八百十一話 『混沌の舞台』
「で、具体的にはどう迎え撃つんだァ? お相手はいつも固まって動いてるってタイプにゃみえねェが」
「そうだね、あたいも愛するかぁいい子達に探らせてみたけど、奴等のやり方は大体が数名が荒らし、その後に主戦力が追い打ちをかけるって感じ」
「神聖討魔隊の切り込み隊・三業って名乗ってたし、今回の三人が事前に突っ込む役割なんじゃないかな」
「仙山でも言ったけど、神聖討魔隊は十人組……今回一人逃げたから単純に向こうは後八人いるはずだ」
「ちなみに、何故十人組だってクロノは知っているんだ?」
ドゥムディの疑問はもっともだが、この質問に対する答えは実にくだらないものだ。
「昔、正義に目がくらんだ馬鹿勇者が神聖討魔隊に入れてもらおうと接触を試みて、断られたって話があったんだよ」
「正義の枠は我等十の魂で埋まっている、偽りで塗り固めた偽善者は帰れって追い返されたってカリアでは結構有名な話」
「…………最弱の国出身の勇者って不名誉なレッテルをどうにか剥がそうとした、カリア出身の勇者の話さ」
「そいつどうやって接触したんだろうなァ」
「立ち位置を変えたいって気持ちは変とは思わないけど……その人はどうなったの?」
「酒に溺れて酒場で荒れてたよ、俺の子供の頃の話だし……いつの間にか居なくなってたな」
「勇者に憧れてた俺にとっちゃ、見てらんない人だったよ」
「その頃から変わってなければ、神聖討魔隊は十人だろうなって……勿論今は違う可能性もあるよ」
「はっきりとそうと決まったわけじゃないけど、あたい達の情報でも奴等は大人数って感じじゃない」
「多方面で同時に活動する事は絶対なくて、必ず同個所を二連で叩くってやり方だ」
「人数など大した問題ではない、さっさと本題に入れ」
「奴等をどう一網打尽にする? 我を納得させる策があるのだろう?」
「うんうん、今回お相手は捨て台詞を残して撤退したわけなんだけどさ」
「あたいの聞いた話だと、大罪ーズをイレギュラーと呼び、狙いを変えたってマジかな?」
「マジだよ、正義の刃は巨悪に向くって人形越しに喧嘩売ってこられたよ、ミライとツェンが激おこでレヴィもイラッとしたよ」
「げ、激おこって……ちょっとぷんすかしただけで……」
「仲良く人形の上半身と下半身をそれぞれぶっ壊してたよ」
「レヴィ―!」
「温泉国なんて後回しでも良いって言ってたな、敵の意識が僕達に向くなら望むところと思っていたが……つまり僕等を囮に誘い出す作戦か?」
「半分正しい、大罪ーズには囮をお願いしたいけど……それだけじゃ後手になる」
「だから、決戦場所はこちらで決める」
「完全に迎え撃つ形を作るのか……確かに周りを巻き込まないようにしないと、今回の二の舞だもんな」
「それで、ルトさんは一体何処で迎え撃つつもりなんだ?」
今回のように国のど真ん中で暴れられると、被害が大変な事になる。討魔紅蓮の時もそれで沢山の街や国が滅茶苦茶にされ、今だって流魔水渦の手を借り復興中の場所だってあるのだ。傷つく人も、場所も、増やすわけにはいかない。
「ふふん……ところでクロノ君や……セツナから聞いたよ? ラーナフルーレのお祭りに行くそうじゃないか」
「え、まぁはい……予定に入ってます」
「いいねぇ、目の付け所がエッチだよ」
「エッチではないです、言いがかりやめてくださいこっちには理不尽な精霊も居るんですよ」
エティルとティアラから一瞬殺気が漏れた、冤罪で命が危ない。
「雪花氷祭りは国全域が美しい雪花で彩られる大規模なお祭り、コール・ミジットのライブも合わさって例年以上の盛り上がりをみせるだろう」
「あたいら流魔水渦はコリエンテの国とは色々繋がりがあってね、ラーナとも結構仲が良いんだ」
「だから裏で手伝いとかしてるわけなんだけどさ……例えばあたい等が表立って祭りの手伝いなんかしちゃったらどうなると思う?」
既に、流魔水渦がほぼ魔物で構成されているのは世界中に知れている。大規模な祭りに、魔物が堂々と関わるなら、当然その話は正義の耳に届くだろう。
「何を考えて……そんな事したらお祭りが、そこに集まった人達が……!」
「けどクロノ、そもそもコール達が来るならリムニアも来るんだろ? それに祭りには私達の知らない魔物だって遊びに来るかもしれないぞ」
そうだ、人と魔物の距離は他でもないクロノのせいで縮んでいる。悪意無く祭りに来る魔物も居るかもしれないし、クロノ個人の夢を考えればそうであって欲しいし、受け入れられるなら喜ばしい事だ。だからこそ、共存の形を成す場面を正義が見逃すはずがない。
「元々、悪意を持った魔物の襲来に対する保険も……あたいらが請け負うつもりではあったんだ」
「そこに、正義に目を付けられた僕達ってわけだ」
「僕等が祭りに参加すれば、祭りの当日……その場所は世界で最も『悪』になる」
「切り込み役は殆ど壊滅……来るなら、本隊……」
「雪花彩るお祭りの場で、白黒はっきりさせようじゃないかって話さ」
「当然、準備は万全にして民間の被害は0に抑える……既にラーナの上層部には話は通ってる」
「後は我等の意思次第か? 面白い、捻じ伏せてくれる」
「みんなが被害を抑えている間に、私達が神聖討魔隊を倒せば良いんだね!」
「敵は推定八人……ボク達にクロノを入れれば数は足りるし、セツナも保険に数えりゃなんとかなるかァ」
「俺今回で百人分は働いたし数から外してくんないー?」
「私もみんなと肩を並べて数えられると緊張で倒れそうだから外して欲しいぞ」
「こんな不甲斐ない切り札いる? レヴィ失望だよ」
「その時が来たら踏ん張るから今くらいビビらせてほしいんだよ! しくじったら祭りが滅茶苦茶でみんなが大ピンチな重要ミッションなんだぞ!」
「わかってんなら切り札らしく引き締まる台詞の一つや二つ吐いてみせなよ、無理だと思うけど」
「うがーっ!」
既に大罪はやる気だが、クロノは複雑な顔をしていた。失敗すれば、ラーナフルーレが滅茶苦茶になる。そこに住む人や、ただ祭りを楽しみに来た人達が危険に晒される。流魔水渦を信用していないわけじゃないが、被害0なんて可能なのだろうか。
「不安かい?」
「正直、民間をあえて巻き込むのはちょっと……」
「まぁ、自分の夢に他人を巻き込むのは気が引けるよね」
「けど勘違いしちゃいけない、今回無関係な人は存在しないんだ」
「え?」
「今回はハードルを越えた、暴走する正義へのお叱りがメインだ……さてクロノ君、正義と悪の基準はどう決める?」
「……人によって違うから、上手く答えられないです」
「俺は、大罪と一緒に過ごしてきたから、マルスの器になったから、余計に正しさや間違いを即断出来なくなってきてて……考えれば考える程、ドツボにはまるっていうか」
「それでいいのさ、答えなんて個人が出しても吹けば飛ぶ理論でしかない」
「あたい達は被害を0に抑え込む、でもそれは民間を守られるだけの存在って言ってるわけじゃないんだ」
「折角のお祭りだ、折角大勢集まってんだ、あたい達は舞台を整えみんなに問うのさ、選んでもらうのさ、みんなの正義って奴を」
「正義か悪かは、世界に決めてもらおうじゃないか」
「……狂ってますね」
「これでもあたいは、混沌を冠するやべぇ奴なんだぜ」
「クソ理論にはクソ理論で対抗しようじゃないか、正義執行の場は……あたい等の整えた舞台上でやってもらう」
「舞台が成功するか、失敗するかは役者の腕次第ってね……」
「大罪の悪魔VS理不尽正義マンか……金返せってレベルの出来になりそうだ……」
「舞台の裏には魔物だらけの退治屋か、スパイスが足りてないと思わない?」
ルトは楽しそうに笑いながら、クロノの肩を叩いてきた。本格的に狂ってる、祭りの雰囲気に既に飲まれているのだろうか。
「クロノ君の縁のおかげか、あたい等のバックにはまだまだおあつらえ向きの役者が集まってるんだ」
「勇者と魔物のチームが、そりゃあもう示し合わせたようにね、大罪だけに任せちゃおかないさ、正義がブチギレる面々をこれでもかって投入しよう」
「唯我独尊の殺伐正義か、仲睦まじい人と魔物のラブラブチームか、世界に選んでもらおうじゃないの」
「悪意しかない紹介だ、ルトさん出来レース組んでるだろ」
「悪い?」
「あぁ、正義が放っておかないな」
「乗ったよその舞台、俺も悪役として出演する」
「あら~、クロノ君ったら悪い子ねぇ」
「俺、偽勇者だからな」
被害は出さない、狂った正義も認めない。個人的な我儘と、見方によっては傲慢な考えに従い、クロノは舞台に上がる事を決めた。混沌の誘いに乗り、正義を真っ向から迎え撃つ。雪花舞う国を舞台に、前代未聞の見世物が始まろうとしていた。