第八百十二話 『悪ふざけの代償』
「しかし国一つ、それも歴史ある大きなお祭り丸ごと利用して敵を誘き出すなんて……大胆というか滅茶苦茶だよな」
「天焔闘技大会の時みたいに、色々策を巡らせるつもりなんじゃないかな」
「フローも関わってるだろうしな、不安を残せばむしろ味方から撃たれちまうぜ?」
作戦会議で熱を持った頭を冷やす為、クロノは精霊達とフィンレーンの外まで歩いてきていた。三業を捕えた場所も見に行ったが、やはり血の跡が残っているだけだった。
「さっきフローと通信機で話したけど、いつも通り頼もしさしか感じさせなかったよ……俺は今後もあの子に足を向けて寝られそうにないや」
「けど、大会の時に世界中に配置した通信機を今回敵に利用されたから……その辺は凹み半分怒り半分って感じだったね」
「相変わらず抱え込むねぇ……出来る事が多い子って責任ほいほい背負っちゃうんだから」
「成す事には責任が絡む、だからこそ責任重大って人は釘を刺すんだ……良いかいエティル、君も年長者ぶりたいなら責任を軽んじちゃいけないよ」
「……クロノ、みたいに……なっちゃ……だめ……」
「嘘だろそこから変化球が俺に向かうの?」
「お前は外側に責任重んじるけど内側に軽んじすぎなんだよ、自分と俺達を大事にしやがれ」
「これでもかってくらい大事だし、約束とか色々含めて真摯に向き合ってる有能契約者だと思うんだが」
「これでもかってくらいクロノはあたし達に心配かけてるよぉ」
「そこは寛大な心で見守っていて欲しいと思っている」
「おや、今日の説教タイムかな?」
理不尽ここに極まれり。このままでは和やかな時間が意味の分からない説教で埋まってしまう。どうにか話題をすり替え、自衛しなければならない。
(ここは温泉国……やはり温泉、温泉の力は全てを救うということか……土壇場で縋るしかないとは……これが俺を取り巻く温泉の因果……?)
「やっはろーーーーん♪ 色々大変だったけど流石くろのん達、見事乗り越えて無事勝利☆ 僕ちゃんも鼻が高いぜぇいぇいぇいっ!」
空から天使が降ってきた、ヘイトコントロールのチャンスだ。
「また出やがったな害悪野郎……」
「フェルフェルおこじゃーん? でも今の僕ちゃんは害悪じゃないんだなぁこれが!」
「朝から君達に処刑されてたラブリーエンジェルの姿が見えなくて、不思議に思ってたんじゃないのぉ~~?」
「不審には思っていたね」
「僕ちゃん、真面目に働いてました! キリッ!」
「空から目を凝らして、避難誘導とか情報連絡とか色々頑張っていたのです! 有能天使! キラッ!」
一々擬音を口で言うのが大変うざったい、だが働きに関していえば確かに頑張っていたと見える。
「みんなの為に、ベルちゃん献身しておりました…………まぁさかこんな慈愛のラブリーエンジェルを、可憐で健気なラブリィーエンジェルゥを……虐めたりしないよねぇねぇねぇ」
「うざさが留まるところを知らねぇ……」
「待つんだフェルド、確かに今手を出せば僕達の分が悪い……クロノの評価が落ちかねないぞ」
「……卑怯……こういう事に、だけ……頭使う……」
「エティルちゃん達をからかう為だけに善行ポイントを積んだ可能性すらあって、流石のエティルちゃんもイラッとしてるよぉ」
「ベールベルベルベル! 凄んだところで君達は善よりの精霊! 真っ当に正しく働いた僕を理不尽に裁くことは出来ないのデース! 長い付き合いだからねぇ! 知ってるよぉ理解ってるよぉ! 中途半端に処刑が中断されたモヤモヤを抱えながらフラストレーションと踊ってくれたまへ!」
謎の踊りで煽り続けるベルだったが、精霊達はクッソ不機嫌な顔をしつつも手を出せずにいる。確かに付き合いの長さがあるのだろう、ベルは精霊達の性格を深く理解している。どれだけうざくても、正しい働きをしたベルを裁く事は出来ないのだ。
「……つまり間違いを裁く事は出来る、その権利を行使する事に何の問題もないわけだ」
「な、なにぃ!?」
切り札を切る時だ、クロノは精霊達の前に出て、ベルを真っ直ぐと見据える。空気が変わった事を察知したのだろう、ベルは踊りを中断し後ろに退いた。
「驚いたよくろのん……よもや君が僕に挑んでくるとはネ」
「しかーし今の僕は正真正銘の善行エンジェル、如何に君がフェルフェル達を従えし契約者といえど、この盤面を引っ繰り返す事は出来ないのだ!」
「そうだよクロノ! ここで理不尽にベルを殴れば屈辱的だけど悪いのは僕等になる!」
(毎回毎々理不尽の極みみたいな癖に……よく言うよ……)
「今日やらないといけない用事があるって言ったの、覚えてるか?」
「え、えっと、クロノがクロノで在るためにやんなきゃーって言ってた奴? 覚えてるよぉ」
「くろのんがくろのんで在るために!? 主人公みたいな台詞じゃないかやめてよまるで僕が裁かれる前みたいな流れになっちゃうじゃない!」
「ベルさんはフェルド達に強い酒を飲ませて、その制裁を喰らったんだ」
「その通りだね! 長年の勘が僕のピンチを訴えている!」
「忘れてもらっちゃ困るんだけど、俺は酔っ払ったみんなに滅茶苦茶にされて酷い目に遇ったんだ、温泉国一日目の夜はそりゃあ記憶に深く刻まれるものになったわけね」
「俺自身ズタボロになったし、自分の精霊に酒を盛られて怒らないのは契約者として違うよな」
「流石の俺も、ベルさんを叱るべきだよなぁ…………」
「馬鹿な! 思いがけない僕ちゃん大ピンチ!?」
「だけど悲しいかな……くろのんはどっちかって言えば被害担当側! 説教経験は少ない筈! 対する僕は五百年分の経験を蓄えたおふざけの権化! くろのんには手に余るんじゃあないかなぁっ!!」
確かに目の前の天使は、からかいの天才だ。並大抵のお説教ではダメージにもならないだろう。クロノでは、勝てない。
「やめておきなよくろのん……君じゃ僕ちゃんを反省させられない……無謀な挑戦は心に傷を負わせるよ……飲み込むのも大人な選択さ」
「無謀と無茶は俺の専売特許だ、引く選択なんてないのさ」
「今まさに、精霊を大事にしろって言われたばっかりなんでね……こいつらの無念は俺が晴らす……だから往生してくれ、ベルさん……!」
「ふふふ……格好いいねくろのん……惚れちゃいそうだぜ」
「でもっ! 君には出来ない! この善行エンジェルを裁く事はっ! 君は良い子だから、そんな理不尽出来っこないっ!!!」
「あぁ、俺にはその手の才能はない」
「勝ったっ! ラブリーエンジェルが鳴らす勝利の鐘の音っ!」
「だから俺は、自分の才能で勝負する」
「培ってきた縁の数と、仲間を頼る」
「え?」
その瞬間、何かがベルの背後に着弾した。地面を抉って着地したそれは、颯爽と砂煙を払って姿を現した。機械の身体に似つかわしくない、綺麗な笑顔と共に。
「通信機や作戦の件で、フローに連絡を取ったんでね……そのついでに一つ頼んでおいたんだ」
「妹とその友人、更にはクロノ君の頼みとあれば……世界の何処であっても駆けつけてみせますよ」
その声を聞いた瞬間、ベルの顔が面白いくらい青く染まる。
「再会を楽しみにしていました、あなた用の兵装も沢山準備しておいたんですよ」
「五百年ぶりの再会、きっと楽しんで頂けると思います」
「馬鹿な……そんな馬鹿な……くろのんがこんな酷い事をするわけが……いや、こんな、理不尽どころじゃない……こんなっ! 僕に対してのクリティカルカードを切ってくるわけがっ!!」
「ですがその前に、クロノ君達をとてもとても困らせたとも聞いています」
「マスターが居ない今、あなたへのお説教は僭越ながら私が引き継がせて頂きましょう」
「お久しぶりですベルさん、祝砲をどうぞ」
「ピットちゃん待っ…………そんな馬鹿なああああああああああああああああああああああっ!!!」
元四天王……魔生機甲・マクロディアの依代であり、五百年前ルーンと共に旅をしていた感情豊かな機人種、ピットのご登場だ。クロノの知る中で、最もベル特攻を持つ助っ人である。挨拶、日常会話、スキンシップ、その全てにベル粉砕の効果を持つバイオレンスコミュニケーションを搭載したやばやばマシーンだ。登場から数秒弱でいきなりベルを打ち上げ花火にする手腕に惚れ惚れする。
「久しぶりなのに変な事頼んでごめんね、ピットさん」
「いえいえ、旧友と再会出来て私も嬉しいのでお気になさらず」
「待っ……こっちの都合とかも聞いて、お願いだから会話して……」
「積もる話とかあると思うし、ごゆっくり」
「わざわざ広々とした場所で待っていてくれてこちらも助かります、思う存分やらせてもらいますね!」
「何を!? おかしいからっ! 背中から色々飛び出してるし物騒だし再会の余韻とかせめてもう少し……!」
「はいっ! 積もる話も消し炭になるくらい、語り合いましょう!」
「反省したっ!! すっごくすごーく反省した!! ヘルプ! レスキュー! 助けてクロノ君っ!! マジでっ! 罪悪感さん返事してっ! もうしないからもう調子に乗りません! 良い子になりますっ! っていうかこれは反則だろ畜生っ!! ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
爆発音が連打し、哀れな叫び声が飲み込まれた。その場を後にし、クロノは軽く舌を出しながら精霊達に笑いかけた。
「ひっでぇ奴……」
「俺だって酷い目に遇ったし、お前等に勝手な事されて多少怒ったしね」
「まぁベルさんの事だし、反省は見込めないとは思うけどさ……」
「いや……ピットが絡んだし相当堪えたと思うよ」
「ある意味で、エティルちゃん達も遠慮するくらいの特攻だしねぇ……」
「あれ、結構引いてる……?」
「ひっでぇ奴……」
「二度も言うなよ……」
「……けど、私達の為に、だもんね……ふふ……」
「そうだね、悪い気はしないかな」
「まぁ、暫くは大人しくなるだろうな」
「温泉いこっかー♪ みんな一緒ねー!」
精霊達の機嫌も直ったし、温泉国も守り切った。新たな因縁が生まれ、大きな戦いの予感もあるが……一先ずクロノ達はやり切ったのだ。今は、この平穏を楽しもう。断罪の爆撃音を聞きながら、ゆったりお湯にでも浸かるとしよう。
一通りの兵器によるお喋りを終え、無残な黒焦げ天使と化したベルが地面に転がっていた。スッキリしたような笑顔でピットは次の兵器の準備をしているが、ふと思いついたように顔を上げる。
「聞いた話によると、随分はしゃいだようですが……何か思うものでもあったのですか?」
「ぼ、僕だって……懐かしさや嬉しさにはしゃぐ日もあるってもんさ……」
「悪ノリした自覚もあるし……やり過ぎたなって反省も割とマジにしてますよ……けど……ずーっと見てるだけだったんだよ……そりゃ、昔を思い出してはしゃいじゃいますよ……」
「それくらい……クロノ君には期待しているのさ……フェルフェル達が今も笑えてる、その事実だけで百点満点あげちゃいたいくらいにはね……」
「孫を滅茶苦茶に可愛がるお年寄りみたいな心境ですね」
「言い方よ……」
「そうですね、私とベルさんの間に言葉なんて必要ありません」
「さぁ、次行きますよ!」
「僕ね、言葉は必要だと思うんだ」
「だって今のところ何一つ分かり合えてないもん!! 誰か助けてええええええええええっ!!」
「五百年分、語り合いましょう!」
「メンテしろポンコツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
こうして、悪い事をした者には正しく罰が与えられたのだった。




