第八百二十三話 『ゆっくり静かに、積もり重なり』
「さて私は忙しいからそろそろ行くぞ、騒がしいのは嫌いだしな」
『会いたかったから会いに来たと自分で言っておいて、その台詞は無理があるのではなかろうか?』
「セシルちゃん私に会いに来たの!? 夢の世界でランデブー!」
「いやいや愛され系ラブリーエンジェルに会いに来たに決まってるんだよねぇ!」
「雪花に会いに来たのだ、貴様等はオマケだオマケ」
「それに忙しいのは本当だ、不本意だが私は四天王……今の魔王が何もしない阿呆なせいで割と本気で忙しいのだ」
「その忙しさを一人でせっせとこなしとるワイはもうちょい褒められてもええと思うんやけどなぁ……」
「今は手伝ってやってるのだから文句を言うな、私だってここまで魔王が何もしていないとは思ってなかったのだ」
「ルーンが解決していた魔物間の問題も再発しているし、この五百年何をしているのだあの馬鹿は……」
「だから何もしてへんのやって、エフェクト君はただ座ってるだけ」
『流魔水渦の世話になりつつ世情を見守ってはいたが、事実この五百年……ゆっくりと拙者達の夢とは真逆に流れて行っておる』
仲間達の情報を得るためとはいえ、ここ暫くセシルはディムラの仕事を手伝っていた。最初こそ足を引っ張っていただけだが、今は一応四天王として頑張っていると言えなくもないくらい頑張っている。人と魔物の問題だけではない、魔物同士のいざこざや種族特有の悩みや騒動、大小様々な問題が魔王に持ちかけられ、その全てが無視されていた。魔王が対応しない分、その全ては四天王に転がってくる。冷静にならずとも今の態勢はゴミ以下のクソである。
「シアちゃんは好き勝手飛び回ってるし、茜ちゃんは幼すぎる……セシルちゃんですらマシなレベルや、トホホ……ワイかわいそ……」
「少し前までならやかましいと言うところだが、今は多少同情する」
「そう思うならもうちょい頑張ろうや、この前だってワイの整理した書類の山燃やしたやろ、なんで片付ける過程に発火が生じるん?」
「つい」
「つい!?」
「ルーンの頑張りをエフェクトが台無しにしているこの現状は私も面白くない、なし崩し的にでも四天王の座についた以上はちゃんとするさ」
「役割はこなす、貴様も約束したのなら情報収集はしっかりしてもらうぞ」
「後はアグナイトとリジャイドだ、奴等が今どこで何をしているのか調べて教えろ」
「あーそれなんやけどセシルちゃん、実は……」
「え、セシルちゃん聞いてないの?」
テイルの声にセシルは顔を上げるが、その瞬間テイルは自分の口を手で押さえた。ベルは呆れたように、そんなテイルを見て首を振る。
「僕ですら空気読んでたのにぃ」
『まぁ、遅かれ早かれ知る事になるでござるよ』
「うぅ……不覚……」
「…………隠し事は止めろ、もう一喜一憂する子供じゃない」
『アグナイトは一足先に逝った、ここは死に近い場所故……拙者は本人と最後の別れを済ませたのだ』
『リジャイドに至っては拙者達にも行方が知れぬ、連絡も寄越さぬ薄情者よな』
「僕でも見つけられないし、期待の四天王くんでも難しいかもねぇ」
「実際、今んとこ手がかり無しやなぁ」
「……そ、うか……」
『しかし、セシルは既にアグナイトの子孫に会っていると思ったが』
露骨に落ち込むセシルだったが、雪花の言葉に肩を震わせる。なんだそれは、欠片も心当たりがない。アグナイトは四尾の妖狐で、ルーンから名付けられ旅に同行していた少年だった。周りが化け物しか居なかったルーンの同行者の中で比較的大人しく、規格外の仲間達とは違い良くも悪くも普通だったのでよく一緒に行動していた。セシル自身、気兼ねなく話せる友人と思っていた。妖狐の寿命は基本的には尻尾一本で約百年、四尾のアグナイトが五百年後の今を生きている可能性は薄かったが、それでも今も今までセシルは信じていた。実際に死んでいると聞かされると堪える物があるが、その衝撃が秒で上書きされる。
「なんだそれは、私は知らんぞ」
「でもさっき、そこの丸っこいのが名前言ってたじゃない?」
「は?」
「いやワイも調べて最近知ったんやで? 黙ってたわけやないで?」
妖狐の尾は、三本までなら成長と共に増えていく。三本までなら、三百年生きれば勝手に増える。だが力を鍛えれば、時を待たずに尾を増やす事は出来る。だが、尾の上限は生まれながらに決まっている。それは才能の上限であり、己の行き止まり。力を磨き、未来を夢見る者にとっての残酷な現実だ。アグナイトは凄まじい速さで尾を生やし、希望を抱き上を目指していた少年だった。そんな少年は、四尾が限界という現実に阻まれ、絶望していた。己の限界を知り、残された寿命に価値を見出せず、命を断とうとしていたところをルーンに捕まったのだ。そしてルーンのアホさと規格外さを知り、決して覆せない尾の数という上限を覆した男だった。四尾でありながら、六尾と七尾を打ち破り当時の四天王、九尾に傷をつけたのだ。等身大の友達だった子が化け物レベルに成長するのを、当時のセシルは隣で見て震えたものだ。努力の凄さを、セシルはアグナイトから教わった。
『セシルは今の四天王、九尾の子孫に会ったのでござろう?』
「あぁ、女装巫女と八尾の側近がついていたな」
「その八尾さん、アグナイト君に負けた六尾くんだよー」
「五百年前は百歳で六尾、アグナイト君と同じで生き急ぎ君だったねぇ」
歳より尾の数が多い狐は、その分己を鍛え上げ自分の力に誇りがあるものだ。だからこそ尾の数を誇り、尾が少ない者を見下す奴も少なくない。確かにアグナイトを馬鹿にしてた六尾と七尾はいたが、見事なまでに足元をすくわれた格好悪い端役だった為顔も覚えていなかった。まさかあの端役が今の四天王の側近とは、見違えたものである。いやちょっと待て、そんな事より今もっと大事な情報が無かったか?
「待て待て、今何か……」
「今の四天王、九尾の子がアグナイトの子孫よ」
「今から三百年とちょっと前の話よ、自分の寿命が分かってる分、あの子は希望を繋いだの」
なるほど、茜がアグナイトの…………。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
セシルの叫びが、真っ白な吹雪の中響き渡る。雲を突き抜けたその叫びは、遠いジパングの地にも届いて……。
「へくちっ」
小さな四天王の可愛らしいくしゃみに掻き消されるのだった。
「茜様、身体を冷やしてはいけません……こちらをどうぞ」
「もふー、暦がんばえー!」
もこもこのマフラーを側近の八尾に巻いてもらい、もこもこレベルを上げた四天王は大好きな巫女をエールを飛ばす。彼女達はいつもの社から離れた場所でいつもとは違った修行中だ。修行の名は、四方巡り。詳しい説明は省くが、四神の加護を貰うためジパングを巡る壮大な地獄だ。
「さぁ頑張ってください狐の巫女、いつの時代も力無き者に理想は掴めない」
「茜様の為、四神の加護をその手に宿すのです」
「らしいから、加減はしないぜ?」
「さぁ力を示せ、狐の巫女とやらっ!!」
紅き翼を広げ、眼前の鳥の化け物は灼熱の地獄を展開する。後方の茜は寒さで可愛いくしゃみをしてるというのに、こっちは今にも灰にされそうだ。道中も地獄だったが、加護を貰うためのボス戦はそれ以上の地獄らしい。朱雀を語る灼熱の化け物から今すぐ逃げ出したいが、残念な事に退路は八尾という狐の化け物に塞がれている。
「なんでいつもこうなるんですかああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「あははははっ!! 派手に焼けちまえええええええええええええええええええええええっ!!」
「ぎえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「暦がんばー!」
「…………鬼か?」
護衛に付いてきたリューカですら、この地獄絵図にはドン引きである。争いの絶えぬ世界には、様々な地獄が点在する。立ち向かうか飲まれるか、それは各々次第なのだ。そして立ち向かうと決めた者は、いつだってすぐに行動する。クロノ達の帰りを待たずに、マルスとディッシュは流魔水渦として動き出していた。打倒神聖討魔隊の作戦を練るために、マルス達は先立ってラーナフルーレに向かっていた。
「現地には協力者がいるって話だったがァ、悪魔相手に素直に応じてくれるのかねェ」
「ルトの紹介だ、逆にこれで敵対してくるならそもそも作戦なんて成立しないだろう」
「どォだか、与えられた言葉を簡単に100信じれるような生温い生き方してねェからなァ」
「僕もそうだ、だから僕とお前で先行したんじゃないか」
「歪んだ信頼痛み入るぜェ、とりあえずまた脳みそ使う案件だしまずはラーナフルーレとやらの食レベルを調べるところから……」
言葉を遮るように、ディッシュの足元が小さく爆ぜた。大罪二人が事前に察知出来ないレベルの速度、正確さがある魔術の狙撃。
「おうおうおうおう……誰の許しでこの道を通ってんだ……? 駄目だな、駄目じゃねぇか……俺を何処の専属勇者だと思ってんだぁ? 俺は今機嫌が悪いんだぜ、愛弟子が帰ってこないせいでなぁ……」
特攻服のような妙な服を着た妙な男が空から降ってきた。中々の魔力だが、とても妙だ。口調はトゲトゲしいが、敵意の欠片も無い。
「なんだァこいつ……いきなり挨拶じゃねェかァ」
「あぁ? テメェ……ふざけてんのかぁ……?」
「はァ? なんだテメェ喰い殺されてェの……」
「そこは段差になってるだろうがぁっ!! 足元注意しろやクソがぁっ!!」
「話はルトのあんちくしょうから聞いてるぜ大罪共っ!! 悪魔が二人きりだと街の奴等に誤解されちまうかも知れねぇからなぁっ!! こっからは俺が同行するぜっ!!!」
「えぇ……」
「安心しやがれクソ野郎がっ!! 俺が誰かって話だろう! 挨拶は大事だっ!!」
「俺の名はリンクヘッジッ! 雪が彩るラーナフルーレの専属勇者っ!」
「歓迎するぜっ! 宜しくっ!!」
こうして、役者は続々と揃っていく。雪が僅かに、積もり始めていた。




