊との戦いの準備は、クロノ達がまったりしている間にも着々と進んでいるらしい。難しい話や込み入った話、各陣営の話し合いなど大事な部分に全く関われていないが、多分無理に参加しても邪魔にしかならないから大人しくしていよう。幸いそっち方面に心強い味方がズラッと揃っている為、クロノ自身安心して託せる。必要とされた時、その役目を全力でこなす、その為に今は全力で身体を休めよう。ただでさえ無茶をしてセツナにすら多大な迷惑をかけたのだ、今は身体も心も落ち着けるのだ。
「んで、休憩がてら流魔水渦のアジトに戻ってぶらついてるわけなんだけど」
「なんでお前がここにいるーっ!! クロノの頭の上はエティルちゃんの特等席だぞぉっ!」
「あははははっ! 我妖精女王ぞ! 妖精の全ては我の物故……お前の特等席は我の特等席だ!」
「断じて違うよ! ぶっ殺すぞ!」
珍しくエティルが敵意むき出しにしているのは、突然現れクロノの頭に陣取った謎の妖精だ。自称妖精の女王らしいが、クロノは彼女の事を良く知らない。長い眠りから目覚め、ヘディルとの激戦を切り抜け、大罪組の襲撃で滅茶苦茶になったアジトを片付けている最中少し見かけたくらいなのだ。
「エティルはこの子と知り合いなのか?」
「知ってるけどあんまり好きじゃないかなぁ」
「信じられないくらい不敬だな……何度も言うが我妖精女王ぞ???」
「クロノクロノ、こいつは妖精女王なんだぞ、ティターニアは総称で名前がラズライトだぞ」
「セツナちゃん律儀に覚えてたんだねぇ、忘れても良かったのにぃ」
「我セツナの友ぞ!? そんな簡単に忘れられると困るが!?」
「クロノを起こす為に大事な果実を分けてくれた良い奴だぞ、妖精全員からあんまり好かれてなかったけど」
「レヴィも冷たかったぞ、私より雑に対応してた!」
「ぐぬぬ、事実なので言い返せない……」
「そもそもなんでまだここにいるのさぁ……一番持ち場を離れちゃいけない奴じゃんさっさと帰りなよぉ、妖精大樹を守る役目はどうしたのさ」
「いやぁそれなんだけどさぁ、セツナに巻き込まれて我ここに引っ張り込まれたじゃん?」
「流魔水渦のゲートを通すと我の領域がバグるっぽくてね、あれから妖精大樹に急いで戻ったら我の幻魔法領域は維持されたまんまだったのよ」
「流魔水渦のゲートを通せば、我は妖精大樹を領域で守ったまま遊びにいけちまうんだ、我が席を外してる間は普段隠れてる我の側近が大樹を世話してるよ」
そう言ってラズライトは流魔水渦のゲートを開ける黒い鍵を見せびらかしてくる。どうやらルトと交渉し鍵を譲ってもらったらしい。クロノの知らないところで、ルトは妖精女王とも協力関係を結んでいた。
「じゃあいつでもラズに会えるんだな!」
「そうとも! 感謝しな! 崇めな!」
「うん、頼もしいな!」
「…………そっか、そうだろうそうだろう!」
「まぁラズちゃんが居ないなら側近ちゃん達ものびのびとお仕事出来て助かりそうだね、居ない方がマシか」
「お前女王が傷つかないと思ったら大間違いだぞ? 契約者寝取ってやろうか?」
「殺してあげよっか?」
「軽率に女王を威圧するなっ! 顔が怖いんだが!」
「ま、まぁよくわかんないけど……妖精の女王が味方なのは心強いな」
「セツナの友達なら信用できるし、エティルも本気で嫌ってないのは伝わってくるし……痛い痛い痛い髪の毛を風で器用に引き抜くのはやめろ……」
荒れるエティルを抱き抱え、頭にラズライトを乗せたままクロノは廊下を曲がる。足元が瓦解し、上下が反転し森に落っこちた。クロノはなんとか着地できたが、セツナは顔から落っこちた。
「相変わらずここは滅茶苦茶だな、俺は森に用はなかったんだけど……」
無意識で迷い込んだのか、もしくは誰かに招かれたのか、混沌のアジトに常識なんて通用しない。悶えるセツナに駆け寄るクロノだったが、死角から伸びる触手に反応し後ろに飛んだ。
「っと……テーウか」
「イエス! シュシュッと参上うねうねテーウだよ! こんにちはからの頂きます」
クロノを縛り上げようと伸びた触手は、悶えるセツナを捕獲した。テーウは肉食系の触手族である。
「いただくなああああああああああ私は切り札だぞっ!」
「テーウ、それは食べちゃダメな切り札だ」
「分かってるよ、流石にもう覚えたよ、捕食ジョークだってばぁ」
「笑えないんだよ! 笑えない時点でジョークになってないんだよ!」
「テーウが居るって事は、ここは暴食の森中心の森エリアか?」
元々流魔水渦のアジトには森のエリアが存在し、植物系や昆虫系の魔物が多数暮らしていた。暴食の森に住んでいた魔物達とは種類は同じだが、狂暴性や性格は大きく異なる。簡単に言うとまだ怖がられたりする為、同じ森エリアでもちょっと離れて暮らしたりしているのだ。
「成長だよね、ちょっと前まで自分以外は餌みたいな思考回路の子ばっかりだったのに」
「今は食堂でご飯食べる子もいるんだよ! すっごいよね!」
「仲良くしてるようで何よりだよ、テーウも元気そうでよかった」
「元気だし楽しいよ! 前よりご飯もおいしい!」
「昨日もキノコと一緒に一日中ユラユラしてたんだ!」
「それ大丈夫なのか? 私はあのキノコがよくわからないぞ」
「俺もよく分かんないけど、キノコさんは良いキノコだよ」
「そうそう! 頭からキノコ生えてきたけど楽しくユラユラしてたよ!」
「クロノ、ツッコミはお前の役目だろ、精霊達はそう言っていたぞ」
「暴食の森では深く考えちゃ生きていけないんだ」
頼みの綱を断ち切られ、切り札は絶望する。適当に森をぶらぶらしていると、悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ? 悲痛な叫びが聞こえてくるぞ」
「あー、きっと多分もしかしたらクランさんがボコボコにされてるんだと思うなー」
「クロノを起こすのに血を分けてくれたドラゴンだぞ」
「なんで恩人のドラゴンがボコボコにされてんの?」
「修行」
何故か分かり合える気がしてならない、凄く気持ちが伝わってくる。是非言葉を交わしたく、クロノは悲鳴の方へ駆けだした。そこでは巨大なドラゴンが昆虫系の魔物にギタギタにされ宙を舞っていた。
「シャアアアッ! タイマンで一本だああああああああああっ!!」
「ズルいでしょう! 力取り戻すのが早すぎるっ! 誰のおかげで強くなったと思ってんですか手加減してくださいよっ!」
「うへー、ラーネアちゃん化け物になったもんだねー」
「魔核前より強くなったか? 末恐ろしいな」
ドラゴンの巨体を糸で縛りあげているのは、ラーネアだった。見た目が前と変わっており、どことなくトゲトゲしている。特に、背中から魔力が吹き上がり翼のようになっていた。
「珍しいねあの蜘蛛ちゃん、昆虫系の魔物って魔力低めなのに翼化してるじゃん」
ラズライトが感心したように声を漏らす。生き物の身体には魔力の通り道である魔力管が通っているが、例外を除く大抵の生き物は背中側に二か所魔力管が集中している個所がある。限界を超える魔力を身に纏った時、そこから大量の魔力が噴き出し翼のような形に見える事を『翼化』と呼ぶ。制御出来ず暴走した状態だと翼は霧のように輪郭を保っておらず、安定すればするほど綺麗で大きな翼型になる。魔力管の多いそこに維持するのが、最も効率的で楽な形なのだ。
「前はあんなの無かった気、がっ!?」
背後からキリハが飛びついてきて、クロノは変な声を上げた。その声に気づいたのか、周囲の魔物達が集まってくる。
「なんだクロノじゃんか、ようやく顔出したのか?」
「キリハ、はしたないぞ」
「シロガネに言われたくない、早い者勝ち」
「元気そうだねぇクロノ君、起きたとは聞いていたけどこうして直に顔を見られて安心したよ」
「ヒャクとシロガネも久しぶりだな、暴食の森の外で会うのはなんか変な感じがするよ」
「それとキリハは一回離れようか、鎌が両腕に食い込んでんだ……」
「もう二度と離したくはない、心配した」
「心配かけたのはごめん、なんか寝てる間みんなに迷惑かけたみたいで……」
「寝ても覚めても、お前は方々に迷惑かけてんじゃねぇのか?」
ラーネアの物言いは正しい、ここで選択を誤ると精霊や切り札がここぞとばかりにクロノを責めてくるのは目に見えていた。だが、見えている地雷を踏む程クロノは甘くない。話題をすり替えるスキルは旅立ち前から比べると目を見張るくらい高まっている。
「ラーネアさんなんか強くなった? 超格好良くなってんじゃん?」
「分かるか? 上位種に進化したんだぜ!」
「この前の戦いの中で壁を越えたっつーか……弟分の力を身に宿しこの姿になったんだ! 今のあたしは魔核を作る前より強い、心も身体もだ」
「地龍の力を宿したアラクネ、世界広しと言えど中々お目にかかれねぇだろうよ……ふふふ」
「ふふふじゃないんですよ! 一時的な強化じゃなくて永続的な進化とかふざけるな! 鱗返せ!」
「一度寄越したもんを返せとは小さい男だなクラン! そんなだからあたしにもう抜かれてんだぞ!」
「があああ敵に塩を送った形に! こんなことならあの時死んでおけばああああああああ」
「あのドラゴンがクロノの為に血をくれたんだぞ」
「苦労人の匂いがする」
巨大な姿を人間化させ糸から逃れるドラゴンだったが、威厳もクソも無く泣き崩れている。シロガネやヒャクの表情からも察する事が出来るが、あのドラゴンは間違いなくこの場で一番立場が弱い。秘めた力は相当だが、なんならテーウやキリハにすら尻に敷かれそうだ。そんな哀れなドラゴンことティドクランは泣き崩れながらもクロノを観察していた。
(あの人間がラーネアさんや他のみんなが助けようとしていた人間……ラーネアさんが魔核を人に託したと、その人間を助けたいと……最初は何アホ言ってんのかと思ったけど……まさか本当にそんな人が実在するなんて……他のみんなも見た事ない顔をして、信頼しているような顔…………いや、僕は信じない……信用しない……普通に考えて普通じゃない、きっとこの化け物共をおかしくした何かが、もっとおかしな何かをこの人間は秘めている……それ即ち化け物以上の異常性……危険だ、決して近づいてはいけない……!)
「けどティドクランさんだっけ、龍王種なんだな……ちゃんとした龍王種は初めて見たかも……やっぱでかくて格好いいな!」
生まれてボコられ惨めに晒され、生を受けて初めて格好いいと言われた。龍として、褒められた。
「血を分けてくれたんだってな、ありがとう……おかげで助かったよ」
「僕も君を助けられて、心の底から良かったと思います」
「どうか仲良くしましょう、これからよろしくお願いします」
「おいこらいつもの卑屈っぷりはどこいったんだよっ!! 清々しいくらい媚び売ってんじゃねぇぞっ!」
「ちょっとラーネア姉さんあんまりこの子に近寄らないでくださいよ、口の悪さが移ったらどうすんですか」
「こんのクソガキィッ!!」
何故か初手から好感度が高いが、嫌われるより全然いいので深くは突っ込まない。こうしてクロノは休暇の時間を使い、自分の知らないところで増えていた恩人達にお礼を伝えていくのだった。そしてその流れのままに……。
「へぇ、神聖討魔隊との戦闘準備ですか……人の国で、しかもお祭りを舞台にとか正気を疑います」
「もっともな意見だ」
少し会話をしただけで、ティドクランが常識人だと理解した。貴重な人材だ、逃がすわけにはいかない。しかし悲しいかな、異常な奴等に囲われた悲しき常識人だ。逃れられぬ苦労人枠として気遣っていこう。
「お祭り!? テーウお祭り大好きだよ!」
「祭りか……妖精女王の名を呼んだかな? 呼ぶべきでは?」
「こいつら話聞いてたのか? 水面下では戦いの準備が進んでいるんだぞ? 流石の切り札も手放しでワクワク出来ないってのに……」
「厄介事は速攻で片づけて、当初の目的通り雪祭りを楽しみたいよな」
「安心しろセツナ、絶対祭りを楽しませてやるからさ」
「まぁ私だって楽しみだし、そうなるように頑張るけどさ……」
「ちなみにどんな祭りなんだ? あたし等森の外には詳しくねぇから全然想像出来ないぜ」
「寒いの苦手だし、雪なんて実物も見たこと無いからねぇ」
昆虫系の魔物は大抵寒さに弱いので、それも仕方ないだろう。だがラーナフルーレのお祭りはそれでも是非見て欲しいレベルの物だ。
「ラーナの雪花氷祭りはその名前が付けられてお祭りとして行われるようになったのはここ数十年の話で……元々大昔の戦いが元になっててさ」
「俺も半信半疑なんだけど、たった一人の剣豪が吹雪の中大勢を相手に刀を振るって薙ぎ倒したって話が合って……その時の斬撃が空に、空間に、その戦場に今も残り続けているとかなんとかで」
「斬撃が残ってる? どういう意味ですか?」
「嘘か真か……今もその地域では斬撃で雪が空中で切り裂かれて降り注ぐんだ」
「振ってくる最中空中で花開くように雪が割かれて……お祭りの期間は特に吹雪くから……国全域が雪の花吹雪に覆われるんだよ」
「話の信憑性はともかく、雪が花みたいになって国中に降り注ぐのはマジなんだよ、凄く綺麗らしい」
「ラーナフルーレはこの雪花吹雪を目玉に何か出来ないかって考えて、そうして出来たのが雪花氷祭り……吹雪対策の結界と町の中央の巨大ステージを用意して、ライトで照らしてステージ上を彩るんだ」
「人間は面白い事考える、やっぱり森の外は興味深い」
「僕は今尚残る斬撃の方に恐怖を感じるんですが……」
「興味があるならみんなも来ないか? 強い奴が来てくれると切り札はとても助かるぞ」
「どうしたセツナ、珍しいなお前がそんな……」
「クロノが寝てる間に、私はこうやってみんなを頼っていたんだ」
胸を張るセツナが面白い、これも成長と呼べるものだろう。実際、作戦としても魔物の数が増えるのは効果的。それに効率など度外視しても、友達が参加してくれるのは嬉しい。
「うん、俺も同じ気持ちだ」
「マルスも言っていたし、ルトも休暇中仲間を誘って遊ぶのも良しって言ってたしな!」
作戦が動き出すまで、クロノ達は心も身体も全力で休める。そしてそのついでに、仲間達に声をかけまくる事にした。戦いに備え、出来る事を全てやっておく。培った絆、その力が試される時はもうすぐそこだ。
雪花雪祭りが、始まろうとしていた。




