第八百十三話 『星を目指して』
温泉国での戦いから三日、国は落ち着きを取り戻し、クロノ達はまったりとした休暇を楽しめていた。
「導入から間違いだらけだよ! 僕にとっては波乱でしかねぇ!」
「どうしたのさベルさん、右手にエティル左手にティアラを構えて」
右の手のひらにはエティルを座らせ、左手には寝ぼけたティアラがへばりついている。朝から部屋に侵入していたベルの顔は必死なものだった。
「ピットちゃんが帰らねぇっ! あのポンコツロボット観光してやがんだ!」
「久々の友人との再会でフローやファクターさんも気を利かせてるんだよ、いいじゃんか機人種が温泉国を楽しんだってさ、ドゥムディさんだって今日も元気に朝風呂だぞ」
「僕だって久しぶりの再会は嬉しいよ! 前にも言ったけど嫌いなわけじゃないんだよ!! でも朝の挨拶にミサイルは嫌なんだよ!!!」
「自業自得だろ、甘んじて己の立ち位置を受け入れろラブリーサンドバッグエンジェル」
「不必要な単語を付け足さないでくれないかなぁフェールフェルゥ!」
「は? 今すぐピットの奴を呼んでやっても良いんだぜ?」
「すいませんでした、どうかお匿いになってくださいませ」
完全に立場が逆転している、ここまでの天使特攻があるとは思ってなかった為、ほんの少し罪悪感が湧いてきた。
「僕のアイデンティティが……一日一善ならぬ一日一ちょっかいがぁ……」
湧いた罪悪感は泡と消えた、暫くピットの監視下に居てもらおう。
「大体なんで朝起きて君の顔を早々に拝まなくちゃならないんだい? ここはクロノと僕達の部屋なんだから君はピットと火遊びでもしてなよ」
「扱いが酷すぎやしませんかねぇっ! 僕は天使でラブリーな愛されキャラなんですけどぉ!」
「そうですね、昔からベルさんは愛されキャラです」
「ぎぃやあああああ出たああああああああああああああああああっ!!」
いつの間にかピットがベルの後ろに立っている、いつ入ってきたのかすら分からぬ早業だ。
「流石セシルの先生の一人だ、底知れないな……」
「先生だなんて、まぁ色々あったのは確かですが……その称号はカムイ辺りが適任だと思いますよ」
「勝手に入ってすいませんねクロノ君、ベルさんの気配がしたものでつい」
「良いんですよ、お気になさらず」
「態度が全然僕と違うんじゃない!?」
「クロノー、こんなの放っておいて朝ご飯食べに行こうよー」
ベルの右手からクロノの頭の上に移動したエティルがナチュラルに酷い事を言っている、多分わざとだ。
「反省してるからどうかご慈悲を……」
「あと数日経ったらな」
「中継地点が遠すぎる!」
「朝ご飯といえば、ベルさんにおにぎりを作ってきたんですよ」
「なんで!? どうしてっ!? 嫌な予感がする、ダメな未来が見えてくる!」
ピットが懐から出した三つのおにぎりは、綺麗な三角形だった。中々どうして上手いものだ。
「ピットさん料理出来るんだねぇ」
「料理と言うほどのものでは……昔は食材をオイルで煮込んでセシルを泣かせてしまった事もあります」
そういえばセシルが料理を覚えたのは、他の仲間が壊滅的だったからと言っていた気がする。
「最近フローラル姫を見習い、レシピを見るを習得しました」
「おにぎりに大層なレシピがあるかは置いておくけど、フローを見習って?」
「フローラル姫はレシピ無しだとドブを生成しますが、レシピがあれば完璧な料理を作り上げます……レシピとは大切なものなんですね」
余談ではあるが、フローの作り出したモノはドブだろうが料理だろうがファクターが故障してでも残しはしない。父と母は命が危ないのでファクターが守り切った。
「なんとなく想像出来て笑えるな」
「料理なんぞ開発と同じようなものじゃ、とは本人の弁ですね」
「それでも普段の開発より苦戦していましたが、大切な人への想いを込めた料理とは尊いものです……私も見習って出来る限りを尽くしお米を三角に仕上げてみました」
「大切な人への想いね……聞いたベルさん?」
「聞いたよ聞こえたよ分かってたよ!! これで食べなかったら僕酷い奴じゃん!」
「というわけでベルさんが喜ぶように三個の内一個は食べると爆発する特殊仕様です、喜んで頂ければと思います」
「それで喜ぶ奴は天から地まで探しても見つからねぇんだよ! これも分かってましたけどねーーーっ!!」
「どーーーーーぅしてそういうことするの! 普通におにぎりなら僕だって、僕だってニッコニコでムシャムシャするよ!! わーっ、具材はなにかななにかなー♪ みたいな和やかさが朝には丁度いいと思」
視界の端で、おにぎりが微かに蠢いた。
「待った、待って、待つんだ、待った方がいい、本当に一個爆弾で終わりなの? 残りの二個の安全性を今ここで証明しろっ!! 爆弾よりやべぇものが入っているんじゃなかろうな!」
「ここで爆発するとお部屋が大変なので、お日様の下で楽しみましょうね」
「助けて! 助けて! その手を離してっ! 僕が悪かった、誰でも良いから助けてくれーーっ!」
凄まじい速さでベルの手を取り、そのまま引きずっていくピット。天使がどれだけもがいても、その手を振りほどく事は叶わない。今日はいい天気だし、きっと楽しいピクニックになるだろう。そう納得し、クロノ達は笑顔で二人を見送った。友人同士の大切な時間を邪魔するなんてとんでもない。
「このラブリーエンジェルが、封殺されるなんてええええええええええええええええええええっ!」
「あれで懲りねぇんだから、大したもんだぜ」
「五百年前からああなんだろ? ベルさんが最強ってなんとなくわかってきたよ」
「最強の意味が若干迷走気味だけど、まぁ実力込みで凄い子だよ……だから暫くはピットに任せておこう」
「ピットちゃんがいる間は、静かにしてると思うよぉ」
「……いい気味……」
この後朝ご飯の途中で爆発のような音が聞こえた気もするが、多分気のせいだろう。部屋に戻ると、大罪達とセツナがいた。
「あ、クロノだ! おはよう!」
「おはよう、俺の部屋でどうしたお前等」
「祭り、言い換えれば作戦まで日があるからな……今後の動きについて確認だ」
「お前はこの期間で、海を訪ねるとか言っていたな」
「俺は知り合いに顔を出すのと、会わなきゃいけない人が居てね」
「勿論セツナの為の観光も忘れないように、星の海って名所に行ってみようかなって」
「会わなきゃいけない人って誰だ?」
「……ネーレウスのお父さん……西の海の王様だよ」
「私、会ったぞ! クロノが寝てる間に!」
「うぐ……その場に居ない自分が不甲斐ない……」
「凹むのは勝手だが、此方も勝手を一つ追加だ」
「はい?」
「幾つか流魔水渦と話し合う事がある、海の底へはお前達だけで行ってくれ」
「ボク達の見張りって名目も、流魔水渦の監視下じゃお前等がやる必要性はねェからなァ」
「え、レヴィとミライも来ないのか?」
「ごめんねぇ、ちょっとお仕事なんだよね」
「なにセツナ寂しいの? 切り札が情けないね」
「心細いのはある……」
「…………まぁ特別に背中くらいは押してあげてもいいよ、嫉妬特売セールだよ」
視界の端でセツナがレヴィと手を握り合っている、温泉国での数日も手伝い益々仲が良くなっている気がする。
「神聖討魔隊の件なら、俺が席を外すのは……」
「適材適所だ、話し合いの場にお前は不要……お前はお前の用を済ませてこい」
「万が一この国に危険が及んでも、おれ達が目を光らせておくから安心しろ!」
「めんどいけど、この国のんびりできて好きだから守ってやるよ」
「細かいところは頭脳担当のボクが流魔水渦とすり合わせておくから、余計な心配するなよなァ」
「流魔水渦の変態ボスも今は真面目にやってるからなァ、心身共に休めて面倒ごとは片付けておくのがテメェの仕事なんだよなァ」
相変わらず頼りになり過ぎる味方達だ、これじゃどっちが世話されているのか分かったものじゃない。
「ついでにこの国に出てる依頼も私達がごっそり片付けておくから、安心してクロノ君達は好きに行動しちゃってね!」
「既に大半の依頼は片付けてきたから、レヴィ達の有能っぷりに嫉妬するがいいよ」
こっちが朝ご飯を食べている間にこいつ等は労働していたらしい、なんだか恥ずかしくなってきた。
「せめて、出発前にユラさんとアプさんに声をかけていこう……追加料金発生しても構わないからみんなを滅茶苦茶労ってやってくれって……」
「馬鹿な事言ってないで行くならさっさと行け」
「はーい……」
というわけで、頼りになり過ぎる大罪達に見送られ、クロノは久しぶりにセツナだけを連れギガストロークに乗り込んだ。
「思えば二人きりは久しぶりだな?」
「精霊がいるから全然二人きりではないぞ、それと私はこの船が嫌いだ、レヴィもミライも居ないから死ぬと思う」
「用事は俺の件だけだし、セツナは楽しむ事だけ考えてくれりゃいいからな」
「お前が寝てる間に私は海で流されたり襲われたり岩に頭を打ったりチカチカして覚醒したり色々あったんだ、海では私は先輩だぞ、あとこの船が嫌いだ」
「あはは、じゃあ先輩には案内でもしてもらおうかな」
「アクアさん達にも会えればいいけど、今海に居るのか流魔水渦のアジトに居るのか分かんないな」
「今の私はこの船より泥船の方がいいな、クロノも泥船に乗った気になってくれないか?」
「…………少し緊張するけど、避け続けるわけにはいかないもんな」
「…………ネーレウス、お前の父さんに挨拶してくるよ」
「待ってクロノ、真剣な顔で船を操作しないで、まだ心と身体の準備が、緊張と恐怖で吐き気が」
「大丈夫だセツナ、お前は初めて出会った時より随分強くなった」
「お前はもう、ギガストロークより強いよ」
エンジンが唸りを上げ、ギガストロークが力を溜め始める。溜め込んだ力が爆ぜる時、この船は理を置き去りにする。振動が足を伝って全身を震わせ、セツナに死を予感させた。
「レヴィもミライも居ないんだ、わた、私を守ってくれる奴が……せめてクロノ、手を……精霊でもいいから……」
「身を任せろセツナ、その先で待ってる」
「お前私を守る気ないだろっ!! あ”っ!?」
加速し、全てを置き去りにギガストロークは海を突き進む。目指すは海、西の王の城だ。




