第八百二十四話 『役者連鎖』
「ふぅ」
「どうぞ主君、お茶です」
札に術式を刻んでいた手を休め、魁人は一息つく。その瞬間を見逃さず紫苑はお茶を出してきた。
「ありがとう紫苑、狙ったように完璧なタイミングだな」
「そして美味い、懐かしい味のお茶だ」
「ジパングでお仕事をしてきたって子達からの差し入れなんですよ、香りも良いし良いお茶です」
「そうか、平和だなぁ」
「ふふふ、平和ですねぇ」
「おらぁっ!!」
「がはっ!?」
ジェイクによる渾身の拳が、魁人を派手に殴り飛ばす。ここは流魔水渦のアジト内に用意された俗世の真理の仮拠点である。
「なんでわざわざ別の退治屋のアジトん中に仮拠点が用意されるくらい出張ってんすかぁっ!! そしてなんで俺達はそこで働いてんすかぁっ!!」
「変わんないねぇ、ジェイクってば適当言っても結局根っこが真面目なんだからさぁ……そんなんじゃ将来禿げるよって何度も言ってるのに」
「なぁんでリリネア先輩が悪魔になって魁人君の使い魔になって昔と変わらずサボりながらネチネチ言ってくるんすかぁっ!?」
「やぁんリリネアちゃんこわぁい、魁人君に手籠めにされちゃったぁ職場がブラックで嫌になっちゃあう」
「しゅ、主君は酷い人じゃないです! ブラックでもないです!」
「いや、ここは最悪で最低なブラック職場で間違いはねぇっすよ、悪魔に言われちゃおしまいレベルのな」
「新入りのワープ女はチラッと帰ってきたと思ったら温泉堪能してまた居なくなるし、蟲ガキは元暴食の森の復興に集中してて雑務なにそれ状態だし、魁人はアホで鬼は脳筋、リリネア先輩は結局何もしねぇし仕事は無限に流れ込んでくる、この世の終わりだよここは」
「でもクロノの用意した温泉があるぞ?」
「温泉でも取れねぇ疲れが蓄積されていってんだよ、魔物避けの札に退魔の力を込めるのはお前にしか出来ねぇ仕事だけど、お前がそれにかかりっきりになってっからそれ以外が俺に来てんだよ」
「えとえと……私もジェイクさんにお茶を……」
「信じられるか? このクソ兎だけなんだぜ俺の味方……周りがクソ過ぎるせいで最近はこいつすら戦力に数えなきゃいけない地獄なんだぜ? 魔物に気を許すとか死んでも嫌なのに辛く当たりにくくなってきてそろそろ死にたくなってきたぜ」
「良い傾向だな、仲良き事は素晴らしい事だ」
「これも共存ですね、主君!」
「狂ってる奴しかいねぇ……もうやめようかなこの職場…………げぶぁああああああああ!」
頭を抱えるジェイクだったが、ミクレムの用意したお茶を啜った瞬間悲鳴を上げた。バチバチと黄金色に煌めく液体がジェイクの口内を蹂躙する。
「なんじゃこの刺激的っていうか暴力的な液体はぁっ!? 錬金術の素材かなんかっすかぁっ!?」
「電撃茶です」
「電撃茶っ!?」
「ジェイクさんの疲労に効く何かがないかなって相談したら、流魔水渦の皆様が探して来てくれたんです!」
「このダメージは拷問か息の根止める為のもんっすよっ!? まだバチバチしてんだけど!? 昔喰らった雷系の魔法より痛かったっすよっ!?」
「こらジェイク、ミクレムさんはお前の為に用意したんだぞ……もう少し言い方ってものが」
「俺が悪いの!?」
「うぅ……今度レラさんとピリカさんにも聞いてみよう……」
「エルフを頼るな! 状況が悪化する!! お前はもう何もするなっ!!!」
「ミクレムさんも私と一緒に待機しましょう、主君の後ろでピシッと待機です」
「じゃあジェイクさんの後ろでピシッとしてます」
「頭が痛いっす……」
心が折れそうになるジェイクだが、彼の存在は仕事以外から見てもとても大きい。今日もジェイクが面白いおかげで職場には笑顔が絶えない。特に不機嫌続きだったリリネアはジェイクを見て笑顔を取り戻していた。今も大爆笑中だ。
「あー本当に退屈しないなぁ、ジェイクってばアホだよねぇ」
「悪魔になって性格更に終わったっすね先輩」
「やん怖い、苦情は魁人に言いなよね……止めを刺さずに私をとっ捕まえたのはそいつなんだから」
「もうこのアホをどうにかするには過去に飛んでこいつを拾う俺を止めるくらいしか思いつかないっすよ」
「あぁそうだ、今度ラーナフルーレで祭りがあるんだが」
「言っておくけど祭りで遊んでる暇なんてないっすからね、ただでさえ最近魔除けの札の要求数が跳ね上がって……」
「その祭りで流魔水渦は神聖討魔隊と全面戦争するらしい、ラーナフルーレを戦場に大規模な戦いになるだろう」
「勿論国の人に被害があっちゃならないから、万全の態勢で迎え撃たなきゃいけない……ただジェイクの言う通り今は魔除けの札が世界中で必要になってて手が足りない、正直俺の魔力も足りない、目が回りそうだ」
「悪魔の被害が世界中で起きてるから仕方ないとはいえ、俺は手を離せない、紫苑もきっと離れない」
「離れません! お傍に居ます、お手伝いします!」
「お前後ろで突っ立ってるだけじゃないっすかぁっ!」
「だからと言って協力しないのは有り得ないから、ジェイクとリリネアはラーナフルーレに向かってくれ」
「「ハァ?」」
「一応鈴とノクスにも連絡したけど、通信魔法切られちゃったから多分無理だろうな……」
「待ってよご主人様、私使い魔よ? 目を離すっていうの?」
「あぁ、信じてるからな」
「待てよ魁人君、テメェ積み上がった仕事どうすんだよ、目を離すっていうのか?」
「仕事は俺と紫苑で頑張る、二人はラーナの祭りで休暇を楽しんでほしい」
「お前戦場っつったろうがっ! つうか休暇に仕事させんなや!」
「信じてる」
「それ言っとけば納得すると思ってんじゃねぇぞカスが! ストライキだこのボケ!」
「あのあの、私もついていっていいですか!?」
「来るなクソ兎! つうか行くって言ってねぇ!!」
「あぁ、ジェイクを宜しく頼む」
「はいっ! 頑張ります!」
「来るなっ!! 行かねぇぞ俺はっ!!」
「絶対に行かねぇからな! なんで好き好んで戦場に飛び込まなきゃ……」
「クロノも関わっているらしい、俺の勘だがこれは共存問題にも大きく関わると思うんだ」
「とても大切な戦いになると思う、俺も出来るだけ早く仕事を片付けて合流できるようにするから……それまで頑張って欲しい」
「絶対に行かねぇからなああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
ジェイクの絶叫は大半の者があぁまたかみたいなノリで聞き流していたのだが、通りすがりのスピネルだけは耳を澄ませて話の内容をまるっと盗み聞きしていた。途中までは興味なかったのだが、クロノの名前が出た瞬間優先順位が一位に繰り上がる。
「なるほどね、こうしちゃいられないや」
「僕の双剣が、血を吸いたいって言ってる……」
(訳・クロノお兄さんの役に立てるチャンスだ……!)
また、通信魔法を力任せにぶった切ったノクスだったが、魁人とは別方向から無視できない情報を得ていた。それは暴食の森復興作業中、流魔水渦に所属する獣人種の口からチラッと零れた話だ。
「大罪の悪魔も、その作戦に協力するって?」
「あぁ、既にラーナフルーレに憤怒と暴食が向かったらしいよ」
「…………暴食の悪魔が」
「キィキィ」
「…………興味がないと言えば嘘になるけど、僕とキィはやることが」
「別にいいぜ、行きたきゃ行って来いよ」
「好きにすりゃいい、やること済んだら戻ってくりゃいいし、飽きたなら戻ってこなくても良い」
「流魔水渦は全部受け入れる、自分の意思を大事にすりゃいいんだぜ」
「…………」
「ずーっと手伝ってくれてるだろ、少しくらい息抜きしてきてもいいんだぜ」
「戦場予定地に、息抜きね……」
「キィー……キィギィ」
「まぁ暴食の悪魔に聞いてみたい事もあるし、キィも雪が見たいって言ってるし……それも悪くないのかな」
空を見上げるノクスだったが、何の縁か鈴も同じタイミングで空を見上げていた。魁人からの連絡は最後まで聞いていたし、内容も頭に入れた。だが返信はせずに通信は切った。四任橋の一件で乱れた心は、まだ調子を取り戻せていない。
「…………今の私に、何が出来る……」
「…………ラーナフルーレ、雪祭りか…………」
「お祭り?」
零れた言葉が、シャルロッテに拾われた。
「なんだって? 祭りだと?」
そしてシャルロッテの言葉が、悪魔に拾われた。
「男には、避けては通れぬ道がある」
「初耳だよ、シャルにも分かるように教えて?」
「祭りと聞いて黙ってるような奴は、男じゃないのさ!」
「全然分かんないや、ルインはルインだった」
「鈴も前から落ち込みモードだし、ここらで元気になれるようなハッピーイベントが必要だと思わないか? シャルも霊体入り人形になって不機嫌が続いてるしさ」
「シャルはこのメンバーでお祭りに行ってハッピーになれるか不安しかないよ? 悪魔と幽霊人形と鈴だよ?」
「…………私は私なんだ」
「滅多に笑わない鈴」
「…………ごめん」
「大丈夫だ、俺に任せろ」
「嫌だよ」
「記憶が無くても魂が覚えている、俺は祭りの神だった」
「何を言っているのかな、記憶と向き合う度凹んでるから元気野郎には過ぎた舞台だよ」
「だからこそっ!! 本当の元気をチャージしようじゃないか!」
「まさかまた俺達にとって絶妙にやりずらい再会が待っているわけでもあるまいし!」
「…………一応言っておくけど、ラーナフルーレの雪祭りは高確率で戦場になる」
「…………作戦上、敵を待ち構える形になる…………大規模な、戦闘になる」
「雲行きが怪しく塗り潰されていくね」
「…………つまり、助けが必要ってわけだな」
「あーあ、駄目なルインだもうおしまいだよお手上げだよ」
「俺に、任せておけっ!!!」
「…………何を?」
「シャルは知らない、もう知らない、無駄な努力はもうしない、止められない止まらない、あーあーあー」
「いざ行かん、ラーナフルーレの雪祭りっ!」
項垂れるシャルを抱え、ルインは明後日の方向を指差し声を上げた。ちなみにラーナフルーレは逆方向だが、鈴にはツッコミのスキルはなかった。人も魔物も悪魔も味方もそうじゃ無い者も、微妙な者も、次の舞台に集い始める。役者が多いという事は、それだけ大きな動きがあると言う事。在り方を問う戦いが、幕を開ける。正義の意味を、示す時だ。




