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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十四章 『星の海、想い散りばめ』
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第八百十九話 『憧れの願い星』

 大荒れの海原の如く、海流は激流と化し空間を埋め尽くす。マーキュリーを中心としてうねり暴れ狂う激流は全てを抉り、拒絶し、破壊の限りを尽くす。拳を振るえばその軌道上を走り、更に激しさを増して水が襲ってくる。威力、範囲共にアクアの水竜の宴すら比較にならない程強烈だ。星の海をも割かんとする勢いの猛攻に、クロノの身体は殆ど抵抗なく飲まれその身を晒す。



「どうした人間っ!! 風の膜を引っぺがされたらだんまりかぁっ!! 散々好き勝手ほざいておいてどうしたクソ人間っ!! 海中で喋る事はおろか呼吸すら出来ねぇ文字通りの下等種族がぁっ!!」



(喋れないってわかってる癖に言ってんだもんなぁ……良い性格してんぜ)



「木っ端の如く水流に翻弄されるだけかっ!? 激流に流されるだけかよっ!!」



 マーキュリーの言う通り、クロノは殆ど無抵抗で水流に流されていた。口元を手で覆い、こちらに視線を向けるだけ。その目が、マーキュリーには理解の出来ない何かを孕んでいるようで、どうしようもなく苛立った。



「何見てんだクソ人間っ!! なんか言ったらどうなんだクソがぁっ!!」



(無茶苦茶じゃんね)



 怒りのままに拳を振るい、水流はそれに呼応するように勢いを増す。周囲を破壊し、それでも尚荒れ狂う激流と化し渦を巻く。離れた場所の岩にへばりつくセツナも、このままでは巻き込まれそうで気が気ではない。



「う、渦潮を横から見てる気分だ……このまま範囲が広がればこの醜態を晒す切り札が海の藻屑となるだろう……」

「なのに……クロノ……」



 無抵抗だ、クロノは渦に巻かれる木の葉の如くグルグル流され続けている。態勢も都度崩れ、そりゃあもう洗濯機で洗われてる洋服のようだ。風の膜も無い、息も出来ていない。圧倒的不利、いつ直撃を喰らってもおかしくない。そんな危うい状況の筈なのに、クロノは一切動かない。ただの一つも、無駄な動きをしない。流されるまま、流れるままに揺蕩い、一撃すら喰らわない。



「なんで……っ!!」



 水流はマーキュリーが操っている、どう流れるかは激昂していても当然把握している。流されるだけの人間の動きなんて手に取るようにわかってる。先読みして、拳を振るい激流を放っている。その攻撃が生む新たな流れに乗り、呼吸も出来ていない下等生物はスルスルと激流の間を抜け流れていく。どれだけ放っても、海がどれだけ荒れ狂おうとも、たったの一撃すら掠りもしない。



「なんで……なんでなんでなんでっ!!! なんで当たらねぇっ!!!」



 表情が崩れない、あの眼がずっとこっちを見てる。何一つ、思い通りにいかない。



「………………ッ!! クソ、野郎があああああああああああああああああああああッ!!」



 尾びれを人の足のように変化させ、マーキュリーは竜人形態に移行する。海龍種マリンドレイクであるマーキュリーの近接戦闘特化のスタイルだ。海を蹴り、荒れ狂う水流に自らを乗せ超加速、一気に間合いを詰め直接殴りに来た。一撃一撃が龍の顎を思わせる程の迫力がある、当たれば無事では済まないだろう。



「ちょろちょろと煩わしいっ! ディープじゃねぇな人間っ!! 避け続けて戦闘になってると思ってるならそりゃあディープじゃねぇよっ!!」

「テメェは放っておいても酸欠で死ぬんだっ!! 反撃もせずに逃げ続けてるだけじゃテメェは負けるんだよ!! なのになんだその目はっ!! 喋れねぇなら喋れねぇなりの顔を、目をしやがれっ!!」

「追い詰められてんだよっ! 息が出来なくて苦しいだろ、もっと苦痛に顔を歪めろよっ!! なんで、なん、で……っ!!」



 当たらない、掠りもしない、何も思い通りにいかない。どれだけやり方を変えても、目の前を変える事が出来ない。何をしても、歯が立たない。嘗てすぐ傍にいた触手と同じで、変えられない。




「その、待ってるような目を、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」




 クロノの目は、まるで何かを待っているかのようだ。吐き出すのを待っているような、聞かせてくれるのを待っているかのような、そんな目だ。吐き出してしまいたい、一番聞かせたくないが、恐らくこの世で一番聞く資格があるのも、話す意味があるのも目の前の人間相手だ。だから勝手に上がってくる、喉の奥から感情が出てこようとする。だから無理やりそれを呑み込み、代わりに怨嗟の声を吐き散らかす。激流を腕に集め、避けきれない程の質量を拳に込め叩きつける。ピンポイントで当たらないなら、超範囲で叩き潰す。




(二連だ……防ごうが無駄、確実に潰すっ!!)




 クロノは風の膜を剥がされてから口元を覆い、息を止めている。そこから殆ど無抵抗、水流に乗り無駄な動きを一切せず攻撃を捌き続けていた。恐らく、一息分まだ備えている、守りの術を隠し持ってる。渾身の一撃でも、防御する策を隠し持っている筈だ。だがそれも一息分が精々、渾身の一撃を何かしらの秘策で防ごうとも、それに伴う動きで残った酸素は吐き出す筈だ。そうすれば、次はどうにも出来ない。放置しても酸欠で死ぬだろうが、全身に酸素が巡らない状態では身体もロクに反応しない筈。だからこその二連撃、激流による超範囲攻撃から即座に物理的に拳を叩き込む。無防備になったところに、絶対にこの拳を届かせる。戦略を巡らせ、マーキュリーは全力で腕を振るう。振るう前に、クロノが眼前に迫っていた。



「こいつ、前に……!」



 初めて、動いた。水流に乗り、前に出てきた。だがチャンスだ、自ら動いたから口元から酸素が漏れてる。こいつは残り少ない酸素を無駄に使った、力を込める為の酸素を失った、次はない、攻撃は来ない、来ても遅い、フルパワーでは絶対に打てない。絶対に此方の方が速い、ここは水中、絶対的有利だ。勝利を確信したマーキュリーは、クロノの手元に空気の玉を見た。それを吸い込み、目の前の人間はこちらを睨みつける。



「喋れねぇ相手に好き勝手抜かし過ぎだ、アホ王子」



 馬鹿みたいに速い拳が、マーキュリーの頬を打ち抜いた。信じられない威力が突き抜け、マーキュリーは吹き飛ばされる。まるでどっかの触手女にぶん殴られた時のようだ。



「ふ、ざ……ここは海底だ……なんで都合よく空気の玉が……地上から持って……!?」



「昔クリスタルシャークと戦った時はそうだったな、懐かしい」



 なんとか態勢を立て直すと、そこには風の膜を復活させたクロノが居た。膜自体は風の精霊法で貼り直せても、海中で生成したそこに酸素は含まれていない筈。当たり前のように喋るクロノに納得するわけにはいかない。



「どんな手使いやがったっ!! クソカスがぁっ!!」



「どんな手も何も、最初からうちの切り札は隠してませんが」



 クロノが指差したのは、離れた場所の岩にへばりつく変な奴だ。



「セツナは空気の腕輪エア・ブレスレットを付けてるから空気の膜で全身覆われてる、あれくらいの距離なら今の俺ならその膜から空気の玉を引っこ抜いて持ってこれるよ」



 そう言って、クロノはセツナの背中辺りから空気の玉を吸い出し、手元に持ってくる。要は精霊球エレメントスフィアと似た感覚だ。酸素を供給するだけなら、空気の腕輪エア・ブレスレットは自分で付けている必要はない。



「クソ……クソ……っ!!」



「思い通りにならないとすぐ下向くんだな、ネーレウスとはえらい違いだ」



「…………ッ!! テメェが、何を……!!」



「じゃあお前が何を知ってんだよ、お前はネーレウスと一緒に居て何を知ったんだ」

「本当は惚れてたのか? 照れ隠し?」



「気色の悪い事言ってんじゃねぇっ!! 何が悲しくてあんな異形の頭花畑に惚れるかよ!! 気持ちが悪いっ!!!」



「じゃあなんにも思うものがないのか? 無いわけないよ、そんなに荒れてんだから」



「苛立ってんだよ!! 当然だろう! 下等種族を守って死んだ? 魔核作ったせいで弱化して? 人を守るために人に殺されたっ!? 納得できるわけがねぇ、あいつは俺よりずっと強かったんだぞ!」

「ただの一度も、あいつをどうにかできた事なんて無かったんだ、俺は毎日鍛えてんだぞ!! 毎日毎日結婚だ、恋愛だ、王子様がだのほざいてる脳内ピンクに、一度だって勝ってねぇんだっ!!」



 栓が外れた、奥から溢れた感情が、止まらない。吐き出したくなかった全部が、一気に決壊した。



「浮かれた恋愛馬鹿ってだけじゃねぇんだ、テメェが何を知ってるんだよっ!! あいつは強かった、魔核個体の中でも飛び抜けてっ!! 海の損失だ、俺すら及ばぬ領域に居たんだっ!!」



「その強さ、触手に再生力がネーレウスを苦しめてた」



「あぁ心底気持ちが悪かったなぁ! それを憂いて叶わぬ夢に涙を流す! 弱者の生き方だ滑稽だっ!!!」



「違うよ、分かってるだろ」



「何がだっ!!! 知ったような口を利くなっ!!! お前があの女の、俺の何を……」



「どんだけ思い通りにならなくても、向かい風が吹いても、諦めずに前に進むから格好良かったんだ」

「俺は最後まで貫き通した、ネーレウスの生き方をそう思う、思うからこそ……俺も曲げずに前を向いて、背負って生きていく」

「お前だって、分かってるだろ」



「知るかよっ!!! 俺はあいつに勝ったことがねぇっ! 変えられたことがねぇっ!! あいつの考えも想いも生き方も理解出来ねぇっ!! 一度だって、理解出来た事は……っ!! 気色が悪い、大っ嫌いなんだよっ!!!!」



「……嫌いと憧れは関係ないよ、お前はネーレウスに憧れてたんだ」

「だから、今も後悔してるんだ」





「なんでっ!!! 会ったばかりのテメェがそれを言うんだよっ!!!!!」

「なんでわかるんだよ気持ち悪いっ!! なんで受け止めんだよ、なんで、なんでなんで……」

「あぁそうだよっ!! あいつの強さに、折れねぇ強さに憧れたっ!!! 負けたくねぇ、いつか勝つって決めてたんだっ!!! なんで死んでんだよ、まだ何も追い付いてねぇ、何一つ変えられてねぇ、変わってねぇっ!!!」

「…………触手一本分でも、俺が掴めてりゃあ…………違ってたんじゃねぇのかって…………考えずにはいられねぇ……後悔する程、あいつから遠ざかる気がして、自分の弱さに腹が立つ……!!」




「うん、俺も後悔が消えないよ」

「だから前を向くんだ、あいつみたいに格好良くなりたいから」

「マーキュリーさんはきっと、俺の事ずっと嫌いだよな」




 膝から崩れ落ちたマーキュリーを見て、クロノも身体から力を抜く。ふよふよと海中を漂いながら、星の海を見上げた。



「俺の夢は共存の世界、当たり前に一緒に居られる世界だ」

「俺は絶対夢を叶える、あんたの前に居続ける…………イラついたらいつでも挑んで来いよ、受けて立つからさ」

「だから顔上げろ、嫌いな俺を殴りに来い…………一緒に前に進もう、同じ奴に憧れた同士さ」





「…………心底、気色が悪ぃ…………」





 そう呟き、それでもマーキュリーは顔を上げた。クロノと同じように、星の海を見上げた。今はまだ届かなくても、二人の男は星に願う。夢を、祈りを、願いを、誓いを、海中の星空に託し、輝きを目に焼き付ける。いつかここで祈り続けた夢見がちな触手を想い、続きを誓う。




 星の海に、また新たな夢が瞬いた。



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