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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十一章 『陰の瞳・ウンディーネ』
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第八十二話 『迷う事を、迷わない』

「嫌だ、そんな言葉じゃ済まない事くらい分かっているだろう」

「ルーンの言葉、忘れたわけじゃないだろ?」


「ティアラ、君の番だ」



 ティアラに詰め寄るアルディだが、ティアラは俯いたまま顔を横に振っていた。




「やだ、絶対、やだ」




「ティアラちゃん……それはルーンを裏切るって事だよぉ?」

「あたし達も最初は迷ってたけど、今はクロノを信じてる」



「ゲームだけでも、お願いできないかなぁ」




 エティルが柔らかく話しかけるが、ティアラは顔を背けた。



「私は、人間嫌い……ルーン以外の人間は……嫌」



「だって……みんな汚い……そんな心、見たくない」



 俯き続けるティアラ、そんな彼女の様子に頭を悩ませる精霊達。このままではどうにもならなそうなので、クロノは一歩踏み出す事にした。




(どう転んでも、やっぱ俺から行かないとダメだろうしな……)




 そう思い、ティアラに近づき、目線を合わせるようにしゃがみこむ。



「俺はクロノ、始めましてだな」

「いきなりで藪から棒だけどさ、俺と契約して欲しいんだ」




「……あっ」




 『嫌だ』……そう言われると思っていたのだが、ティアラは目を丸くしてこちらを見つめていた。少し驚いたような顔をして固まっているので、クロノは言葉を続ける事にする。



「俺自身ルーンの事とか全然知らないけど、俺の夢は人と魔物の共存」

「……ルーンと同じ夢って事になる」



「その夢の為に、力を貸してほしいんだ」

「だから……」




「分かった」




「「え?」」




 言い切る前に、予想外の言葉が飛んできた。エティルとアルディは思わず間抜けな声を上げている。



「君を、試させて、もらう」

「私と、ゲームしよう」




「……! あぁ、勿論だ!」




(え? え? 何々? ティアラちゃんなんかやる気になったよぉ?)



(あの頑固なティアラが……どういう風の吹き回しだ?)



 精霊達は混乱しているが、ティアラがやる気になってくれたのは嬉しい誤算だ。このままゲームで勝てれば、何の問題も無く契約を結べる。



「ゲームの内容は何だ?」




「……じゃんけん」




「……じゃんけん? グーチョキパーの?」




「うん、そう」



 正直に言えば、少し拍子抜けだ。エティルやアルディの時は身体がボロボロになったが、今回はそんな心配は必要なさそうである。だが、クロノは気づいていない、精霊達が顔を青くした事に。



「ルールは、私に一回でも勝てれば、君の勝ち」

「私に負けたら、その度に罰ゲーム」



「罰ゲームで心が折れたら、君の負け」

「……いい?」




「あぁ、それでいいよ」



 今までの精霊との勝負と同じく、諦めなければ負けにはならないらしい。




「よし、早速始めようぜ!」




「……じゃんけん、ぽん」




 クロノがチョキ、ティアラがグーだ。




「あ、俺の負けか…………っ!?」




 それを理解した瞬間、クロノの視界が横にぶれた。顔の横で何かが弾けたのだ。



「痛っ!?」


「クロノッ!」


「ちょっ……ティアラちゃん!?」




「……罰ゲーム」



「チョキで負けたら、物理的に」

「グーで負けたら、精神的に」

「パーで負けたら、両方に」



「苦痛、与える」

「……続き、しよ?」




 前言撤回だ、今回もボロボロになりそうである。



「ちょっと待てティアラ、お前、この勝負は……」



「口出し、無用だよ……」

「契約者、試すゲーム、手抜きは……しないよ」



「やっぱり……そうなんだ……」



 精霊達が何か話しているが、その内容は理解出来ない。クロノは体を起こし、頭を押さえながらもティアラに向き直る。



「痛た……何したんだ今の……」



「空気中の、水分を爆発」



「それがこんなに痛いのか……よし、続きしようぜ!」



 そう言って構えるクロノ、ティアラもそれに応えた。



(チョキ出して負けたしな……次は何で行く……?)

(罰ゲーム的にパーで負けたら一番苦しいしな、相手もパー出すとはあんまり思わないんじゃないか……?)



(クソッ……意外と考えるな、このゲーム……)



 頭を働かせ、クロノが出したのはさっきと同じチョキだ。



「うっ、また負けか……」



「罰ゲーム」



 腰の辺りが弾け飛び、物理的に苦痛が与えられた。



「てぇ!?」



「……続き」



 その後、数十回じゃんけんを繰り返したが、勝つどころかあいこにすらならない。




(ちょっと、待てよ……何かおかしくないか……?)




 最早立っていられず、片膝を付いた状態で考える。



(……少し、試してみるか……)

(エティル、精霊技能エレメントフォースだ)



(う、うん……)



 疾風を宿し、じゃんけんの構えを取るクロノ。



「じゃんけん……!」



「ぽん」



 途中までチョキだったが、出し切る前に高速でパーに変えた。その動きにティアラは完全に付いて来た、殆ど同時にグーからチョキに手を変えたのだ。



「あっ……」



「罰ゲーム」



「……っ!? ぐ、がぁ……!」



 何をどうされているのかまったく分からないが、締め付けられるような痛みが体を襲う。それだけではなく、精神を抉られるような不安が襲い、精霊技能エレメントフォースが解除された。




「げほっ! これって……」




 顔を上げ、ティアラを見た瞬間、何もかも見透かされているような錯覚を覚えた。



「水の……力は、心の力……!」



 アルディがそう言っていたのを、思い出した。



「そうだよ、私の力は、心の力」

「君の動き、全部分かる」



「心がどう動いたか、身体はどう動くか、全部、全部」

「全部、見えてるよ」



 何だ、それは……。


 そんなの、勝ち目があるはずが無い。


 出す手が読まれるのなら、クロノが勝つのは不可能だ。




「……っ! くそっ!」




 クロノは手を出そうとするが、ティアラの目を見た瞬間にその動きを止めた。見透かされている、考えてる事も、何もかも。



 それを察した瞬間、クロノは手を下ろしてしまっていた。その心に、諦めが広がっていく。



(あ、クロノ……ダメ……!)



(クロノ! 待て!)



 精霊達の声が聞こえると同時、クロノの顔に大量の水がかけられた。




「ぶわっ!?」




 思わず尻餅を付いてしまうクロノだったが、水をかけてきたティアラが泣いているのに気が付いた。




「あっ……」




 そして思い出した、ティアラには考えるだけで伝わるのだ。忠告されていたはずなのに、心を不安で満たしてしまった。



「……やっぱり、違う」

「君は、違う」



「人間なんて、みんな一緒だ……」



「う、うぇ……」



 ポロポロと涙を零すティアラ、その周りに水の球が幾つも現れた。



「帰ってっ! 帰ってっ!」



「もう、私に、構わないでっ!」



 泣き叫びながら水を撃ち出すティアラ、その一撃が洞窟の壁を抉った。クロノは何とか避けようとするが、足が言う事を聞かなかった。




「う、うわっ!?」




 被弾寸前、セシルが尻尾でクロノを吹き飛ばした。



「セ、セシル!?」




「続行は無理だろう、一旦引け」




「け、けど……」




「貴様は諦めた、今の貴様にティアラと話す資格は無い」

「一度引け」



 そう、クロノは心の中で諦めたのだ。その結果が、これだ。



「あっ……俺……」



「クロノ、一回戻ろう?」

「今は、落ち着こうよ」



「セシル、ティアラを任せる」

「僕達は、クロノを」




「……仕方ないな、まったく」




 結局、この場はセシルに任せ、クロノは来た道を戻る事しか出来なかった。


 クロノは、ゲームに負けたのだ。
























 洞窟の入り口近くまで戻ったクロノは、壁に背を預けしゃがみ込んでいた。心の中は後悔で一杯だ。




「……ごめん、俺……」




「……仕方ない、よぉ」

「実際、勝ち目の無いゲームだったからねぇ……」




「だが、致命的だったかもな」

「ティアラは再び、心を閉ざした」



「最悪、もう契約は無理かも知れない」




 その言葉に俯くクロノ、取り返しの付かない事をしてしまった。そんなクロノの頭の上に、エティルが乗ってきた。



「ねぇ、クロノ?」

「クロノは、迷わないってよく言うよね」



「絶対に諦めない、絶対に迷わないって」

「今でも、そう言える?」




「うっ……」




「攻めてるんじゃないよ、けど、答えて欲しいの」



 エティルの意図は分からないが、磨り減った心にその問いかけは少し響く。




「……言えない……よな」

「偉そうに、言っても……俺は……」




「うん、そうだよね」

「それは、悪い事なの?」




「違うよ、違うんだよ」




 頭の上から飛び降り、目の前に浮かんだエティル、その顔は真剣な物だった。



「諦めない事は凄い事なの? 迷わないのって偉い事なの?」

「違うよ、場合によってそれって、盲目になってるって事じゃない?」



「状況によって、その言葉はマイナスに変わる事だってあるんだよ」

「クロノは、今諦めたよね?」



 頷く、確かに諦めた。



「うん、けど……そこで終わり?」



「諦めたなら、次どうするか考えないと」

「迷ったら、とことん迷って答えを探さないと」



「そうやって、前に進まないとさ」

「諦めて止まらないで、迷うことを迷わないで」



「そうしないと、いつか潰れちゃうよ」



 迷う事を、迷わない……。その言葉が、深く胸に突き刺さった。



「クロノ、君は僕達との契約のとき、夢を諦めないと誓った」

「僕達はその言葉を信じて、契約を結んだ」



「その契約は、君を縛る鎖じゃない」

「夢を諦めず、盲目に突き進む事、そんな事僕達は望んでいない」



「止まってもいいんだ、立ち止まって、迷ってもいいんだ」

「それは諦めじゃない、折れて崩れても、もう一度立ち上がれるなら」



「それは、絶対に諦めじゃない」



「ティアラが確かめたい物、君がティアラに示さなきゃならない物」

「それを考えるんだ」




「俺が、示す物……」




 失敗してそこで終わりじゃ、本当にダメダメだ。一度諦めて、そこで投げるわけにはいかない。クロノはまだ、契約を諦めてはいない。



「クロノ、実はね、ティアラはルーンが最初の契約者じゃないんだ」



「え?」



「生まれて間もない頃、契約が何を意味するかも知らなかった頃」

「ティアラは一人の人間と、訳も分からず契約したらしい」



「その人間は、金儲けの為にティアラを利用した」

「その人間も勿論だが、ティアラが外の世界でみた人間達は、心が汚れた奴等ばかりだったらしい」



「ティアラは人間に、外の世界に絶望し、契約者との契約を破棄……泉に引き篭もったんだ」




「そんなティアラちゃんを外に引っ張り出したのが、ルーンだったんだよぉ」

「ずっと笑わなかったティアラちゃんを、笑顔にしたのがルーンだったの」




「ティアラちゃんにとって、ルーンは本当に……救世主みたいな存在だったんだよ……」




 つまり、今のティアラは……そのルーンを失った絶望に沈んでいる事になる。そこから救い出すことなんて、自分に出来るのだろうか。




「……何で、ティアラは俺とゲームをしてくれたんだろう……」




「……ティアラには、見えたのかも知れない」

「君の心が、闇の中でも」




「きっと、ルーンに似た物を感じたんだよぉ」

「ティアラちゃん、純粋な子だもん、本当は寂しがり屋だもん」




「絶対、一人は寂しいはずだもん……」




 クロノは左手を握り締め、立ち上がった。



「もう一度、会いに行こう」



「迷って決めた、もう大丈夫」

「諦めて見えた物、絶対無駄にしない」



 今回のゲームで戦う相手、それはティアラじゃない。自分の心、それに向き合うゲームだ。


 今度こそ、クロノの迷いは断ち切れた。洞窟の奥を目指して走るクロノを見つめ、精霊達は笑っていた。



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